姫榊 花奏side
背中にズッシリとした重さを感じながら電車に揺れる放課後の黄昏時。
私の行き先など誰も知らない。
今の私は当てのない旅人。
そう……さしずめ流浪の民とでも言おうか。
……なんてキザ過ぎだね。
私は今、新宿に向かっている。
新宿といえば……そう、FOLT。
目的は……特にない。
今日はスタ練も無いし、他のメンバーはSTARRYでバイト。
花澄はバイト先を教えてくれないから遊びに行けない。
……なので、FOLTに遊びに行こうかなと思い立って今に至る。
「……あら、姫榊さん?」
後ろから声を掛けられた。
振り返るとそこに居たのは……
「やっぱり! この前のライブ以来ね〜」
本城さんだ。
満面の笑みを向けてくる。
『こんにちは本城さん』
「こんにちは〜、でもどうしてここに居るの?」
『暇なのでFOLTに遊びに行こうかと』
「へぇ〜、それじゃあ一緒に行きましょう!」
私はコクンと頷き、新宿駅で一緒に下車した。
本城さんと横に並んで歩く。
こんな日が来るとは思わなかった。
『今日のSIDEROSはスタ練ですか?』
「ええ、そうよ〜。結束バンドはお休みなの?」
『みんなバイトです』
「なるほど〜」
私も早くリハビリを終えて、みんなと一緒にバイトしたい……でも、焦ってはダメだ。
店長さんに言われた……自分のキャパをきちんと見極めろって。
「じゃあ、今日は私たちと一緒に練習する?」
「ぇ?」
「今日は姫榊ちゃんも参加決定!」
強引に決められた。
凄く既視感。
……やっぱりこの人、喜多さんタイプだ!
「いや、意味わかんないんだけど」
「え〜?」
「自分はいいっすよ」
「幽々も異議なしで〜す」
FOLTのスタジオに到着し、SIDEROSの面々と相見える。
まあ、大槻さんの言う事はもっとだ。
「大体、姫榊 花奏!」
ビシッ! っと指差される。
「STARRYの人間が敵地にノコノコと1人でやってきて、練習だなんてどういうつもり!?」
大槻さんと視線がぶつかり合う。
私は大槻さんの目を見据えたまま、メモ用紙を取り出す。
『音楽に敵も味方もないよ』
「なっ!?」
「一本取られたっすね、ヨヨコ先輩」
大槻さんが、ぐぬぬ……! と唸りながらプルプルと震えている。
小動物みたい。
「一種の照れ隠しみたいなもんですから、気にしなくていいっすよ」
『分かってます、大槻さんはそういう方だって』
「あーもう! 早く練習始めるよ!」
「でも実際、どうやって姫榊さんも練習に参加させるのぉ?」
「確かに……キーボードのスコアなんて用意してないっすもんね」
結束バンドの楽曲なら持ってるけど……ここで練習する曲ではないし……。
「姫榊さんの好きなように弾いてもらえばいいんじゃないかな〜?」
「えっ」
思わず、今までよりも大きい声が出てしまった。
「えって何よ、えって。とりあえず、その方法でやってみましょう」
待って。
待って待って。
「まあ、姫榊さんの技量なら大丈夫っすよ」
違うの。
待って。
「それじゃあいくわよ!」
待って!!!!
「ちょっと姫榊 花奏! あなた何ずーっと突っ立って……」
「……………………」
「ヨヨコ先輩、この人石化してるっす」
「はぁ!?」
「コンコン……わぁ、カッチカチ」
「幽々ちゃん、遊んじゃダメよ〜?」
「……ぅ!」
「あっ、元に戻った」
私は何を……?
「姫榊さん、演奏が終わるまでずっと石化してたっす」
石化……?
人間が石になるわけないでしょ、後藤さんじゃあるまいし。
「姫榊さん、もしかして……」
本城さんがズイっと顔を近づけてくる。
近い……あっ、睫毛長い……。
「アドリブとかアレンジとか、全く出来ない人?」
「ぁ……ぃ……」
コクンと頷く。
「あー、確かに……前のライブの時、上手かったけどアドリブ一切なかったっすもんね」
「ピアニストってそういう人、結構多いみたいなんだよね〜」
「……………………」
大槻さんがめっちゃ睨んでくる。
「……勿体無いわね、腕はあるのに」
うぅ……不甲斐ない……。
「あれ、結束バンドの子?」
後ろから声が聞こえた。
クルッと振り返る。
そこには2人の女性が居た。
この人たちは確か……
「なんでSIDEROSと一緒に?」
「テキジョーシサツですヨ! きっと!」
『こんにちは志麻さん、イライザさん』
SICK HACKの志麻さんとイライザさん。
前のライブの後で……打ち上げの時に一緒になった人たちだ。
「こんにちは、カナデさん」
「コンニチハー、カナデ! 今日もキュートだネ!」
「ぁ……わ……」
イライザさんに頭をわしゃわしゃと撫でられる。
あたふたしている私を尻目に、志麻さんがSIDEROSの人たちの方を向く。
「あの子と何してたの?」
「一緒に練習してたんすよ。ふーちゃんがバッタリ会って流れで連れて来たっす」
「置物みたいになってましたけどねぇ」
「置物……?」
「姫榊さん、スコアが無いと全く弾けないみたいで〜」
「ああ……そういうタイプの子なんだ」
「カナデはシャイガールなんだネー!」
「違うと思うっす」
「わ……ぁ……」
イライザさんにずっと撫で続けられて……な、なんだか頭の中がフワフワしてきた……。
やばい……なんか、やばい……。
「姫榊さん、うさぎみたいな顔してるねぇ〜」
「あー、頭を下げて目を閉じてる様はまさにうさぎっすね」
「……何しに来たんだか」
「じゃあさ、ソロで何か聞かせてよ?」
「んぇ……?」
ソロ……?
それなら……いけるけど、練習は……?
「姫榊さんの演奏会にしましょ〜」
「ちょっ!?」
「イイネー!」
や、やっと解放された……ああ、ヘアーセットが崩れちゃってる……。
「スコアは持ってるんすよね?」
『いつも持ち歩いてます』
鞄からファイリングしてある譜面を取り出す。
「ワー! じゃあアニソン! アニソン弾いてヨー!」
「イライザさんの趣味丸出しじゃないの……」
アニソン……これでいいかな。
譜面をファイルから引き抜き、譜面台に立て掛ける。
すーっ……っと深く息を吸う。
ピアノとキーボードじゃあ、タッチの感覚が違いすぎるけど……やってやる。
指先を鍵盤に押し当て、指先の熱を伝える。
「オ〜……!」
「この曲、聞いた事ある気がするっす」
「スラムダンクだっけ?」
「ドラゴンボールじゃないっすか?」
「どっちも合ってるヨー」
「やっぱりカナデさん、上手いね」
「…………………………」
私の演奏を聞いてくれる人たちがいる。
あの頃からは考えられない。
けど、嬉しい……私の音色を旋律に乗せ、歌にする。
凄く……心が満たされてく。
私の心は果てない暗闇から飛び出して……天高く手を掲げる。
「ワンダフルー! すごいネー!」
「やっぱり上手ね〜」
拍手を浴びて、手を下ろす。
あの頃と違って……拍手を聞いて心が跳ねる。
私の演奏を……ちゃんと聞いてくれる。
技術だとか、難度とか……そんなモノサシで見ない。
彼女たちの純粋な心が……私の心を満たしてくれる。
よかった。
結束バンドに入って……本当によかった。
こんなにも暖かくて、素敵な人たちに出会えたのだから。
この気持ちと思い出は、絶対に忘れない。