伊地知 虹夏side
「う〜ん……やっぱり買い換えた方がいいかな〜……」
机の上に並んでいる何本ものドラムスティックを、腕を組みながら眺める。
どれも削れやササクレ、しまいにはチップの欠けが目立ってきている。
ローテーションで使い回して誤魔化し誤魔化しでやってきたけど、流石に限界を感じざるを得ない。
「……よしっ! 明日は休みだし、楽器屋に行って新しいの買おう!」
意を決し、ドラムスティックを束ねて仕舞う。
するとスマホからロインの通知を知らせる音が鳴った。
『明日、暇?』
リョウからだ。
「おはよう、虹夏」
「おはよ〜」
駅前で待ち合わせた相手……リョウがやってきた。
珍しく時間ぴったりだ。
毎回とは言わないけれど、大抵はマイペースな態度を崩さず遅刻してくる事が多々ある。
「それじゃあ行こっか」
電車に乗り込み、ちょうど良く空いていた席に座る。
車窓からぼーっと景色を眺めていると、ふと視線に気が付いた。
視線の元へ顔を向ける。
「どうかしたのリョウ?」
「んっ」
そう言ったきり、数秒の間黙りこくった後……口を開いた。
「こうして虹夏と2人で遊びに出掛けるの、久し振りだよね」
「そうだっけ?」
思い返してみたら……そうかもしれない。
前のバンドを抜けたリョウを誘って、喜多ちゃんが逃げて、ぼっちちゃんと出会って、喜多ちゃんが戻って来て、花奏ちゃんが加わって……
「まあ、色々あったもんね〜」
「そうだね、色々あった」
本当に色々あった。
それはもう、波乱万丈と言っても過言じゃないと思う。
バンド活動に大学入試、STARRYのバイト、教習所……2人だけの時間を作るのは昔よりも難しくなってきている。
そう考えると、なんだか物悲しい気分になりそうで……
「これから、もっと大変になってくるのかな」
「……………………」
リョウは顔を背ける。
会話が途切れ、そのまま互いの間に沈黙が続く。
私も外の景色を眺めて時の流れに身を任せる事にした。
そのまま互いに沈黙を貫きながら電車に揺られ……
「あのさ」
沈黙を破ったのはリョウからだった。
「なに?」
体を背けたまま、顔だけをリョウの方に向ける。
「……なんでもない」
「え〜なになに? 気になるじゃん」
「なんでもないって」
なんでもないハズないでしょ、とは言わない。
言ったところで次の言葉は返ってこない。
ならこれ以上、突っかかる必要はない。
そうしてそのまま目的地である御茶ノ水駅に電車が止まり、そこで降りる。
駅から出て大きめの楽器屋に程なく到着し、店内に足を踏み入れる。
「リョウは何か買うのあるの?」
「今日は特には」
だから虹夏の用事を先に済ませていいよ、と言葉を続ける。
それなら、さっさと用事を済ませよう……と思って別の方向へ視線を向ける。
その視線の先に……見覚えのある姿が見えた。
「……ねえ、リョウ。あの子って確か」
「ああ……あの時の」
並んでいる楽器を眺めながら歩っている1人の女の子。
小柄で、黒いパーマのかかった髪を揺らしている女の子。
あの日……FOLTでのライブの後、花奏ちゃんに会いに来た子だ。
「ねえ、何してるの?」
話しかけてみる事にした。
彼女は私の声に気付き、振り向いてこちらに視線を向ける。
驚いたような顔を一瞬だけ浮かべ、それから口が開いた。
「結束バンドの……あの時は、申し訳ありませんでした。勝手に楽屋に入ったりして……」
そして深々と頭を下げる。
「いいのいいの、気にしないで」
「それに、完全に部外者なのに打ち上げに参加させてもらったり……」
「いつも部外者なのに何食わぬ顔で打ち上げに参加する呑んだくれもいるから気にする必要ないよ」
リョウがフォローを入れる。
「……ありがとうございます」
「白雪さん、だったよね? ……白雪さんも楽器やってるの?」
「あっ、いや……初めてみようかな、って」
「ふーん……ギター見てたみたいだけど、興味があるの?」
「ギターは……いいです」
「じゃあ、花奏みたいにキーボード?」
「私、ピアノ弾けないので……」
白雪さんは花奏ちゃんの幼馴染らしいけど、だからといってピアノが得意とは限らない。
まあ、当然だ。
「あの、STARRYに大山って子が働いてますよね?」
「うん、居るよ」
「彼女のバンドって……他に誰がいるんですか?」
大山さんのバンド……か〜。
白雪さんも秀華に通ってるらしいし、あの子に誘われたのかな?
「確か彼女以外、誰もいないよ。ベース買った子を誘ったみたいだけど断られてたし」
「……そうですか」
「白雪は何か楽器弾いた経験はあるの?」
「えっ?」
白雪さんはリョウの言葉を受け、硬直した。
少しの間、茫然とした様子で佇んでいて……
「いっ、いえ。全く。ど素人ですっ」
「ふーん?」
なんだか挙動不審だ。
まあ、そこを突っついても詮無い事。
「伊地知さん……ドラムでしたでしたよね?」
「うん」
「ドラムって、楽しいですか?」
思いがけない質問だ。
「楽しいよ。思うように体が動いてリズム刻んだり叩いたりするの、すっごく気持ちいいからね」
「お陰で虹夏の腕や足はムッキムキ」
「なにを〜!?」
「あはは……」
リョウにアームロックを仕掛ける。
白雪さんが苦笑いを浮かべている。
「でも実際問題、練習する場所も楽器を置く場所もないですから……」
白雪さんが暗い表情で俯く。
私はリョウに掛けていた技を解いて、白雪さんと向き合うように移動する。
「練習するぐらいならトレーニングパッドで出来るよ。あんまり嵩張らないし」
「そうなんですか?」
「せっかくだし、色々教えてあげるよ。リョウも構わないよね?」
「モーマンタイ」
「あ……ありがとうございます、伊地知さんに山田さん」
そうこうして、白雪さんに色々とレクチャーしてあげた。
試し打ちもしてみたけど、花奏ちゃんの側でずっとピアノを聞いていた影響か、音感やリズム感は優れてそうに感じた。
ただ……
「腕の動きが鈍いね、特に手首」
そう、腕が動きに追いついていってない。
筋力不足もあるだろうけど、それ以上に何かぎこちなさを感じてしまう。
「大丈夫? なんだか痛そうだけど……」
「い、いえ……ちょっと疲れただけです」
そんなに疲れるほど叩いてはいないハズだけど……慣れない事をして疲れる事もあるか。
「はぁ……楽器で演奏するのってこんなに大変なんですね」
「そこはセンスとか練習あるのみだからね〜」
「私に出来る気がしません……」
「最初から上手く演奏できる人なんていないよ」
「そうそう!」
リョウの言う通りだ。
どんな天才だって最初は初心者。
「お姉様は最初から完璧に近い出来で弾けてましたけど」
「それは超レアケースだから参考にしちゃダメ」
本物の天才っているんだなぁ。
「……白雪ってさ」
「はい?」
「花奏と付き合ってるの?」
「んふっ!!」
「は?」
「ちょっ、リョウ!?」
コイツは何を言い出すんだ!
白雪さんも茫然としてるし!
「いたいいたい、頭グリグリしないで」
「変なこと言うからだっ!」
「変なことって……普通は友達の事を『お姉様』なんて呼ばないでしょ」
「それは……」
そうかもしれないけど、だからってその発想は飛躍しすぎてる。
ただ単にそう呼んでるだけかもしれない。
「私とお姉様は付き合ってなんかいませんし、友達でもありません」
「えっ?」
「いやいや、友達でしょ? どう見ても?」
「幼馴染です」
「??????????」
私とリョウが並んで首を傾げる。
友達じゃなくて、幼馴染……?
どういう意味……?
「そもそも、なんでお姉様って呼んでるのさ?」
「お姉様だからです」
あっけらかんと言い放つ。
答えになってない気がするのは私だけ?
「白雪さんと花奏ちゃんって別に姉妹じゃないでしょ?」
「いえ、姉妹ですけど」
「えっ?」
なんだかとんでもない発言が飛び出た。
花奏ちゃんと白雪さんが姉妹?
そんなこと、ある?
「……もしかして、あの人から何も聞いてないんですか?」
「う、うん」
「はぁ〜……せめてバンドの人たちには言えばいいのに……」
呆れた表情で溜め息をつく白雪さん。
「あのですね、私……白雪 花澄と姫榊 花奏は血の繋がった姉妹なんです。
ですから付き合うとか、恋愛感情を向けるとかあり得ませから」
「……苗字、違くない?」
「あの人は姫榊家に養子に出されたので」
養子。
……養子!?
「えっ、じゃあ……同じ学年って事はもしかして、双子……二卵性双生児?」
「違いますけど」
ぐぅぅぅ〜。
私と白雪さんの視線が同時にリョウに向けられた。
2人とも、ジト目で。
「ソーセージの話聞いたらお腹空いた」
「食べ物の話じゃねぇよ!!」