【完結】沈黙のピアニスト   作:高科奈紗

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エンジェルドラマー(後編)

 伊地知 虹夏side

 

 話の腰を折られ、お昼時という事もあり私とリョウと白雪さんの3人でファミレスに入ることなった。

 案内された席に座り、テーブルの上にメニューを広げる。

 

「虹夏、奢って」

 

 コイツはほんと……。

 白雪さんも苦笑いの表情を浮かべてるし……。

 

「わかったわかった、山盛りポテト頼んであげるから好きなだけ食べなさい!」

「虹夏……」

 

 リョウが目を潤ませて私を見つめてくる。

 

「ウインナー付きのヤツがいい」

「厚かましいな?」

 

 白雪さんが引き攣った表情してる。

 

「お姉様に集ったりしてませんよね……?」

「しないよ、花奏には」

「そういえば花奏ちゃんはそーいう事しないよね。喜多ちゃんやぼっちちゃんと違って」

「ん……ならいいです」

 

 そんな事してたらぶっ飛ばしてました、って言葉が聞こえた気がするけど、きっと気のせいだ。

 

 

「それで、さっきの話の続きだけどさ」

 

 店員さんに注文をし終え、私は話を切り出した。

 リョウも白雪さんに視線を向けている。

 

「あぁ、私とお姉様の……どこまで話しましたっけ?」

「ソーセージの話」

「それはもういいから、リョウ。……双子じゃないのに同い年っておかしくない?って」

「はぁ……」

 

 白雪さんは呆れた表情で大きくため息をついた。

 

「あの人はほんと……何も言ってないんですね……」

 

 確かに花奏ちゃんは自分の事を殆ど語らない。

 聞かないと答えないし、聞いてもはぐらかす。

 彼女はそんな子だ。

 

「私は2月2日産まれ、お姉様は1月3日産まれ。

 血の繋がった姉妹で、同学年なのはおかしい……そう言いたいんですよね?」

「うん。1ヶ月差の姉妹なんて有り得ないでしょ?」

「3、4ヶ月差の実の姉妹はいるらしいけどね」

「へ〜……でも流石に1ヶ月は、ねぇ?」

 

 白雪さんは顎に手を置いて何か考え事をしている。

 そして考えがまとまったのか、こちらに向き直った。

 

「シュレディンガーの猫、って知ってますか?」

「……? なにそれ?」

「伊地知さん、この人ほんとに下高の人なんですか……?」

「残念ながらね」

 

 私はリョウの頭を掴んで軽く振る。

 カラカラと音が鳴り響く。

 白雪さんが「うわぁ……」と言いながらドン引きしている。

 

「確か、量子力学の話だよね」

「そうです」

「どんな話?」

「ん〜……そうだね〜……。

 ……ここに1つの装置と1匹の猫があったとします」

「うん」

「その装置は50%の確率で仕掛けが作動して、作動すると猫が死んじゃうの」

「かわいそう」

「そういう話じゃない。……で、その装置は外からじゃあ作動してるかどうかは確認できない」

「欠陥品だね」

「茶々入れるのやめて? ……じゃあ、リョウに質問。装置に猫を入れました、装置の中の猫はどうなる?」

「……? ……外から装置の作動が判別できないなら、分からないんじゃ?」

「そう言う事」

「…………???」

「装置の中は死亡した猫が居るか、生きている猫が居るのか分からない状況になってる。

『観測するまで物事の状態は確定しない』……って話だったよね、白雪さん」

「ええ、そうです。伊地知さんの言う通りです」

「……花奏と白雪の話とは関係なくない?」

「ええ、関係ないですよ」

「えっ」

 

 じゃあ今までの私の説明はなんだったの!? 

 

「伊地知さん、さっきの猫の話をどう思います?」

「どう、って……結果を見るまで何があるか分からないって話じゃないの?」

「私にとっては違います。……山田さんは?」

「ん……」

 

 リョウに視線を向ける。

 

「現実的な話じゃないな、って思った。そんな装置、あるわけないでしょ……って」

「その通りですね」

「んっ? どーいうこと?」

「まず前提が間違ってるんですよ。前提が」

 

 前提? 

 ……花奏ちゃんと白雪さんの関係の、前提? 

 

「なんで伊地知さんは私とお姉様を双子だと思ったんですか?」

「同い年の、血の繋がった姉妹だから」

「私は一言も『同い年』だなんて言ってません」

「……えっ?」

「あぁ、そういう事か」

「リョウは分かったの!?」

「うん、多分だけど。……虹夏、前提を否定しないと」

 

 前提を否定? 

 ……私は2人を双子だと思った……その理由は同い年だから……でも、同い年じゃない……けれど、2人は同じ学年で……

 

「……あっ」

「気が付いた?」

「同学年だからって、同い年とは限らない……そういう事!?」

「正解です、伊地知さん。お姉様は私の1つ上の年齢で、本当なら高校2年なんです」

 

 確かに、これなら2人の生年月日の差は約13ヵ月……現実的な範囲だ。

 

「でっ、でも何で白雪さんと同じ学年に通ってるの?」

「昔、大怪我して1年間入院、その所為で中学に上がるのが遅れたからですね」

「あ……」

 

 5年前の事件の話が脳裏をよぎる。

 だから……1つ下の学年に。

 

「相当、複雑な事情があるみたいだね」

「まあ、そうですね」

「……養子って話も、聞いていい?」

「りょ、リョウ!?」

「ええ、構いませんよ。けどその前に……」

 

 店員さんがやってきて、注文した料理がテーブルに並べられていく。

 

「お腹空いちゃいました」

 

 *

 

 白雪 花奏side

 

「ごちそうさまでした」

 

 料理を食べ終え、スプーンを置く。

 久しぶりに外食したけど……やっぱりこういったお店の料理は美味しい。

 

「で、私たちの身の上話でしたっけ?」

「まあ……イヤなら話さないでいいんだよ?」

 

 伊地知さんは優しい人だ。

 ドラムの事を教えてくれたし、今だって気を遣ってくれている。

 

「私は聞きたい」

 

 うん、この人はロクでもねぇ人だ。

 ……まあ、結束バンドの方々なら話してもいいだろう。

 お姉様と私を、掬い上げてくれた人たちなら。

 

「私たちの親は事業が上手くいかなくて、昔はすごく貧乏だったんです」

 

 伊地知さんと山田さんが静かに私の言葉に耳を傾ける。

 私はそのまま言葉を続ける。

 

「そこで、父親の友人であった姫榊家の方が……私たちのどちらかを養子に寄越せば、生活を援助してやると申し出てきたんです」

「それって……」

「ええ、酷い話ですよね。……でも、仕方なかったんです。そうしなければ、私たち家族全員はこうして生きていなかった。当時の白雪家に子供を2人養うだけの力はありませんでしたから」

「花奏の今のご両親は……憎まれ役を買って出た、って事?」

「ですね。もっとも、私はあの人たちを恨んでなんていません。むしろ感謝しています。

 きっとお姉様も同じでしょう」

「……………………」

「なので私たちは戸籍上は他人ですけど、血が繋がってる……なんとも奇妙な話ですよね」

「でも、全部腑に落ちた」

「だね〜、自分から進んで言いたがる事ではないし」

 

 それでも、この人たちにはちゃんと話すべきだと思うけれど……あの人だしなぁ。

 

 

 会計を済ませ(山田さんの分は伊地知さんが支払ってた)、私たちはファミレスを後にする。

 結局、ドラムパッドやらなんやらは買わなかったけど……余裕ができたら初めてみようかな、なんて思った。

 

「今日はありがとうございました、色々と教えていただいて」

「いいのいいの、私たちも大事な話を聞けたし」

「花奏は何も言わないからね」

「あはは……」

 

 あの人の将来が心配になってきた。

 けど、まあ……大丈夫だろう。

 結束バンドという仲間がお姉様には居る。

 この人たちなら……お姉様とちゃんと共に歩んでいってくれる。

 私のように、道を踏み外さず……道を間違えずに、歩んでいけるだろう。

 

 2人と別れ、帰路に着く。

 心の中に宿る暖かさを、感じながら。

 心の中で笑顔を向けてくれる、お姉様と結束バンドの人たちを感じながら。

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