姫榊 花奏side
「……………………」
「……………………」
私と後藤さんが並べたパイプ椅子に座っている。
お互い何も言わず(そもそも私は喋れない)、ただ音楽室は静寂に包まれている。
いつものお昼休みの日常風景だ。
私はお昼休みになると、真っ先に音楽室へ足を運ぶ。
ほぼ同時に、後藤さんも到着する。
そして互いに何も言わずに椅子を4つ引き摺り出して並べ、座る。
これがお決まりのパターンだ。
私は静かなのは嫌いじゃない。
つい最近まで耳が聞こえなかったからか、何も聞こえないという状況が自分の中では当たり前になっていた。
だからこうして、互いに沈黙を貫いている状態を何とも思わない。
「あっ、あの」
「ぅ……?」
珍しい。
後藤さんから話を振ってきた。
視線を向けるが、彼女は俯いたまま。
「きょ、今日のお昼ご飯は……何にしたんですか……?」
『ウィダーインゼリー』
「あっ……虹夏ちゃんに言いつけます……」
『冗談だからやめて』
鞄から惣菜パンを取り出し、それを後藤さんの前に差し出す。
冷めても美味しいカレーパン。
「カレーパン……」
『コンビニのパンってどれも美味しい』
伊地知さんたちにお説教されてから、私はお昼にパンを食べるようにした。
登校する時にコンビニに寄って、その日のお昼に食べるパンを買う。
10秒チャージを買うのが、惣菜パンに変わっただけ……とも言う。
「……作ってもらわないんですか?」
『小林さんの味付け、好きじゃない』
「姫榊さんが味音痴なだけなんじゃ……」
『何か言った?』
「いっ、いえ……」
私が味音痴なんじゃない、みんながおかしいんだ。
……もうそろそろ、来る頃かな。
視線を後藤さんから音楽室の入り口へと向ける。
「相変わらず早いわね〜」
「お姉様、後藤先輩!」
喜多さんと花澄がやって来た。
2人とも椅子に腰掛け、それぞれ昼食を用意する。
「今日はカレーパンですか?」
花澄に視線を向けて頷く。
「私に言ってくれれば、お姉様の分も作って来ますのに」
『いらない』
「むぅ」
花澄の料理も、私の好みじゃない。
もしも頼んだら花澄は私好みの味付けのお弁当を用意するだろう。
わざわざ味付けを変えて2人分を用意させるなんて苦労はさせたくない。
それぞれ昼食を済ませ、世間話に花を咲かせる。
もっとも、話題を振るのはもっぱら喜多さんか花澄で、私と後藤さんは聞き役だけど。
「あっ、そういえば最近、オーチューブでハマってる投稿者がいるんですよ」
オーチューブ。
確か、最大手の動画共有サイトだったような。
結束バンドのMVもそこに投稿されてるらしいけど、私は見たことがない。
FOLTもチャンネルを設けてたハズだ。
「この人……なんですけど」
花澄がスマホの画面を見せてくる。
どうやらギターの演奏を撮影して投稿している人らしい。
名前は……
「ギターヒーローって名前、安直でダサいですけどド素人でもメッチャ上手って分かるぐらい凄い演奏するんですよ!」
ギターヒーロー……素直な名前だ。
分かりやすくていいと思う。
『チャンネル登録者数10万って、多いの?』
「個人で運用してるチャンネルなら上澄みですよ! 動画の再生数も100万越えとかありますし!」
「うへへ……えへへ……」
なんか後藤さんがニヤついてる。
「お姉様もギターヒーローみたいにピアノ演奏して投稿してみたらどうですか?」
『ヤダ』
「え〜、なんでですか!」
『興味ない』
「むぅ……とりあえず、お姉様も1度見てください!」
そう言われてスマホを手渡される。
画面を操作して、動画を再生する。
そこに映し出されたのは、1人の少女。
顔が見切れているが、おそらく体格から察するに私たちと同じぐらいの年齢だろう。
服装はジャージ……人前で演奏するのにジャージって……。
でも、ギターの演奏は凄く上手だ。
ピアノ以外の楽器は疎いけど、多分プロの世界でも通用するレベル。
……っていうか。
「……………………」
後藤さんに視線を移す。
「……………………」
そしてスマホの画面に視線を落とす。
「……………………」
再び後藤さんに視線を移す。
『これ、後藤さんでしょ?』
「うぇっ!?」
「はっ?」
この手の動き……どう見ても後藤さんの動きと一致している。
今は殆ど見てないけど、前は後藤さんの手元を見ながら演奏していたから彼女の手の癖はよく分かる。
「いやいやいや! 有り得ないですよ!」
『なんで? どう見ても後藤さんの手の動きだよ?』
「概要欄を見てくださいよ! 《友達数1000人越え》とか《バスケ部エースの彼氏持ち》とか! 後藤先輩がそんなリア充なわけないじゃないですか!?」
「ぐはぁっ!?」
『見栄張りたいだけの虚言、後藤さんはそういう人』
「おろろろろろっ!!」
「姫榊ちゃんたちにバレちゃったわね、ひとりちゃん」
「え……喜多先輩、マジですか……?」
「マジもマジ、大マジよ」
やっぱり。
「うわっ……うわー……」
『世の中って狭いね』
花澄が明らかに落ち込んでる。
相当、ショックだったのだろう。
それにしても……うん、やっぱり後藤さんは凄い。
あなたの演奏は、どこか心が引き込まれる所がある。
『でも見た感じ、最近は投稿されてる動画の本数が少ないね』
「ばっ、バイトやバンド活動で時間があまり取れなくて……」
なるほど。
通学で片道2時間も費やしてたら時間の確保を難しいか。
「それに、再生数も横這い……って感じですね。固定ファンはたくさんいるんでしょうけど」
よく分からないけど、動画サイトは数字がモノを言う世界……なのだろう。
見ず知らずの人たちに評価されるのがそんなに嬉しい事なのかな? とは思うけど……所謂1つの承認欲求というヤツか。
心なしか動画の中の後藤さん、イキイキしてるように見えるし。
『動画の中の後藤さん楽しそうだね』
「えっ……?」
「………………?」
「あっ、い、いえ」
なんだろう。
なんなんだろう、後藤さんの反応に引っかかるところがある。
昼休みが終わり、そして午後の授業が終わり……家に帰って、自分の部屋で独り……スマホの画面を見ていた。
ギターヒーロー。
後藤さんの、もう1つの側面。
心の何処かで、私は彼女にシンパシーを感じていた。
私と同じ……同類のような、そんな事を勝手に感じていた。
でもやっぱり、彼女の演奏を聞くと……私とは違う、私なんかよりもっと凄い人なのだと思い知らされる。
私のような型にハマった演奏ではなく……《自分を見ろ》と言わんばかりの、自分だけの演奏。
その演奏が……羨ましく感じた。
私には出来ない事が、あなたには出来る。
……本当に羨ましいな。
〜〜〜♪
ロインの通知音だ。
後藤さんからの……個人メッセージ。
『週末、うちに遊びに来てください』
前にも遊びに誘われたな……あの時は路上ライブに駆り出されたんだっけ。
結束バンドに加わって、彼女たちと交流を深めて……彼女たちの人となりは理解出来ている、と自負している。
だから分かる。
絶対に何か企んでる。
後藤さんが自分から何か物事を言い出す時は……彼女の中で、覚悟が決まってる時だ。
何を企んでるかは知らないけど……その思惑に乗ってやる。
『いいですけど路上ライブは勘弁してくださいね』
そう返信すると、程なくして返事が返って来た。
『その件は本当に申し訳ありませんでした!!』
うん、やっぱり後藤さんは面白い人だ。