【完結】沈黙のピアニスト   作:高科奈紗

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ヒーローと神童(後編)

 後藤 ひとりside

 

おじゃまします

 

 約束通り姫榊さんが私の家にやってきた。

 前に1度、彼女を家に招いた事があったけど……その時と同じ白いロングワンピースに身を包み、首元には指輪を括り付けたネックレスをしている。

 違うところと言えば、肩に背負っている物が前回の時よりも大きくなっている。

 

 前回と同じように、菓子折りを受け取り……自室に姫榊さんを通して、私はリビングに向かう。

 机に菓子折りを置き、コップを取り出して……ジュースを注ぐ。

 

「お姉ちゃん、今日はカナデちゃんが遊びに来たの?」

 

 妹のふたりが後ろにいた。

 目をキラキラと輝かせていて……どうやら、ふたりは姫榊さんの事を大層、気に入ったようだ。

 

「うん、だからテレビでも見て……」

「ふたりも一緒に遊ぶー!」

 

 そう言ってふたりは猛ダッシュで駆けて行った。

 迷惑かけてないといいけど……。

 

 コップを持って自室に入ると、ふたりの宣言通り姫榊さんとふたりはじゃれ合って遊んでいた。

 

「きゃーっ!」

「……………………」

 

 姫榊さんがふたりを高い高いしている。

 しかも真顔で。

 その様子を見て……姫榊さんに白雪さんが抱きつき、頭を撫でている日常風景を思い起こしてしまい……

 

「ゲロゲロ〜〜〜!!」

「うわー、またお姉ちゃんが吐いた」

「……………………」

 

 

 やっと虹色の吐瀉物を片付け終えた……なんだかいつもより多く吐き出したし、口の中で胃酸の味が残ってる気がする……。

 洗面台で口の中をすすぎ、マシになってきたけど……。

 自室に戻るとふたりの姿はもう無く、体育座りしている姫榊さんが居た。

 特に何かしている様子もなく、ただただぼーっとどこにも焦点を合わさず空中を眺めていた。

 

「おっ、お待たせしました……」

「……………………」

 

 私の声に気付いたのか、姫榊さんがこちらに視線を向ける。

 私は咄嗟に目を逸らす。

 

「……………………」

 

 何か、目で訴えかけているようで……私はただ目を逸らす事しか出来なかった。

 もしかして、怪しまれてる……? 

 ……でっ、でも、姫榊さんが悪いんです、姫榊さんが悪いんですよ……。

 

「とっ、とりあえず……セッションしましょうか……?」

「……………………」

 

 数秒だけこちらを視線で捉えた後、彼女が静かに頷き立ち上がる。

 バッグからキーボードとスタンドを取り出し、セッティングをし始める。

 私もギターの用意をして……よし、これでオッケー。

 

 

 お母さんにお昼ご飯が出来たと呼ばれるまでぶっ続けでセッションし、お昼ご飯を済ませて……今は自室で寛いでいる。

 姫榊さんは……相変わらず、目線で何かを訴えかけている……ような気がする。

 少なくとも、いつもより目力が込められているのは確かだ。

 

「……………………」

 

 そろそろ……本題を切り出すべきだろうか。

 そう思った時だった……

 

何か企んでるでしょ?

「ぴっ!?」

 

 なっ、なんでバレたの……!? 

 いや、でも企むなんて……別に悪いことはしてないし、するつもりもない……姫榊さんのペースに乗せられるな、後藤ひとり! 

 

「……そっ、それはこっちのセリフですよっ」

「…………?」

 

 訳がわからんといった面持ちで首を傾げる姫榊さん。

 なるほど……あくまでシラを切るつもりですね……なら、証拠を出すしかない。

 

「こっ、これを見て……まだ、そんな態度でいられますか……?」

 

 私はスマホの画面を操作して、姫榊さんに見せ付ける。

 そこに表示されているのは……FOLTのオーチューブチャンネル。

 

それがどうかしたの?

「とっ、とぼけないでください……」

「……………………???」

 

 動画を1つ、再生して……それを姫榊さんの目の前まで持っていく。

 スマホから流れるのは、SICK HACKのイライザさんの歌声と……キーボードの伴奏。

 画面に写っているのは……顔が見切れているけれど、小柄な女の子とイライザさん。

 その小柄な子が身にまとっているのは花緑青のドレス……そう、姫榊さんの家に行った時に姫榊さんが着ていたのと同じドレス。

 

「こっ、これって……姫榊さ……」

私だけど、どうかしたの?

 

 私が言い終わる前に、姫榊さんはあっけらかんと言い放った。

 特に表情を変える事もなく。

 

「どっ……どういうつもり、なんですか?」

「…………???」

「なんで、FOLTのチャンネルに……」

ちょくちょくFOLTに遊びに行ってて、イライザさんに一緒に動画撮らないかって言われたから

「……………………」

「……?」

 

 ちょくちょくFOLTに遊びに行っている。

 一緒に動画を撮っている。

 この前、SIDEROSの練習に参加したらしい事もお姉さんが言っていた。

 

 ……私の中で、モヤモヤとナニカが渦巻く。

 そのモヤモヤを吐き出すように……言葉を捻り出す。

 

「イライザさんと演奏してる姫榊さん……なんだか、楽しそうですね」

「…………???」

 

 相変わらずの表情で首を傾げる姫榊さん。

 自分の中のモヤモヤが膨れ上がっていく。

 モヤモヤの正体が何かだなんて気にも止めず……再び言葉を捻り出す。

 

「私と一緒に動画撮りましょう。いいですよね?」

 

 *

 

 姫榊 花奏side

 

 なんだか妙な事になった。

 まあ……動画を撮るぐらいなら別にいい。

 後藤さんも、顔が映らないように編集すると言ってたし。

 

「……………………」

 

 横目で機材をセッティングしている後藤さんを窺う。

 いつも暗い表情してるけど……今日はなんというか、一段と暗い表情と……オーラ? 雰囲気? ……をしている気がする。

 

「……準備、終わりました」

私も準備するから後藤さんは後ろ向いて

「えっ、あっ、はい……?」

 

 後藤さんが背中を向ける。

 私は着ていたワンピースをスルスルと脱ぎ……鞄からドレスを取り出し、それを見に纏う。

 念の為、持ってきておいてよかった。

 人前で演奏するなら、きちんとした格好でしなければ。

 

 着替え終えた私は、それを知らせようと後藤さんの肩を軽く叩く。

 

 ふにっ。

 

「……………………」

「……………………」

 

 振り向いた後藤さんの頬に、私の人差し指がめり込む。

 後藤さんのほっぺた、柔らかいな。

 

 つんつん。

 

「……………………」

「……………………」

 

 もちもちしてて、くせになりそう。

 柔らかくてちゃんと弾力がある。

 それにハリもあって……艶は無いけど。

 特に手入れしてるわけでもなさそうなのに……これは正直、羨ましいな。

 ちゃんとお洒落すれば美人さんなのに、勿体無い。

 

「あ、あの……そのドレス……私の分もある、とか言いませんよね……?」

自分のしか持ってきてない

「なっ、なら良かった……」

 

 私は後藤さんの肩から手を離し、キーボードの前に立つ。

 そんなにあの服が着たくないのか。

 ジャージより遥かにマシだと思うけど……。

 

「そっ、それじゃあ……このスコアを……」

 

 後藤さんから譜面を差し出され、それを受け取る。

 わざわざ用意した……って事は、これが目的だったんだ。

 それぐらい、言ってくれればいいのに。

 

 譜面台に譜面を置き、深く息を吸う。

 後藤さんを横目で窺う。

 

「……………………」

 

 相変わらず、俯いたままだけど……その表情はどこか晴れやかで、さっきまでの暗い雰囲気は全くない。

 ちょっと心配だったけど……杞憂だったみたいだ。

 

 

 演奏が終わり、着替えと機材の片付けも終わって……私と後藤さんは向かい合って座っている。

 

いいの撮れた?

「あっ、はい……ばっちりです」

ならよかった

 

 そこで会話が途切れ、私たちの間に静寂が佇む。

 後藤さんの意図はよく分からなかったけど……満足してもらえたようだ。

 

また、一緒に撮ろうね

「はっ、はいっ! ぜひっ」

 

 その後、また後藤さんと時間が経つのを忘れてセッションし……夕ご飯までご馳走になってしまった。

 流石にこれ以上の長居は出来ない……名残惜しさはあるけど、帰らなければ。

 

「あっ、あの」

「ん……?」

 

 玄関で呼び止められ、振り向く。

 後藤さんがこちらを真っ直ぐに見つめている。

 私も視線と体を向ける。

 

「わっ、私……たしかに、宅録してる時は楽しいですけど……みっ、みんなと一緒に演奏してる時も、楽しい……ですから」

「……………………」

「だから……その……」

私の居場所は結束バンドだよ

「っ……!」

FOLTの人たちもいい人ばっかりだけど、私のホームはSTARRYで結束バンドの皆が大切な人たち

 

 喜多さん、伊地知さん、リョウさん、店長さん、PAさん、大山さん、日向さん……そしてあなたが居る、あの場所が私は好き。

 その気持ちは一生、変わらない。

 絶対に変えさせない。

 だから……

 

これからもよろしくね

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