姫榊 花奏side
ここら辺でいいか。
肩に背負っているキーボードバッグを下ろす。
私の……私と共に今まで歩んで来てくれた、相棒。
短い間だったけど、お世話になった。
お前には……これから、最後の仕事をしてもらうよ。
*
喜多 郁代side
「おっはよ〜、ひとりちゃん!」
「あっ、おっ、おはようございます」
新しい1週間が始まった。
いつもと変わらない日常風景。
ひとりちゃんと合流し、その後に姫榊ちゃんが加わって……白雪さんが姫榊ちゃんに飛び付く。(その後、高確率でひとりちゃんが溶ける)
それが私たちの、もはやルーティーンとも呼べる光景。
……そのはずだった。
「あれっ?」
いつも姫榊ちゃんが合流する場所を通り過ぎる。
けれども彼女の姿は無くて……
「いっ、居ませんね……先に行っちゃったんでしょうか……?」
なんだろう、イヤな……胸騒ぎがする。
結局、姫榊ちゃんとは合流出来ず、白雪さんも見当たらないまま学校に到着した。
「しっ、白雪さんまで……」
「多分、白雪さんは風邪でお休みだと思うわ」
「そ、そうなんですか……?」
「昨日、風邪ひいちゃったらしいって姫榊ちゃんから聞いたから」
「なるほど……」
しかし、昨日の姫榊ちゃんはすこぶる元気だった。
そもそもあの子、風邪とか無縁そうだし。
きっと、お昼休みになったら会える。
そう思う事にした。
姫榊ちゃんは音楽室にも現れなかった。
お昼休み、ひとりちゃんが先に向かったであろう音楽室へ赴く。
そこにいたのは、ひとりちゃんだけ。
鍵の締まってる扉の前で佇んでるひとりちゃんしか、そこには居なかった。
「……………………」
いつもなら、姫榊ちゃんとひとりちゃんが黙りこくったまま音楽室の中で待っている。
けれど、今日は違う。
「……私、大山さんに聞いてくる」
「あっ、はい……」
ひとりちゃんの小さな声を背に、1階へ向かう。
大山さんは白雪さんと同じクラスだったハズ。
彼女なら何か知っているかもしれない。
「あー! 喜多先輩! こんちゃーっす!!」
「こんにちは、大山さん。……今日って白雪さん、休み?」
「すみちゃんですか? 今日は風邪で休みですね!」
すみちゃん……?
……あっ、カスミだから?
姫榊ちゃんの事もかなちゃんって呼んでるし……そうなんだろう。
「そっか、姫榊ちゃんは知らない?」
流石に他のクラスの事は把握してないだろう……と思ったけど、ダメ元で聞いてきた。
「かなちゃんも休みみたいです!」
「あっ、そうなの? ……他のクラスなのになんで知ってるの?」
「体育の授業で一緒なんで! でも休みの連絡は来てないらしいです! かなちゃんも風邪ひいちゃったんですかね!?」
……連絡が来てない?
姫榊ちゃんが……無断欠席?
風邪をひいてても……彼女なら連絡ぐらいするハズ。
「ん……ありがとう、大山さんも風邪に気をつけてね」
「はいっ!!」
姫榊ちゃんにロインを送る。
既読は……つかない。
音楽室に向かうと、ひとりちゃんが中で座って待っていた。
「白雪さんは風邪で休みみたい。姫榊ちゃんは……無断欠席だって」
「そう……です、か」
姫榊ちゃんに何があったのだろう?
昨日はほんとに何も変わった様子も無かったのに……。
スマホの画面をジーっと眺めていると、姫榊ちゃんに送ったメッセージに既読がついた。
そしてその直後、1件の通知が届いた。
姫榊ちゃんからの返信だ。
しかし、その内容は……グループメッセ、しかも結束バンド全員に対して。
それも……ビデオ通話。
「ひとりちゃんにも来てる!?」
「はっ、はい……」
おそらく、伊地知先輩とリョウ先輩にも来ているハズだ。
しかし……姫榊ちゃんがビデオ通話だなんて、普段ならあり得ない。
だって彼女は……喋れないから。
つまり、この事態は……今、起こっている事態は普通じゃない。
そう示しているも同然だ。
「とにかく、開いてみましょう!」
「あっ、はいっ!」
2人で参加の項目をタップする。
画面に映し出されたのは、私とひとりちゃんと伊地知先輩とリョウ先輩の顔。
そして……
「姫榊ちゃん!」
俯いた姫榊ちゃんが映し出された。
表情は見えないけれど……明らかに様子がおかしい。
姫榊ちゃんの画面をフォーカスする。
「なになに? 花奏ちゃんは学校じゃないの?」
姫榊ちゃんが徐々に遠ざかっていく。
彼女の後ろに広がっているのは……海、そして大きな橋。
彼女の前にあるのは……彼女がいつも使っているキーボード。
「郁代、何があったの?」
「わっ、分かりません……ただ、姫榊ちゃん無断欠席してるみたいで……!」
状況が飲み込めない。
彼女は今、どこにいるの?
これから、何をしようとしているの?
訳も分からず画面を眺めていると……画面の中の姫榊ちゃんが鍵盤に指をゆっくりと這わせ、演奏を始めた。
私のよく……いいや、私たちのよく知っている曲。
『小さな海』
しかも……キーボードソロにアレンジされている。
私たちは姫榊ちゃんの演奏をただただ、黙って聞いていた。
黙って聞くしか出来なかった。
姫榊ちゃんらしくない……感情の篭っていない演奏を。
演奏が終わるった途端、姫榊ちゃんからの通話が途切れた。
「姫榊ちゃん!?」
応答はない。
当然だ。
「ぼっちちゃんに喜多ちゃん、繋いだままにしといて」
「はっ、はい……」
「…………………………」
何が起こっているの?
分からない……何も、分からない。
「1つずつ状況を整理していこうよ。まず、花奏ちゃんは学校に来てないんだよね?」
「はい、無断欠席だって大山さんが言ってました」
「服装は私服だった、制服じゃない。
それに演奏してた楽曲、アレは明らかに即興で作った物じゃない。無論、私もあんなスコアを書いて渡した覚えはない」
「姫榊さんは……計画を立てて、行動を起こした……?」
「そういう事になるね。それに、どう見ても協力者がいる」
協力者……?
「スマホが独りでに動く訳ないもんね」
画面が姫榊ちゃんから徐々に遠ざかっていってた……つまり、撮影者が他にいる!
「郁代、花澄は学校に来てる?」
「い、いえ……来てないです」
「やっぱり白雪さんが協力して……」
「違うと思います! 彼女は今、風邪をひいて寝込んでるハズですから!」
「そうなの?」
「はい、間違いありません。昨日……姫榊ちゃんから聞きましたから」
「郁代は昨日、花奏に会ったの?」
「はい……でも、至って普通に元気でした。あんな事をするようには……」
「なら一体、誰が……?」
「あっ、あの……ちょっと、いいですか……?」
「どうしたの、ひとりちゃん?」
「多分、ですけど……撮影していた人は、黒髪の人じゃないかな……って」
「黒髪?」
「は、はいっ。一瞬だけ……風でなびいた黒い髪の毛が画面に映り込んだ気がして……」
「黒髪……やっぱり、花澄が?」
「いっ、いえ……パーマはかかってなかった、気がします……」
「ん〜……花奏ちゃんに協力しそうな黒髪の人……」
「花奏の家の使用人は?」
「あの人は銀髪ですね」
「……一旦、協力者の事は置いておこう」
「あ……あの場所、どこなんでしょうか……?」
「花奏ちゃんの後ろにあった橋って、レインボーブリッジじゃない?」
「多分そう。……花奏はおそらく、芝浦埠頭にいる」
芝浦埠頭。
……芝浦埠頭!?
「ここからめっちゃ遠いじゃないですか!?」
「下北沢から電車で40分以上かかる」
「仮に今から向かったとしても、移動してるだろうね〜……」
「そんな……」
どうすれば……そもそも、姫榊ちゃんは何がしたかったのだろう。
何を伝えたかったのだろう。
そう思った時だった。
〜〜〜♪
姫榊ちゃんからロインが届いた。
グループメッセだ……そこにはこう書かれていた。
『放課後、STARRYで待ってます』