【完結】沈黙のピアニスト   作:高科奈紗

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Schweigen ist Gold

 伊地知 虹夏side

 

 いよいよ明日だ。

 私たちの……花奏ちゃんの運命を決める日。

 

 あの時の花奏ちゃんの演奏、その後の宣戦布告。

 そして、ぼっちちゃんの提案。

 ……色々な事があり過ぎた。

 

 花奏ちゃんがクリスマスライブに出ないと言ってきた時は「よし、絶対に年末ライブでギッタンギッタンに叩きのめして分からせてやろう」と決意した。

 結局、その覚悟は無駄になったわけだけど。

 

 どうやって説得したのかは知らないけれど、ぼっちちゃんが花奏ちゃんを連れて来た。

 私たちがこれから勝負をする事なんて全く意にしてないように……花奏ちゃんは普段通りに振る舞っていた。

 正直、嬉しかった。

 もう二度と、前みたいに笑い合うなんて出来ないって思ってたから。

 

 結束バンドはもうとっくに、花奏ちゃんの居場所になっていたんだって感じる事が出来た。

 だからこそ、明日は負けるわけにはいかない。

 

 そんな折……白雪さんから連絡が来た。

 

『お話したい事があります』

 

 私は送られてきた住所を地図アプリに入れて、その場所へ向かった。

 曰く、白雪さんのお家らしい。

 

「こんにちは、伊地知さん」

「こんにちは〜、白雪さん」

 

 よくありそうな普通の一軒家の前に、白雪さんが佇んでいた。

 

「ここが白雪さんのお家?」

「ええ、そうです。……リョウさんは?」

「あー、うん……アイツは来ないって」

 

 リョウも呼ばれていたけど、アイツは「ヤダ」と言っていた。

 全く、ほんと……。

 

「はぁ……まあ、いいです」

 

 白雪さんが呆れ顔で深くため息をついた。

 

「それで、話って何かな?」

 

 大方の予想はつく。

 多分……

 

「お姉様の事です」

 

 やっぱりね。

 

「大体の事情は猫々と恵恋奈から聞いてます。ほんとに……あのクソ姉が迷惑をかけて申し訳ないです」

 

 白雪さんが深々と頭を下げる。

 なんていうか、この子はとにかく『筋を通す』事を大切にしている節がある。

 

「白雪さんが頭を下げる必要ないよ。ほら、顔上げて?」

「……ありがとうございます」

 

 それでも、申し訳なさが表情に滲み出ている。

 それと……ちょっとばかりの憤りも感じられた。

 

「あの人の事ですから、皆さんに何も事情を説明してないのでしょう?」

「ん……そうだね、なんでバンドを辞めたがるのか聞いても答えてくれなかったよ」

「は〜っ……ほんと、あいつは昔から変わらない……」

 

 額に手を当てて再び大きくため息をつく。

 この子も苦労してるんだなぁ……。

 

「呼んでくれたって事は、白雪さんは事情を知ってるの?」

「いいえ、全く知りません」

「えっ」

 

 それじゃあ、何の為に呼んだの……!? 

 

「知りませんけど、事情を知ってる人がここにやって来るので……その人に全部、洗いざらい吐いてもらいます」

 

 事情を知ってる人? 

 ……誰だろう? 

 

「ぶっちゃけますとね、私は怒ってます」

 

 うん、なんとなーく見てれば分かる。

 今にもコメカミに青筋が浮き出てきそうだもん。

 

「ええ、私は部外者ですよ。それに戸籍上は他人。でもね……あいつの妹である事に変わりはないんですよ! 

 なのにあいつは……! 私が風邪で寝込んでグロッキーになってる間に下らない事ばっかりして!! そのくせ私に、いや結束バンドの人たちにすら何も言わないなんて!! ほんっとーに腹が立つ!!」

「あはは……と、とりあえず落ち着こう?」

 

 気持ちは分かるけど……ね? 

 

「はぁ、はぁ……とにかく、今は事情を聞きましょう。もうすぐで来るハズです」

 

 白雪さんがそう言った数分後、後ろから足音が聞こえてきた。

 その音の主を確認しようと振り向いたら……

 

「……………………」

「さあ、全部吐きやがれこのバカ姉」

 

 花奏ちゃんだ。

 

「花奏ちゃん……?」

どうして伊地知さんがここに?

「私が呼びました。貴女は今日、私の両親に話があるからここに来たんですよね?」

 

 花奏ちゃんがコクンと頷く。

 

「事情を説明しないと、我が家の敷地は跨がせませんから」

「……………………」

 

 なんとなく、状況が飲み込めた。

 事情を聞くなら、本人から聞くのが一番だ。

 

「花奏ちゃん、ちゃんと理由を話して?」

「……………………」

 

 花奏ちゃんがジッと見つめてくる。

 私はその視線を真っ直ぐに受け止める。

 そして、ペン先をメモ用紙に走らせる。

 

私、ドイツに留学する事になりました

 

 えっ? 

 

「りゅ、留学ぅ!?」

 

 *

 

 白雪 花奏side

 

「どうぞ」

「ん……ここが白雪ちゃんのお部屋ねぇ」

 

 お姉様と伊地知さんを家に招き入れ、伊地知さんを自室に通す。

 お姉様は父さんと母さんにお話をしに行った。

 

「お姉様の家みたいじゃなくて申し訳ないです」

「いやいや、これぐらいが普通なんだよ」

 

 まあ、それはそうだ。

 

「そういえば花奏ちゃん、家に入る時……珍しく緊張してたね」

「11年振りですからね、この家に来るのと……両親に会うのが」

「ん……そっか、それもそうだよね」

 

 伊地知さんは私たちの事情を知っている、だからこそここに呼んだ。

 ……本当はリョウさんにも来て欲しかったけど。

 

「……あっ、ドラムパッド! やっぱり練習してたんだね〜」

 

 伊地知さんが部屋の隅に置いてある練習用のドラムパッドを指差す。

 

「先日はお聞き苦しい演奏をしてしまいまして……」

「いやいや、初心者にしては上出来だったよ! それにしても……白雪さんが大山さんや日向さんとバンド組むなんてね〜」

「まあ……猫々の熱意に押されて」

「ふ〜ん……?」

 

 伊地知さんがニヤニヤした顔で見てくる。

 ちょっとイラッときた。

 

「……あれ、これって?」

「あっ」

 

 ヤバっ、片付けるの忘れてた……! 

 

「ウクレレだよね? ウクレレ弾くんだ? ……あれ、でも前に楽器はド素人って……」

「……………………」

「白雪さん?」

「普通、あの場で『ウクレレ弾けます!』なんて言わないでしょう!?」

「えっ、ま、まぁ……確かに?」

「それに、普段から練習してるわけではないので……他人に聞かせられるレベルじゃないですよ」

「へ〜……白雪さんのウクレレ、聞いてみたいな」

「話聞いてましたか?」

「聞きたいな〜」

「伊地知さん???」

「今度、ドラムの練習教えてあげるからっ!」

「え〜……はぁ、クレームは受け付けませんからね?」

「やった!」

 

 ウクレレを手に持つ。

 いつ振りだ、これ弾くの……えっと、指はここで……

 

「あ〜、んっ、ん」

「弾き語りなんだ?」

「弾き語りしてこそのウクレレでしょ」

「まあ、イメージは強いよね〜」

 

 よし……それじゃあ……

 

「では……」

 

 〜♪ 

 

「あっ、違った」

「たはは……」

「いやもう、ほんと……期待しないでくださいね?」

「わかったよ〜」

 

 再び弦に指を置く。

 ふーっ……っと深呼吸をする。

 今度こそ……

 

 〜♪ 

 

隣の海草は青く見えるさ 陸に行くのは大きな間違い

 

 初めてこれを弾いたのは……確か、6歳の時だったかな。

 

まわりを見てごらん この海の底

 

 お姉様に憧れて、私もピアノをやってみたいって思って……3日も持たずに挫折して、それならウクレレはどうだ、って言われて……

 

なんて素敵な世界だ これ以上なにを望む

 

 まあ、分かってはいたけど私に音楽の才能なんて無いなって思い知らされた。

 

素晴らしい アンダー・ザ・シー

 

 いくら練習したって、ちっとも上手にならない。

 

ダーリン 私の言うこと信じて

 

 それでも、お姉様は褒めてくれた。

 お世辞かもしれないけれど……嬉しかった。

 

あっちじゃ働くだけ 朝から晩まで

 

 バンド、頑張れば……お姉様みたいに輝けるのかな。

 

こっちじゃずっと遊んでラッキー アンダー・ザ・シー

 

 音楽こそが、私とお姉様を繋いでくれた標。

 だから……私も、頑張ってみたい。

 

「ふぅ〜……ご静聴ありがとうございました……」

「お〜、よかったよ〜」

「いやいや、所々ミスりまくったし……」

「まぁ、確かにド下手だったね」

「あぐぅ!?」

 

 はっきりと言いますか!? 

 

「でも、最後まで諦めずに弾いてやるって気持ちは感じたよ!」

「……そりゃあ、どーも」

 

 顔を背けてウクレレを置く。

 はー……恥ずかしい……。

 

 パチパチパチパチ……。

 

「んっ!?」

 

 部屋の扉越しに拍手が聞こえてくる。

 そして扉が開いた。

 

久し振りに聞いたよ花澄の弾き語り

「あ゛あ゛あ〜〜!!」

 

 この人にだけは聞かれたくなかったのに!! 

 

いいじゃん、私は好きだよ花澄のウクレレ

「うっさいうっさーい! 父さんたちへの話は済んだんですか!?」

済んだよ

「なら、こっちの話を詳しく聞かせてくださいっ!」

 

 お姉様が伊地知さんの隣に座る。

 伊地知さんが横を向いてお姉様に視線を送る。

 

「ドイツに留学、だっけ?」

 

 お姉様はコクンと頷く。

 

「まだピアノをしていた時、何回も留学を断ってましたもんね」

なんで知ってるの?

「むしろなんで知らないと思ったんですか?」

「……………………」

「今回は断るわけにはいかないの?」

 

 お姉様が伊地知さんをジッと捉える。

 

これが最後の機会だそうです。私に出来る、最後の親孝行の機会ですから

「親孝行……」

 

 伊地知さんが顔を伏せて俯く。

 その表情は、どこか陰りが見えて……

 

いつ日本に帰って来れるか分からない、もしかしたら戻って来れないかもしれない。

 でも私は、結束バンドと離れたくない気持ちもある

「花奏ちゃん……」

 

 お姉様は、板挟みになっていたんだ。

 私たちの命の恩人であるあの人たちに報いるか、大切な友達と共に歩んでいくか……

 

伊地知さん、お願いがあります

「……なに、花奏ちゃん?」

私と一緒に……姫榊花奏を倒して、私をロックの世界へ連れ出してください

「……花奏ちゃんは、それでいいの?」

「……………………」

 

 2人の視線がぶつかり合ったまま、時間が過ぎてゆく。

 まるで時が止まったような、そんな錯覚に陥りそうになる。

 

許されるなら、あなたたちと一緒に居たい。ずっと一緒に居たい

「……わかった! 明日、絶対に勝とうねっ!」

 

 伊地知さんがお姉様の手を強く握る。

 2人の瞳には、お互いの姿がくっきりと映っていた。

 お姉様が選ぶ道を……私は応援しよう。

 お姉様を支えられるように、強くなろう。

 貴女と並んで歩んでいけるように……。

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