山田 リョウside
初めて会った時、私の無神経な発言の所為で彼女を傷付けてしまった。
次の日、彼女は何事もなかったかのように……全く気にしていない様子で、スタ練に遊びに来てくれた。
そしてその後、彼女が結束バンドに加わり……自分のキーボードが欲しいから買いに行くのに付き合ってくれ、と言われた。
正直に言うと、面倒くさかった。
けれど彼女が結束バンドの為に頑張ろうとしている姿勢を……無碍にはしたくなかった。
渋谷は苦手だけど、キーボード専門店に連れて行った。
最初は贖罪のつもりだった。
彼女は気にしてないだろうけど、自分の中では罪悪感が残っていたから。
店内に並んでいるキーボードを眺めて、目をキラキラと輝かせている彼女を見て……罪滅ぼしとかどーでもよくなった。
初めて見た表情だった。
いつもの仏頂面からは考えられない表情。
もっと色々な表情を見てみたいな。
色々あって、彼女の過去を知った。
だからと言って、私の中で何かが変わったわけではない。
彼女は彼女、何も変わらない。
私たちの関係は何も変わらない。
そう思っていた。
いや、そうであって欲しいと……思っていた。
*
喜多 郁代side
最初に面と向かって会ったのは……お昼休みにひとりちゃんを探している時だった。
音楽室のドアを開けたら、目の前に彼女が居た。
そしてその後方に、ひとりちゃんが座っていた。
彼女の名前と、失声症だという事は知っていた。
ただそれだけ……今後も深くは関わらないだろうと、その時は思っていた。
まさか、結束バンドに入るなんて……思いもしなかった。
正直、嬉しかった。
彼女と一緒に、これからずっと演奏出来るんだ……って。
違かった。
ずっとだなんて……そんなのは、都合のいい幻想。
彼女は今……独りでステージに立っている。
彼女は今……自ら独りの道を選ぼうとしている。
彼女を止める術は……1つしかない。
*
後藤 ひとりside
演奏が始まった。
あの時……彼女が学校をサボって、ビデオ通話で演奏していた曲。
『小さな海』
でも、あの時とは違い……彼女の奏でる音色は澄み渡っていた。
迷いや恐れを感じさせない……優しい旋律。
彼女は高い技術を持っている、けれどもそれ以上に……感情を旋律に乗せて演奏する事に長けている。
いつも彼女は、演奏する曲に心を委ねている。
曲に心を通わせ、一体となる。
心の通った旋律が、人々の心を揺れ動かすのは当然の道理で……。
次の曲が始まった。
この曲も、聞いた事がある。
あの時……やみさんがSTARRYにやって来て、彼女が逃げて……その次の日に音楽室で演奏していた曲だ。
あの日の夜、気になってネットで調べた。
彼女がどんな曲を弾いていたのか……知りたかった。
彼女の事を、もっと知りたいな……って思ったから。
『憾』
おどろおどろしい……なんとも物騒な題名だ。
確かに、様々な負の感情を乗せて演奏しているけれど……そこには他の感情もあった。
彼女の優しさや愛情の深さも込められていた。
そして何より……未練な思いが一番強く感じられた。
何に対しての未練だろうか?
……結束バンドに対しての、未練?
3曲目……最後の曲だ。
この曲も……知っている。
私が彼女と初めて会った時に……弾いていた曲だ。
『別れの曲』
彼女は……本当に私たちと離れ離れになる事を望んでいるのだろうか。
本当に望んでいたとしても……私は、イヤだ。
そんなの、イヤだ。
辞めさせない。
絶対に……彼女の手を離さない。
絶対に、離してやるもんか。
*
姫榊 花奏side
首元にかけているネックレスを手のひらで握る。
私のソロ演奏は終わった。
次は……結束バンドの演奏だ。
結束バンドの演奏が終わった後、喜多さんがMCでどっちの演奏が良かったか観客に聞く……そういう手筈になっている。
私のソロ演奏が勝つように、結束バンドの演奏は手を抜く……そんな事はしない。
伊地知さんと約束したんだ、絶対に……結束バンドとして、勝つって。
私は持てる力を全て出して、ソロ演奏をした。
それを打ち破ってこそ……私の心残りは漸く晴れる。
その為にも……私は、私を全力で越える!
『小さな海』
ソロの演奏と、同じ楽曲をぶつけてきた。
この程度で気後れはしない。
大丈夫だ……いつも通りに弾けば、勝てる。
今の私は……独りじゃない。
これからもずっと、みんなと一緒に……
《あんな事をして、一緒に居られると?》
「っ……!?」
指が、重い。
思ったように動かせない。
それだけじゃない。
聞こえない。
何も、聞こえない。
このままじゃあ、リズム隊に合わせられない。
「最後まで手間を掛けさせるね」
いや……聞こえる。
リョウさんの声だ。
「約束したでしょ、絶対に勝つって!」
伊地知さんの声も。
聞こえる。
彼女たちは……私を受け入れてくれる。
私はもう……間違えない!
決めたんだ、あなたたちと一緒に……!
「また一緒にコンサート観に行きましょう!」
そうだ、喜多さんとの約束……まだ果たしてない!
「もっといっぱい、一緒に動画撮りましょう」
そうだ、後藤さんとも……動画撮ったり、セッションしたり……するんだ、これから!
みんなと一緒に、これからも歩んでいくんだ!
全てが終わった。
あっという間に時間が過ぎた。
息を整えたり汗を拭う事さえ忘れて……心の中に充満する高揚感と充実感に浸る。
楽しかった。
独りで演奏するより……楽しかった。
独りで演奏するのって……あんなにつまらなかったんだ。
喜多さんがMCでどっちの演奏が良かった、聞いている。
拍手の多かった方が勝ち……らしい。
分かってる。
どっちの勝ちかなんて、聞くまでもない。
「カナデちゃんの演奏の方が良かったと思う人!」
会場が静まり返る。
拍手は、一切湧かなかった。
「結束バンドの演奏の方が良かった人!」
ステージ上に拍手が向けられ、響き渡る。
鳴り止まない賞賛の雨嵐。
分かってた。
完敗で、完勝だよ。
私はもう……独りの道なんて選べない。
もうとっくに……独りじゃなかったんだ。
『煮るなり焼く好きにして』
ステージから捌けて、みんなに向き直る。
私はもう、結束バンドの……いや、後藤さんのものだ。
「ほら、ぼっちちゃん」
伊地知さんが後藤さんの背中を押す。
そして私の目の前に立つ。
俯いたままで。
「……………………」
後藤さんは深呼吸をして、顔を上げた。
視線がぶつかり合う。
どんな言葉で私をロックの世界へ連れ出してくれるのだろうか。
「……行って、ください」
「……ぇ?」
行ってください?
……どういう、こと?
「留学、してください……ドイツに、行くんですよね……?」
伊地知さんが伝えたのだろう。
いや、そんな事よりも!
……私は、もう要らないとでも言うのか!?
「そっ、その代わり!」
「…………?」
なんだ……?
何を……?
「必ず……ここに、戻って来てください……!」
「っ!」
「どれだけ時間が経っても、私たちは……ずっと! ずっと……待ってますから!」
「そーいう事! 行っておいで姫榊ちゃん!」
「お土産期待してるからね、花奏」
「離れていても……どれだけ時間が経っても、私たちは一緒だよっ!」
みんなは……
「き、きっと……このまま姫榊さんが、ここに居たら……絶対に後悔する……離れ離れになるのはイヤだけど、後悔させる方が、イヤだ……!」
あなたは……本当に、私の事を考えて……
「だから……!」
ありがとう、みんな。
「あり……が、と……みん、な」
*
私が乗るのは始発の電車だというのに、みんな律儀なものだ。
下北沢駅の前に到着すると、既にみんな着いてるんだから。
「おはよー、姫榊ちゃん!」
「おっ、おはようございます……」
「ねむっ……」
「最後ぐらいはしっかりしろっ!」
「あははっ……おはようございます、お姉様」
喜多さん、後藤さん、リョウさん、伊地知さん……それに、花澄。
みんな、見送りに来てくれた。
「わざわざ朝早くから、ありがとうございます」
「お見送りぐらい、しっかりしないとね!」
「今生の別れじゃあるまいし」
「リョウ〜〜!!」
「ふふっ、2人はいつでも相変わらずですね」
「そうね〜、でもそれが伊地知先輩とリョウ先輩らしいという……か……」
喜多さんの歯切れが悪い。
それに驚いた表情で大きく目を見開いてこちらを見ている。
「喋ってる!! 姫榊ちゃんが普通に喋ってる〜!?」
「しゃ、喋れるようになったんですか、姫榊さん……!?」
「うん。それでも無理して声出すなって言われてるけど、こんな日なんだから頑張って声出す」
「こんな声なんだね、花奏の声って」
「ハスキー……ってよりは、ウィスパーって感じ?」
「思い出の中の声と全然、違う……もっと高い感じだったのに……」
なんだか知らないけど、花澄が膝と手を地面に着けて項垂れてる。
そこは普通に喜んでよ?
「声出して、喉痛くないの?」
「正直、めちゃくちゃ痛いです。今にも声が枯れ……そ、ぅ……」
「ダメじゃん! 無理して声出さなくていいから!」
「ん……」
でも、これぐらいは頑張らないと。
「……………………」
後藤さんの視線に気付いた。
視線の先にあるのは、私の目……ではなくて、ネックレスに仕立てた指輪。
「後藤さん」
「ぁえ……?」
ネックレスを外して手に取る。
そして、それを後藤さんの手に握らせる。
「持っておいて。帰って来るって約束の担保」
「えっ、え!?」
あたふたと腕を振る後藤さん。
やっぱりこの人、面白いな。
「姫榊ちゃんの大事な指輪なんじゃないの?」
「だからこそ、です」
思い出の……大切な指輪。
だからこそ、あなたに持っていてほしい。
「まあ、後藤さんなら良いですよ。無くしたりしたら全力でシバき倒しますけど」
「ひぃぃっ!?」
責任重大だね、後藤さん。
「もうそろそろ時間じゃない?」
腕時計に視線を落とす。
発車まであと5分ぐらいだ。
「まっ、言いたい事はもう言ったし」
「それはそうだけどさ〜……」
「でもやっぱり、少し寂しいというか……」
「……………………」
みんな、暗い表情をしている。
やっぱり、そうだよね。
私も……正直、辛い。
けれど……
……そうだ、言わないと。
花澄に……
「お姉様!」
「ん?」
花澄が顔を上げてこちらを見つめる。
私はその視線に応える。
「私、お姉様と並んで立てるぐらい……立派になりますから! 音楽の勉強、いっぱいして……待ってますから!」
「花澄……」
私はポーチの中に入れていた手を止め、引っ込める。
……この子の決意を、無駄には出来ないな。
「花澄」
「お姉さ……んむっ!?」
私は花澄の頬に手を置き、顔を近づけて……互いの唇を重ね合わせた。
「えっ」
「なっ!?」
「きゃ〜!!」
「あ、あっ、あ……やっぱりお2人って……!」
「ぼっちちゃん! 2人は血の繋がった姉妹だから!!」
「えっ、し、姉妹……? あ、あれ、でも……???」
「あの2人って姉妹だったんですか!?」
「虹夏、事態をややこしくしてる」
「私の所為!?」
騒がしい人たちだな。
「お、お姉様……?」
「大好きだよ、花澄。勉強……頑張ってね」
「えっ、あ……は、い?」
視線を花澄から後藤さんたちに向ける。
「みんな、またね!」
「うん、また」
「またね、花奏ちゃん!」
「また会いましょう!」
「あ、あわわ……」
「ぼっちちゃん、溶けないでー!!」
手を振り、背を向けて改札を抜ける。
心残りはない。
いつか帰って来る、その日まで……私はピアノの道を歩んでいく。
心の中にある、大切な友達の想いを背負って……。
電車の中で椅子にもたれかかり、2枚のチケットをポーチの中から取り出す。
そして……その内の1枚をビリビリに破く。
私がライブの前日、花澄の家に行ったのは……あの子を一緒にドイツに連れて行くのを両親に認めてもらうため。
その話をする為に、行った。
その状況を利用されるとは思わなかったけど……結果的には、それで良かった。
こうして、憂いなく旅立てたから。
両親との話はすんなり済んだ。
あっさりと、花澄のドイツ行きを認めてくれた。
……けれど、あの子の決意に満ちた目を見て……言い出せなかった。
それにきっと、あの子の為にならない。
「楽しみにしてるね」
*
後藤 ひとりside
それからの話、を少しだけしようと思います。
姫榊さんがドイツに留学した後……白雪さんがSTARRYでアルバイトをするようになりました。
本格的に大山さんたちとバンドを始める……と言っていました。
そして、音大を目指して猛勉強中……とも。
あと、毎年誕生日になると姫榊さんからリンゴが送られてくるとも言ってました。
白雪さん、リンゴが好きなのかな?
私たち、結束バンドはというと……それは皆さんの想像にお任せします。
ただ、私たちは……約束を果たす為に、頑張り続けてる……それだけは言っておきますね。
姫榊さんは……留学してすぐ、17歳で国際コンクールで結果を出しました。
メディアは大騒ぎだった……らしいですが、姫榊さんは取材などは全部断ったそうです。
なので、あまり全国的に話題にはなりませんでした。
知る人ぞ知る……って感じでカッコいいですね。
その後も様々な活躍を続け、それでも取材やテレビのオファーは断り続けた彼女は……いつしか《沈黙のピアニスト》なんて呼ばれるようになりました。
硬派な感じがして、カッコいい……!
まあ、実際の姫榊さんはお茶目な人なんですけどね。
私たちだけが知ってる一面です、えへへ……。
そしてある日、私の元に1通の手紙が届きました。
差出人は姫榊さん。
封筒を開けると、そこに入っていたのは……ポーランド行きのチケットと、リサイタルのチケット。
喜多ちゃんと虹夏ちゃん、リョウさんと白雪さんにも同様の手紙が届いたようです。
リョウさん曰く、姫榊さんのリサイタルチケットは普通に買おうとしたら倍率高すぎて手が出せない……との事。
オクで売ったらいくらになるかな、とか言ってたのは聞かなかった事にしました。
そしてリサイタル当日……私たちは、いや……会場に居た全員が衝撃を受けました。
リサイタルが終わり、そのまま姫榊さんがステージから捌ける……と思ったら、マイクを取り出したのです。
メディアに一切出ず、沈黙を貫き通したピアニストが……その沈黙を破った。
突然の引退宣言。
騒つく会場を尻目に姫榊さんはステージから姿を消した。
理由も言わず、ただピアノを辞める……とだけ言い放って、彼女は姿を消した。
彼女は……私たちとの約束を果たしてくれたんだ。
彼女なりに、満足のいく道を歩めた……だから、次は私たちと共に……。
……いこう。
みんなで、彼女を迎えに。
そして、もう一度……一緒に同じ音を奏でよう。
これからずっと、同じ道を歩んでいこう。
「みんな、ただいま!」
私たちの夢への道は、まだ始まったばかりだから。
これにて『沈黙のピアニスト』は完結です、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました!
後書きは活動報告の方にあげますので、興味のある方はそちらも目を通していただけると幸いです!
また、IFのお話についてのアンケートもよろしければお答えいただけると嬉しいです!
花奏ちゃんが結束バンドと対決しなかった世界線のお話で、どのキャラクター√を先に見たいですか?(ぼっちちゃんは最後で固定)
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虹夏ちゃん
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リョウ
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喜多ちゃん