姫榊 花奏side
いつもの通学路。
いつもの登校風景。
変わらない日常。
私はいつも独りだ。
音楽に再び触れても……何も変わらなかった。
ただただ、自分の無力さと愚かさを思い知るだけだった。
なら、あの出会いはなんだったのだろうか?
結束バンド。
私が憧れ、キッカケを作ってくれた人たち。
後藤 ひとりさん。
いつも死にそうな表情をしているけど、演奏している時は別人のような印象を受ける人。
喜多 郁代さん。
私の演奏を、心から褒めてくれた暖かい人。
私の演奏を、必要としてくれた人。
伊地知 虹夏さん。
私を心から心配してくれた人。例え、それが罪悪感から来ていた感情だとしても……それが彼女の優しさの本質なのは間違いだろう。
山田 リョウさん。
まさか、あんな形で再会するとは思ってもいなかった。
向こうは私を覚えていないみたいだったけど……そんな事はどうでもいい。
私の本質を一目で見抜いてきた人。だからといって別に彼女を怨んだり嫌悪したりはしない。
私が全部悪いのだから。
もう一度、彼女たちと共に音を奏でてみたい。
でも、私にそんな資格はない。
私には、もう……
「おはよう! 姫榊ちゃん!」
突然、目の前に現れた胸先三寸の人物に、思考は現実へと引き戻された。
喜多さんと後藤さんが、そこにいた。
*
後藤 ひとりside
いつもみたいに喜多ちゃんと合流し、登校していると……目の前に、見覚えのある後ろ姿が見えた。
「あれって、姫榊ちゃんよね? ……お〜い!」
喜多ちゃんが透き通った大声で呼びかける。
しかし、姫榊さんが振り返る事はなかった。
「聞こえなかったのかしら? ……それとも、昨日の事を気にしてる!? ……私たち、嫌われちゃった!?」
「どっ、どうなんですかね……?」
嫌われてはいない……とは思う。と言うより、そうであると思いたい。
それに……昨日から、私の中である一つの疑念が渦巻いている。
それは徐々に確信へと変わりつつあった。
「……おはよう! 姫榊ちゃん!」
喜多ちゃんは駆け足で姫榊さんの前に回り込んだ。
私も続いて姫榊さんの前に立つ。
「昨日は大丈夫だった? 今日はどこか調子悪いところはない?」
姫榊さんは少し考える仕草をした後……メモ用紙にペン先を走らせた。
『げろっぱ』
訳の分からない姫榊さんの言葉に、私と喜多ちゃんは呆然としてしまった。
そして……
「ふふっ、姫榊ちゃんって面白い子ね」
どうやら、彼女なりのジョーク……「もう気にしてないよ」という意思表示だったようだ。
……その態度が、私の中の疑念を確信へと近づけていった。
「姫榊ちゃんさえ良ければ、またスタ練に遊びにおいでよ。ねっ、ひとりちゃんもいいでしょう?」
急に話を振られ、思わず頭を何度も振ってしまった。
でも実際、彼女がやってくる事に異論はない。
最低限の形を成した演奏だったけど……あんな事が起こってしまったけど、出来るのならもっと一緒に演奏してみたい。
それは喜多ちゃんも同じ思いだったようだ。
きっと、虹夏ちゃんとリョウさんも。
『私なんかがいていいの?』
「いいに決まってるわ! 私たち、もう友達じゃない!」
やっぱり喜多ちゃんのコミュ力は凄まじい。
私には真似できない。
「それに、姫榊ちゃんのピアノ……またいつか聞きたい」
私は黙って頷いた。
私だって、聞きたい。
『機会があれば』
姫榊さんはそう書いたメモ用紙を見せて、軽く頭を下げてから走り去っていった。
待って。
その一言が言えなかった。
その先を言ってしまえば、私たちの関係が壊れてしまうような気がしたから。
その先を言ってしまえば、取り返しのつかない事になってしまう……そんな予感がしたから。
もしかして、あなたは……音が聞こえていないんじゃないんですか?