喜多 郁代side
お昼休みになると、ひとりちゃんはいつも忽然と姿を消す。
いつもだったら、ひとりちゃんを探し出して一緒にお昼ご飯を食べるところだけど……今日は、そういうわけにはいかない。
あの子に事情を聞かなくちゃならない。
見覚えのない顔と背丈から、1年生だという目星は付く。
それと、姫榊ちゃんと初めて会った日に姫榊ちゃんのクラスでは見かけなかったから……他のクラスの子なのだろう。
当てずっぽうで探ってみる?
……とりあえず、1階に降りよう。
そう思って階段を下ろうとしたら……
「……あっ」
見つけた。
今朝、姫榊ちゃんを突き飛ばして……怪我をさせた子……!
目的の子が、1階から上がってきた。
私と目が合う。
「ふう……探す手間が省けました」
パーマのかかった黒髪の少女がそう言った。
「結束バンドの方ですよね? 少し、お時間を頂けますか?」
*
白雪 カスミside
私と結束バンドの人は、人気の無い階段の踊り場で向かい合っていた。
「私は2年の喜多」
「1年の白雪です」
凄く睨まれている。
2年生で一番……いや、学校内で一番の人気者と噂の喜多先輩のイメージとはかけ離れた印象だ。
「それで……私に何か用があるの?」
何故か敵対心を持たれている気がする。
まあ、別に私は仲良し子良しがしたくて会いに来たわけじゃない。
「別にあなたじゃなくても良かったんですけど……もう1人のピンジャーの方が見当たらなかったので、あなたにお話しを聞いてもらおうってだけです」
「……要件は?」
「単刀直入に言います。あなた方……結束バンドは姫榊 花奏さんと今後、関わらないようにして下さい」
私がそう言うと、喜多先輩は更に鋭い目付きで睨み付けてきた。
「は?」
「私からはそれだけです」
「……あなたにそんな権利があるの?」
ふぅー……と私は深く息を吐く。
「あなた方はあの人の事を何も分かっていません」
「そんな事を聞いてるんじゃない!」
「そういう事なんですよ! あの人と関われば、あなた方も苦しむ事になる……これは忠告でもあるんです!」
「忠告……? いったい、何を……?」
「だから、何も知らないと言うんです」
喜多先輩は歯を食いしばって睨み付けてくる。
「……姫榊ちゃんの事はまだよく知らない事がたくさんあるけど、これからたくさん知っていきたい」
「それじゃあ、遅いんですよ」
「……あなたは姫榊ちゃんのなんなの!?」
「幼馴染みです」
「おさな……なじみ……?」
目を見開き、口が半開きになっている。
「その様子だと、本当に何も知らないみたいですね。……まっ、あの人は自分の事を話すなんて滅多にありませんから」
「……幼馴染みなら、突き飛ばして……怪我をさせてもいいの……?」
「え……?」
怪我? なんのこと……?
*
喜多 郁代side
「なんのことですか……怪我って……?」
白雪さんの態度が一変した。
高圧的な態度から……何かに怯えるような態度に。
その表情は、困惑の色を隠し切れていなかった。
「冗談はよしてくださいよ、喜多先輩……ねえ……?」
弱々しく両手で肩を掴んできた。
私は肩に手を置く。
「本当よ、白雪さん。あなたと姫榊ちゃんが言い争ってるところを見かけて……あなたが彼女を突き飛ばして、姫榊ちゃんは足を怪我したの」
「う、うそだ……私の事を騙そうとしてるんですよね……? 私の忠告を聞き入れたくないからって……!?」
白雪さんの肩が激しく震えだす。
「本当なの。幸い、軽い捻挫で済んだみたいだけど……運が悪ければ、言葉を話せない彼女が誰にも助けられずにそのままでいた可能性もあるのよ……?」
「違う……! そんなつもりじゃあ……!」
「それなら、姫榊ちゃんに謝ろう?」
「あ……あぁ……!」
白雪さんの肩の震えが段々と大きくなる。
背中にぞくりと悪寒が走る。
あの時と……姫榊ちゃんが、スタジオで吐いて倒れた時と同じ感覚だ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「白雪さん! 落ち着いて!」
白雪さんの小さな肩を摩る。
震えが止まらない。
壊れたスピーカーのようにごめんなさいと言い続ける。
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う」
「白雪さん……! 大丈夫だから! 姫榊ちゃんは無事だからっ!」
「あっ、か……はっ、あ……!」
息遣いが激しくなる。
おそらく……過呼吸になっている。
もう、私だけの手には負えない……!
「保健室……! ここからなら近い!」
白雪さんを背負い、全速力で突っ走る。
保健室へ駆け込んだ。
1日に2回も保健室にやってくるなんて……そんな風に考える余裕すらなかった。
*
後藤 ひとりside
「そ、そんなことが……」
放課後、喜多ちゃんとギター練習をする為に階段へ移動する間に昼休みに起こった出来事を聞いた。
「ひとりちゃんは、姫榊ちゃんと一緒に居たんだ?」
「あっ、はい……姫榊さんも、彼女は幼馴染みと言っていました……」
もっとも、私は白雪さんを実際に見たことはないのだけれど……。
「あの……白雪さんは、どうなったんですか……?」
「先生に処置してもらって、ぐっすり寝ちゃったわ」
「そ、そうですか……よかった……」
階段の踊り場に到着する。
喜多ちゃんはギターを取り出さずに立ち尽くしたままだ。
「……私たち、姫榊ちゃんともう会わない方がいいのかな」
「えっ……?」
「だって、今は大丈夫だけど姫榊ちゃんは最初、吐いちゃってたし……それに、白雪さんの事もあるし……」
「……………………」
「その方が、誰も傷付かずに済むんじゃないか……って」
「……喜多ちゃん!」
今日一番、大きい声が出た気がした。
「ひ……ひとりちゃん?」
「喜多ちゃんは……どうしたいんですか?」
「私は……っ……」
「私は、姫榊さんともっといっぱい、一緒に演奏したいです。演奏だけじゃない……もっともっと、色々なことがしたい、それが私の今の気持ち……です。喜多ちゃんは……どうですか?」
「私は……うんん、私も! ひとりちゃんと同じ気持ちよ!」
「なら……これからも、変わらずにいましょう」
きっと、姫榊さんも同じ気持ちのはずだから。