後藤 ひとりside
なんとなく、真っ直ぐ家には帰りたくなかった。
駅前の海沿いをゆっくりと歩く。
《これからも、変わらずにいましょう》
私は喜多ちゃんにそう言った。
その言葉と気持ちに嘘はない。
でも、同時に《このままではいけない》という気持ちもある。
今日のお昼休みの事を思い出す。
《予鈴が鳴っちゃいました……》
私はあの時、嘘をついた。
本当は予鈴なんて鳴ってない。
それなのに、姫榊さんは気にも留めないで椅子を片付けようとした。
完全に、疑念が確信に変わった。
《……なっ、なんでもない、です》
言えなかった。
彼女との関係が壊れてしまうかもしれない……そう思うと、言葉が出なかった。
私は、どうすればいいんだろう。
私は、どうすればよかったんだろう。
「あー、ぼっちちゃんじゃーん!」
声が聞こえた。
ベンチに、見慣れた女性が座っている。
「おっ、お姉さん……!?」
「奇遇だねー、学校から帰る途中?」
ベンチでお酒を煽っている女性……廣井 きくりさんと鉢合わせてしまった。
「あ、はい……でも、すぐに帰りたくなくて、散歩してたところで……」
「そっかそっかー、青春だねー」
すっかり出来上がってる……いや、いつもの事……?
「いつもよりドンヨリした顔してるね?」
「え、あ……?」
顔に出てたのかな……?
「話しぐらいはお姉さんが聞いてあげよう!」
「は、はあ……」
お姉さんに促され、隣に座る。
お酒の匂いがする。
「あ、あの……友達が何か、隠し事をしていたら……どうするのが正解なんでしょうか……?」
「んー?」
「本人が隠したがっているのなら、無理に暴こうとしない方がいいんじゃないか……って……でも、そうしたら何もかもが手遅れになっちゃうかも、って……」
「まー、その友達って子の事情はよくわかんないけどさ」
お姉さんが真っ直ぐに目を向けてきた。
「なんとかしたいなら、お互いに腹の内曝け出すしかないんじゃない?」
それが出来たら……
「それが出来たら苦労しない、って?」
「ひゅいっ!?」
心を読まれた!?
エスパー!?
「バンドマンが気持ちを伝えるんなら、手段は一つしかないっしょ」
そう言ってお姉さんは、私の背負っているギグバッグを指差した。
なんだ……簡単な事だったんだ。
「あ……ありがとうございますっ、お姉さん!」
「おー、私のアドバイス、役に立った?」
「は、はいっ! このご恩は一生、忘れません……!」
「大袈裟だってー」
「あっ、あの……お姉さんに、頼みたい事があるんですけど……」
「んー? なになにー? 可愛い後輩の為ならなんだって聞いちゃうよー?」
「──────────」
私の言葉に、お姉さんは目を大きく見開いた。
即座におちゃらけた表情に戻り……
「それぐらいお安い御用! きくりお姉さんにまっかせなさーい!」
「あ、ありがとうございますっ!」
作戦決行は……次の日曜日だ。
「あ……帰りの電車賃、ない……ぼっちちゃん、お金貸して?」
どうしてこの人はいつも、締まらないのだろうか。
*
姫榊 花奏side
後藤さんの家に遊びに誘われた。
彼女からそういた事を言われるとは思ってもいなかった。
何にせよ、友達……の誘いを断るほど私も無粋じゃない。
電車に1時間半程揺られ、金沢八景駅に到着。
……この距離を毎日通ってるとか、後藤さんってヤベー人だなと再確認した。
ショートメールで教えてもらった住所を地図アプリに打ち込む。
徒歩10分ぐらい……途中でどこか、休憩を挟んでから行こう。
なにこれ。
これが第一印象。
地図アプリの案内が終了して、目の前に広がる光景に言葉を失った。
いやまあ、私、喋れないんですけどね?
『歓迎! 姫榊 花奏様 癒しのひと時をあなたに……』
友達が遊びに来る時は、こうやって横断幕を掲げるのがしきたりなのだろうか?
私はやった事は無いが……だとしたら、カスミに無礼な事をしていたな。
……とりあえず、現実逃避をやめてインターホンを鳴らそう。
少し経ち、玄関のドアが開いた。
「ほ、本日はお日柄もよく……」
今日は曇り空だ。
『お邪魔します』
「あっ、はい……どうぞ、あがってください……」
後藤さんに促され、靴を脱いで家にあがる。
後藤さんの肩を叩き、持っていた紙袋を差し出す。
『ご家族と一緒に食べて』
中身は家の人が適当に包んでくれた菓子折り。
「あ……はい、ありがとうございます……」
後藤さんの自室に入る。
「あっ、飲み物取ってきますので……適当に寛いでてください……」
室内を見渡す。
殺風景極まりない。
それが第一印象。
でも、掃除は隅々まで行き届いている。
……清掃係として、ウチで雇うのもいいかもしれない。
前言撤回。
やっぱり後藤さん、ヤバイって。
盛り塩とお札ってなに?
この家、実は幽霊屋敷だったりしない?
ふと、視線を下に向けるとミニサイズの後藤さんがこちらを見上げていた。
「はじめまして! 後藤 ふたりです!」
ゴトウフタリ……後藤さん、妹がいたんだ。
なんだか親近感。
『はじめまして。ヒサカキ カナデです』
「カナデちゃん? っていうんだね! よろしくね!」
後藤さんと違って、元気ハツラツな子らしい。
しゃがんで目線を合わせる。
『ふたりちゃん、おねえさんはすき?』
「んー?」
妹ちゃんは首を傾げて少し考え込む。
「お姉ちゃんってクソめんどくさくてどんくさいからね〜」
酷い言われようだ。
後藤さんが可哀想になってくる。
「でも好きだよ!」
屈託のない笑顔を向けられる。
『いいこ』
頭をわしゃわしゃと撫でてやる。
わー! と戯れ合うように体を揺らす。
「いっ、いつの間に仲良くなってる……」
後藤さんが後ろにいるのに気が付かなかった。
「お姉ちゃんをよろしくお願いします!」
そう言って妹ちゃんは部屋から走り去っていった。
しっかりした妹だ。
姉と違って。
「あ、あの……お飲み物……」
『ありがとう、いただきます』
コップを受け取り、一口だけ飲む。
コップを置いてペン先を走らせる。
『妹さんの事、大切にしてあげてね』
「は、はあ……?」
私はもう、戻れないから。
壊れてしまったら、もう元には直らないから。
「えっと……それで、今日は……」
『セッションするんだったよね』
「は、はいっ」
鞄を下ろして、中身を取り出す。
「ポータブルキーボード……」
『家にあったのを適当に見繕って持ってきた』
なにやら後藤さんは呆然としている。
「あ、じゃあ……私も準備しちゃいますので……」
*
後藤 ひとりside
旋律が重なり合う。
みんなで演奏している時は、リズムを合わせるのに精一杯で本来の実力を発揮できていないのがはっきりと分かる。
いつもよりきめ細やかではっきりとした音。
「……少し、休憩しましょうか」
今日の目的を果たす時が来た。
姫榊さんとのセッションも、目的ではあるけれど……本命は、こっち。
コップに口付けてジュースを飲んでいる姫榊さんに、ポータブルオーディオプレイヤーを差し出す。
「あ、あの……私、バンド内で作詞を担当してて……りょ、リョウさんは作曲担当なんですけど……」
姫榊さんは「知ってる」という面持ちで頷く。
「し、新曲の音源をリョウさんから貰ってて……姫榊さんの意見も、聞いてみたいな、って……」
キョトンとした表情を浮かべる姫榊さん。
『部外者同然の私でいいの?』
「い、いいんです……色々な意見を、聞きたい……ので……」
姫榊さんは少し考えた後、プレイヤーを受け取った。
画面に表示されているのは、題名の付いていない4分30秒のトラック。
姫榊さんはイヤホンを耳に当てて、再生ボタンを押す。
私はその様子を、じっと眺めた。
しばらくの静寂の後、イヤホンを外してプレイヤーを差し出してきた。
再生し終わったのだろう。
「どう……でしたか?」
また少し考えた後、ペン先を走らせる。
『いいと思うよ、結束バンドらしくて』
「そう、ですか……」
やっぱり。
予想していた通りの答えが返ってきた。
重く閉ざしていた扉を、無理矢理こじ開ける。
ここから先は、地獄への道のりかもしれない。
それでも、前に進まなきゃいけない。
例え、私たちの関係が壊れたとしても……音楽が、私たちを繋いでくれると信じているから。
「……姫榊さん、あなたは……耳が聞こえていないですよね?」