6日目
「……ん」
「あ……」
頭痛え。なんだ? なんで俺はベッドで寝てるんだ。痛みに顏をしかめながら顏を右に向けると、カンナいた。
「なんで……」
「熱で……倒れたのよ」
ああ、それでか。やたらと頭は痛むし、体がダルいと思えばそういう事だったのか。
「全然休んでなかったからな。それでか。はあ……看病してくれてたの?」
冷たいタオルが頭に額に乗せられていた。痛む頭がヒンヤリと冷やされて気持ちがよかった。
「……ええ」
「というか、なんでカンナがここに? ここはウォームなのかい?」
「スフィーダよ。……あなたは執務室で立ち上がろうとして、前のめりに倒れたの。……おでこが痛むでしょう? そのせいよ……」
言われてみればデコが痛い気がする。中も外も痛いから、どっちの方が痛みが強いのかはっきりとしないな。
触ってみると、かさぶたのような感触がした。倒れた時に切ったのだろう。恐らくその時に出た血が固まったんだ。
「……今何時?」
「1時くらいよ」
という事はそこまで長い時間気を失っていた訳ではないみたいだな。よかった。
「……よ……とっ」
「……! まだ起き上がったらダメ……」
カンナが優しく俺をベッドへと押し戻した。多分、起き上がろうにも体が言う事を聞かないから、起き上がれなかっただろう。
「でも、やる事が山積みなんだ」
「ダメ……」
何か言い返そうと思ったが、カンナがじっと俺の目を見つめていたせいで何を言おうとしていたのか忘れてしまった。結果として、俺は一度開けた口を閉じた。
「せめて、外の様子を教えてくれ」
「こちらが有利よ。被害もあまりないみたい……。敵の数も減ってきているから、もう少しすれば終わるわ……」
「そっか……よかった」
安心したら急に胃が空腹を訴えてきた。そういえば、確か俺は倒れる直前飯を食べようと立ち上がったんだ。腹が減ってて当たり前か。
「……お腹、空いたの……?」
「うん。昨日から食べてなくてさ」
「そう……。おかゆ、作ったの……食べる……?」
「え」
「そうよね……。呪術師が作ったのなんて食べたくないわよね……」
「いやいや、そんな事ないよ。ありがたく食べさせてもらうよ」
そう言って俺はカンナからスプーンを受け取ろうとしたが落としてしまった。スプーンも持てないなんて相当弱ってるみたいだな。
「……食べて」
俺が落とすとわかっていたのか、カンナは用意していた別のスプーンを取り出し、おかゆを少量すくって俺の口の前まで持ってきた。
「あーん」
「ん……」
カンナは俺が飲み込んだのを見計らって再び俺におかゆを食べさせてくれた。
そうして俺は念願の食事を摂った。最後に、カンナは俺に飲み物を差し出した。それはやたらと甘かったが、不思議と全部飲む事が出来た。
それに何か入っていたのか、はたまた腹が満たされた事でか、とにかく俺は強烈な眠気を覚えた。
「今は……眠って…」
今ぐらいは休んでもいいか。そう自分を納得させると同時に、俺は再び意識を失った。
翌朝目が覚めた俺の体は昨日までの事が嘘のように快調を訴えていた。完治したどころか、これまでで一番体調がいい気がする。
「起きたのね……」
声のした方を見ると、カンナが椅子に座ってじっと俺の事を見ていた。相変わらずその表情は暗く、太陽から最も離れた位置に存在しているかのような印象を受ける。
誤解のないよう一言付け加えておくが、カンナは美人だ。それもかなり。スタイルにいたってはアンジェよりもいい。ただ致命的なまでにまとっている空気が暗いのだ。
「ずっと看ててくれたの?」
「ええ……」
カンナの目の下にはうっすらとくまが見えた。初めて会った時からくまはあったような気がしないでもないが、今回は俺の事を看ててくれたせいで出来たくまだろう。そう考えるとありがたい反面、申し訳ない気持ちになった。
「ありがとう。それでさ、早速で悪いんだけど、俺が寝てる間に戦闘はどうなった?」
「……勝ったわよ。夜に騎士長が来てたけど、あなたが寝てたから私が追い払ったの……。だから、詳しい事は知らないわ」
よかった。アンジェが行ってくれたし、多分俺の家も無事だろう。今回も、ほぼ被害を被る事なく危機を脱する事が出来たと言っていいだろう。
「それでさ、すっげー疑問に思ってる事あるんだけど、言っていい?」
「なんでも言って……」
「なんでカンナがいんの?」
俺の記憶が確かならカンナは見送りに来なかったから街案内の後王宮へ一緒に戻ったきり会っていないはずだ。見送りに来てくれなくて、ちょっと寂しかったから鮮明に覚えてる。
「ふふ……うふふ……! あなたのいるところに……私はいる……」
「え、いや……答えになってないし」
「あなたは……運命の人だから」
「え、ちょっ待って」
「ええ……あなたのためならいつまでも待つわ……」
重てえ。重たいよ。どうでもいいけど、私待つわいつまでも待つわを思い出してしまった。
「まさかとは思うけど、ウォームからずっと尾けてたのか?」
「ええ……あなたがウォームに来てからずっとあなたを尾けてたわ……」
「だからなんか肩が重たかったのか。まあでも、そのおかげで助かった訳だしなあ……」
「……騎士長が来るわ……」
カンナがものすごくイヤそうな顏をして言った。そして、カンナが言ったように程なくして騎士長が、気持ち静かに扉を開けて入ってきた。
「よう。元気そうだな」
「騎士長」
「お前が倒れたって聞いた時はびっくりしたぜ。もう体はいいのか?」
「カンナが看病してくれたおかげでね、もうバッチリだ」
「そう! カンナだよ、カンナ。なんでお前がここにいるんだよ? 昨日はゴタゴタしてて聞けなかったが、今日はちゃんと答えてもらうぞ」
「……気安く名前を呼ばないで……」
カンナは返事をするのも面倒だと言わんばかりに気だるそうに答えた。なんかさっきと態度が違うような気がするのは気のせいだろうか。
「いや、ホントなんでここにいるの?」
「あなたは私の運命の人だから…。一目でわかったわ……私はあの人のものなんだって……!」
さっきと同じような返答だ。話しが絶妙に噛み合わない。百歩譲って運命の人だってわかったところまではいいだろう。そこからなんで尾行するっていう選択肢が生まれるんだ。
「おいおい! 俺に対する態度と違い過ぎませんかねえ!?」
「うるさい……公平の体に障るから、静かにしなさい」
「いや、もういい。やめよう。この件は追求するだけ無駄だ。溜まった仕事を片付けよう」
「……すげえひっかかるが、まあいい。昨日の件も合わせて報告する事が山程あるんだ。悪いがすぐ準備してくれ」
「まだ無理しちゃダメよ……。薬のおかげで楽に感じるかもしれないけど、無理をすればまた倒れてしまうわ……」
俺は肩をすくめる事でそれに答えた。多分無理だ。昨日の襲撃のせいでやる事がまた増えたしな。横からものすごい妖気のこもった視線を感じるが、気にしない気にしない。
「メアリー」
先程まで俺が寝ていたベッドの枕元で気持ち良さそうに眠り続けているメアリーを所定の位置である俺の肩に乗せて、俺達は部屋を出た。
「公平、ウォーム宛の書簡が完成したぞ。交易の内容等はお主に任せる故、草案が出来次第またわしに見せてくれ。確認後、承認の書類を作成する」
現在時刻は7時を少し回ったところ。俺と騎士長はカルド王と朝食を共にしていた。というのも、食事と平行して簡易的な報告会を行うためだ。
本当は行儀が悪い上に、自由気ままに食べる事が出来ないから報告会をしながら飯は食べたくないんだけど、いかんせん時間がない。そのため、この措置は仕方ないものだった。
ちなみに先程まで一緒に歩いて来ていたはずのカンナはどこへと消えてしまっていた。さっきの発言を鑑みるに、またどこからか俺の事を見ているのだろう。意識すればわかる。どこからか視線を感じる。
「ありがとうございます。ただ、ウォーム王国へ向かうのは3日後をめどに考えています」
「何かこちらでやる事があるのか?」
「まさかお忘れですか? ドミーナを溶かした暁には褒美として領地とその統治権をいただけるはずでしたよね?」
「おお、その件か。もちろん忘れておらんよ。ただ、領地と言っても知っての通りスフィーダにはそもそも領地がないのじゃ。だから、公平に差し出すとすると、スフィーダ国内の一部の土地という事になるがよいかの?」
「いえ、スフィーダの土地をもらうつもりはありません。また少し特殊な取り引きになるんですが、私の家がある地域を一時的にスフィーダの領地として取り扱ってほしいのです」
「待て」
カルド王は昨日の先行投資のようにまた新しい取り引き概念を出されると思ったのか、食事の手を止め、執事に紙とペンを用意させた。
カルド王の準備が出来たのを見計らって俺は話し始めた。
「今はまだそこまで難しい話しをするつもりはありません。ただスフィーダの領地として取り扱ってもらうという事で、ここと同じように家の周りに城壁のようなものを建設してもらった上で今よりも警備の数を増やしてほしいんです」
「でもよ、あそこはこの世界に存在しないもんが大量にあるじゃねえか。技術が出回ったらまずいって言ってたじゃねえか」
そう。騎士長には話してあるが、あの家の技術が出回ったらこの世界のパワーバランスが崩れてしまう可能性が出てくる。だから、絶対に人目につかないようにしなければならない。
「そこはほら、騎士長の人を見る目で頼むよ。バラさなそうな人を選んでよ。後、そうだな。保険として、あの家に関わる人には誓約書を書かせよう。情報が漏れた問答無用で打首だとかって」
「そんなんしたら誰もやらねえよ」
「もちろんその分の報酬を多分に渡せばいい。大丈夫ですよね? 王様」
「うむ。公平のおかげで少しずつだが、我が国も余裕が出てきたしな。構わんよ」
「後ですね、物資の支援もしていただきたいんです。木材とか食料とか農耕器具とか」
「む? それは構わんが、なぜだ?」
「俺の土地を開拓地として、貧困層に開拓してもらうんです。そのための費用をスフィーダに形あるもので肩代わりしてもらいたいんです」
「成る程な。ただ、余裕が出てきたとは言ってもまだまだ我が国は貧困にある。だからあまり多くの支援は出来ないぞ?」
「構いません。恐らく、物資の支援をしていただくのも最初だけでしょうし」
足りなくなれば他所から獲ってくればいい事だ。今なら出来る。ドミーナと同じ事をするのはシャクだけど、俺の国を作るためだ。しょうがない。
「それじゃ、次は俺だな昨日の魔物襲撃の件だが、奇跡的にこちらの被害はほぼゼロだ」
「なに!? 本当か!?」
なんかカルド王が随分と驚いてるけど、今の発言にそんなに驚くような要素があったか?
「ええ。装備が少し使い物にならなくなっただけで、人的被害はゼロです。これも、公平のたてた作戦のおかげです」
「公平……本当にお主には頭が下がる思いだ……」
「え、ちょ、どうしたんですか。そんなに泣きそうな顏をして」
「魔物に襲撃された時は、毎回大勢の犠牲者が出るんだ。王はその事に胸を痛めててな」
「そうだったんですか」
そういえばそうだよな。アンジェが圧倒的な強さで何体ものスライムとかを倒してたから忘れがちになっていたけど、この世界の魔物は強いんだった。
「本当にありがとう……!」
「いえいえ。そしたら、俺はこの後アンジェも心配だし一回家に戻りたいんだけど、騎士長付いてきてくれる?」
「おう」
その後も、談笑を織り交ぜながら報告会は続いた。王様が嬉しそうにしてたからか、今日の朝ごはんは少しいつもよりも美味しい気がした。