65日目
作戦の要であるリンゴのばら撒きは、トリさん達の頑張りによって成功した。おかげで、マヌケなトロールはリンゴに釣られて四方八方にバラけてる。
後は、トロール達を個別に倒していくだけなのだが、それが最後にして最大の問題だった。
「ええいちくしょう! どんだけ硬いんじゃ!」
わざわざ物理防御が高いとハウトゥーファンタジーに書いてあるだけに、どれだけ弾丸を撃ち込んでも肉に埋もれるだけで致命傷に至らない。
さっきからバンバンとレイジングブルを撃っているが、ぜんぜん怯まない。弾ばかりがいたずらに減っていく。弾一発辺りの価格が1000経験値なので出費が洒落にならん。
幸いなのは、動きがとんでもなくトロイところか。おかげで、時間のかかるリロードも問題なく行えている。当たれば一発でアウトだが、当たらなければどうという事はない。
「くっ!」
ハウトゥーファンタジーには魔法防御も高いと書いてあった。そのせいで、さしものカンナもトロール相手に苦戦しているようだった。
元々、カンナは身体能力自体は高くない。それどころか、普通の女の子よりも体力がないと言ってもいい。長引けば、不利になるのは目に見えていた。
「クソ! 寄ってくんじゃ……ねえ! ヨダレがかかるだろ!」
ズドン! 苦し紛れに放った一発。どうせ効かないと思っていた。しかし、俺の予想に反してトロールはたたらを踏んだ。
何だ? なんで今の一撃は効いた? 一度距離を取り、弾の当たった部位を確認した。
トロールのでっかいでべそから血が流れていた。まさか……。俺はトロールの後ろに回り、アキレス腱と思われる部位に2発弾丸を撃ち込んだ。
「グオオオオ!」
効いている。血も流れているし、足元がおぼつかなくなっている。今ならやれる……! 俺はトロールの正面に向き直し、目玉に撃ち込んだ。
放たれた弾丸はトロールの右目に吸い込まれた。いつかのカエルのように弾ける事はなかったが、トロールは目から血を吹き出して倒れた。
やれる。今ので確信した。いくら筋肉の塊といってもしょせんは人型。腱を切られれば体は動かなくなるし、目を鍛える事は出来ない。
「皆! 腱だ! トロールの腱を狙え! そうすればダメージを与えられる!」
俺に程近い場所で戦っていた騎士長の動きは早かった。誰よりも早く俺の声を聞き、誰よりも早くトロールの腕の腱を切った。
丸太のように太いトロールの腕がダラリと力なく垂れ下がった。その隙を騎士長は逃さなかった。すかさず背後に回り、アキレス腱を切って今度は膝をつかせる。何も出来なくなったトロールの顏に思い切り剣を叩きつけ、断ち切った。
トロールの鼻から上が体から離れた。血に混じって、肌色のドロっとしたものが流れ出ていた。
「っしゃっあ! 流石公平! よく弱点に気付いたな!」
「俺に出来ない事はないさ」
俺達は背中合わせの格好になり、軽口を叩き合った。
「ぬかせ。この間の覗き失敗、俺はまだ覚えてるぞ?」
「うるせえ。今度は成功させてやるよ」
「言ったな。期待させてもらうぞ?」
「俺に任せとけ!」
それだけ言って俺達は再びトロールに立ち向かっていった。
『カンナ』
「くっ!」
マズイ。公平の言った通り、腱を狙ってみたけれど、私の魔法じゃトロールの魔法耐性を上回れない。私の体力だけがいたずらに減っていく。このままではいずれ……。
サンダー。ファイヤー。アイス。ウィンド。全部だめ。サンダーとファイヤーは表面には軽い火傷が出来るだけ。アイスで凍らせてもすぐに動き出す。ウィンドは皮膚を軽く裂くだけ。どれも致命傷には至らない。
「あうっ」
トロールが地面を殴った時に出来た段差につまづいてしまった。
「グオオオオ!」
すぐに起き上がろうとした。ダメ。間に合わない。トロールの丸太のように太い腕が私を叩き潰そうとしている。公平――
「うちの嫁さんに何しやがる」
私を叩き潰そうと振り上げられた腕が、今では所在なさげにだらしなく垂れ下がっていた。これをやったのは――
「公平……」
「よっ。危ないところだったな」
公平はやっぱり私の運命の人だわ……。私の危機に真っ先に現れて、私を救ってくれる。私だけの王子様。誰にも渡さない……私だけの人。公平は私だけを見ていてくれればいいのよ……。そうだわ、いつかみたいに私の世界に公平を呼んで、永遠に2人だけで幸せに暮らせばいいんだ。そうすれば、嫌でも公平は私だけを見てくれるわ……。悪い女に騙される心配もない。私がずっと守ってあげられる。
「もしもーし。カンナさーん?」
「……?」
「大丈夫かー? 目から光がなくなってたぞー?」
「……大丈夫よ。それよりも、ありがとう」
「当然の事をしただけだ。大丈夫か? 戦えるか?」
「……ええ。でも、私1人ではトロールは倒せないみたい……」
「1人で無理なら2人でってな。俺の援護を頼む」
……焦ってはダメ。きっと、公平は優しいから私が求めれば答えてくれる。だけど、それではダメ。公平の方から私を求めてくれるようにしないと……。もっと、もっと公平に好きになってもらえるように……。
『銀狼』
「うーん。硬いわ。どうしましょう」
時は戻って公平が弱点に気付く前。フェンリスはトロール相手に苦戦していた。
フェンリスは既に、2体のトロールを殺していたが、自分の満足のいく戦いではないと思っていた。倒したトロールは、そのどれもが失血によって死んでいたからだ。
公平が考案してくれた武器は素晴らしい。切れば、その部位がズタズタになり、血が止まらなくなる。だが、それ故に死体は美しくない。それではダメなのだ。
フェンリスにとって戦いは食を得るためのものであり、それ故に神聖なものだった。故に、彼女は戦いはスマートに行わなければならないと考えていた。
それは一種狩りのようなものといえなくもないが、事実、彼女にとってこの戦いは狩りだった。
ザシュザシュと肉の裂ける音が連続して響く。腕、肩、腹、太もも。トロールの筋肉質の巨体に、どんどんと傷跡をつけていく。
傷跡の数が10を越えた頃からトロールの意識は朦朧としてきた。失血によるものだ。そしてまた、トロールの体に2つの傷がつけられた。限界だ。トロールはその巨体を地面へと落とした。
「ふう。汚いですわ」
フェンリスは剣に付着した血肉を薙ぎ払った。と同時に、番いの声が耳に届いた。腱を切れ、と。何かわかったのだろう、そう思い、手近なトロール相手に試してみた。
なるほど。これならば執拗に体を切る必要もなく止めをさせる。これはいい。フェンリスは1人ほくそ笑み、リンゴを貪るトロールへと向かっていった。
『戦場の乙女』
「ふっ!」
グシャ。アンジェはまた一体トロールの頭を叩き潰した。トロールは断末魔もあげずに絶命する。こんなにも戦いを有利に進められているのは、一重にこの武器のおかげだった。
純粋な鉄の塊。それを、アンジェが使う事によってトロールの高いはずの物理防御すらも物ともせずに叩き潰す。前に使っていたハルバードではこうはいかなかっただろう。
こんなにも自分にあった武器を用意してくれた公平に、アンジェは心の底から感謝した。普段からよく自身の事を見てくれていなければ、こうはいかなかっただろう。
人とは決定的に離れてしまった自身の力は、およそ人の使う武器では対処しきれずに壊れてしまう。しかし、これはどれだけ全力で振ろうとも壊れない。
こんなものを用意したドワーフもすごいが、何よりもこれが使えると考え、先んじてドワーフに作らせていた公平の先見の明。それに感嘆を覚えざる負えない。
「流石は公平様です……」
もっと、もっと彼の役に立たなければ。そう思い、既に10体のトロールを葬っていたアンジェは、愛しい人のために更にその身を血で汚そうとしていた。
戦闘開始から一時間。どうやら、俺の放った弾丸で絶命したトロールが最後の一体だったようだ。やっと終わった。
気付けば、持ち場の敵を倒し終えた皆が、俺の許へと集まってきていた。見た感じ、特に傷ついた者はいないようだった。と、思ったが、1人とんでもなく真っ赤に染まっている女の子を見つけた。アンジェだった。
「アンジェ!」
「そんなに焦って、どうしたんですか?」
「いや、だって血が!」
「これはトロールのです。……心配性ですね、公平様は」
ふう。俺は安堵の溜息を吐いた。そりゃ誰だって血まみれになってたら、俺に限らず心配するだろう。そういえば、前にもこれと同じ事をした気がする。
「怪我が無くてよかったよ」
「おい、なんか言えよ」
俺がアンジェの無事に肩を落ち着かせていると、どこからともなく騎士長が近づいてきて、俺を小突いた後に小声でそう言った。
「なんかって何さ?」
「戦闘に勝ったんだ。こういう時は、大将が一言言うもんなんだよ!」
ええー。めんどくさっ。というかいつの間に俺は大将になっていたんだ。でもこの雰囲気は確かに何か一言言わなければいけないような気がしてきた。だって皆なんか静かなんだもん。
「えーと……俺達の勝利だああああ!」
きゃああああああ! と、俺の叫びと同時に妙にキンキンした雄叫びが上がった。ちょっと痴漢がバレた時みたいな声だけど、違うからね? うおおおではないのは単純に戦っていたのが俺と騎士長を除いて女の子だけだったからだ。
普段は女の子ばっかりがいい、とか言ってるけど、なんかこういう時は男臭さが恋しくなるのは何故だろうか。
「ほらな? 戦の後は大将がなんか言うもんなんだよ」
「はいはいわかりました。てか疲れた。腹も減ったし疲れた。さっさと帰って温泉入りたい」
「全くもって同感だ。だがしかし、またあの恐怖体験をしなければならないかと思うと、帰る気が失せる」
騎士長の言っている恐怖体験とは、トリさん達に運んでもらう事だ。意外にも、騎士長は高所恐怖症だったのだ。
地面に下り立った時、言わなくてもいいのにおしっこチビッたとか言うから、戦闘という体験をしたのにも関わらず明白に覚えていた。
「帰ったらハルの料理が食べられるんだ。それを励みに頑張りなよ」
「いや、それだけじゃ俺は恐怖を乗り越える事は出来ない」
「じゃあなんなら乗り越えられるんだよ」
騎士長がニヤリと笑った。聞かなければよかった。面倒な匂いがプンプンする。
「俺達にはまだ戦が残っているだろう?」
「何さ、戦って」
「覗きだよ。お前、俺に出来ない事はないって言ってたじゃねえか」
戦闘中に背中合わせてた時に言った事をまだ覚えていたのか。確かに俺に不可能はないけどさ。仮に不可能があっても俺は不可能を可能にする。
「別に今日じゃなくてもいいじゃん」
「バカ野郎! 今日は皆戦闘で疲れている。と、なれば湯に浸かって疲れをとろうとする。しかも、疲れによって注意力は散漫になっている。つまり」
「覗きには絶好の機会という訳か」
ふむ。騎士長にしては珍しく真面目な事を言っているな。確かに一理ある。これは一考の価値ありだ。
「やろうぜ、覗き!」
何が彼をここまで必死にさせるのだろうか。俺にはわからない。が、今騎士長が考えている事はわかる。女の裸だ。何故わかるかって? 単純さ、顏がニヤけてる。
「わかったわかった。飯食ってからな」
「おう!」
彼がとんでもなくいい笑顔をしていたのは言うまでもない。
※ヒント 舩坂弘