138日目
セルフィナと同盟を結んでから大体1ヵ月が経った。その間にユグドラシルの開拓は進み、かねてより考えて温泉街の建設も開始された。件のインフラ整備が進めば、噂を聞きつけた他国の人が来てくれるに違いない。
そんな感じでのんびりと何事もなく平和といえば平和な日々を過ごしているのを見るのが嫌なやつがいるらしい。誰だって? そいつは天使さ。
事の始まりはいつだって急だ。今回も、俺が物見やぐらでのんびりタバコを吸っていると、メアリーが飛んできたのだ。その手には光るハウトゥーファンタジー。その時点で俺は束の間の平和が何処かへ飛び去っていくのがわかった。
「聞きたくない」
何かを言おうとするメアリーよりも先に俺はそう言った。
最近、メアリーがハウトゥーファンタジー片手に俺のところへ来て、いい事があったためしがない。むしろ悪い事ばかりだった。
「そんな事言わずに。今回は天使さまからのメッセージよー。愛しの公平様へ、だってさ」
何が愛しの公平様だ。いつ俺がクソ天使の想い人になったというのだ。俺の天使に対する好感度メーターは嫌いに振り切ってんだよ。バーカバーカ。
「そんな事言ってもしょうがないか。どれ、見せてみ」
『あんた最近嫁を育ててなさ過ぎ。ちゃんとしなさい。3人をデートに誘って楽しませるのよ。もちろん1人ずつよ? まとめてやろうなんてしたらまた頭に重い物落とすから』
勘弁してくれ。デートに誘う事自体はいいけども、なんかこう人に言われてやるってのは気分の良いもんじゃないな。
つーかやっぱり銃買った時に俺の頭に落としたのはわざとだったのか。ホント腹立つぜ。一歩間違えば大怪我だっちゅーねん。
『そうそう、今回は全員のダスクエリアに潜ってもらうわ。特に緊急性のある娘はいないから、ゆっくりお話しましょ? あなたの質問にも答えてあげるわ。じゃあね、頑張りなさい。愛しの天使より』
「……」
俺はなんてコメントすればいいんだ? とりあえず、デートすればいいんだよな? なんだかわからんが、たまには羽を伸ばすのも悪くないか。いい機会だ、目一杯楽しむか。
『追伸。私の名前はホーリーです。以降ちゃんと名前で呼ぶように。クソ天使なんて言ったら……わかるわね?」
「クソ天使クソ天使クソ天使」
ガンッ。私の頭にタライが落ちるというオチがつきましたとさ。チャンチャン。
『ケースフェン』
「やあ、フェン。今日時間あるか? もし空いてるならデートに行かないか?」
「あらあら。逢引のお誘いですか?」
「古臭い言い方で言えば、まあ、そうなるかな」
「もちろん2人きりで、ですよね?」
「もちろんさ。他の娘には内緒だ」
そう、3人共別々の日にデートに行くなどとは決して言わない。余計な火種は投下しないのが俺クオリティ。
「せっかくですから、待ち合わせをしましょう」
「え、なんで?」
「待ち合わせも含めて逢引なのだそうですよ。この間読んだ書物に書いてありました」
ほー。デートなんぞ意識した事がないから知らんかったけど、そんなもんなのか。やっぱり、男の付き合いとは違うんだな。
男だったら必要最低限の連絡を取り合い、現地に適当に集合する。適当というのが重要だ。遅刻は当たり前、面倒になって迎えに来いと言うのも当たり前。考えてみると、いかに男の付き合いが適当かわかるな。
「わかった。待ち合わせしよう。場所はどうする? どこか見て回りたいところとかはある?」
「私、一度ウォームに行ってみたいのです」
「オーケー。そしたら、そうだな……どうしよう。待ち合わせといってもフェンはウォームの事知らないしなあ」
「なら、ユグドラシルの外れで待ち合わせしましょう」
それは待ち合わせというのだろうか。いや、きっと俺には理解出来ない何かがあるんだろう。俺には女心はわからないのさ。
「わかったよ。時間は11時30分でどうだい? トリさんタクシーを使えば、ウォームに着く頃にはちょうど昼頃だ」
「ええ、構いませんわ」
かくして俺とフェンのデートが始まった。今日ばかりは、メアリーはユグドラシルでお留守番だ。
待ち合わせ場所で合流したフェンは、いつもよりもめかしこんでいた。具体的にいうと、きらびやかなな和服のような服を着ていて、口紅の色がいつもよりも少し濃かった。今の彼女を一言で評するとすれば、大人の色気、という言い方がきっと正しい。
ウォームでは流石にフェンリルである事をおおっぴらには出来ないから、ふさふさの尻尾は服の中に、耳は髪飾りのアクセントのような形でごまかしていた。
トリさんタクシーで空を飛んでいる時に、風で舞う髪を抑えるその姿がまたグッドだ!
ちなみにトリさんタクシーは改良され、トリさんの負担を減らす工夫が成されたベルトで括られた、カゴのようなものになっている。
風よけが不完全なのは、少しでもトリさんの負担を減らすためだ。トリさんが筋肉ムキムキになれば、この問題は解消する。
「トリさん、ありがとうございました」
「4時頃にまた迎えに来ます。楽しんでください」
ウォームに着いた。トリさんはそう言って軽くなった体を羽ばたかせて、ユグドラシルへと帰っていった。
「随分と、活気のあるところなのですね」
「そうだね。ユグドラシルと比べると人が多いし、色々な店がある。まずは昼ごはんにしよう。近くにセラっていう軽食屋があるんだ。ユグドラシルじゃ食べれないものもあるよ」
「楽しみですわ。さ、早く行きましょう」
そう言い、俺の手を引くフェンは、大人の色気を漂わす見た目に反した幼さを感じさせた。そのギャップがまた魅力的だった。
セラはここから歩いて5分程のところにある。元の世界でいうカフェ。洒落た言い方をすれば喫茶店だ。
喫茶店といっても、どこの局かわからないラジオが流れる昔ながらの、地味に美味いナポリタンを出したりする喫茶店とは違い、どちらかというとパフェや小洒落た料理を出す感じの店だ。
テラスと少数のテーブル席、カウンターで構成された店内はよく日が当たり、明るい雰囲気を醸し出している。
初めてここに来た時はあまりに俺の好みにあっていたせいで、軽い書類整理をしようと入ったはずが、普通に食事をし、普通に読書を楽しんで帰ってしまった程だ。
そんな感じで俺のお気に入りの場所なわけだけど、どうやらフェンも気に入ってくれたみたいだ。先程から無意識か、小さく鼻歌を歌っていた。
「気に入ってくれたみたいだね」
「ええ。よく日が当たって、いいところですわ」
俺達は数少ないテーブル席に向かい合って座っていた。フェンは右手に顏を乗せて、ニコニコと微笑みを浮かべていた。
「何頼む?」
「そうですねえ。セルニーニョというものと、ナギリ海風チキンライスを頼もうかしら」
セルニーニョはセラのオススメメニューの1つ。トリの乳と濃い目のお茶を混ぜたインドのチャイに近い飲み物だ。ナギリ海風チキンライスは、香草を使って焼き上げたカサミ鳥を細かく切って、ピリ辛に味付けされたご飯と合わせたものだ。どちらも以前食べた事があるが、とても美味しかった。
さて、俺はどうしようかな。せっかくだから頼んだ事のないメニューを頼んでみるかな。飲み物はリンゴジュースでいいとして、アツミ牛のステーキセットにするか。
小柄な女性ウェイトレスを呼び、注文する。注文を受け取ったウェイトレスはカウンターで不遜にお茶を飲むやたらとゴツイおっさんの許へいった。
そうなのだ。カフェだというのにも関わらず、ここはやたらとゴツイおっさんが店主なのだ。料理も彼が作っているらしい。
とてもじゃないが、あのおっさんの容貌から可愛らしいパフェが作れるとは思えないが、いざ頼んでみるとハート型の果物が沢山乗った、やたらと可愛いものが出てくるのだ。
俺は初めてその光景を見た時は我が目を疑ったね。だって考えてみろよ。ゴツイおっさんがちまちま包丁で果物をハート型に切っているんだぞ? ちょっとしたホラーだ。
でも出てくるもの出てくるもの全てが美味しいんだよなあ。ちょっと複雑な気分だ。
「あの方が作っているんですね。なんというか……人は見かけによらないわ」
「やっぱりフェンもそう思った? 俺も最初見た時はびっくりしたよ。今度パフェ頼んでみな。びっくりするのが出てくるから」
「ふふ、楽しみですわ。ところで、急に逢引に誘うなんてどういう風の吹き回しですか? 愚痴を言うつもりはありませんが、いつもは仕事仕事で中々私達に構ってくれないのに」
「いや、他意はないよ。フェンの言う通り、最近は仕事ばかりで全然話せてなかったし、休みもとってなかったしね。たまには、と思ったんだよ」
「嘘。誰かに言われたのでしょう? もっと番い(つがい)と仲良くしなさいと」
「参った。その通りだよ。フェンには敵わないな。でも勘違いしないでくれよ? フェンとゆっくり過ごしたいと思っていたのは本当だ」
「ふふ、疑ってませんわ。それに、私はどちらでも構いません。旦那様と同じ時を過ごせるのであれば、私は理由にこだわりません」
「ほ、ほう」
本当にフェンには敵わない。サラッと俺の逃げ場を潰してくる。こうして、こんな素敵な人とカフェで寛ぐ時が来るとは思ってもいなかった。異世界さまさまだな。今この時だけはホーリーに感謝しよう。
そうして他愛のない話しを続ける事十数分。ウェイトレスが料理を運んできた。
まず最初にフェンの頼んだナギリ海風チキンライス。うん。何度見ても美味そうだ。香草の香りに紛れてピリ辛である事を主張するかのように香辛料の香りが漂う。おまけでついてきた緑の葉野菜のサラダもまた美味そうだ。
次に、俺の頼んだアツミ牛のステーキセット。肉厚の牛が鉄板の上でジュージューといい音をたてていた。セットで来たのはライ麦パンとフェンのと同じ葉野菜のサラダ。
これを見て思い出したが、こっちに来てから一度も米を食べていない。どういう訳だかこの世界には米が存在しないのだ。日本人としては非常に米が恋しい。
時間を見つけてお買い物スキルで苗を買って育てさせようかな。とと、いかんいかん。今はユグドラシルの事は忘れて、目の前のデートに集中せねば。
「美味しそうですわ。旦那様のも美味しそう」
「半分こしよっか。フェンは肉好きだったもんね」
「ええ。はい、あーん」
まだ自分は食べていないというのに、フェンがチキンライスの乗ったスプーンを俺の前に突き出してきた。
「え、と」
「いいから。あーん」
何を言っても無駄だという事を悟った俺は、大人しく食べさせられる事にした。恥ずかしいやら嬉しいやらいろんな感情が入り混じって、味がよくわからん。
「美味しいですか?」
「う、うん」
「次は、私に食べさせてください。あーん」
そう言ってフェンは小さく口を開けた。食べさせてもらう気満々だった。俺はナイフで肉を小さく切ってフェンに食べさせた。これはあれか? 食べさせあいっこというやつか。
「ふふ、美味しいです。はい、あーん」
こうして、結局俺達は出された料理を最後までお互いに食べさせあって完食した。回りの視線が痛かったが、フェンは全く気にしていないようだった。
まさかフェンにこんな一面があったとは。やっぱり、他の皆の前じゃ大人で振る舞ってるけど、フェンだって1人の女性だよな。そう思うと、フェンがとても身近に感じた。
「次はこのカップル限定トロピカルジュースを頼みましょ?」
「……」
勘弁して! 俺のライフはもうゼロよ!
などという俺の思いとは裏腹に、フェンは俺が返事するよりも先にカップル限定トロピカルジュースを頼んでいた。
一言言おうと思ったが、楽しそうなフェンを見ると、何か言おうという気などどこかへ飛んでいった。
余談だが、カップル限定トロピカルジュースはご想像の通り、1つのジュースを1つのストローで飲むというなんとも素晴らしいものだった。
流石にこの世界にプラスチックなんてものはないからストローは木製だったけど、ご丁寧な事に、どうやったんだかストローはハート型だった。
次に行ったのは演劇場。元の世界における歌舞伎や映画、ドラマのような感じだ。そして今回行った演劇場で行われていた演目は、歌舞伎寄りの内容だった。娯楽映画や、魔法使いが悪を倒す娯楽系もあったが、フェンは歌舞伎系がいいと言ったのだ。
前から思っていたが、フェンは元の世界でいう大和撫子に近い価値観を持っている。着ている服もそうだが、口調や群れを守ろうとする行動もそうだ。そう考えると、フェンが歌舞伎系を希望したのはごく自然な流れかもしれない。
「面白かったですわ」
「楽しんでくれたみたいで何よりだよ」
「タメツグ・キリエという登場人物、どことなく旦那様に似ていましたわ」
「えー。全然似てないよ」
「ふふ、似てましたよ。国を守ろうと苦悩しているところや自分を犠牲に他者の笑顔を守ろうとするところなんかそっくりです」
「そうかなあ。俺はそんなに立派じゃないよ」
内容はまあこんな感じだ。遥か昔にタメツグ・キリエという男がいて、その男は一国の王子だった。ある時タメツグの元にホルシと名乗る女が現れるところから物語は始まる。
ホルシは近々国に災いが訪れると言った。タメツグはその言葉を信じ、国を救うために秘宝ルースの剣を探しにいく。
なんやかんやあってタメツグは剣を手に入れ、国に帰った。だが既に時は遅し、災いは始まっていたのだ。
タナスという女が軍勢を率いて国に攻めてきていたのだ。タメツグは手に入れたルースの剣を使い、タナスの軍勢を追い払う。
かくして国は平和になりましたとさ。めでたしめでたし。とまあ、よくある話しだ。桃太郎なんかに似ているかもしれない。
「それよりも、俺が驚いたのは劇に魔法を使った事だよ」
「ええ、私も驚きましたわ。特に剣撃のところ、火花が散ってすごかったですわ」
カンナがいた事で、ウォームは魔法を使える人間が多いのだろうか。にしてもまさか劇に使うとは思ってもいなかった。以外と魔法は生活に根付いているのかもしれない。
「そろそろいい時間ですわね。トリさんのところへ行きましょう」
「あーちょっと待って。一個やり残した事があるんだ。付き合ってほしい」
「わかりましたわ」
人気の無いところまで来た。近くには小さな川が流れていて涼しげ雰囲気を醸し出していた。季節は秋だ。少し肌寒い。
「こんな人気の無いところまで連れてきて、何をしようと言うのです?」
「あー。なんていうかな。つまりあれだ」
「アレ? 野性的なのは構いませんけど、少し、肌寒いです」
「全くもって同感だ。でも、人が少ない方が都合がいい」
いつの間にかポケットに入っていたブルーのクリスタル。以前カンナのダスクエリアに入った時に左手に挿したものと酷似している。これはつまり、そういう事だろう。
「私も人目には付きたくないですわ」
どうせダスクエリアに入ったら周囲の環境とは切り離されるんだろうけど、念のためだ。無闇やたらに普通じゃない行動は他人に見せたくない。特に、人の心に入るなんていう事をする時は特に。
「今から俺はフェンの中に入る。きっと見せたくないものも俺は見てしまう。だけど、俺は絶対にフェンの事を嫌ったりしないから」
「? ええ……」
「じゃあ、おいで」
フェンを抱き寄せ、俺は左手にブルークリスタルを突き挿した。次の瞬間、俺達は光に包まれた。
『ダスクエリア』
「はいおはよう」
目を開けると、俺の顏を覆うようにホーリーが俺の顏を覗きこんでいた。中身は最悪だが、見た目だけは可愛いからドキッとしてしまった自分を殴りたい。
「クリスタルを突き挿すやつ、あれなんとかならないの? 怖いんだけど」
「無理よ。というかあなた、さっきの会話傍から聞けば完全にいやらしい会話よ」
「ん?」
「聞きました? 奥さん。人気の少ないところに連れ込んで、今から俺はフェンの中に入るですって。あーいやらしい」
クソ……。言われてみれば確かにそうだ。今更ながら恥ずかしくなってきた。もうちょっとうまい言い方があっただろう、俺。
「もうそれには触れないでくれ。そんな事よりも、質問に答えてくれるって言ってたよな? 聞きたい事が山程あるんだ。ちゃんと答えてもらうぞ?」
「いやよ、面倒くさい。そうね……1つのダスクエリアに付き2つまでなら質問に答えてあげてもいいわ」
「おま……何様だよ」
「天使様よ。はい。もう一個答えたから後一個だけね。さっさとして」
く、このアマ……。いつか絶対泣かせてやる。よし、冷静になろう。煽り耐性を高めていく必要がある。
「ダスクエリアってのは何なんだ? 心の中に入るっていうのはなんとなくわかるんだけど、それ以外がさっぱりわからない」
「そんな事でいいの? あ、もうクーリングオフは受け付けてないから答えるわね。ダスクエリアはあんたの言う通り嫁の心の中よ。ダスクエリアに侵入する目的はこの間のカンナみたく暴走を抑えたり、単純に嫁とあんたの心の距離を近づかせるためだったり様々よ。後は……そうね、可愛い可愛いホーリー様と触れ合える空間だと思いなさい」
「おいクソ天使。そんじゃ今回の目的はあれか。フェンとの距離を縮めるためか」
「……私言ったわよね? 今度クソ天使って言ったら罰を与えるって」
「おう。やれるもんならやってみな。俺は逃げも隠れもせんぞ」
「……」
あ。ホーリーの額に怒りマークが見える。
――あ、ちょ、そこは。――あああ! ――いやああああ! ――あああん!
えー先程大変不適切な映像が流れました。お詫び致します。大変失礼致しました。
「す、すいませんでした……」
「わかればいいのよ」
何をされたかって? そんな事答える義務はない。ただ1つ言えるのは、放送コードに引っかかる不適切な出来事が起きた。ただそれだけだ。
「で、結局俺はフェンと触れ合えばいいのか?」
「そ。さっきあんたとデートしたおかげでフェンリスは大層ご機嫌よ。心の中の彼女と仲良くしてきなさい。私はいつものように空から見てるから」
いつものように。その言葉にどこか引っかかるものを感じながらも、俺は一本道になっている道を歩いて行った。
たどり着いたのは見覚えのない山。これは……恐らくフェンが昔住んでいたところだ。なんとなくわかる。ホーリーはダスクエリアは俺と心の距離を近づかせると言っていた。きっとどこかで、フェンと俺の間に共有が起きてるんだろう。
「おにーちゃん」
「へ?」
ズボンの裾を引かれてやっと気付いた。俺の後ろに幼女がいた。この耳と尻尾は。まさか、いや、まさか。
「……フェン?」
「ん、そうだよ」
か、かわえええ。まさかまさかの幼女版フェンリス。やべえ。なんつー破壊力。とりあえず鼻血出しとこう。
「おにーちゃん鼻血出てるよ」
「うん。鼻血だしたの。おにーちゃんの鼻血は自由自在だからいつでも止まるよ。今止めるね」
よし止まった。ハンカチで拭いて、と。
「おにーちゃんあのね、私ジュース飲みたい」
そう言った瞬間、俺はいつの間にかテーブル席に座っていた。向かいには幼女版フェン。これは……昼間の再現だ。とすると、出てくるジュースは……。
「やっぱりな」
例のカップル限定トロピカルジュースだった。
ハート型の木製ストローでフェンと一緒に中身を飲み干す。一度やった事だし、何よりも今は回りに人がいないからそれ程恥ずかしくなかった。
「おいしーね!」
ジュースを飲み干すと、俺達は演劇場にいた。俺はタメツグの格好を、フェンはホルシの格好をしていた。俺の手には既にルースの剣が握られていた。
「おにーちゃん、タナスの軍勢が来たよ。ルースの剣で追い払って!」
「任せろ!」
俺はルースの剣を横薙ぎに払った。すると、光の軌跡がタナスの軍勢を跡形もなく消し去った。
「やったぜ!」
「おにーちゃんかっこいい!」
次に俺は草原で幼いフェンに腕枕をしていた。安心しきった顏で眠るフェンを見ていると、こちらまで心が穏やかな気分になるのがわかった。
「ふーん。よっぽどあんたとのデートが楽しかったみたいね」
穏やか気分をぶち壊す女が1人。ホーリーだ。
「今回フェンリスが子供の姿で現れたのは、デートで感じた嬉しい、楽しい、愛おしい。そういったポジティブな感情を全力で表現したかったからね。……子供にならないと全力で表現出来ないなんて、意外と可愛いところあるわね、フェンリス」
「ホーリーが来たという事は条件達成か。現実に戻れるんだな?」
「あら、戻りたいの? ここなら私といつまでも一緒にいられるのよ?」
「うるせ。とっとと現実に戻せ」
俺の言葉と共に世界が白に染まった。徐々に現実感が戻ってきた。
『フェンリス 表現享受 クリア』
「旦那様……。恥ずかしいですわ。事前に説明していただければ、心の準備も出来たのに」
「ごめんごめん。口で説明するよりも、やった方が早いからさ」
「もう。でも、私の思っていた事、わかっていただけましたよね?」
「ああ。ありがとう。こんな俺だけどこれからもよろしく」
俺とフェンはそれからゆっくりと手を繋いでトリさんの待つ合流地点まで歩いた。トリさんタクシーに乗っている時も、俺達の距離は行きよりも近くなっていた。
まったく、どうすれば底辺から抜け出せるんだ。なんでもいいから物書きでご飯食べたい