140日目
最後のデート相手であるアンジェ。前回フェンとデートした時、実はカンナが俺達の事を監視していたという事を昨日本人の口から告げられたため、メアリーはもちろんの事カンナには自室での待機を命じてある。それなりにきつく言ったから約束は守ってくれている……と思う。
「しかし、よかったの? せっかくのデートなのに俺の部屋でゆっくりしたいだなんて」
自己主張が弱いアンジェは、色々と不遇な扱いを受ける事が多い。だから、今日ばかりは少しでも他の子に差をつけさせてあげようと、朝一番でデートに誘ったんだけど、返ってきた答えが俺の部屋で、2人でゆっくりしたい、だったのだ。
「はい。前からこうして2人でゆっくりしたいと思っていたんですが、公平様はお忙しいですから、諦めてたんです。でも、今日は1日全部私にくれると言ってくれたので、こうして家で過ごさせてもらってるんですけど、外に出た方がよかったですか?」
思い返してみれば、この世界に来てからというものずっとアンジェと行動を共にしていたが、一回もこうして仕事抜きで過ごした記憶がない気がする。
「いや、俺も家でゆっくりしたい。ていうか、今までこんな風に過ごした事なかったかもしれないな。ごめんな、仕事仕事で寂しい思いをさせてたかもしれない」
俺はどこのサラリーマンだ。というセルフツッコミは決して口には出さない。
「いえ、いいんです。私は、楽しそうな公平様を見てるだけで幸せですから。やっぱり、他の人と仲良くしているのを見ていると、嫉妬してしまう事もありますけどね」
ああ、俺は今確信した。今日は穏やかな時が過ごせる。間違っても温泉で気持よくなって寝て、目が覚めたらベッドに縛り付けられるなどという事は起きない。なんという安心感。アットホームとはこの事だな。
心が穏やかなになると共に、普段は気にも留めなかった事に目が行くようになってきた。というか、気にしないようにしていたと言った方がいいか。
細かいことを言えば、使ってる冷蔵庫壊れたら相当金がかかるなとか、ライフガードとお菓子の買い置きがもう無くなるなとか、タバコが残り2本だったな、だとか。まあ、それら全ては最大にして最高の疑問、何故この部屋は電気が使えるのかという事に比べればチリ以下な訳だが。
もっと早くに考察するべきだったのかもしれないが、普通に便利だったし、考えたところで答えが出ないと思い思考停止していたが、今は天使に聞けるんだった。今日ダスクエリアに行ったら聞いてみよう。電気使うのに制限とかあったらイヤだしな。
「公平様、耳かき……してみませんか?」
ほう。耳かき。これまた非常に甘美な響きだ。これは俺調べだが、恋人が出来た時、彼女にしてもらいたい事ランキングトップ5にランクインしている。
いい。これはいい。素晴らしい。実に素晴らしい!
「やろう。ぜひやろう。もちろん膝枕付きだよね? さあさあ!」
「随分と食いつきましたね。それじゃあ失礼して、お膝にどうぞ」
ヒャッハー。アンジェの健康的な太ももが俺を呼んでるぜぇ! 短めのスカートを履いているから、生足の触感が顏に当たる事間違いなし。いざ、実食! アンジェの膝に横向きに失礼する。
「あ~~和むんじゃあ~」
なんだこれは。まるで寒い日に温泉に浸かった時のような感覚。思わず声が出る。
「右を向いてください。左耳からきれいにしていきますね」
カリ……カリ……ゴソ……ゴソ……。耳のふちから徐々に穴に近づいていく。耳かきが耳にこすれる音がとても心地良い。夢心地っていうのはこういう事をいうんだろう。
「痛くないですか?」
「すっごい眠たくなってきた」
これ以上の言葉褒め言葉があるだろうか。いや、ない。目を閉じているから見えないけど、アンジェが嬉しそうにしているのがわかる。
「色々、ありましたね」
アンジェがとうとうと語っていく。既に、夢と現をさまよっていた俺に、その声は子守唄のように聞こえた。
「最初はスフィーダに来たドミーナを追い払って、食料を取り戻して。ウォームに行く途中でモントーネを救って。公平様がいなかったら、ウォームとドミーナの戦争はもっと長引いてましたね。……その後カンナがパーティに加わって。私、あの時内心すごく焦ってたんですよ。公平様が盗られちゃう、って」
アンジェの語りは続く。ギリギリ意識を保っているが、声を発するのがダルい。アンジェもそれをわかった上で語っているのだろう。
「その後は……何がありましたっけ? ……そうだ。シャラに行きましたね。思えば、彼らがユグドラシルの第一住民かもしれませんね。その後、モントーネ村の人達も加わって、ドワーフを助けて、フェンリルも住民になりましたね。気が付けばユグドラシルはおっきくなってますね。このままいくと、すごい事になっちゃいますね」
ぼんてんで耳をぽんぽんされる。ふさふさした感触が、こしょばしいと共に気持ちいい。
「ふふ。次は濡れた綿棒さんですよ」
湿らせた綿棒で耳のふちを優しくなぞっていく。少しだけ冷たいその感覚が、これまた気持ちいい。と思っていると、急に綿棒がいなくなってしまった。
「反対、向いてください。左耳はおしまいです」
夢の国に片足突っ込んでいる俺は、言われた通りに寝返りをうった。そして、左耳にされたのと同じ事を右耳にもされている内に、俺はとうとう夢の国引っ張られてしまった。
『ダスクエリア』
「おはよう」
目を開けると、俺の顏を覆うようにホーリーの顏があった。……もうこの展開3度目だよ。そして3回も同じ事になってる自分に悲しみを覚える。またドキッとしちまった。
「ホーリーがいるという事はダスクエリアか。いつの間に?」
「耳かきされてる内に寝ちゃったところまでは覚えてるでしょ。あの後何時間も寝たまんんまだったから、飽きた私があんたを呼んだって訳」
そんな事まで出来るのか。なんでもありだな。その内ダスクエリア以外にも出現するんじゃないのか? もししたら誰がホーリーを天使と崇めるだろうか。こんな俗臭いドS、絶対に誰も本物の天使だなんて信じないだろ。
「ていうかあんたあれでしょ。実はあたしの事好きでしょ」
「は? お前何に言ってんの? 急にどうした、大丈夫か? 熱でもあるんじゃねーの?」
「誰に向かって言ってんのよ。天使は風邪なんてひかないわ。あなた、さっき私にドキッとしたでしょ。いいえ、フェンリスとカンナの時もそうだったから、3回も私にドキッとしている事になるわね。これはもう確定ね」
なぜわかったし。だが落ち着け。まだ大丈夫だ。これ以上俺が不利にならないように適当に同意して話しを逸らせば問題ない。
「誰だって目が覚めて目の前に顏があったらドキッとするだろ。んな事より質問タイムだ」
「しょうがないわねー。まあ、公平が私にときめくのも無理ないわ。だって私超可愛いもの。はあ……罪作りな女だわ、私って」
何を言ってんだこいつは。可愛いのは事実だし、百歩譲ってドキッとした事も認めていい。だが、いつ俺がお前にときめいたというのだ。
「とりあえず黙れ。お前なんかちっとも可愛くないわ」
「そ、そんな……」
そう言ってホーリーは手で顔を覆ってシクシクと嗚咽を垂れ流し始めた。だが、俺は信じない。こいつの事だ、どうせ嘘泣きに決まってる。顏を覆っている今がチャンスだ。尻を撫でてやる。
そう思い、近づいたその時、俺は気付いてしまった。ホーリーは、本当に泣いていた。
「え、ちょ、マジで?」
「うう。どうせ、私なんて可愛くないわよ。何よ、ちょっとモテてるからって調子乗っちゃってさ。うううう」
「悪かった、俺が悪かった。謝るから泣き止んでくれ。正直に言う。可愛いから。ホーリーはすげー可愛いから! さっきドキッとしたのもお前が可愛いからだから!」
「ホント?」
ホーリーは少しだけ手をずらして俺の顏をちら見しながらそう言った。
「ホントだって。ホーリーは可愛いよ」
「ふーん。あっそ。でしょうね。私はとても可愛いもの」
あ、あれ。なんかさっきまで泣いていたとはとても思えない不遜な態度。これはまさか、考えたくないが、俺、騙された?
あっけにとられている俺を尻目に、ホーリーはどこからかボイスレコーダーのようなものを取り出し、スイッチを押した。
『ホーリーはすげー可愛いから! さっきドキッとしたのもお前が可愛いからだから!』
「おま……それ、え?」
「これ? これはね、天界ボイスレコーダーよ。何かに使えるかと思って買ったんだけど、面白いわね。今のあんたの顏、鳩が豆鉄砲を食らったみたいよ? ふふ、可愛いんだから」
ホーリーは無邪気な笑みを浮かべていた。いつも生意気な顏ばかり見せているホーリーの普段見せない表情に、俺は不覚にもまたドキッとしてしまった。
「ふ、ふざけんじゃねえええ。なんだよそれ! じゃあさっきのは嘘泣きかよ!?」
「そうよ。ホーリーちゃんの特技の1つよ。いつでも自在に涙が流せます。どう? すごいでしょ。それにしても、ホーリーはすげー可愛いから、ですって。節操のない男ねー。そうやって可愛い子見つけたら誰でも手篭めにしようとする。変態ね」
そしてホーリーが再び天界ボイスレコーダーのスイッチを押した。すると忌まわしい先の俺の発言が再生される。
『ホーリーはすげー可愛いから! さっきドキッとしたのもお前が可愛いからだから!』
「おま、お前はもうホント許さん」
「いやーん。犯される~♪」
空を飛ぶなんて卑怯な。もう絶対にホントこいつ許さん。二度と信用するものか。泣こうが喚こうが許さん。せっかんしてやる。
「ケツバットしてやるから降りてこい!」
「イヤよ。私のプリチーなお尻が赤くなっちゃう。ていうか、アンジェ、待ちくたびれてるわよ。早く行ってあげなさい。その内ダスクエリアに飲まれちゃうわよ」
なんつーこえー事言うんだ。飲まれるって、多分文字通りの意味だよな。心の中から戻れないなんてのは勘弁願いたい。
まったく、質問は出来ないし恥ずかしい発言は録音されるし、ふんだり蹴ったりだ。ちくしょう。もうさっさと攻略して、ここから出よう。そう思い、俺は一本道を歩き始めた。
50メートル程歩いた頃だろうか、1軒の家が見えてきた。他は何もないし、入れという事だろう。ノブを回し、家に入った。
「おかえりなさい、あなた。ご飯にする? お風呂にする?」
おおう、実に正統派。アンジェはこういうのが好きだったのか。あまりにも使い古されて、今時中々見ない展開だ。
「じゃ、じゃあご飯にしようかな」
「じゃあ、今準備しますね」
もう、いい加減ダスクエリアの特殊性に慣れてきた。瞬きを終えると、俺は草原に座っていた。傍らには弁当箱を持ったアンジェ。これがアンジェの望むご飯イベントか。
「たまには、こうして食べるのもいいものですね」
「ああ。美味しいよ。アンジェ弁当作るの頑張ったんだね」
少々不格好なおかず達が、アンジェの努力を雄弁に物語っていた。きっと、慣れない手付きながらも、一生懸命に作ったのだろう。そう考えると、とても美味しく感じる。
「ハルみたいにはならなかったですけどね」
「いいんだよ。俺はこの弁当好きだよ。アンジェの頑張りが伝わってくる」
次の瞬きで、俺は先程の家から出ようとしているのか、ドアノブに手をかけていた。
「いってらっしゃい」
なるほど。いってらっしゃいがやりたかったのね。まるで新婚さんだ。とすると、この後新婚さんがやる事といえば
「いってきます」
やはり、いってきますのキスだろう。ちゃんと唇にやるのが重要だ。なんとなく、アンジェの顏を見るのが恥ずかしくかった俺は、キスしてすぐに外に出た。
「お疲れ様ー」
扉を開けて外に出た俺をホーリーが待ち構えていた。体育座りで宙に浮かんでいたホーリーの存在を知らずに、外に一歩踏み出してしまったせいで、下手をすればキスをしてしまう程の距離にホーリーの顏があった。
「近い」
「う、うっせ! お前がドアの前で待ってるのが悪いんだろ」
「はいはい。わかってると思うけど、ダスクエリア攻略よ。おめでとー」
「まったく心のこもってない、おめでとーどうもありがとう」
「どういたしまして。じゃ、現実に帰る? それとも私とイチャイチャす――」
生意気な表情をしていたホーリーが急に真顔になった。初めて見る表情だった。緊迫した様子だというのに、今日はホーリーの色んな表情が見れてよかった、などという事を思ってしまった。
「どうしたんだよ? 急に真顔になってさ」
「ここに私達以外の誰かが入ってきた」
「待て。ここに入れるのは俺とホーリーだけのはずだろ? なんで他のやつが入ってこれるんだよ?」
「違うわ。正確にはあなたと私、そして私と同等の力を持った者だけが入れるのよ。そんなやつ、限られてる。多分――」
「はあい、ホーリー。元気にしてた?」
「デビル!」
どこから来たのか、急に女の子が現れた。黒い羽、黒い尻尾。そして、ホーリーの言葉、そこから導き出される答え……こいつは。
「悪魔か」
「ちゃお。あなたがホーリーが連れてきた男の子? 冴えないわね」
「デビル! 何をしに来たの!?」
「ん? 宣戦布告かな? 私もさ、人間連れてきたんだよ。久遠寺直志っていうの。軍人よ、軍人。とっても頼りになるわ」
「なんて事……! あなた、また世界を滅ぼす気!?」
なんだか知らんがマズイという事はわかる。普段あれだけ動じないホーリーが動揺している。ホーリーと真逆のデビルとかいう女、こいつ何者だ。
1つだけいえるのは、ホーリーはそれなりにいいものを持っている。カンナ程ではないが、知っている女の中で2番目くらいにデカイ。そして、ホーリーと真逆という事はつまり、デビルはつるぺただ。尻も薄い。まったくもって俺の興味が惹かれない。
「そうよ。この間は負けちゃったから。今度こそは勝つわ。じゃあね。精々そこの冴えない男の子と仲良くするのね。世界が滅ぶその時まで」
「ええ、そうさせてもらうわ。よりによって軍人だなんて。あなたの事だから、ヒゲもさで不細工な男でしょう? あなた、男の趣味悪いものね」
「……っ!」
おーおー悔しそうな顏。いいぞー。もっと言ってやれホーリー。俺こいつ嫌いだ。人の事初対面で冴えないとか言いやがってよ。お、2人共同時に息を吸った。
「「あんたの好きになんてさせない!」」
「さっさと失せなさい。あんたの顏なんて見てたら反吐が出るわ」
「そうさせてもらうわ」
その言葉を最後に、デビルはバサバサと羽を羽ばたかせてどこかへと飛んでいった。
「なんだったんだ、あいつ?」
「あいつはデビル。悪魔よ。公平は帰りなさい。近い内に、また呼ぶからその時話しましょ。じゃあね」
「あ、おい! 待てって!」
俺の言葉虚しく、世界は白に染まった。ダスクエリアから現実世界に意識が引き戻されていく。
「なんだってんだ……」
現実世界に引き戻された俺は、アンジェに膝枕されたまま、少しの間唸っていた。
『アンジェ 新婚欲求 クリア』
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