最近は冷えてきましたので、身体を温めてごゆるりとご覧下さい。
「どうしよ……また迷っちゃったよ」
すぐそこで通り雨にでも遭ったかのように体が濡れ、肌に服がくっついて気持ちが悪い。湧き出した寒気を散らすように体を震わせ、ついさっきまで歩いてきた道を振り返る。
「…………お母さん……………はぁ、はぁ………もう無理、寒い、最悪………お母さん……着いてこないかな………っ………ははっ!…そんな訳ないのに………はぁ」
それはそうだろう。実の親から絶縁を押し付けられ、あんな日々から命からがら都会まで逃げてきたのだ。その上で両親にすり寄るとなれば、いくらなんでも道化がすぎるだろう。
──シブヤ。憧れの都会というのに心が歪み、街灯りに晒された私はスポットライトに晒された悪役の最期のようで──
「………はぁ、もう路上ライブで稼ぐのも億劫だ………にしても本当にここどこ」
もう少し歩くと、朝のテレビ番組で度々映し出される見慣れた交差点が見えてきた。………夥しい人の数だ。ここじゃあ貧弱な私の歌声も届かないだろう。
──
掃いて捨てるほどある歌声の中の一つ………その一つにもなれない私の影が今、シブヤの街灯りに呑み込まれた。
◆◆◆
「………嬢ちゃん。すまねぇが年齢と住所を聞かせてくれねぇかい?」
変なのに捕まった。警察と思わしき格好をした人にそう尋ねられた瞬間、そう思った。
これが職質というものか。そう呑気に頭の中で推定警察の言葉を反芻していると、「親御さんは?」と再び問われる。
(面倒だな………連れていかれるとまずい)
両親の元から逃げるように街を放浪し、今まで保護されなかったのが奇跡なのだろうが、私はそうは思わなかった。
「……こう見えて成人です」
「そんな訳ねぇだろ。いくら成人年齢が引下げられたとはいえ学生なら親御さんが心配……」
「両親はいません」
「……………不躾なこと聞いちまってすまねぇな」
案外通じるものだな。私は世渡りが上手とは言えないが、上辺を取り繕うことに関しては一枚上手だったようだ。
「この辺じゃあ珍しい事じゃねぇが、嬢ちゃんみたいに若いのがこの辺を彷徨いてると変な事件に巻き込まれちまうぞ?」
「大丈夫です。私こう見えて腕っぷしは強い方なので」
「自分で言うかい」
そうやって漫才じみたやり取りを続けること十分程度。なんかあったら何時でも相談するぜ、と担当の警察署の表記された名刺を渡され、開放された。帰り際に再び声を掛けられようだが、なんのことはないと思い早々に退散させてもらった。
(…………っていっても、行くところなんてありゃしないけど)
視線を足元に遣る。足元を街灯が照らすが、私は一歩下がり、光を足から遠ざけた。
私の当初の予定では、自分の腕っぷしでどこまで音楽をやっていけるのかを証明する旅を続けていくつもりだったのだ。しかし、シブヤに着くまで、と自分自身に縛りを設けた為にその目的は低迷し、現状稼ぐ方法など有りやしない。というか、体力がないのだ。伊達に一ヶ月近く段ボール生活を送っていない。先日は雨に打たれ、今まで濡れ鼠状態なのだ。寒い。
持ち物といえど、アコースティックギター1本、荷物を簡単に纏めたスポーツバックのみ。先日行った路上ライブで儲けた金は底を尽き、自販機でコーヒーを買うにも心許ない金額しか持ち合わせていない。
(うまい棒………それで一食どうにかするにしても後二日か……あ、都会ってもしかして物価高い?………どうしよ)
自分の財力に溜息を吐かずに居られないが、それ以上に空腹が頭を支配する。
(何か金を稼ぐ方法………多分シブヤじゃ私以上の実力を持ってる人なんてザラにいる………見向きもされないのでは……?)
懐疑心が一瞬頭を過ぎる。途端に自分が頼りなく思えてきて、目頭が熱くなる。
体温が奪われていく感覚が妙に感じられ、ほの苦しい脱力感が身体を襲う。
もはや立ってられず、今まで生きていた動機が崩れるように、重力に従って街角に蹲る。
孤独。約一ヶ月の逃走の上の、自爆。味気のない人生。
唐突に、「詰んだ」と頭の中に言葉が浮かぶ。
「…………簡単に人生投げて…………なにしたかったんだろ、私」
「………ねぇ、だ、大丈夫……………?」
「……………………………………………………………………………………え、……もしかして、私?」
「ひゃっ……………う、うん。そうだけど……」
唐突に頭を上げたのが宜しくなかったのか、目の前の人物は短い悲鳴を上げて仰け反った。
(綺麗な声色だな…………くすんだ緑色、整った顔、猫目、可愛いな)
初対面にも関わらずまじまじと顔を見る私に怖気づいたのか、また「ヒュッ」と短い悲鳴を上げて身体を硬直させる。
走馬灯だろうか。それにしてもこんな可愛い子、会ったら忘れたりなんかしないのに。
………今の自分の容姿は、お世辞にも綺麗とはいえない。黒マスク、黒パーカー、同色のギターケース、同色のスポーツバック……生まれ持ったハスキーボイスだからか、中学生の頃は不良と勘違いされてたな……
「……っ!そ、そんなことより、か、身体、濡れて、ない?」
……人というのはこんなにも他人に親身になれるものなのだろうか。……優しい、惚れてしまいそうだ。………体の芯が凍りついたように痛い。だがその反面………とても心地良い。
「ああ、濡れてる」
「そ、そんな淡白な………」
頭がぽわぽわする。もしかしたら冗談抜きで神が遣わした天使なのかもしれない。今までの私の業を洗い流すような心地好い声が頭を反響する。
「……寧々……?どうしたんだいこんな所で」
「あ、類!……この男の人、バケツ被ったみたいに濡れてて………近くで見なきゃわかんなかったけど、もしかしたら……って」
「………ふむ、失礼、少し体に触りますね」
…………わぁ、イケメンだ。ふわふわした頭でこんな悠長なことを考えるが、類と呼ばれていたこのイケメンは私の頭に触れるなり、驚いた表情でさっきの子の方に振り向いた。
………あ、ねむ
▼▼▼
「すごい熱だ……!!寧々、急いで手当を……!」
「う、うん!!」
今にも倒れそうな勢いで歩いていたこの人。街灯にその姿が晒された瞬間、その華奢な影に張り付いたパーカーですぐにそうだと気づいた。確証もない突飛な行動だったけど、当たって良かった。そうじゃなかったら今頃………
「類!!この近くだったら司の家が近いはずだから司を頼ろう!!さっき別れたばっかりだから大丈夫なはず……」
「ああ、そうしようか。取り敢えず今は急がないと……体温が今も上がってる。寧々!荷物を持って貰っても構わないかい!?」
「……うっ、このバック重……先にその人を!」
急いで類が抱える。重さを感じさせないその所作に私と類は思わず目を見合わせ、頷いた。
「荷物は僕が持つよ。寧々はあの人を!」
「………わ、思ったより重い………でも、なんとか大丈夫……!」
「急ぐよ!!」
「わ、分かってる!!」
急いで足を今来た道に向け、私と類は夜のシブヤを駆け出した。
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