魔族の薬師が勇者一行に加わるまでの話 作:新人フリーレンファン
収斂進化とはざっくり言えば、似た環境に住み似た行動をする生物は似た姿になるということ。
シャチとサメはまさにそれです。
両者とも海中を素早く泳ぎ得物の魚を追いかけて捕食する。
見た目がどれほど似ていても別種であることの例えですが、行動原理がまるで異なる人と魔族が収斂進化で似た姿になるとは考えづらく、要因は別にあると考えられます。
欺くための進化というのであれば、擬態でしょうか。
実在の生物の擬態はタコやカメレオンみたいにその場で自在に変化するタイプを除けば、主に獲物を捕らえるための攻撃的擬態、逆に天敵から襲われないようにするための防御的擬態などがあります(実はそれ以外にもあるそうですが割愛)。
魔族のそれは攻撃と防御両方を兼ねている模様。
獲物である人間を騙して誘い、また強い人間に合った時は庇護欲を煽ることで身を守る。
実在の生物だと、パッと思い浮かぶのはハナカマキリでしょうか。
花そっくりの姿で蜜を吸いに来た蝶やハチを捕食、また花に紛れることで天敵の鳥などからは身を守る。
ただ、作中に登場する強い大魔族はだいたい真正面から人里を襲撃してるんですよね。
ミミックが活発に動き回って冒険者を襲うようなものでは………さすがのフリーレンもこれには騙されないでしょう。
とりあえず即刻処刑、という空気ではなかったので、ひとまず拘束したレアラは牢屋に入れてその場は解散。
沙汰は後日改めてということになったその後の、ラカージュの宿の一室で。
「今のうちに殺すべきだよヒンメル」
フリーレンは改めてヒンメルにそう進言する。
「あいつは表面上で友好的に振る舞っているだけで、その実、人間に対して何の情も抱いていない」
あの魔族が今まで事件を起こさなかったのは、別に人に絆されたからではない。
単にそれによって得られるメリットと発生するデメリットを天秤にかけて、ただ前者に傾いているだけでしかないと。
「もし結界が解除されれば。人を襲えない理由がなくなれば。あいつはあっさりと態度を翻す」
「………領主様って言ったんだ」
「………だから?」
「強い魔法使いや戦士に敬意を払うならわかるよ。魔族の世界は弱肉強食だから、そういう魔族がいても僕は不思議に思わない」
ヒンメルは改めてフリーレンに向き直る。
「でも彼女は、レアラは領主を敬っていたんだ」
今でも鮮明に思い出せる。
フリーレンに取り押さえられて、ヒンメルたち勇者一行に周囲を取り囲まれてもやる気のないだらけた態度を崩さなかったレアラ。
「魔法使いのフリーレンでも戦士のアイゼンでもなく、無論僕やハイターでもなく、ただの人間である領主を様付けで呼んで敬意を払ったんだ」
そんなレアラがいざ領主が現れた途端、拘束されたままでも身じろぎして姿勢を正そうとしたことを。
そしてそんな彼女を、ラカージュ領主はレアラ殿と呼んだことを。
「少なくとも彼女は、人の集団におけるルール。信用と権威の価値を理解しているよ」
「………尚更危険だ。それほどまでに人を熟知した魔族なんて」
「確かに彼女は危険かもしれない。それでも僕はもう一度レアラと話をしたい、話さなきゃいけない。そう感じたんだ」
ヒンメルは拳を握りしめる。
掴んだものを、離さないように。
「おそらくこの機会を逃せば、こんな頭の悪い奇跡はもう2度と起こらない」
「それはそうだろうな。いったいどんな確率だ」
「私も耳を疑いましたよ。魔族の潜伏地と人の開拓地が偶然重なって出られなくなっただなんて。女神様も酒に酔うことがあるのかと。それ以上に驚きなのは、彼女がその後200年も殺人衝動と食人衝動を我慢し続けたことですよ。いやはや魔族ながら脅威の忍耐力です」
「ハイターは酒を1週間我慢することすら難しいものな」
「甘いですねアイゼン。私なら3日で音を上げますよ。酒の飲めない世界など地獄そのもの。敬虔な女神様の信者たる私がそこに堕ちるわけにはいかないのです」
「とっくに堕落してるぞ生臭坊主」
そんな同じ勇者一行の仲間たちの、ある意味いつも通りのやりとりを見て、フリーレンは自分に同意する者は誰もいないことを悟った。
「明日僕はレアラに話を聞きに行く。皆はどうする?」
「私は遠慮しておきます。今対話してもまだ彼女の言葉をそこまで信じきれないでしょうから。それよりも酒場………街の住人から酒場………情報を集めたいですね。彼女がこれまでどのようにして生活していたのか、酒場で直接話を伺いたい」
「酒場で酒を飲むことでほぼ頭いっぱいじゃねえか」
「いやいや、情報収集と言えば酒場ですよアイゼン? 舌の滑りを良くする潤滑油として酒に勝るものはありません」
「………なら俺は兵士の詰め所だ。ここの兵士は優秀で魔族との戦闘にも熟達していると聞く。専門家の視点からあの変わり種の魔族の話を詳しく聞けるはずだ」
「フリーレン、君はどうする?」
こうなったヒンメルはもう止まらない。
ハイターもアイゼンもそれぞれ別行動でレアラの情報を集めようとしている。
ならフリーレンのすることは。
「私があいつと先に会う」
ヒンメルより先に、フリーレンは1人でレアラと対峙することを決めた。
「そうか」
「ヒンメル、私は………」
「いや構わない。僕らの中で1番魔族に詳しいのはフリーレンだからね。見極めは任せるよ。僕は領主様に会いに行こうかな」
笑顔であっさりと予定を変更するヒンメルに心苦しい気持ちになるフリーレン。
(ごめん、ヒンメル)
正直、ヒンメルにレアラと対話する機会は訪れそうにない。
フリーレンは内心で謝罪する。
(魔族と人のこころが通じ合うことなんてありえないよ。あいつと会って本性を暴き、出来れば始末する。ヒンメルは怒るかなぁ………許してもらえないだろうなぁ)
非常に憂鬱な気分になりつつも、それでもフリーレンはこの時レアラを生かすつもりはなかった。
「それの何がいけないのですか?」
ラカージュの地下牢を訪れたフリーレンの格子越しの指摘を、囚われているレアラはあっさりと認めた。
いくら友好的に振る舞っていてもそれは見せかけ、実際は人に対して情なんて欠片も抱いていないのだろうと。
人を襲っていないのは単に逃げ場がなく返り討ちに合うのが怖くて襲えないだけ。
何より敵対するよりも味方した方が利益があるから、利害が一致しただけだと。
「利害の一致。大いに結構じゃないですか。これ以上の信用があるとでも?」
地下牢の数ある牢屋の中でも特別製、魔力を封じる機能の備わった檻の中でレアラは思う存分寛いでいた。
もともと結界という檻の中で過ごしてきたレアラである。
閉じ込められることに慣れきっている、を通り越して順応すらしていた。
さらに言えば、ちゃんと正体を隠し通せていると思っていたのに実はバレバレだったという事実にレアラは少しばかり拗ねていた。
「少なくとも、コロコロ変わること空模様の如しな人間の心なんて共感不可なものより余程当てにできると思いますが」
開き直って斜に構え、己の本性を全く隠さなくなったレアラ。
もはや怖いものなしである。
(いっそのこと『私は人の心を理解できるようになった特別な魔族なんですよ!』くらい言ってくれれば躊躇なく疑えるのに)
肩透かしとか、拍子抜けなどという話ではない。
対魔族のベテランを自負しているフリーレンからすれば、やっぱり本質的には魔族なんだなと確信すると同時にこちらを欺くつもりが全くないこともわかってしまって非常にやりにくい。
人の感情には全く共感できないと、はっきり言い切ってしまった魔族らしい魔族のレアラは、ある意味物凄く正直で魔族らしくなかった。
「やっぱりお前は、人の感情に何の価値も見出していないんだな」
「いえいえ? 価値は認めていますとも。友好度、或いは好感度。人の社会で暮らすにはとても重要な要素ですとも。好感度管理を軽視するなんてとてもとても」
(こいつ………!)
友好度、好感度、管理、その物言いにフリーレンは戦慄する。
要するにこの魔族、人の好悪の感情を数字に換算することで処理しているのだ。
人に情を抱かない魔族が抱かないままに編み出した対人処世術。
「薬屋を経営するのに必要不可欠なスキルだったんです。信用なくして店は成り立ちませんから」
「そもそもなんで魔族が薬屋を………」
「生きるためですけど? 人間の街で生きるためには兎にも角にも先立つものが必要なんですよ」
「………………」
「むしろそれ以外に何があると?」
魔族の口から飛び出したとは思えないほどに庶民的な回答に絶句するフリーレン。
「いいですよね、貨幣経済。目に見える実績、触れる成果、形ある信用。最初は面倒な仕組みだと思ってましたが今ではお金大好きです」
「お金が大好きな魔族??」
「いえ訂正します。好きなのではなくこれはもはや生き甲斐です。なくてはならない必須項目、貴女は自分の好きな食べ物を尋ねられた時、水や空気と答えるのですか?」
「い、いやそれはそうだけど………」
「割と評判は良かったはずですよ? 赤字になっていないのがその証拠です」
「不正とかは………」
「そんな卑怯な真似するものですか。魔法薬屋の風上にも置けません」
領主曰く、レアラは正式にラカージュの住民登録をし、きちんと許可をとった上で店舗を構え、200年間納税の義務もしっかり果たし犯罪行為も一切しなかったという。
それ故に処されることもなく今も檻の中で生かされている。
ここまで罪を犯さず市民の義務をはたしている存在はたとえ魔族でも裁きようがないと。
「だからこそ、貴女も私のお店を訪れたのでしょう?」
確かにレアラの言う通り、フリーレンが薬屋に立ち寄ったのもその極めて真っ当な評判を聞いたからだった。
(そこでレアラが『魔族の魔法』を使っている所を目撃したのがことの発端で………え、ひょっとしてそういうこと?)
魔族はその性質として1つの魔法の研鑽に長い生涯を捧げる。
利害や理性を超えた執着、ある種の習性と言ってもいい。
魔法に対しては非常に真摯で、不義理な行為を何より嫌う。
当然、魔族であるレアラもそこは例外ではない。
「魔族の魔法で生み出した薬草を調合した薬を売ってたんだね。『薬草を生み出す魔法』?」
「惜しい。正解は『植物を操る魔法』です」
道理で効能が高いと評判になるわけだ。
生存のための金策と、魔族の本能である魔法の研鑽。
やらなければいけない事とやりたい事の奇跡的完全合致。
(そんな偶然ありえる? 異様過ぎる)
何が異様かといえば、レアラ自身は特に意図して人との共存を目指したわけでも、一際人間に興味を抱いているわけでもない、ごく普通の魔族だということだ。
強いて特別な点を挙げるなら、通常より臆病で慎重であること、かなり抜けていてウソをつくのがヘタなこと、あとは運がないことくらいか。
特にウソがヘタというのは魔族としては致命的である。
もし結界にハマらなかったらレアラは成体になることもなく淘汰されていたのではと考えるととてもやるせない気持ちになるフリーレン。
(欺くのが上手い、嫌な魔族ばかり生き残るわけだ。いや別にこいつが良い魔族ってわけじゃないけどさ)
運がいいのか悪いのか。
このレアラという魔族はあくまでもどこまでも魔族のまま、本当に人間と全く通じ合うことなく行き当たりばったりの成り行きで人間社会に適応してしまっている。
「こんな雑なやり方でよく問題を起こさずに200年も人間の街で過ごせたな………」
そう小さく呟いたその時、ほんの一瞬だけレアラが目を逸らした。
これまで一貫して余裕の態度を崩さなかったレアラの僅かな変化を、フリーレンは見逃さなかった。
「今何を誤魔化した?」
「いえなにも?」
「ウソをつくなヘタクソ魔族」
「ヘタクソ魔族………」
よくよく考えれば、法を犯さなかったからと言って、問題を起こさなかったとは限らない。
それとこれとは全く別の話だ。
「概ねうまくやってるんですよ? そのはずです………たまに読み違えてえらい事になったりもしましたけど」
「それは?」
「え?」
「その失敗は、何?」
魔族が人間の街で犯した失敗。
かつて村長を間違いで殺した魔族を知っているフリーレンとしては聞き逃すわけにはいかなかった。
「話せ」
「え、いやその。そこに食いつかれましても」
レアラがここに来て初めてたじろぐ。
フリーレンはすかさず詰め寄る。
「何をやらかした? 何を隠している?」
「黙秘権を行使します」
「魔族にそんな権利はない」
「流石に横暴じゃないですか? 僧侶じゃあるまいし、なんで出会ったばかりの赤の他人の魔法使いにそんな懺悔みたいな真似を………」
レアラの勘が告げていた。
あくまで魔族の視点ではあるが、それでも200年間人間を観察し続けてきたレアラの直感が、フリーレンに『この話』をしてはいけないと告げていた。
「えっと、その………………貴女には『こういう話』はちょっと早いかなぁって」
「バカにしてる? 私はお前よりずっと年上の、1000年以上生きたエルフのお姉さんだ」
「いや私の経験則上、ことこういう事柄に関して重要なのは実年齢じゃなくてむしろ精神年齢………」
ちなみにレアラ、エルフを見たのはフリーレンが初めてである。
このどう見てもお子様にしか見えない自称お姉さんが、実際は自分の5倍以上年上らしいという現実に脳が混乱、誤作動を起こしかけていた。
「吐かないならそのまま殺す」
「ま、待ってください!」
フリーレンが杖を取り出して魔力を集中し始めたのを見てレアラは隠すのは無理だと悟った。
分かってはいたがこの魔法使い、あまりにも魔族に対する殺意が高過ぎる。
「仕方がありません。そんなに知りたいなら語りましょう。私がいかなる間違いを犯したのか」
過去に魔族とどんな因縁があるのかは知らないが、それは私と関係ないだろうという、個人主義の魔族らしい反論を全部呑み込み、可能な限り丁寧に説明する。
「そう、あれは今から100年ほど前。私がまだ人間の好意の識別がおぼつかず、愛情と慕情を混同処理していた時のこと………」
「え、違うのそれ?」
「………そこからですか。えっと、あくまで私の推測ですが、人間のいう愛情とはおそらく―――」
―――ゴンっ
この時、2人の会話に密かに聞き耳をたてていた牢番の衛兵が、壁に思いきり頭を打ちつけた。
「あ、お帰りなさいフリーレン、レアラとはちゃんと話せましたかってどうしたんですか? やけに顔が赤くてフラフラしているようですが」
「顔が赤くてフラフラしているのはハイターもだろ」
「飲みすぎました」
「魔族と恋バナしてしまった………」
「いや本当に何しに行ったんだお前ら」
「………………えっち」
「何で!?」
子育ての概念がなく、擬態を駆使し、その思考は異質。
現実の生物で例えるなら魔族は哺乳類よりも昆虫が近いのではと個人的に考えていました。
魔族がもし本当に食人虫みたいな生物なら人との共存は限りなく不可能と言わざるを得ません
ハナカマキリに蝶を襲うな、花の蜜を出せっていうようなものです。
たとえ擬態の精度がどれだけ上がろうとも本物の花になることはありえないわけで。
もっともこれはあくまで現実の生物に無理やり当てはめて個人的に考えた場合の話。
ファンタジー要素を絡めるとまた話が変わってきます。
というよりも、ファンタジー要素を絡めないと説明できない事象があると言うべきでしょうか。
魔物の進化が早すぎる。
進化の速度とは世代交代の早さなので、寿命が長い、子供が産めるようになるまでの幼少期間が長い生物程遅くなるはずなんですが。
魔物が魔族に進化する前に、人間が別の生物に進化(もしくは絶滅)してしまいます。
しかし、魔族の祖先は物陰から「助けて」と言葉を発した魔物であるとのこと、つまり魔族が生まれたのは言葉が生まれたより後の時代です。
フリーレン世界で言語がいつ誕生したのかはわかりませんが、たぶん数千年前くらいで万には及ばない………はず?
長命者のエルフやドワーフがノイズ過ぎる。
それでもミミック(これもあの形状の宝箱がすでにある前提の進化)などの例もあるし魔物が相当な早さで進化したのは間違いなさそうです。
考えられる要因は。
魔物はハンターハンターのキメラアントのように1つ世代を交代するだけで別物レベルで変異するか。
ポケモン(特にイーブイやバルキーなどの分岐進化タイプ)や、シン・ゴジラのように世代交代せずに進化するか。
もしくはそもそも生物ですらない魔法召喚獣か。
どれかが正解、全部間違い、正解が複数あるのか別の正解があるのかは全く分かりませんが。
個人的には魔族はポケモンタイプ、進化に世代交代を必要としていないのではと考察し、もしそれが正しいなら。
「一度も人間を食べたことがない魔族を、人間が食べられない環境に超々期間おき続ければ、その魔族は環境に適応して人間を食べない魔族に進化するのでは?」
という大変都合のいい妄想じみた仮説が生まれました。
家畜の豚はかつて野生の猪だった、人を襲う熊だって動物園の人気者のパンダになる。
時間さえかければ可能性はあるのではと………どのくらい時間がかかるのか見当もつきませんけど。
サンデー漫画キャラで例えるならギャルゲーを何百本とプレイすることで現実の交際経験がゼロのままおとし神に至った桂木桂馬が近いかもです。