「…何が言いたい」
「……。いや、やめておくよ。君たちとの協力関係はまだ維持しておきたいからね」
呪術界に炎の呪力特性は存在しない。
理由は単純明快で、
炎は肉を焼くからである。
炎の温度は見かけの影響力に比べて非常に高く、
ライターの火でさえ1,000度を超える。
仮に炎の呪力特性を持っていたとして、
炎(の呪力)を全身に通した場合、どうなるかなど言うまでも無い。
これまでに数人ではあるものの炎の呪力特性を持ったと思われる人間は存在した。
だがその全員が例外なく自身の呪力による内部発火によって焼死している。
……
特級呪霊『漏瑚』
彼は大地への畏怖から産まれた呪霊であり、
漏瑚自身も知らなかったが、彼の呪力特性は炎であった。
何故、漏瑚は自身の呪力特性を知らなかったのか。
それは彼が仲間を求めていたから。
植物を構成要素に持つ花御を始め、
陀艮や真人も、その肉体は生物をベースに持つため火に弱い。
当然、呪霊である彼らにおよそ普通の火は通用しない。
だが、それでも仲間意識の人一倍強い漏瑚は仲間に悪い影響を及ぼす可能性を忌避し、無意識のうちに自身の呪力特性を封印していた。
……
渋谷事変
23:03
一時的に肉体の主導権を奪った両面宿儺との『試合』
その集大成となる炎の呪術の撃ち合いの末、
漏瑚は死に瀕していた。
◇
炎が儂の身体を這い登る
痛みすらなく、ただ手足の感覚が無くなっているのが分かった
ああ、儂は負けたのか……
もう、目が霞んで、何も……見えない
「すまない、花御、陀艮」
朦朧とした意識の中、失った2人の姿が見えた
これが彼岸というものか
儂の前に、いつもの姿の花御と陀艮が立っていた
儂の足は自然と2人の元へ
──漏瑚、貴方は寂しがり屋ですね──
パァン
花御の平手が儂の頬を打った
──だから負けたのですか? 呪いの王に負けるのなら悪くないと──
「違う、儂は全力をもって──」
見れば分かるだろう。力量の差は絶望的なほどに大き──
──大地の呪霊が炎で死ぬ訳が無いでしょう。貴方の頭に詰まっているマグマは飾りですか? ──
「──」
──貴方は生きるのが億劫になって、ちょうど良い幕引きに両面宿儺を利用したのです──
──呪霊の勇士、王の前に散る。死に場所としては悪くなかったのでしょう? ──
「わ、儂は……」
──漏瑚。そんなに私たちにもう会えない事が寂しいのですか? ──
「……そんな事は無い。自然呪霊である我らは100年後の荒野で再び生を受ける。儂は再びお前たちに会える」
──けれど、その時の私たちはもう今の私たちではありません──
「……っ」
自然呪霊は人間の畏怖の感情が無くならない限り同じ原因から再び発生する。しかし、その新しい呪霊と死んだ呪霊に記憶の連続性は無い。
「ぷふぅ〜」
「陀艮……」
──寂しがり屋の漏瑚。貴方は私たちの中で、いいえ、呪霊の中で誰よりも強い──
──世界で一番強くなるのにあとたった2人だけですよ? 真人に託すなんて言わないで、貴方も頑張ってください──
「しかし花御よ、儂はもう死力を振り絞った」
──貴方は真人の成長性に期待して、私たちの頭に真人を選んだのでしょう? ですが、真人ほどではないにせよ、貴方もまだ成長出来るはずです──
「儂は……。いや、言い訳か。そうだな。すまない。儂は姿形に拘りすぎていた。この見た目ではこれ以上成長などするまいと初めから諦めていた。そんなはずが無いというのに。呪霊である儂は生涯現役だ。まだまだ強くなる」
「ぷふふぅ〜、ぷふ〜」
──はい、貴方はもっと自由になれます。残っているのは真人だけ。漏瑚がハメを外しても誰も貴方を咎めません──
「……それがお主らの望みなら儂はそれに答えよう。両面宿儺も羂索も五条悟も関係無い。この世のすべからくに儂の力を見せつけてくれようぞ」
……
「群れとしての人間、群れとしての呪い。寄り合い力を合わせるなどと初めから自身の器を、限界を小さく見繕うから、現実の己も矮小になる。オマエは焼き尽くすべきだったのだ。打算も計算もなく手当たり次第。五条悟に行き着くまで、未来も種もかなぐり捨ててな。理想を掴み取る"飢え" オマエにはそれが足りなかった」
それは誕生であった。
コンクリートやアスファルトに含有されている金属が漏瑚だったモノに寄り集まり、一つの塊を形成していく。
呪霊が呪胎を経て成体になる様に、
呪霊の成体である漏瑚は呪霊としての死を経て更なる誕生を迎えようとしていた。
両面宿儺はそれを止めるでもなく、後ろから現れた裏梅を静止し、その誕生を見届けた。
……
鉄の塊が熱を帯び、緋色に発光し溶解し、人型に姿を変えた。
変わらない単眼、頭上の噴火口から噴き出した炎は髪のように燃え上がっている。
炎の呪力を纏い、ただその場にいるだけで空気を焦がす流体金属に受肉した呪霊。
否
地球で唯一の金属生命体と成った漏瑚に両面宿儺は声をかけた。
「良い眼をするようになったな。お前のような呪霊は我が生涯において空前だ」
炎の呪力によって常時軟化した金属を肉体に持った漏瑚は滑らかに立ち上がると、拳を構え臨戦態勢に入った。
「待たせたな。もう一戦交えよう」
「魅力的な提案だが急用が出来た。その誘いを受ける事は出来ない」
集中力が無い……。いや、別の何かに気をやっているのか
儂との試合の前に1人殺さない人間がいると言っていたな。ソレか?
「そうか、儂はこの身体を慣らす。お主の気が向けばまた次会った時に試合としよう」
「その意気や良し。また会おう」
簡便にそう言って両面宿儺が渋谷の夜空に消えていくのを漏瑚は眺める。
「儂も真人を探すとするか」
強敵の思わぬ肩透かしを受けながらも、漏瑚は真人を探しに渋谷駅の中へ降りていく。
渋谷駅の階段を漏瑚が一歩踏み締めるごとに周囲の紙は燃え上がり、タイルは溶け、そこら中から火の手が上がる。
漏瑚から漏れるわずかな炎の呪力は、ただそこにあるだけで人の創造物を壊すに十分な威力を誇っていた。
◇
あれから随分と真人を探し、後回しにしていた今更何の意味があるか分からなかった帳を破壊すると、その中に真人はいた。
やられたッ! この帳は呪術師ではなく、儂を遠ざけるための帳だったのかッ!!
追い詰められ、宿儺の器にオオカミに追われるウサギの如く這々の体で逃げる真人。
儂が赴くより先に、真人の目の前に夏油傑、否、羂索が立っていた。
「助けてあげようか、真人」
奴は巧妙な嘘を吐く男だが、今回は流石の儂にも分かる。
奴は嘘をついている。
だが、真人の背後には宿儺の器。
選ぶ余地も逃げ場も無い。
早く行かねば
儂は火炎弾を放ちながら猛然と走る。
儂より人心に精通した真人は当然、羂索の企みを看破し臨戦体勢のまま羂索の元へ進む。
真人が羂索に手を伸ばし、
羂索が真人に手を伸ばす。
羂索が身を翻し
儂の火炎弾は呪霊に阻まれてしまう。
刹那、羂索の背後に居た儂と真人と目が合った。
ごめん、漏瑚
「楽しかった!」
真人の手は空を切る。
呪霊操術
極の番
「うずまき」
呪霊をエネルギーに変換する呪術。
消耗しきった真人に、その呪術に抵抗するだけの力は残されていなかった。
羂索に触れられた真人が、あっけなく、拳ほどの黒い球体に変わった。
羂索が振り返り儂の方を見る。
「おや、漏瑚、生きていたのかい?」
白々しい
この帳は儂が真人を見つけられないように張った結界であろうに
漏瑚の中に怒りが湧き上がる。
「私は初めから真人が目当てで君たちに協力してあげていた。そして今、真人の術式は手に入れた。分かるかい? 君はもう用済みなんだよ。漏瑚」
「そうか、許さん」
「はは、そう言う台詞は聞き飽きてるよ」
羂索が指先を動かすとそれを合図に、
漏瑚の火炎弾を防いだ女物の着物を着た蛇頭の呪霊が、両手で手印を結ぶ。
特級伝承呪霊 伊吹ノ水蛇
領域展開『零落湖水』
領域は漏瑚だけを呑み込むと、羂索の前に虎杖悠仁だけが残された。
「話をしようか、これからの新しい時代の話を」
◇
気付けば漏瑚は水中に沈んでいた。
頭上から僅かに光が刺しているものの四方は完全に漆黒。
人間ならば恐怖を煽られる光景だろう。
なるほどのぅ
儂の呪術で水をいくらか蒸発させてみたものの水が減る気配が全く無い
この無尽蔵の水は領域の地形効果か
伊吹ノ水蛇の領域は水中という有利状況を術者に提供するだけの領域。
だがそれ故に領域として展開が素早く押し合いに強く、その上で完全な水中であるために並大抵の術師や呪霊では、術式でないにも関わらず必中必殺となる。
羂索自身が対五条用に漏瑚らに教えた領域展延もただの水責めには効果は薄い。
嫌らしい奴め、初めから儂らに提供した技術を踏まえた対策を用意していた訳か
漏瑚の前に一体の呪霊が姿を現す。
女物の着物を中央の首にスカーフの様に結んだ巨大な多頭の大蛇。
それが伊吹ノ水蛇の正体だった。
有利環境かつ120%の出力の特級呪霊と、不利環境の儂なら前者が勝つ
そういう算段なのだろうな
その計算は間違ってはおらぬ
以前の儂ならば負けていたかもしれん
だが、……今の儂ならば負ける気はせんな
漏瑚は一種の呪力の核心に触れていた。
その証明を示すため、漏瑚は呪力を両腕に練り上げ、その両腕を擦り合わせる。
◇
呪うためにはまず愛さねばならない。
「呪力の本質は祝意の裏返し。失って初めて気付くとは、儂も滑稽だな」
漏瑚は呪霊全体の繁栄を願っていた、願っていると思っていた。
しかし、今、漏瑚の胸中に溢れるのは後悔ばかり。
儂は家族が欲しかった
花御、陀艮、真人
既に欲しかったものは手に入れていたというのに
漏瑚は仲間を、家族を手に入れた。
そうすると更に欲が出た。
漏瑚は呪霊が種族として根付く未来を求めた。
人間の欲は尽きず、望みが叶えば次の欲望に駆り立てられる。
漏瑚もまた同じように愚かしくも次から次へと欲望に邁進し、
その果てに漏瑚は全てを失った。
その喪失感は何物にも変えがたく、漏瑚の中で、そそのかした羂索とそそのかされまんまと引っかかった自身への憎悪が滾る。
呪力の核心は愛。
愛するものを失ったからこそ強く憎み、
愛するものを守るためならばどんな外道にも堕ちる。
それがもはや元に戻らないものだとしても。
人間の持つもっとも強烈な感情の裏返しであるが故に、呪力というものは強力なのだ。
そして
愛が反転する事で呪いとなるのなら、
呪いを削り合わせ、研ぎ澄まし、呪力の本質である愛を見出す。
それが反転術式。
◇
水蛇の無数の頭が漏瑚に迫る。
蛇は若返りの象徴
おそらく此奴も再生能力を保有しているのであろう
だが、はたしてこの一撃耐え切れるかな
漏瑚が手から生み出したマグマから一本の鉄剣を形成する。
それは正の呪力を込めた即席の呪具。
7本の剣先が炎の様に踊る魔剣
『七枝炎刀』
一閃
術式的に漏瑚に対して圧倒的に有利なはずの特級伝承呪霊 伊吹ノ水蛇はしかし漏瑚の持つ退魔の剣によって、豆腐よりも脆く崩れ去った。
◇
呪術高専の呪術師たちを相手取り、圧倒的な実力差を見せつけながら、散々好き勝手に構想を語った後、意気揚々と引き上げようとする羂索の後ろで伊吹ノ水蛇の領域が爆ぜた。
羂索に逃げられそうになる中、この渋谷で最大級の呪力の再出現に呪術師たちが顔を強張らせる。
しかし、その中でもっとも驚いていたのは羂索だった。
「
七枝炎刀を携えた漏瑚が呪術師たちには目をくれず一直線に羂索を見つめる。
漏瑚を倒す、ないし時間を稼げると踏んで繰り出した特級呪霊が想定を遥かに超える短時間で制圧されたことに羂索は驚き、そして漏瑚が手に持つ呪具に瞠目した。
「漏瑚、その呪具どうしたんだい?」
「そんなに珍しいのか、反転術式とやらは?」
呪霊が反転術式を扱うなど吸血鬼が太陽の光を浴びるのと同義。
本来は自決に等しい行為である。
しかし、漏瑚はそれをやってのけ、正の呪力を込めた自身の一部を切り離しているだけではあるものの、人間の中でも数えるほどしかできない反転術式のアウトプットまでもを可能にしていた。
「おかしいなんてものじゃないさ。さっきはただのイメチェンかと思ってたけど、漏瑚。君、何に成ったんだい?」
「知らん。仮に儂が知っていたとしても、儂は冥土の土産をくれてやるほど柔ではない」
「そうか、残念だ」
心底残念そうな声を出しながら羂索は前方に呪霊を放出する。
「無駄だ」
七枝炎刀は呪霊の群れを触れるだけで破裂させる。
同時に羂索の立っていた位置に灼熱の業火が立ち上る。
それはビルの高さを優に超えていた。
「凄まじい火力だ。宿儺と五条を除けば無敵に近いね。いや、大切なものが全てなくなって無敵の人になったのか、願いが叶って良かったんじゃないか」
空高くから羂索の声が響く。
羂索は飛行する呪霊に乗ることで難を逃れていた。
羂索の足元をいつでもマグマに変える事ができる漏瑚相手に地上戦は不利と考えて空中を選んだのだ。
空間転移の術式を使う呪霊を呼び出すにしても漏瑚は素早い。どこかで隙を見つけなければ
「隕」
羂索の頭上が真昼の様に明るくなる。
奥義から格落ちした漏瑚の極ノ番「隕」
しかしその出力は以前の漏瑚のソレを上回る。
漏瑚の号令と共にさながら玩具箱のフタを閉じるようにビルよりも巨大な流星群が空を埋める。
呪術師たちが蜘蛛の子を散らす様に渋谷から避難していく。
羂索は隕によって召喚された火球が大きすぎるおかげで隙間をすり抜けられているが、漏瑚はすぐさま次なる一手を打つ。
「火礫兜王」
頭部に正の呪力を宿した剣を持つカブトムシ型の式神が火礫虫の群れを率いて羂索に迫る。
呪霊操術
極ノ番
うずまき
本来の用途である雑魚呪霊を圧縮した弾丸が火礫兜王を押し潰した。
だが逆に言えば漏瑚の繰り出す反転術式を内包した攻撃に対して、呪霊操術はこの大技しか対抗策が無い。
更地となった渋谷の中心部が噴火した。
当然それは漏瑚の起こしたもの。
岩盤ごと自身を打ち上げ、飛行する羂索に肉薄する。
乗っていた呪霊が火炎弾によって破壊され、羂索が宙に投げ出される。
「私に近づくと危ないよ?」
それでも余裕の笑みを崩さず、近づいてくる漏瑚に羂索が手を伸ばす。
「領域展延は貴様が教えたのだろう?」
漏瑚はその手に躊躇なく手を伸ばした。
漏瑚の放つ呪力のその尋常ならざる温度に羂索は気付いた。
漏瑚の纏う呪力は炎の呪力特性により3,000度を越えていた。
領域展延によって生み出される呪術の拮抗状態において、炎の呪力特性は一方的な殺傷能力となる。
手を引こうとする羂索の腕を漏瑚が掴んだ。
「照れるでない。こちらまで恥ずかしくなるだろう」
羂索は即座に自身の腕を切り落とした。
瞬間、羂索の腕が爆裂する。
流し込まれた炎の呪力が腕を一瞬で沸騰させたのだ。
まずいな、私にとって今の漏瑚の危険度は五条悟に匹敵する
反転術式のアウトプットが可能であることによる呪霊特攻。
五条悟の無下限呪術をも中和する領域展延。
そして展延中は術が使えないというデメリットを補って余りある数千℃を超える灼熱の呪力特性。
呪術そのものも天災の如し。
漏瑚は今『最強』に並ぼうとしている。
漏瑚がもう片腕をかざす。
「術式反転」
そう言い残し、爆炎に呑まれる寸前に羂索の姿が消える。
宙に浮いた状態で、この至近距離で儂の攻撃を避けただと?
いくら何でも速すぎる。呪霊の気配も無い
……呪霊操術以外の何かを使ったのか?
羂索は物理法則を無視した速度で落下していた。
超高速で地面に落下した羂索が最低でも1級相当の強力かつ大型の呪霊を複数呼び出し、頭上の漏瑚の視線から隠れる。
「
漏瑚はその行動に対して広範囲攻撃によって答えた。
地面から持ち上がった岩盤と天空から落ちる岩塊が口を形作り、大型の呪霊をまとめて擦り潰した。
しかしその中に羂索の残穢は無い。
もはや火山の火口そのものの様にマグマが流れ何もかもが岩塊に呑まれた渋谷の中心に漏瑚は降り立つ。
「……逃したか」
漏瑚に向かって吹く風が渦を形成し始めていた。
漏瑚の生み出した超高温が、渋谷全体を包む温帯低気圧となり、台風が形成されつつあった。
呪術界において単身で国家転覆を可能とするほどの能力を持つ事が特級の条件とされている。
その点において、漏瑚の危険性は正真正銘の天災の領域へと到達していた。
覚醒漏瑚
呪霊から進化した金属生命体。
もはや呪霊操術で干渉できない存在と化している。
炎の呪力特性を持ち、呪力そのものが常に数千度の超高温を維持している。
鹿紫雲と違って有機生命体では無いため、どれだけ殺傷能力の高い炎の呪力の出力を上げても自分は死なない。それどころか体温が上がる事で肉体を構成する金属が軟化して素早さが上がる。
領域展延で大抵の呪術を無効化しながら自分だけ炎の呪力で即死攻撃してくる。
反転術式の魔剣の生成による呪霊特攻
炎無効、流体金属の肉体による物理ダメージの大幅カット
によって羂索と宿儺、両方に耐性がある。
たぶん極ノ番は熱線とか出す。
…ここまで盛っても宿儺とか五条悟に勝てるとは断言出来ない。