という訳で戦力マシマシでお送りします。
映画と変わらない場面はバッサリカット、『ゴジラ-1.0』を視聴された前提に書いてます。
まだ視聴されていない方は読む前にAmazon Prime Video等で視聴されることを強くお勧めします。
1946年7月、ビキニ環礁。
クロスロード作戦、二度の核爆発。
呉爾羅は、ゴジラと成った。
西太平洋では巨大生物による艦船襲撃が繰り返され、被害は徐々に北上、日本列島へと向かっていた。
大陸では国共内戦が激化し、アメリカ合衆国とソビエト連邦の対立が鮮明になった時期である。
アメリカは極東地域への戦力増強と大規模軍事作戦の展開はソビエト連邦を刺激するとして、占領下の日本に対処を一任する。
一任された日本政府は降伏時に引き渡した武器弾薬の返還を要請、各国との交渉は難航したものの、研究用に確保した物や自国の軍に配備済みの物を除く、国内外の残存兵器の引き渡しという満額回答の引き出しに成功する。
その交渉後、シンガポールで修理、再武装された重巡洋艦妙高と高雄が本土へと航行中、迷走していたゴジラが明確に本州に向かい始めたとの情報がGHQより日本政府へ通知された。
最大戦速でも、間に合わない。
一時間、間に合わない。
その一時間を稼ぐため、日本政府は機雷除去の任務にあたっていた特設船による遅滞防御を決定。
太平洋側の特設船が掻き集められるも、実態は10ノットも出ない焼玉エンジンの木造漁船の寄せ集め。武装に至っては、武装解除時に海軍艦艇より下した機銃を船尾に付けた程度で、回収した機雷を載せていれば御の字である。
明確な指揮系統もなく、集合海域だけを指定されたまさしく捨て駒。多くの特設船が集まった。100隻はいただろうか。正確な数は誰にもわからない。
命令した第二復員省も、機関不調等のサボタージュがどの程度発生したか、あるいは間に合わなかった船がどれだけいたかも把握していない。
戦争に負けて2年程度で、末端の損耗に無頓着な体質が変わる訳もない。
彼らは重巡洋艦二隻が到着するまでの一時間を稼ぐ為の、生贄だった。
船が食われる。
人が喰われる。
それでも集まった男たちは現れた巨大生物に立ち向かった。10ノット以下、20km/hに満たない船速。人の全力疾走より遅い船は狙われたら最後、逃げられる訳もない。
沈んでいく。
喰われていく。
戦場から逃げる船も少なからずいる。だが多くの船は立ち向かった。二隻の重巡洋艦の作戦海域への到達予定時刻は全船に告知されていた。
一時間稼げばいい。
一時間だけ稼げばいい。
あと何分だ?
また一隻喰われた。
尻尾で三隻薙ぎ払われた。
ヤツの起こした波で一隻転覆した。
巨大生物も小舟の群れに慣れてきたのか、被害が拡大していく。畜生!
誰かが貧乏籤を引かなくてはいけない。
だから俺たちが籤を引く。
隣の隣が外れを引いた。
下から喰われた。
船が大きく揺れる。
巻き上げられた海水が土砂降りだ。
周りを見る。
隣の船がいなかった。
ヤツのその体の割りに小さな手の中にいた。
容赦なく握り潰されていく。
妙高は、高雄はまだか。
西の空に煙はまだ見えない。
振り返るとヤツと目があった。
次の外れ籤を引いたらしい。
全速で逃げるが、どんどん距離が縮まっていく。
一隻の特設船が目の前を左舷から右舷へと横切った。
目の前に機雷を投下しやがった!
すぐに意図を察し、機雷を右舷ギリギリに見ながら回避する。
ヤツは変わらず本船を追尾してくる。
機雷がうまいことヤツの口に入った!
「いいぞ!さあやれ!!!」
爆発しない。
仕掛けた船を見やると、混乱している様子が見てとれた。
不発だったことはすぐにわかった。
「敷島!お前がやれ!!!」
「はっ、はい!」
敷島が九三式十三粍機銃の引き金を引く。
三発ごとに指切りをしていたが、すぐに斉射になった。
機雷一発につき銃弾九発まで、なんて言ったのはドコの馬鹿だったか。
馬鹿正直に守りやがって。
今日くらい最初から景気良くいきやがれ!
鉛玉を喰らった機雷が盛大に爆発した!
水煙にヤツの姿が消えた!!
ざまあみやがれ!!!
なんてこった。
顎が半分吹き飛んだのに、すぐに治ってしまうだなんて。
咆哮。怒りの叫び。
ヤツが明確に俺たちに狙いを定めた。チクショウめ!
最大戦速で逃げる。
といっても子供の駆け足程度の速度だ。
どんどんヤツが近づいてくる。
生き残ったわずかな船たちが援護射撃をしてくれる。
ダメだ、この船しか眼中にねぇ。
後ろで機銃の音が止まった。
弾倉の交換にかかる時間がやけに長く感じる。
装弾数30発?10秒とかからず撃ちきるぞ。
設計したバカを的に、いや餌にしたい。
「弾切れです!」
敷島の叫びが聞こえた。
弾倉も3個しか支給されなかったからなぁ。
典子ちゃんの白無垢、見たかったぞ。畜生。
ここが俺の死に場所か。
弱気が覗いたその時、ヤツと俺らの間に水柱が立った。
俺たちを、いや、ヤツを囲う水柱が何本も、何本も。
ヤツが驚いている。
俺らも驚いている。
遅れて届いた轟音が、その水柱の正体を教えてくれた。
砲撃だ。
妙高と高雄のお出ましだ!
帝国海軍が誇る二隻の重巡洋艦の姿はまだ見えない。
双眼鏡なんて高価な物はない。
肉眼では見えないほど遠くからの砲撃だ。
それでも飛来する砲弾は目視できた。
「 」
絶句しながら左へ舵を切る。
一軸船はわずかながら取り舵の方が効きがいい。
直進していたら直撃していただろう場所に水柱が立つ。
その余波で転覆しそうなくらい船が傾く。
「馬鹿野郎!味方だぞ!!こっちに撃つんじゃねぇ!!!」
若造が叫ぶ。
味方殺しを恐れて撃たない?その時はもうこの船は沈んでた。
そんな考えたらずだから、お前は若造なんだ。
咆哮。苛立ちの叫び。
訳も分からず撃たれていたヤツも、飛来する砲弾とその大元に気付いたらしい。
一つ叫んで西に、敵に、妙高と高雄に向かって泳ぎ去っていく。
「なんとか生き残れましたね。あとは妙高と高雄に期待しましょう。」
「ああ、そうだな。後は軍艦に任せて、俺たちは生き残りの救助だ。」
学者先生の落ち着いた声に現実に戻ると、浮かんでいる生存者の救助に向かう。
重巡洋艦から放たれた徹甲弾の直撃にヤツは耐えた。
その現実から目を背け、二隻の重巡がヤツを倒すと信じて。
◼
大日本帝国海軍 高雄型重巡洋艦 一番艦 高雄 撃沈。
大日本帝国海軍 妙高型重巡洋艦 一番艦 妙高 撃沈。
帰還した特殊船団を迎えたのは、そんな凶報だった。旧陸海軍を母体とする復員省は緘口令をひくものの、海戦の結果はわずかな生存者から関係者には伝わっていた。
曰く、左右上下に自在に回避行動をとるゴジラに砲雷撃を当てるのは至難。
曰く、九三式魚雷による雷撃は一度は命中するも、仕留めるには至らず。
曰く、接近し回避が間に合わず砲撃が命中すると潜水、高雄の右舷前方に急浮上して体当たりしてきた。
曰く、20.3cm砲三基六門の接射で阻止するも、再度潜水して艦直下より放射熱線により高雄を端折った。
曰く、妙高の真横に浮上して鑑中央部に乗り上げ、艦橋を喰らうと大きく艦を揺り、横転させた。
曰く、妙高は横転時に缶に海水が流入したのだろう、艦中央部で大きな爆発を起こし沈没した。
曰く、妙高爆沈後、ゴジラは勝利の雄叫びを上げ、東に去った。
西に立った光の柱がゴジラによる攻撃だった。
救助活動中の船団を無視してゴジラはどこに向かったのか?不気味に思いながらも、新生丸の乗組員一同は小田和湾の旧海軍施設を離れ、それぞれの自宅に帰るのだった。
なお、新生丸は機雷の近爆と20.3cm砲の至近弾による損害で機関に不調を来し、浸水も著しかった。浸水は時間と共に酷くなり、救助した者たちの助力を得てもバケツだけでは排水が間に合わない。小田和湾の湾口にて遂に機関停止、地元の漁船に全員が移乗し終えるのを待っていたかのように静かに沈み、その生涯を終えた。
◼◼
帝都、壊滅。
東京湾深部、多摩川の河口部に上陸したゴジラは銀座までのあらゆる人工物を蹂躙し、最後に強烈な放射熱線を北西に向け放つとそれで満足したのか、築地を踏み潰して海へと去っていった。
銀座の時計塔は崩れ落ち、食料品の流通拠点である築地市場は壊滅、東西の大動脈である東海道線は分断。
最後の光線は
死者行方不明者は数知れず。
集計は終わっていないが、万は下るまい。
国家の威信は再び地に落ちたのだ。
葬送の日々。
荼毘の煙は途切れることなく。
行方不明の家族を探す人々の声は途切れず。
しかし日が経つと煙は途切れ、遺体のない葬儀が増えていく。
幾千幾万の嘆きの声。
哀しみに暮れる人々。
だがその影で、蠢く者たちがいた。
ゴジラ再上陸。
その可能性から、現実から目を逸らさず、備える者たち。
国家総動員体制は、ひけない。
GHQ占領下の政府にその力はない。
それでも声を挙げることはできる。
新聞、ラジオを見聞した男たちが集まり始めた。
ゴジラによって守るべきものを失った男。
ゴジラによって守るべきものを失いたくない男。
そして2年前。
帰るべき家も家族も失っていた男。
PTSDなどと言う言葉もなく、日常に戻れなかった男。
不具になった己が家族の負担になる事をよしとせず、帰らなかった男。
あるいは、帰り着いても居た堪れず飛び出した男。
先の大戦の未だ癒えぬ痕が顕になろうとしていた。
◼◼◼
「陸軍としては海軍の提案に反対である。」
海神作戦。
ゴジラ撃滅を目的とした作戦。その作戦に異を唱えたのは旧帝国陸軍の男だった。重巡洋艦の主砲が効かない?それは違う。尋常ならざる再生能力が問題なのだ。
水圧で甚大な損傷を与えても、再生されては意味がない。ならば再生できなくなるまで、多くの火力を叩き込めば良い。
かくして陸海軍は別行動となった。
海神作戦に向け、三浦半島の相模湾側、小田和湾に駆逐艦40隻が、残存可動艦艇が集結する。
戦艦、重巡洋艦どころか軽巡洋艦すらない。残っていない。
航空戦力の不在と引き揚げの大幅な遅延から、空母は引き揚げ船の役割を継続していた。
しかし隣接する航空基地には、零式艦上戦闘機や九九式艦上爆撃機といった大戦初期の機体から、烈風や彗星といった大戦後期の機体もどこからともなく集まっていた。
航空機は全て廃棄されたはずでは?という疑問の声に、降り立った操縦士は答えた。
隠したんだよ、と。
銀蝿は海軍のお家芸だろ、と。
書類の焼却と改竄。
黙秘と虚偽の証言。
掩体壕ごと埋めた。
急いで山を、丘を、崖をくり抜いて埋めた。
大胆な奴は自分の実家の納屋に隠した。
多くはバレた。
だが、隠し通した者たちもいたのだ。
全ては、この日の為に。
まあ、相手は想定外だったが。
◼︎◼︎◼︎◼︎
1947年6月22日、夏至。
早朝、日之出前。
ゴジラ、鎌倉上陸。
長い一日が、始まった。
旧海軍の海神作戦甲計画 ー録音した音声でゴジラを誘因、太平洋で捕捉して日本海溝(水深8,000m以上)に沈めるー はこの時点で破棄された。
相模湾(水深1,000m以上)に沈める乙計画に移行するものの、洋上での補足に失敗する事態は想定されていなかった。
故に、事態に対応したのは旧陸軍だった。
複数の上陸地点を想定し、幾つもの防御陣地を構築した。
地元の反発を受け、構築が遅々として進まなかった陣地があった。
地元の厚い協力により、理想的な構築のできた陣地もあった。
だが、人類同士の戦争の教訓を基に構築された陣地は、ゴジラの巨体には無力だった。
八八式七糎野戦高射砲の水平射は無視し得ぬようだが、その熱線で容易く薙ぎ払われた。
それでも彼らは諦めない。
「天皇陛下万歳!」
四式二〇糎噴進砲を至近距離で受けたゴジラは足元へ視線を向けた。
矮小な存在を見つけると、その足で無造作に踏みつける。
逃げる間もなく潰れた男のヒロポンでギラついていた眼は、最後まで歓喜に輝いていた。
振り向かせた。
一歩余分に足踏みさせた。
その数秒を稼いだ。
十秒にも満たぬ、ほんの数秒だ。
それでも、女子供が逃げる時間を稼いだ。
仲間が駆けつける時間を稼いだのだ。
それだけで十分だった。
戦地で死ねず、日常に戻れず。
薬に溺れた己の最後に満足して逝ったのだ。
手先の器用な仲間の作った簡易な車いすに乗った傷痍軍人と、それを腰紐で引いて走る傷痍軍人。
一人には足がなく、一人には腕がない。
一人は素早く動けず、一人は銃を撃てない。
出身地は違う。原隊も違う。
傷痍軍人宿舎で同室になっただけだ。
だから彼らは助け合ってきた。
そして都内で物乞いをする日々に別れを告げ、駆けつけた。
二人で一丁の三八式歩兵銃。
そんな連中だけの部隊だ。
俺たちは死にぞこないだ。
死に場所を見失った亡霊だ。
復興していく町が眩しい。
だけどあの光は俺たちが守ろうした光だ。
守れなかった光だ。
だから守る。
今度こそ守る。
俺たちに最高の死に場所をくれてありがとよ。
さあ、死のうぜ。
俺もお前も。
一緒に死のうぜ。
「畜生!畜生!!」
無造作に踏み潰された。
あのデカい足で。
なのに生きている。
みんな死んだ。
なんで俺だけ、また死ねなかったんだ。
男の慟哭なぞ無視して、怪物は歩みを進める。
「デケェな」
男は一言、呟いた。
軍人崩れのヤクザ者。
横流し品の米軍兵器を装備した、旧軍からの部下や街のチンピラたちとゴジラを眺めていた。
最近は拳銃のような隠しやすい銃器の流れがピタリと止まり、トラックやジープだけでなく、自走砲、果てには戦車のような大物が大量に流れてくる。
アメさんもアレはヤベェと感じているのだろう。
戦争中に作りすぎて余っている、というのは冗談ではなかったのか。
まあ、受け取るコチラとしてはありがたい話だ。
トラックとジープは女子供に爺婆の避難にテンテコ舞い。
それでも逃げられない者、逃げない者もいる。
汗水垂らして必死に立て直した家々もある。
横浜の街に入る前に、なんとしても止めなくては。
「組チョさん。ワタシたちも手伝うアルよ。」
横浜開港から88年。
横浜で生まれ育った華僑もいるのだ。
日清戦争、関東大震災、日中戦争からの大東亜戦争。
決して順風満帆な歩みではなかった。
多くの華僑が大陸に帰った。
それでもこの街を愛し、残った者たちもいるのだ。
「構わんが、こういう時くらい普通に話せよ。」
「何のことだかわからんアルよ。」
幼馴染同士の、気楽な掛け合い。
だが今はお互い、異なる組織の長だ。
吸っていた煙草を同時に踏み消し、拳と拳を合わせる。
それを見届けた周囲は睨み合いをやめ、防衛線に散っていく。
ヤクザもマフィアも、地元への想いに変わりはないのだ。
しかしそれも、ゴジラの放つ放射熱線の前には無力だった。
「死に晒せェワレェ!!!!」
放射熱線の一薙ぎで崩壊した防衛線の中、気づいたボスのすぐ近くにヤツはいた。
近くに落ちていたトミーガンを拾って撃つも、気を引くことすらできない。
「ヤメロオオォォ!!!!!」
ゴジラの背中が再び青く光る。
胡散臭い訛りも忘れ、絶叫する。
ヤツは横浜の街を向いている。
ヤメロ。やめてくれ。
お願いです、やめてください。
空元気でも上を向いて、みんなでここまで復興したんです。
助けてください。
誰か、だれか。
その祈りが通じたのか。
ゴジラが爆発した。
エンジンの駆動音とプロペラの風切り音。
陸軍航空隊の到着である。
隼が、鍾馗が、飛燕が、疾風が、九九式襲撃機が機関砲の掃射でゴジラの気を引く。
爆撃機のような大型機はさすがにない。
隠し通せなかったのだ。
しかし高度1万メートルまで弾を届ける高射砲の直撃に耐える表皮に、戦闘機の機関砲など有効打足りえない。
だが至近距離を通過して挑発し、50kg程度の小型爆弾とはいえ爆撃までしてくる蚊蜻蛉の群れはゴジラの気を引くにたる物だった。
背鰭が稼働し、口から放射熱線が放たれる。
縦横に振るわれる破壊の光。
鋼の鳥が次々と堕ちる。
しかし彼らは諦めない。
まとわりついて気を引いて、進路を誘導する。
落ちた機体の数だけ増援が飛来して、一定数を保つ。
怪獣の周囲を旋回、接近、掃射に爆撃を繰り返し、その神経を苛立たせる。
戦力の逐次投入?いかにもその通り。
歩かせ、撃たせ、消耗させる。飢えさせる。
休ませず、補給させず、数で押し潰す。
先の大戦で自軍のやらかした失敗を強要する。
それが旧陸軍の立案した『飢餓作戦』、キ作戦だった。
放射熱線の威力は巣鴨拘置所を消し飛ばした一撃で分かっていた。
爆心地は大きく窪み、噴火口のようだった。
脅威的な破壊力だ。
だがそれほどの攻撃を撃ち放題という訳もあるまい。
だから標的を用意し、撃たせるのだ。
鋳潰されるのを待つだけだった兵器。
隠蔽したが、錆びて朽ちようとしていた兵器。
進駐軍から横流しされた兵器。
治安を乱す薬物中毒者。
血気盛んな不穏分子。
社会復帰できない傷痍軍人。
政府の意向に従わない反社会勢力。
それらが標的だ。
心ゆくまで撃つがいい。
しかし街は、臣民は、無辜の民は別だ。
それは標的ではない。
再び焼いてはならぬ。
二度と焼かせてはならぬ。
それ故に待機していた航空隊を解き放ったのだ。
ゴジラが市街地から離れるよう、戦闘機は南に誘導する。
帝都方面や小田原方面に展開していた地上部隊が集結する時間を稼ぐ。
尻尾の先端から放射熱線を放ち始めたゴジラによって被害が拡大する。
背中から複数放たれた放射熱線により、甚大な被害を受ける。
明確な戦果は見て取れなくとも、男たちは諦めない。
後ろには国民がいる。
俺の家族だ。
誰かの家族だ。
かつて守れなかった、守るべき者たちだ。
本土決戦。
今日この時が、俺の、俺たちの命の捨て場所だ。
南方で、北方で、大陸で散った戦友たち。
もう少し待っていてくれ。
避難誘導する進駐軍の横を帝国陸軍の軍装をした男たちが進む。
野戦砲を人力で曳きながら、だ。
Hei!とかけられる声を無視した男たちの前をジープとトラックが塞ぐ。
殺気立つ男たちに緊張しながらも、白人の兵士は運転席から降りた。
英語が伝わらないとみて、身振り手振り。
やがて意図は伝わり、ジープに野戦砲が繋がれ、兵士たちはトラックに乗り込む。
オートマなど影も形もなく、自動車運転免許がまだ特別な資格だった時代だ。
エンストを繰り返しながら身振り手振りで運転方法が教授された。
やがて酷い発音でさんきゅう!と繰り返しながら日本兵は去って行く。
見送った部下は良かったのかと隣に立つ上官に確認し、上からの命令だと聞かされ驚く。
満面の笑みで感謝して、死地に赴いた男たち。
熱帯雨林で飢えて死に、無謀な突撃を敢行して全滅した者たちの別の側面。
黄色い猿の、日本人のまた別の顔。
彼らの守りたかった、守りたいものを見て。
この国に来て恐怖と蔑み以外の想いを抱き始めていることを、男たちは否定できなかった。
かくして男たちの血を対価に横浜は守られ、ゴジラは相模湾へと向かうのだった。
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
旧帝国陸軍航空隊、玉砕。
以降の航空支援は旧帝国海軍航空隊に移管。
旧帝国陸軍地上部隊、玉砕。
これを持ってキ作戦は状況を終了、海神作戦に移行。
目標は未だ健在。
現在地、江之島。
駆逐艦が砲撃で挑発し、誘導する。
この役割を担うのは、戦時量産型駆逐艦の松型駆逐艦だ。
駆逐艦の中でもなお小柄な艦体の横舷をあえて見せ、大きく見せる。
動物相手の挑発方法だが有効だったらしく、ゴジラは放射熱線で薙ぎ払う。
一撃でへし折られ、爆沈する。
それでも続く駆逐艦は砲撃を続け、航空隊も援護を続ける。
駆逐鑑が沈み、航空機は墜ちる。
それでも諦めない。
九段の友に恥じる行いは出来ない。
続く者たちに恥じる背中は見せられない。
そして、遂に。
ゴジラの背中から放たれる青い光が弱まり、放射熱線が途切れる。
男たちは歓声を上げ、涙する。
勝利はまだだ。
だが、やっと目に見える戦果を上げた。
流された血は無駄ではなかったのだ。
残存戦力、駆逐艦四隻。
航空機、ゼロ。
雪風艦長堀田の喝を受け、艦橋の空気が再び引き締まる。
未だ目的とする海域には到達していない。
継続して誘引しなくてはならない。
航空支援はなく、駆逐艦四隻のみが残された戦力なのだ。
しかも雪風と響、夕風と欅の各組がそれぞれ艦後尾に増設されたワイヤーで繋がれている。
操艦に大幅な制限を受けながらゴジラを誘導しなくてはならない。
短くも長い、緊迫の時間の始まりであった。
雪風と響が航跡を乱し、衝突しそうになった。
なんとか回避するものの、速度が落ちゴジラの接近を許してしまった。
あわやというところで一機の震電が飛来し、その機銃で気を逸らす。
ゴジラは飛び上がって噛みつこうとしたりと苛立ちを隠さない。
それでも放射熱線を放たない。
顎が、背中が、尻尾の先端が。
放射熱線を放っていた箇所は焼け爛れたまま再生しない。
それらがゴジラの消耗を如実に物語っていた。
作戦海域到達。
四隻と一機が協力し、ワイヤーを巻き付ける。
その過程で夕風と欅が失われるも、ゴジラは水底に沈んだ。
しかし尚も健在なゴジラの引き上げが始まるも、途中で止まってしまう。
いくら引いても上がらない。
駆逐艦二隻では馬力が足りない。
艦尾は沈み、後部甲板まで水の中。
艦首は上り、天を突かんばかり。
駆逐艦二隻では浮力も足りぬ。
万事休すと思われた時、友軍が到来した。
旧帝国海軍空母、鳳翔と葛城である。
甲板まで復員兵を満載したままの来援だ。
すぐに両艦にワイヤーが繋がれ、牽引を開始する。
帝国海軍最後の空母、その十万馬力の出力は圧倒的だった。
ゴジラが水面に引き上げられる。
その損耗は誰の目にも明らかだった。
満身創痍。
傷の再生は遅々として進んでいない。
全身からの出血。
だがその眼は死んでいない。
背鰭が稼働し、蒼い火が灯る。
徒労だったのか。
無力なのか。
ここまでなのか。
誰もが絶望したその時、ゴジラの頭部が吹き飛んだ。
震電、特攻。
統帥の外道。
神風特別攻撃隊、その最後の一機が任務を全うした。
ゴジラが沈む。
深き海に。
暗き水底に。
◼︎◼︎◼︎◼︎
ゴジラ、撃破。
その一報に作戦参加者だけではなく、多くの日本国民が歓喜した。
先の敗戦からまだ二年だ。
暗いニュースばかりの中に届いた明るいニュースに、帝都だけでなく、日本中が歓声を上げた。
ゴジラに身内をやられた者は特に、だ。
なればこそ彼らは喜びを爆発させ、明るい未来を夢見た。
今日がどん底だ、これからは良くなる。
明日は今日よりもいい日だ、と。
しかし、それでも、前を向けない者もいる。
横浜郊外をゆっくり進む、足がない男。
彼を引いてくれた戦友は死んだ。死ねた。
地面に手をつき、前へ、前へ。
車輪を手で回す、現代のような車椅子ではない。
涙も枯れ果て、無気力無表情、どこかに向けて。
「父ちゃん?」
すれ違おうとした、孤児たち。
その中からかけられた声。
なんとはなしに振り返る。
そこにいたのは、大きくなった、薄汚れた我が子。
「◼︎◼︎◼︎!」
声枯れるまで泣いた喉は、我が子の名前をうまく発音できない。
「父ちゃん!」
それでも通じた。二年、いやそれ以上だ。
赤紙を受けて出征したその日から、忘れたことはなかった。
引き揚げ船で帰った街は焼け野原。
我が家のあった場所は辺りまとめてパチンコ屋になっていた。
探しもせずに諦め、死ぬ気力もなく無様に生きてきた。
死ねなかったが、死ねなくなった。
生きる理由があった。
友よ、すまん。
まだそちらには逝けぬ。
父は生き残ってしまった仲間を集め、戦災孤児達の保護者となった。
ヤクザ者の喰い物にされぬよう、大人の庇護を与えた。
その上で仕事を探し、子供たちと一丸になって何とか食い繋いだ。
仕事がなかなか見つからず飢えた日もある。
耐えられず万引きし、捕まった子もいた。
道を踏み外し、ヤクザ者に成り下がった子もいた。
それでも助け合い、子供たちを立派に成人させたのだが、それは別の話。
◼︎◼︎◼︎
特別攻撃隊とは違います。
必死の一撃ではありません。
生きて帰る。生きて守る。その為に命を懸ける。
それが軍人です。軍人だった、我々です。
だから戦前から職業軍人をやっていた我らが行くんです。
熟練の操艦技術でデカいだけのトカゲ一匹くらい、翻弄してやりますよ。
そう言って駆逐艦に乗り、乗艦を沈められた艦長は生き残った。
生き残ったからには生きねばならぬ。
文字通り死ぬ気で働く、働ける男がこれだけ生き残ったのだ。
何かやれるな。
やるなら今だ。
各地に散る前にやらねば。
「総員注目!」
さあやるぞ!
さあ何やるか!
かくして駆逐艦の艦名を継いだ会社が何社も生まれた。
景気の波を乗り越えて戦艦並みの社員を抱える会社も出たが、それも別の話だ。
◼︎◼︎
「俺と一緒にこの子を育ててくれないか。」
戦争で実の両親を失った戦災孤児はその日、再び孤児となった。
一度目のゴジラ上陸で養母を、そして今度は養父を失った。
養父の同僚は、その子を預かっていた女にそう尋ねる。
再び孤児となってしまったこの子の為に、というお題目で。
男は妻と子を失っていた。
女は夫と子を失っていた。
血の繋がらぬ家族がまた一つ、二つ、三つ、
代償行為なのか、かつて叶わなかった想いなのか。
それとも密かに育んできた想いなのか、はたまた一目惚れなのか。
それは人それぞれ。
各家庭のご事情であり、これまた別のお話だ。
◼︎
某月某所。
アメリカとソビエトの高官による極秘の折衝が行われていた。
大日本帝国陸海軍を無力化する最後の一手の結果確認だ。
隠蔽された武器弾薬と兵力の処分を終えたことの確認である。
予想以上の量に閉口しつつも、処分できたことに安堵する。
ソビエトには伝えないものの、進駐軍の横流しルートも、だ。
目的の達成を確認した両者は席を立つ。
グレートゲームから脱落した、かつて敵を悼むことなく。
平和を希求しながらも、明日の戦場を見据えて。
全ては自国の繁栄、ひいては家族の平穏の為に。
男たちの戦いに、終わりはない。