久しぶりに窓を開ける。窓から一気に一月の寒風が流れ込んできた。うう寒っ、とつぶやいた彼は、そばに置いていたコードレス掃除機のスイッチを入れた。シューンという甲高いモーター音を吐き出しながら、塵を食い始める。散らかしたまま片付けるのも面倒で、一種の物置と化していた一角に差し掛かると、埃が一気に舞い上がった。へっくしょん、とくしゃみを一発。
掃除嫌いの彼は、いつもならこんなことはしない。散らかったまま、現状維持。しかし、埃を被りながら散らかった自室を綺麗にしていく今日の彼には、目的があった。
出しっぱなしの教科書やら、小説やらを本棚に並べて、床に撒き散らされたプリントやらはゴミ箱にシュート。この雑誌は……。彼の手が一瞬止まる。友達に貸してもらったこの雑誌の処遇は如何にしよう。
悩んだ末、彼が出した結論は、一旦、ベッド下に隠しておくことだった。
部屋が片付いたところで窓を閉め、掃除機内のゴミをゴミ箱に出す。そうして暖房を起動。やはり温かい部屋がいい。いっぱいになったゴミ袋の口を結んで、新しい袋と交換。あとは二階の自室からこのゴミ袋を一階に持っていって、着替えれば彼女を迎え入れる準備はオッケーだ。
ピンポーン。インターホンの音。彼はあれ? と、壁にかけてある時計を仰ぎ見た。約束の時間がもう来てしまっていたのだ。彼は慌てて着替え始める。ゴミ袋は……。この際仕方がない。部屋の目立たない場所に安置しておこう。着替えた服を上に重ねておけば目立たないか。彼女を待たせるわけにはいかない、と焦る刹那でごまかす手段を思いつき実行。ある程度まとまっただろうと、彼はバタバタと自室を出た。階段から落ちかけながら玄関にたどり着き、ドアを開ける。家のインターホンの前に、彼が迎えようとしていた人物が立っていた。グレーのセーターに、白のスキニーパンツ。首元に黒のストールを巻いている。ひゅうっ、と風が吹いた。美しいヴァイオレットの髪がなびく。彼女は、風で乱された髪をかき分け横に流す。スラリとした長身の彼女が、その何気ない仕草をするだけで、彼は目を奪われてしまう。彼女を照らす陽光もステージライトの役割を果たしているみたい。彼はそう感じていた。
「やぁ」
彼の顔を見て、陽気に手を上げ声をかけてくる彼女。
「どうしたんだい? 息を切らしているようだけど……」
心配そうに声をかけてくる彼女に、彼は大丈夫だと答え、家に上がるように促す。お邪魔します、と促された彼女が家の中に入ってくる。玄関を入ってすぐの階段を登り、二階の自室へ彼女を通す。
「ここがキミの部屋なんだね……」
興味深そうに部屋を見回す彼女。ちょっと気恥ずかしくなって彼は頬を掻く。彼は、部屋の壁のハンガー掛けからハンガーを一本取って彼女に渡す。
「ありがとう」
彼女は首に巻いていた黒いストールを外して、ハンガーにかけた。ストールの下からお目見えした血色の良い白い肌と、彼女が腕を動かしたときに一瞬見える細い鎖骨に、彼の目は奪われていた。
「どうしたんだい?」
彼からの熱い目線を受けていた彼女が、不思議そうに尋ねる。なんでもない、とごまかした彼は、勉強机から椅子を出して彼女に座ってもらう。ちょっと飲み物持ってくるね、と言い残して彼は一旦部屋を後にした。
一階に降りてキッチンに立った彼は、湯を沸かしているヤカンの前で、思索に耽っていた。主に、彼女と今日したいことを思い浮かべている。彼女の好きそうな詩集の話をしようかな、とか、シェイクスピアの戯曲の話をしてもらいたいな、とか。今日は、親が家を一日開けていて、わりかし多忙な彼女と予定が合う日。彼の気合の入り様は相当のものだった。一方で、親のいない家で二人きり、となると、思春期男子ならではの
薫、おまたせ。そう言って部屋のドアを開けた彼は、動きを止めた。入ってきた彼を待ち受けていたのは、なぜか床に座っている彼女。その手元には、隠していたはずの……というよりか、後でしっかり隠しておこうと思って忘れていた、エッチな雑誌が握られていたのだ。
彼は真っ白になった。よりによって、ようやく恋人になった瀬田薫さんに。そういう本が見つかってしまったのだ。声を出そうと思っても、ああ……という情けない溜息のようなものが出るだけ。一方の薫も、彼氏の、よりにもよって一番見つけて欲しくなかったであろう代物を見つけてしまったようで。お盆を持ったまま部屋の入口で固まる彼を、どうフォローすればいいのか分からないのだろう。目を泳がせていた。
「かのシェイクスピアもこう言った……。ええと……。そう……。『どうとでもなれ、どんな大嵐の日でも、時間は経つ』と」
焦った末に、薫が絞り出した偉人の言葉。なんというか、シェイクスピアもこんな場面で使われることは想定していないだろう。どうもフォローになりそうもない。彼はうなだれるだけであった。
エロ本は、ちゃんと隠そうね。しらんけど。