TS魔女経営 桜温泉「命の湯」にようこそ! 作:破壊神アリエス
「桜ーっ! テンちゃんもう来てるわよーっ!」
「分かってる! 今行く!」
熟年の女性の声に反応し、一人の少年が二階から慌てて駆け下りてくる。そして、玄関の内側で待っていた長髪の黒髪の少女に「おはよう」と声を掛ける。
「おはよっ。寝不足な感じ?」
「いや、まあ、ちょっと昨日はゲームで白熱し過ぎてな…」
「程ほどにね。じゃあ、おじさんとおばさんが待ってるから早くキッチンに行こう!」
会話もそこそこに動き始める二人。その先には、先ほど少年を呼んだと思しき女性と、既に椅子に座って新聞を読んでいる中年の男性がいた。恐らくは、少年の両親だろう。
「テンちゃん御免ねぇ。いつも迎えに来て貰って…」
「いえ、私がしたいからしているだけですから」
「全くなんていい子なんだ…っ! 桜には勿体なさすぎるな」
「ちぇっ…余計なお世話だっ!」
微笑む少女に拗ねる少年。それを見て笑う少年の両親。そんな和気あいあいな雰囲気の中朝食が始まる。
少年の名は
なんでも、何事においてもまっすぐで有能な天才の両親が『俺達の子供なら天才に違いない!』と、安直につけてしまったそうだ。慎ましい性格である現在の本人が、嫌がって名前を変えたがっているのは言うまでもない。
しかし、この天才の両親の予言は当たる事となる…。
朝食を終えた後、登校の路を歩く桜と天才。その天才は、なにやら難しい顔でスマホを操作していたが、やや間を置いてから溜め息をついた。
「どうしたんだ?」
「朝っぱらから憂鬱なメールだらけ…。研究の成果とか質問の回答とか言われても、そんなすぐにまとめられる訳ないじゃん…」
尋ねる桜に、天才は明らかに気落ちしながら答える。
回答…? と、首を傾げる桜に天才は自分のスマホを桜に見せる。そこには、凡人にはまともに読む事すら許されないであろう難しそうな英文が、無限に続くかと思えるほどにびっしりと敷き詰めてある。
「もう見てるだけで頭が痛ぇ…。研究者ってホント大変なんだな…」
言葉通りに頭を押さえながら口を開く桜。そう、天才は既に世界的に名の売れている研究者なのだ。
その頭脳はまさしく名前の通り゛天才゛のそれと言われ、特に生物学においては既に右に出るもの無しと言われるほどとびぬけた頭脳の持ち主なのだ。
「同僚からの質問の回答とかはともかく、それ以外の成果とかは全無視でいいかな…」
「い、いいのか…?」
「いいの。だって、その研究は何の役に立ちますか? とか聞かれても、当たり障りのない答えしかできないでしょ? こんな質問する奴に実際の研究内容を教えたところで理解不能だろうし」
開き直った様子でスマホをしまう天才に桜は遠慮がちに聞くが、天才の考えは変わらなさそうだ。
「そもそも私は研究も好きだけど、今の生活も気に入ってるの。こうやって…」
そういうなり、不意に桜の腕に自分の腕を絡める天才。
「恋人と一緒に学校に向かうなんて、今しかできない経験だよ? これを味合わないなんてもったいなさすぎると私は思うな」
桜の方を向き、はにかみながらそんな事を口にする天才に、桜は恥ずかしそうに俯いてしまう。そう、この二人は既に恋人関係なのだ。
もともと幼馴染という近しい関係であったが、桜から告白し正式に恋人となった。のだが、実をいうと桜はこの告白は受けて貰えないと踏んでいたのだ。
その理由は二つ。一つは言うまでもなく既に住んでいる世界が違い過ぎるという事。世界に名を響かせる天才と、明らかな凡才の桜…この時点で釣り合いなど全く取れていないが、見た目的にも普通過ぎる桜に対し、天才は容姿にも優れており、出る所は出て締まる所はしまっている抜群のスタイルも誇っていた。ぶっちゃけ、研究者を止めてもモデル業で十分食っていけるレベルだ。
「
グイグイ来る天才に気おされてついそう口走ってしまう桜。しかし、
「その名前は口にしないで。あんな人間の屑、知った事じゃないわ」
その直後、底冷えする様な冷たい声色で桜にくぎを刺す天才。そのあまりの冷酷な雰囲気に、桜は慌てて首を縦に振るしかない。
そう、この人物…
天才に次ぐもう一人の゛天才゛。天才と麒麟児…この二人が組めば、どんな不可能も可能になると言われたほどだ。更に容姿も絵に描いたイケメンとまできている。
そして天才の幼馴染でもある。当然、桜とも幼馴染で面識もある。幼少の頃こそ三人は仲が良かったが、物心つく辺りから、一人凡人な桜が劣等感を感じ始めていたのは言うまでもない。
しかし、中学二年の頃に関係が急速に変化する。何故か麒麟児は急に不登校になり、天才は麒麟児の事をまったく口に出さなくなったのだ。桜を含む天才の友人たちが何があったのか聞いても、露骨に不機嫌になり口を閉ざすので、二人の間に何があったのかは今の今まで闇の中だ。
「ほらほら、そんな暗い話はいいから、早く学校に行こ! 今日も桜にお弁当を用意してるから、昼休みに一緒に食べようね!!」
「あ、ああ…。その、うん…。ありがとう…」
先ほどの冷酷さを消そうとしているのか、不自然なまでに明るく振舞う天才に、桜はぎこちなく頷く。
…闇の中身は確かに気になるが、いつか天才も話してくれるだろう。その時が来るまで、今は天才がさっき言った通りに今この時を楽しもう。
などと考えながら、学校に着き、天才の弁当を食べ、学校を終え、天才と少し遊んでから帰路につく桜。そして、こんな毎日が続けばいいなと考えながら今日は眠りについた。
―――この後に地獄のような世界が待っているとは露知らずに…。