TS魔女経営 桜温泉「命の湯」にようこそ! 作:破壊神アリエス
謎の通路を進み、階段を見つければ上がりだろうが下りだろうが上って下りて懸命に走り続ける桜。その甲斐あったのか、誰とも遭遇することなく、遂に日差しが見えるガラス張りの扉が見えたのだ。
「出口っ!? あそこを抜ければ…っ!」
そう言って、さらに加速する桜。外にさえ出ればこの不可解過ぎる現状にも少しは答えが期待できる筈…と言う願望が、その言葉にはつまっている。
そして、必死の思いで扉から外に飛び出した桜。だが、その相貌が捉えた外の様子は、桜が想像していた物とはかけ離れた有様だったのだ。
「な……なんだよ、これ…」
周囲を見回し愕然とする桜。何度も瞬きしているのも、夢なら覚めて欲しいという願望がそうさせているのだろうが、それも無理はない。
家、道路、建造物の全てがこれでもかと破壊しつくされた光景。半壊ならまだましな方…と言う程の徹底的な破壊っぷりは、例え戦争が起ころうともここまではならないだろう…とまで思わせるほどだ。
更に、その倒壊した建物すべてから程度の差こそあれ植物が生えてきている。これは、この辺りが壊滅してから長い年月が経っている事も意味しているだろう。
「ちょっといいかな?」
絶望の表情と共に周囲に視線を向け続ける桜だったが、不意にあの謎の声が呼びかけてきた。
「…っ!? そ、そうだ…今はとにかく早くアイツらから逃げないと…!」
声を聴いてハッと我に返る桜。そして、今度は逃走経路を確認するために視線を右へ左へさまよわすが、
「あ、その件ならもう大丈夫だよ。リーダーは貴女の事は一時棚上げすると判断したから。監視として私が付くことになったけど、今すぐ誰かに追いかけられることはないかな」
影の中から聞こえてくるあっけらかんとした声。
「は…? な、なんで…」
「端的に言えば、貴女が予想を大きく上回って強い魔女だった…からかな。魔封じの牢をあんなに簡単に破って、私の影縛りも易々と解いてみせた。これだけ強い魔女に戦力を割く余裕は、今はないんだよね」
呆けた様子で問い返す桜に、影の声はあくまで淡々と説明する。そして、それを聞いた桜は大きな溜め息と共にその場にへたり込んだ。直面の危機はとりあえず去った事による安堵の溜め息だろう。
とはいえ、危機的状況であることには変わりはない。やや間を置いてから、
「なあ…ここは何処なんだ?」
少し不安げに影の声に質問する桜。
「ここは『冨士の魔境』。大破壊の影響で、魔法を含む全ての『位置を確認する方法』が狂ってしまう事から、かつて似たような場所だった『冨士の樹海』という場所にあやかって付けられた名前」
「富士の樹海…? 馬鹿な、こんな滅亡した世界が日本だとでも言うのか?」
「―――確か、それは大昔の地名だね。その時代的に言うなら、この辺りはトウキョーとかチバ、サイタマ、カナガワとか言われていたと思う」
その桜の質問に一応は答えてくれる影の声だが、内容は到底理解できるものではない。それにしびれを切らしたのか、おもむろに立ち上がる桜。
「話にならないな…。もうちょっと話が通じる奴を探した方が良さそうだ」
「真面目に答えてあげたのに、その反応は非常に不愉快だね。第一、貴女は多分魔女以外の者に当たろうとしてるんだろうけど、魔女以外にはゴブリンしかいないよ」
「話が通じるなら、ゴブリンだろうがオークだろうが構わねぇよ。まぁ、本当にここが未来の日本だったとしたら、そんなのいる訳ねぇけどな」
「…そ。じゃ、好きにしたら」
と、影の声と険悪な会話を繰り広げながら、桜は前へと歩き出した。
道なき悪路を歩き続ける桜。そして、日も傾き夕方から夜に差し掛かろうとした時の事だ。歩く桜の目の前に、唐突に一つの小さな影が飛び出してきたのだ。
「た、助けて! も、もし魔女様ならど、どうか助けてくださいっ!!」
子供…それも、まだ幼稚園児くらいの小さな子供だ。
「魔女…? ―――あ、お、俺の事か?」
「そ、そうです! 助けて、お願いっ!!」
まだ今の自分が女性であるという自覚がない故に反応の鈍い桜に、しかし子供は桜の足にしがみつき必死に助けを求める。その鬼気迫る様子に桜は頷いた…のだが、
「止めておいた方がいい。ゴブリンなんか助けても不愉快なだけで何もいい事なんてないよ」
唐突に聞こえる無慈悲な影の声。
「は…? お前、あの子をゴブリンって言ったのか? どう見たって普通の男の子にしか見えねぇあの子を…?」
「そうだよ。あれがゴブリン。弱くて醜い、この世界の負の遺産」
驚愕の声で聞き返す桜に、しかし影の声は冷淡に断言する。呆気の取られる桜だったが、言葉の意味が脳内にしみてきたのか、その表情はだんだんと怒りの色に変わる。
「ふ…ふざけるなてめぇ…っ! 人間相手にそんな呼び方、許される訳が…っ!」
「あ、あの…」
憤怒の形相で影を睨みながら言葉を絞り出す桜だったが、そこに先ほどの男の子から声がかかる。頷いた桜を助けが必要な場所に先導しようとしていたらしいが、唐突に自分の影と言い合いを始めた桜に困惑し、また明らかに激怒している桜の表情に怯えてもいる様だ。
「…っ! そ、そうだ…助けが必要なんだったな。今はこんなのに構っている暇はねぇ。落ち着け…落ち着け俺…」
目をつむり、言葉通りに己を落ち着ける桜。そして「よし、案内してくれ」と男の子に先導を促した。
男の子に連れてこられたのはある建物…もとは立派なホテルだったのだろうが今は半壊している建物の、とある一室だ。魔女たちの住処と違い、電気などと言う上等なものは使われていないらしく、部屋を照らすのは頼りない燃える紙一つのみだ。
そして、その部屋の隅っこに設置されているかび臭い布団の上に、一人の成人男性が横になり苦しそうに呻き声を上げていた。
「お父さん! 助けてくれる人」
「ぐ、む…あ、ああ…? 助け…だと…?」
男の子の言葉に視線だけを桜に向ける男。しかし、
「…も、もしかして魔女か!? おまえっ、何て人を呼び寄せてるんだっ!?」
桜を見るなり、大声で男の子に怒鳴りつける男。
「ま、待ってください…。この子は貴方を助けたくて…」
「だ、大丈夫です…。う、ぐ、お、俺達はだ、大丈夫なので…どうかすぐ、ぐ、う、うう…。す、すぐにお引き取り…を…く、う…」
その男の子に助け舟を出そうとした桜だったが、返って来たのは苦しみ呻きながらの拒絶。どうやら、魔女という人種はよほど嫌われているようだ。まあ、先ほどの影の言葉を聞く限りは、嫌われて当然だとは桜も思っているのだが。
とんでもない世界だ…と、助けを願う男の子の視線と厄介者を見る男の視線を受け、改めてそう思う桜。とはいえ、目の前の二人が助けを求めているのは確かだ。ならば、なんとかしなければ…と、桜はゆっくりと二人に近づいた。