TS魔女経営 桜温泉「命の湯」にようこそ! 作:破壊神アリエス
「どこが痛いのか教えて貰えますか?」
まずは痛みの原因を聞いてみる桜。しかし、男は苦しげな表情のまま口を真一文字にギュッと閉じるのみだ。どうやら、このまま桜が出ていくまでやり過ごすつもりらしい。
「…少し触りますよ」
少し間を置いて、相手に答える気はないと判断した桜。今度は一言添えてから男に手を伸ばす。そして、軽く触ったり少し体を動かしたりしたが、外見に変化はない。外傷や見た目が変化する様な病気ではなさそうだ。
とはいえ、桜も医者やその卵…などではない平凡な少年だったのだ。外傷ならまだ何かできたかもしれないが、病気…それも、見た目に変化はなくどこが痛いかもわからない病気…とあっては成す術などない。
どうするべきか…と、腕を組んで考える桜だが、ここでふとある事に気づく。男の体は、病に侵された身だという事を差し引いても、明らかに異常にやせ細っているのだ。見ると、男の子も男ほどではないがあばらが僅かに見えるレベルで痩せている。
「なあ」
と、男の子に声を掛ける桜。しかし、男の子はビクッと身を竦ませて男の寝てるベッドの影に隠れてしまった。残念ながらこの男の子からも怯えられている様だ。逆に言えば、外での声掛けは本当に勇気を振り絞ってきたのだろう。
少し考えてから男の子に使づき、腰をかがめて怯える男の子の頭を撫でながら口を開く桜。
「今日や昨日に何を食べたり飲んだりしていたんだい?」
出来るだけ優しい口調を心掛ける桜に、男の子は怯えた様子で尻込みしていたが、やがて
「そ、その辺の草…あと、水たまりの水…」
と、答えてくれた。
「よし、じゃあその水たまりと言う所に俺を連れて行ってくれるかい?」
そして、続く桜の言葉に、男の子は僅かに戸惑いながらも頷いてくれた。
男の子に案内された場所は同じ建物の中の、だだっ広い部屋だ。いくつもの水をためる場所、そしてこの部屋に入る前に脱衣所のような物があったのを見るに、恐らく大浴場か何かだろうが、それにしても本当に広い。もしかしたらこのホテルの目玉施設だったのではないかと推察できるほどだ。
だが、そこにたまっていた水を見て桜はあからさまに顔をしかめる。明らかに茶色に濁っており、更に水面には変な虫の死骸や黒い何かが浮いているとあっては、現代っ子の桜からしたらたまったものではない。こんな物を飲めと言われたら死ねる自信がある。
「食いもんは貧弱…水もこの有様じゃ、治るもんもなおりゃしねえわなそりゃ…」
深いため息を吐きながら、そう漏らす桜。そうしながらも、この汚い水をろ過する方法を考える。その方法自体は、昔理科の授業でやった事がある。少しうろ覚えだがそもそもがそんなに難しい内容じゃなかったので大丈夫な筈。
問題は道具だ。ろ過する為の材料を入れる器ならこの大浴場を探せばありそうだし、小岩なり砂なりなら外にあるだろうが、布の様なきめ細かい物があるかどうかは分からない。目の前の男の子や病気の男が二人そろってボロボロの布切れを着ているのを見るに、布の入手は絶望出来かも知れない。
「仕方がないか…」
そう言って、桜はおもむろに自分が着ている服の袖をちぎる。冬だったので長袖を着ていたのが幸いだったが、すぐには自分の部屋に戻れそうにない以上、暫くは寒い夜を過ごす事になりそうだ。
そうして作り上げた即席ろ過機だったが、いざ水を通してみるとだいぶマシになったとはいえまだ少し濁っている感じがする。うろ覚えなので何か材料が足りないのかもしれない。
「……うん、うん! 凄く飲みやすくなった! 気持ちの悪い味もしない!」
それでも、男の子からは大喝采だった。これで凄く飲みやすいとは、あの水どんだけ酷いんだ…と、げんなりした様子で水たまりを見遣る桜。
ともあれ、水については現時点ではこれ以上どうしようもないので、お次は食べ物だ。こちらも、その辺の草とかいうあまりに酷い有様。できればちゃんとした野菜なり肉なりを用意したいところ。
「なあ、えっと…」
おもむろに影に向かって声を掛ける桜だったが、相手の名前が分からず、すぐに言葉に詰まってしまう。
「―――シャード」
その桜の様子を察した影の声…シャードが自分の名前を口にした。
「シャード、この辺りで肉や野菜を手に入れられる場所ってあるか?」
「知らない。どうせ教えても不愉快な嫌味を言われるだけだし」
名前を聞いて、改めて質問をする桜。しかし、シャードは明らかに不機嫌そうな声色で返答する。どうやら、魔女の住処を脱した時の問答が未だに気に入らない様子。
「わ、悪かったよ…。あの時はちょっと気が立ってたんだ。きちんと謝るから、頼む…教えてくれよ」
影に向かって、手を合わせて頭を下げて謝罪する桜。そして、男の子もこの影の声が頼みの綱と察したのだろう、桜と一緒に頭を下げる。
「―――野菜は知らないけど、少し北に行ったところに野生の豚が出るからそれを狩ればいいと思う。ゴブリンはともかく、貴女は魔女なんだから一人で狩れるでしょ?」
二人の懇願を受け、少し間を置いてから渋々といった感じの声で答えるシャード。
「教えてくれてありがとう。ただ……そのゴブリンっての止めねえか? 正直、聞いてるだけでもあんまいい気はしねぇんだ。相手は人間だし」
「そういわれても、私達はこの呼び方しか習ってないし、他になんて呼べばいいかわからない…」
答えてくれたことには礼を言いつつ、男の子の呼び方に苦言を呈する桜。しかし、シャードは憮然とした声色で返してくる。そうとしか習っていない…と言うあたり、この問題はかなり根が深そうだ。
「で、でっけえ…っ! なんだこの豚っ!?」
危険だと判断し、男の子をホテルに残るように言い含めた後、シャードに道を教えて貰いながら北の森の中に入っていった桜。その桜の目の前に現れたのは確かに桜の知る豚であった。…子供の象に匹敵するのでは? と言う程の大きさを除けば。
「お、おいシャード! か、狩るったって、こんなでか物どうやって仕留めるんだ!? 銃も何も持ってないんだけど!?」
「知らないよ。貴女なら顎に適当に一撃入れれば倒せるでしょ」
慌ててシャードに聞く桜だったが、返って来たのはどうでも良さそうなお言葉。しかし、その言葉に桜が反応を示す余裕はない。何故なら、外敵が現れたと判断した巨大豚が、威嚇の咆哮を放った後、桜に向かって突進してきたからだ!
思わず「うっ!?」とうめき声と共に両腕で全身を庇う桜。そうして激突する両者だが、信じられない事に、桜の体はこの突進を当然とばかりに受け止めてしまったのだ!
その頑丈さが予想外だったのだろう。巨大豚の動きが一瞬固まる。そして、その隙を桜は見逃さない。
「このっ!!」
シャードの指示通りに顎に拳をぶつける。
「野郎っ!!!」
更に、足を踏み込んで全身をひねり思い切り跳び上がった! 巨大豚は派手に打ち上げられ後、仰向けに地面に激突、そのまま動かなくなってしまった。
「ほら、言ったでしょ。一撃だって」
「………あ? ……あ、ああ。……?」
宣言通りに事が運んだことに微かに自慢げに声を発するシャードだが、桜としてはあまりにも不可解だ。牢屋を力任せに破った事と言い、一体自分の体はどうなってしまったのかと不安になる。
とはいえ、いつまでもこんな所で呆けている訳にもいかない。仕留めた巨大豚を背に乗せ、桜は急いで帰路についた。
ところが、ここで更なる異変が起こる。もう夜も遅いというのに、戻ってきた桜を十数人の人間が待ち構えていたのだ。その中には、あの男の子の姿もある。
「嫌な予感がするな…」
その集団の先頭にいる女性の険しい目つきに顔をしかめながらも、ここで立ち止まっていても埒が明かないと桜は一歩踏み出した。