TS魔女経営 桜温泉「命の湯」にようこそ! 作:破壊神アリエス
「おかえりなさい」
背中の獲物を下ろし、近づいてきた桜に集団の先頭にいる女性が丁寧な挨拶をする。パッと見た感じは黒髪の綺麗な女性だが、一か所だけ不気味な個所がある。
目の色が反転しているのだ。黒い目玉に白い瞳孔。このたった一か所の所為で、女性はかなり不気味な雰囲気を湛えているように感じる。桜的には、見た目は全て普通だった魔女の住処にいた魔女たちより、この女性の方が魔女っぽく見える。
「まずは、我らの仲間を助けようとしてくれている事に感謝します」
そう言って、頭を下げる女性。と、同時に後ろにいる集団も一斉に頭を下げる。あの男の子も例外ではなかったのだが、この異様な光景に桜は少し気圧されそうになる。
「ですが…。これ以上の助力は不要です。どうかお引き取り下さい」
「ま、待ってくれ! その子の父親はだいぶ弱っている。せめて多少なりともマシな食いもんを…」
頭を上げ、氷点下を思わせる程に冷たい言葉を放つ女性。思わず食い下がろうとする桜だが、
「黙れっ!!」
女性の後ろにいた集団の一人が怒鳴り声を上げる。
「そうやって、俺達を篭絡してから地獄に叩き落すつもりだろ!? もう騙されねえぞ!!」
「…と、いう訳で、我らは貴女を信用できません。即刻お引き取りを」
太めの木の棒を持ち、今にも殴り掛かってきそうな勢いでまくし立てる集団の一人に、同調するように頷いて冷酷な目線を桜に向ける女性。
とはいえ、このまま引き下がっては間違いなく男の子の父親は死んでしまう。桜は女性達を見据えながらどうすべきかを考えるが、どうやらその視線が女性達の琴線に触れた様だ。
「―――引き下がる気はなさそうですね。ならば、仕方ありません。我らもこのままおめおめと皆殺しにされるくらいならば、ここで玉砕する道を選びます」
その女性の言葉が終わるや否や、後ろにいた集団が一斉に桜に襲い掛かって来たのだ!
「うおおおおおっ!!」
まず、第一手を放ってきたのは先ほど怒鳴っていた男だ。手に持った棒をフルスイングで桜に叩きつけてくる!
「ぐっ………………?」
その一撃を腹部に食らい、僅かに声を漏らす桜。が、その直後、表情が困惑気に歪む。しかし、そんな微かな変化など気にも留めない後続の集団たちが、一斉に桜に殴る蹴るの暴行を与えてくる!
そのまま、数分ほど無抵抗に殴られ続ける桜。だが、どれだけ殴られても、桜は倒れるどころか怯む様子すら見せない。そうこうしている内に、一人…また一人と殴り疲れてその場にへたり込んでいく集団。遂には、最後まで殴り続けていたあの棒を持った男も力尽きて棒を取り落としてしまう。
その棒には血が付いている。それ程までに渾身の力を込めて殴っていたのだろうが、その暴力を集中的に受けていた桜の体には、これと言って目立つ傷はついていなかったのだ。
「はあっ、はあっ…。ち、ちくしょう…! こ、殺すなら殺せ…」
息も絶え絶えに、悔しそうにうめき声のような言葉を発する男。見ると、先ほどの女性も覚悟はできてる…と、言わんばかりに目を閉じている。
「だから言ったでしょ? ゴブリンなんか助けても碌な事にはならないって」
ここで響くシャードの声。その声に、ピクッと桜は反応を示す。
「弱く醜い癖に、私達魔女のいう事も聞かず、挙句の果てに暴力を振るってくる野蛮な集団。さあ、もう偽善者のフリなんて止めよう。やるだけ無駄。貴女もそろそろ」
「愛想が尽きたでしょ…ってか?」
まるで悪魔の囁きが如く桜に声を掛けるシャード。が、その言葉は桜の圧を感じる返しに止めらてしまった。
「こんだけ力の差があれば、この人達が怯えるのも当然だろ。それに、話を聞く限りじゃ、どうも魔女共に一度騙されて酷い目にあわされたらしいじゃねえか。そんな奴らからもう一度救いの手を差し伸べられたところで、そんな手怖すぎてとても掴めねえよ」
自分の体に着いた埃を手で払い、まるでダメージを負っていない様子を見せる事で、その力の差を主張しながら口を開く桜。
「私達は何もしていない」
「知らねぇよ、どっか他所の魔女にやられたんだろ。この人達からみたら、魔女なんてみんな同じだ。お前らが何もしていないとか関係あるか」
シャードと言い合いをしながら、おもむろに先ほど地面に下ろした巨大豚に近づく桜。そして、右手を手刀の形に変え、大上段から巨大豚の首めがけて思い切り振り下ろした!
ドガッ!! という激突音と共に、巨大豚の頭と胴体は切断される。その首からは大量の血が…。
「何をしているの…?」
「血抜きだよ。動物の解体なんて全くやり方知らねぇけど、確か血抜きが大事だとかどうとか言うのは聞いた事がある。とりあえず、頸動脈辺りを切り落とせばそれなりに血は抜けるんじゃねえか…と思ってな」
「………まさか、このゴブリン共にこの獲物を分け与えるつもり? あんなひどい事をされたのに…?」
「見た感じ、みんな同じようにやせ細ってる。腹がへりゃ、考えも極端になる。………ぐっ、ひ、酷い匂いだ……。と、とりあえず腹ごしらえといこうぜ。あと、そのゴブリンって呼び方止めろ。不愉快だ」
訝し気に聞いてくるシャードに、むせかえる獣臭に鼻を押さえ仕込みを続けながら答える桜。さりげなくシャードの呼び方にくぎを刺しておくことも忘れない。
先程見せた手刀の如く凄まじい膂力をもって、巨大豚を素手で無理やり解体していく桜。一見平静を装っているように見えるが、よく見るとその表情は真っ青だ。恐らく、生物の体内と言うグロい見た目と、先刻の獣臭とはまた違う生臭さに、今にも吐きそうなのかもしれない。
そうして、我慢しながら中身をある程度整理できたところで、次の問題が出てくる。
「な、生はあり得ねえよな…。どうやって焼こう…」
碌な加工もできてない肉を生食など間違いなく腹を壊す。故に、出来れば火を通したい。それも、これだけ巨大な肉を焼くとなると、かなりの火力が必要だ。男の子の部屋を照らしていた様な小さな火では到底追いつかないだろう。が、これはいかにもファンタジーらしい答えがシャードから提示された。
「火の魔法でも使えばいいんじゃない? 貴女ならできそうだけど」
少しぶっきらぼうな様子のその助言を受け、桜は「魔法か…」と呟きながら右の手のひらを上に向け意識を集中させる。すると、程なくして手のひらからボッ! と火が飛び出してきたのだ!
しかもこの火…いや、勢い的には炎と言った方が良い…は、桜の意思でその強弱を自在に変更可能だったのだ。これ幸いと左手で肉のブロックを掴み、炎の上で焼いてみる。
程なくして、辺りに肉の焼ける良い香りが漂いだした。
「あ、お、おいっ!」
不意に上がる声。みると、あの男の子が集団の一人の制止を振り切り、フラフラとまるで誘蛾灯に誘われる蛾の様に桜に近づいて来ていた。その口元からは明らかに香りに反応している涎がダラダラと…。
「ま、ま、魔女様…そ、それ…」
「へへ、匂いに釣られたか。だが、まだだ。まだ赤身がある。もう少し…もう少しだけ我慢だ」
立ちながら肉を焼く桜の足にしがみつき、肉を凝視する男の子。そして、あらゆる角度から肉をあぶり、良い感じに焼けたところで、桜は肉を男の子に差し出した。
一口かぶりつく男の子。すると、少しのあいだ顔を呆けさせたと思ったら、その直後…まるで漫画の大食いシーンのような勢いで肉にむしゃぶりついたではないか! どうやら、衝撃的なまでの美味しさだった様だ。
「よう、アンタらもどうだい? 次々焼いてくから、遠慮せず食べてくれよ」
男の子の反応に満足した桜は、次に女性を含む集団に声を掛ける。実は、男の子と同じくこの集団も匂いに対し涎を垂らしており、それはかの女性とて例外ではなかった。とはいえ、やはり警戒しているらしく何とか我慢していたようだ。
しかし、そこに来てこの男の子のあまりにも美味しそうな食べっぷり。これまで、碌なものを食べてこなかったであろう集団の人達が目の前でこんな事をされては、そうたやすく我慢できるものではない。結局、一人…また一人と、桜の焼く肉を手にする事となる。
「うまい…うまい…!」
「いや、うまいだけじゃねえ…一口食うたびに、体の奥底から力が湧いてくるようだ…!」
瞬く間にその場は大盛り上がりとなる。女性や怒鳴っていた男も例外ではなく、一見仏頂面で食べている様だが、二人とも頬がピクピクと震えている。恐らくは、一瞬でも気を抜けば綻んでしまいそうな表情を必死に取り繕っているのだろう。
「で、お前は食わねえの?」
不意に自分の影に声を掛ける桜。まあ、自分の影から空腹による腹の音が聞こえてきたら、気にもなるだろう。
「…んっ……い、いらない…」
明らかに涎を飲み込む音が聞こえるが、それでも強気に拒絶するシャード。
「そうかそうか。じゃ、俺は遠慮なく…。かーっ! うっめえええっ!」
「うん、美味しいね魔女様!」
「なーっ! 何を気にしてんのか知らねぇが、こぉんなうめぇもんを食い逃すのはもぉったいねぇよなぁーっ!! 一通り楽しんだら、お父さんにも持って行ってやろうな!」
「うん!」
男の子を膝の上に乗せ、見せつけるかの如く仲良く焼肉を楽しむ桜と男の子。と、その時だった。桜の影からズルッ! と腕が飛び出してきたのだ。その腕を支えに、一人の女の子が影から這い出てくる。
「………卑怯者」
肌以外の髪が…瞳が…服が全て漆黒の少女…恐らくはシャードの正体だろう…が、恨めしそうに桜を睨む。心なしかわずかに涙目だ
「ほら、変な意地張ってないでお前も食え」
「勘違いしないで。別に貴女に屈した訳でも、ゴ………こいつらと仲良くする訳でもないから」
「へいへい」
桜から受け取った肉を忌々しそうに眺めながらも、一口一口味わって食べていくシャード。食べるスピードが徐々に上がっていくのを見るに、どうやら彼女もこの焼肉が気に入った様だ。
「―――風呂入りてぇな」
そんな折、ふと口を開く桜。とはいえ無理もない。ここまで歩いてきたものや、狩りによる汚れがだいぶ目立つうえ、何の装備もせずに巨大動物の解体などやったものだから、体中ギトギトだ。
無論、あの大浴場の汚すぎる水は論外だ。心理的にも到底受け付けないし、現実的にあんな水を火の魔法で沸かしても、汚れが取れるとは到底思えない。ろ過しようにも、桜の作った小さすぎる即席ろ過機では綺麗汚い云々以前に、風呂として機能する程の水の量を獲得するには時間がかかりすぎる。
ふと、視線が巨大豚…だったものに移る。…動物が生息していたという事は、あの近くに川か何かあるのではないか? と、そんな思考がよぎる。
「川か…。それでも完全に清潔とは言い難いが、あのメッチャ汚い水よりはましか…」
そう思い立ったが吉日。桜は膝の上にいる男の子を脇にどけ、スッと立ち上がった。