母親を死喰い人に殺されたセルウィン家最後の生き残りは、カロー家の養女になる。   作:蕩けたバター

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クラッブとゴイルの誤飲事件から数分後、ついにハロウィンに欠かせないあの怪物が姿を現します。


ハロウィンの怪物

ビンセントやゴイルの誤飲事件から数分が経過した頃、突然青ざめた顔のクィレルが息を切らしながら走って大広間にやってきた。

顔には脂汗が滲んでおり、かなり顔色が悪い。

何かあったのだろうか。

 

 

「と、トロールが!トロールが地下に!」

 

 

まさかの発言に生徒達がざわつき始める。

普段余裕そうなマルフォイも、英雄ポッターも目を丸くして驚いていた。

スリザリンの生徒も不安そうな顔をして、小声で話している。

 

 

「トロール?!」

 

 

「なんでホグワーツに?」

 

 

「トロールが地下に…お知らせしなくては…」

 

 

そう言い残し、クィレルはその場に倒れた。

闇の魔術に対する防衛術の教授が、たかがトロールに怯えているなんて、この学校はどうなっているんだ。

しかし、トロールは知能が低い生物だ。

ホグワーツの下級生でも、知識があれば対応出来るはず。

今の私がどれほどの力を持っているのか、腕試しに探しに行くのもありかもしれない。

 

 

「やっぱり、クィレルが防衛術の教授だなんておかしいわ。理事会に訴えてみようかしら?」

 

 

「そうね、それが良いわ。」

 

 

フローラの発言に誰しもが頷いた。

そしてマルフォイは「父上に言いつけてやる」と怒りの炎を燃やしている。

みんな限界だったのだろう。

あのニンニク臭い授業が。

 

 

その後、ダンブルドアが大声を上げ、魔法を使ってざわつきを鎮めた。

彼は監督生に指示を出し、各寮の生徒を連れて寮に戻るように命じた。

そして教職員を集め、何やら話している。

 

 

「スリザリンの皆着いてきて!急いで、幼いで。」

 

 

監督生の先輩に言われた通り、私達は寮へ向かって急ぎ足で進んでいく。

そして、スリザリン寮へ向かう道に入ろうとした時、ふと先程振り返ったグレンジャーの事を思い出した。

そういえば、グレンジャーはグリフィンドールのテーブルにいなかった気がする。

そして、トロールが現れたのはスリザリン寮から近い地下らしい。

グレンジャーは地下に向かって走っていた。

もしかしたら、トロールの事を知らずに地下にいるのかもしれない。

目元が赤くなっていた事から、泣いていた事が分かる。

簡単に寮に戻れる状況でもない。

 

 

気付いた時には、私はスリザリンの列から離れて地下に向かって走り出していた。

 

 

「エスメ!」

 

 

後ろからヘスティアの声が聞こえた。

しかし、私はグレンジャーの事が気になって止まる事なく走り続けた。

地下に着くと、グレンジャーの名を呼びながら彼女を探す。

 

 

「グレンジャー!」

 

 

もし、私の心配が余計なお世話であれば危険なのは私の方だ。

しかし、私は自分の判断が間違っているとは一切思わず、彼女を探し続ける。

自分の予想が事実であるかのように、一心不乱に彼女を探す。

しばらく探していると、女子トイレから大きな音が聞こえた。

私は慌てて女子トイレの中を除くと、大きなトロールがそこにいた。

そして、トイレの中からグレンジャーの声が聞こえる。

 

 

「いやぁー!」

 

 

私はローブから杖を取り出す。

 

 

(大丈夫、きっと上手くいく。だって、ページが擦切れるほど読んだんだから。)

 

 

私は大きく息を吸い込んでから、吐き出すように呪文を唱えた。

 

 

「インカーセラス!」

 

 

すると、どこからが現れたロープがトロールの体に巻き付き、身動きが取れないように縛り上げる。

トロールは苦しさからか、それとも動けない苛立ちからか、ドタバタと床の上を転がっている。

 

 

「グレンジャー!何をしてるの!早くこっちに来て!」

 

 

トロールがロープから抜け出そうする度に、ギチギチとロープが悲鳴を上げる。

長時間はもたないようだ。

早くしなければ、トロールがロープから抜け出してしまう。

 

 

「グレンジャー、早く!今なら出てきても大丈夫よ!」

 

 

グレンジャーがふらつきながらトイレの個室から出てくる。

そしてトロールの大きさに驚き、その場に蹲ってしまった。

彼女は腰を抜かしてしまったようだ。

その瞬間、トロールがロープを引きちぎって起き上がってしまった。

 

 

「そんな、インカーセラス!」

 

 

呪文をもう一度唱えるが、さっきより筋力が上がっているのか、脚を拘束していたロープが1本切れてしまった。

私がどうするべきか困っていると、背後から見知った声が聞こえて来た。

 

 

「ハーマイオニー!」

 

 

「大丈夫?ハーマイオニー!」

 

 

ウィーズリーとハリーポッターがやって来たようだ。

 

 

「って、なんでスリザリンのセルウィンまで居るんだよ!」

 

 

ウィーズリーがヒステリックを起こしかけるが、状況が状況だ。

そんな軽口を言っている場合ではない。

 

 

「そんな事より、なんでもいいからトロールに攻撃をして!グレンジャーは腰を抜かしているみたい。」

 

 

「あ、そうだ!って、トロール相手にどうすれば良いんだよ?!」

 

 

あわあわと頭を抱え震えるウィーズリーに呆れながら、私はポッターに指示を出す。

 

 

「ポッター、あそこにある瓦礫の破片…あれをトロールの上に投げて!」

 

 

「な、投げる?どうやって?」

 

 

(ああ、イライラするなぁ。)

 

 

少しくらい頭を使って欲しい物だ。

今日呪文学で習った浮遊呪文を使えば良いのだ。

どの呪文をどのような状況時に使うか、それを瞬時に判断しなければ、この世界ではやっていけない。

 

 

「浮遊呪文よ!早く!」

 

 

「なるほど!ウィンガーディアム・レヴィオーサー!」

 

 

瓦礫がふわり浮かび上がり、トロールの頭上まで移動する。

 

 

「いや、来ないで!」

 

 

トロールはグレンジャーに向かって腕を振り下ろそうとした。

その時、瓦礫がトロールの頭上に落ちてトロールは転んでしまった。

 

 

「よし!」

 

 

「今だ!インカーセラス!」

 

 

トロールをもう一度縛りあげる。

トロールはダメージを受けたからか、動きが先程より弱くなっていた。

しかし、念には念を入れてもう一度呪文を唱え、きつく縛り上げる。

 

 

「…これで数分は大丈夫なはず。」

 

 

「す、すごいね!君の魔法!」

 

 

ポッターが私を褒めるが、そんな事はどうでも良い。

私は急いでグレンジャーの元に駆け寄り、彼女を立ち上がらせる。

 

 

「大丈夫?安心して、トロールはまだ動けないから。」

 

 

「あ、え、ええ。ありがとう、カロー。」

 

 

「ひとまず先生を呼びに行かなきゃ「まあ、一体貴方達は何をしているのですか!」…マクゴナガル先生?」

 

 

そう言いかけた時、女子トイレにマクゴナガル、スネイプ、クィレルの3人が慌てた様子でやってきた。

そしてまだ生きているトロールに気付いたスネイプが、慌てて失神呪文をトロールに向かって唱える。

トロールは意識を失い、動かなくなった。

私達4人はようやく脅威が去った事に安堵し、ため息をついた。

 

 

「殺されなかっただけでも運が良かった。寮にいるべきあなた方がどうしてここにいるのですか?」

 

 

マクゴナガルは眉間に皺を寄せ、私達の元へ駆け寄ってくる。

スネイプは私を見た瞬間、目を見開いて驚き、すぐに私の元へ駆け寄って来た。

 

 

「一体何をしているのだ!ミス・カロー!」

 

 

「す、すみません。その、寮に戻る途中、晩餐の席にグレンジャーが居なかった事を思い出して。もし、トロールの事を知らなかったら大変だと思って、探しに来たんです。それに、トロールにも興味ありましたし。」

 

 

私がそう言うと、マクゴナガルは溜め息をつき、ポッターとウィーズリー、グレンジャーに説明を求めた。

 

 

「それで、ポッターとウィーズリー、グレンジャーは何故地下に居たのですか?」

 

 

「え、えっと…「先生、私が悪いんです。」…ハーマイオニー?」

 

 

グレンジャーは申し訳なさそうな顔で話し始める。

 

 

「私がトロールを探しに来たんです。私…私一人でやっつけられると思いました。あの、本で読んでトロールについてはいろんなことを知っていたので。」

 

 

普段品行方正なグレンジャーが嘘をついている事に私は驚いた。

 

 

「もし3人が私を見つけてくれなかったら、私、今ごろ死んでいました。まず最初にカローが拘束呪文でトロールを縛ってくれたんです。本当はその隙に女子トイレから逃げなきゃいけないのに、怖くて動けなくて。その後、トロールが拘束を破ってしまったんです。もう一度、カローがトロールを縛り上げてくれましたが、トロールの力が上がったのか、簡単に拘束を破られてしまったんです。」

 

 

グレンジャーが私を擁護してくれた事に少し安堵した。

このままポッターやウィーズリーの功績にされるのでは助けに来た意味が無い。

まあ、人命が最優先だから、名誉なんて要らないが。

 

 

「その後、ハリーとロンが来てくれて。ハリーが浮遊呪文でトロールの上に瓦礫を落として、トロールが倒れた隙にカローがトロールを2重に縛ってくれたんです。3人とも誰かを呼びに行く余裕がなかったんです。カローが来てくれた時も、ハリーやロンが来てくれた時も、私、もう殺される寸前で…。」

 

 

グレンジャーはポロポロと涙を流した。

私はそんなグレンジャーにハンカチを渡し、マクゴナガルに向き直った。

彼女は呆れているかと思っていたが、真剣な顔で私を見据える。

そして私の頭に手を置き、ゆっくりと撫でた。

マクゴナガルは険しい表情をしていた。彼女はグレンジャーを真っ直ぐ見つめて口を開いた。

 

 

「ミス・グレンジャー、貴方には失望しました。グリフィンドールから5点減点します。」

 

 

しかし、自寮の生徒が無事だったからか、彼女は表情を和らげ、グレンジャーに笑いかけた。

 

 

「怪我が無いのであれば、グリフィンドールの寮へ戻りなさい。中止になったハロウィンパーティーが行われていますよ。」

 

 

「はい、分かりました。」

 

 

グレンジャーは言われた通り、寮に向かって歩いて行く。

 

 

「さて、ミスター・ウィーズリー、ミスター・ポッター、ミス・セルウィン。」

 

 

名前が呼ばれたが、私の姓はカローだ。

こんな時に、と思われてしまうかもしれないが、私にとって姓はとても大事なもの。

訂正して貰わなければ。

 

 

「先生、お叱りならいくらでもウケます。しかし、私の姓はカローです。セルウィンと呼ばれるのは不愉快です。お願いですから、訂正して下さい。」

 

 

私がそう言うと、マクゴナガルは少し驚きながらも優しく微笑んでくれた。

しかし、すぐに真面目な顔になり、私に向き合った。

その表情を見た瞬間に私は体を強張らせた。

 

 

「それは出来ません。貴方の名前はホグワーツ入学時に、エスメラルダ・セルウィンという名で登録されています。いくら貴方がカロー家で保護されてきたからと言って、貴方の姓がカローになる事はありません。」

 

 

「ど、どういう意味でしょうか?私は戸籍上カロー家の娘となっているはずですが。」

 

 

「貴方の戸籍は関係ありません。貴方は確かにエスメラルダ・セルウィンという名前で登録されています。」

 

 

「一体どういう事ですか?私は」

 

 

私は生まれてからすぐ、カロー家に引き取られている。

カロー家の娘として、カロー夫妻に育てられてきた。

夫妻は私を本当の娘のように愛してくれた。

しかし、ホグワーツ入学時に"エスメラルダ・セルウィン"という名前で登録されているのであれば、私は戸籍上まだセルウィン家の人間という事になる。

 

 

もしかしたら、カロー夫妻…父と母は私をセルウィン家の人間として、入学させたのだろうか。

それならば、今日届いたトランクの中にあるセルウィン家の相続書類や当主に関する書類も納得がいく。

一人思案していると、マクゴナガルは私達にこう言った。

 

 

「危険を顧みず、ミス・グレンジャーを助けようとしたその勇気を称えて、3人に5点ずつ差し上げましょう。」

 

 

「ありがとうございます、マクゴナガル先生。」

 

 

「さあ、貴方達も早く寮に戻りなさい。」

 

 

私達3人はマクゴナガルにお礼を言い、女子トイレを出て寮へ向かう。

 

 

「それにしても、どうして君が女子トイレにいたんだい?」

 

 

ポッターが私の顔を見て不思議そうな顔で問い掛ける。

 

 

「それは、大広間に向かう途中、目元が赤くなったグレンジャーとすれ違ったからだよ。彼女は地下に向かって走っていた。トロールが来なければ、気にする事もなかったけど、グリフィンドールのテーブルにもいなかったし、少し心配になったの。穢れた血とはいえ、ホグワーツで死人が出れば在校生である私の評価にも繋がるからね。」

 

 

本来であればグレンジャーを助ける理由は無い。

だが、死人が出る可能性があれば、マグル生まれであろうと助けなければならない。

ホグワーツで死人が出たなんて、在校生である純血の生徒にも悪影響を及ぼす可能性が高い。

であれば、最低限死人を出さない程度の配慮は必要だ。

 

 

ポッターは私を睨みながら何か言いたそうにしていた。

 

 

「言いたい事があるなら言えば?」

 

 

「ならそうさせてもらうよ。君の母親は死喰い人に殺されたんだろう?なのにどうして、マグル生まれの魔法使いを穢れた血と軽蔑するんだい?ハーマイオニーを心配していたから助けたんだと思っていたよ。ネビルを助けたのもそうだ。君は、他のスリザリンのヤツらとは違うと思っていたのに。」

 

 

私はポッターの勘違いに苦笑し、何も言わずにスリザリン寮へ向かう道へ向かって歩き始めた。

後ろでポッターやウィーズリーが何か叫んでいるが、気にすること無く歩き続けた。

 

 

私の本当の母親が死喰い人に殺されていたから、純血主義でいる事がおかしいと思っているようだ。

しかし、私が純血主義者になった理由は、私自身が純血であり、カロー家の父と母に純血貴族としての教育を施されてきたからだ。

私は今現在、死喰い人を憎んではいないが、もし死喰い人を憎んでいたとしても純血主義者である事は両立する。

死喰い人は過激な純血主義の集団であり、私は過激ではない純血主義者というだけだ。

ポッターが私を純血主義者でないと考えているのならば、それは大きな間違いだ。

 

 

「純血」

 

 

その後合言葉を言い、スリザリンの談話室に入るとフローラやヘスティアが心配そうな顔で私の元に駆け寄って来た。

 

 

「エスメ!なんでトロールがいるのに、ふらふらと列から外れるのよ!」

 

 

フローラは目を釣り上げて私に詰め寄り、ヘスティアも彼女の言葉に頷いている。

私が帰って来た事に気付いたマルフォイやパンジー、ミリセントも私達の元へ集まってきた。

 

 

「心配したんだぞ!エスメラルダ!一体どこで何をしていたんだ?」

 

 

「もう!トロールがいるのに危ないでしょ?私、怒ってるのよ?!」

 

 

マルフォイが理解出来ないといった様子で、頭を抑えながら話す。

パンジーも彼に同意を示し、怒りを露わにする。

 

 

「ごめんね、心配してくれてありがとう。でも、スリザリンに加点て貰ったから安心して。」

 

パンッという音が響き渡り、談話室が静まり返った。

私は痛む頬を抑えながら、フローラを見る。

目には涙が溢れ出しており、私を睨み付ける彼女の表情が歪んだ。

何故彼女が泣いているのか分からずに黙っていると、彼女が泣きながら口を開いた。

 

 

「あのね、加点なんてどうでも良いわ。下手したら死んでいたかもしれないのよ。聡明な貴方がそれを理解していないわけじゃないでしょ?私達はスリザリンからの減点を気にしたんじゃんない。貴方の身を心配していたのよ!わかってる?エスメ!」

 

 

私は涙を流しながら私の肩を揺さぶる彼女に何も言えず、ただ俯くしか無かった。

パンジーも目に涙を浮かべて私を見つめ、口を開いた。

 

 

「エスメ!私達は貴方が戻ってきてどれだけほっとしたかわかる?これからは、もっと自分を大切にしてちょうだい!」

 

 

ヘスティアは彼女と同様に目に涙を浮かべていたが、ローブから杖を取り出し、私に向けた。

そして"エピスキー"と唱える。

 

 

「指を怪我してるじゃない。外傷は消したけど、もし痛むようなら医務室に行くのよ?」

 

 

「…あ、本当だ。気付かなかったわ。」

 

 

おそらく、トロールと戦っていた時、瓦礫に触れて指が切れてしまったのだろう。

小さな傷だから私も気付いていなかった。

 

 

「ありがとう、ヘスティア。みんな、心配してくれてありがとう。今度からは気を付けるわ。」

 

 

私を心配してくれていた彼等に頭を下げ感謝を述べる。

その後、ハロウィンパーティーに参加し幾つかの料理を食べた。

結局私がスリザリンの列を離れて、何をしていたのか説明する事は無かった。

消灯時間の一時間前にパーティーはお開きとなり、生徒は各自の自室に戻って行った。

 

 

「君は、思った以上に馬鹿なんだな。」

 

 

突然後ろからノットに声を掛けられたかと思ったら、罵倒されてしまった。

確かに、ノットに比べれば私は頭が悪い人間なのかもしれない。

だが、1年生の中では優秀な部類に入ると自負している。

そんな事を言われるのは心外だ。

 

 

「貴方にしてみれば、私なんて取るに足らない存在でしょうね。でも、私は自分で言うのはなんだけれど、真面目な部類に入るに、そこそこ優秀だとは思っているわ。」

 

 

「確かに君は学習意欲のある、真面目な生徒だ。学力という点で考えれば、優秀だと言える。」

 

 

「ならどうして、私を馬鹿だと言うの?」

 

 

彼の瞳をじっと見つめる。

彼はハッと乾いた声で笑い、見下すような表情でこう言った。

 

 

「君はスリザリンを見くびっている。君が思っている以上にスリザリンは身内贔屓な寮だ。そこに、血筋や生まれは関係ない。よく覚えておくと良い、君は愛されている。」

 

 

ノットはそう言い、男子寮へ去って行った。

彼の言う事は理解出来ないが、理解できないから私は馬鹿なんだ。

理解出来ない代わりに、私はそう思う事で理解したフリをした。

 

 

私は自室に戻り、順番にシャワーを浴びて寝る支度をした。

 

 

「ねぇ、トランクの中で寝るのなら、少し夜更かししても問題無いわよね?」

 

 

ヘスティアに確認するように問い掛ける。

彼女は、ギロリと私に鋭い視線を向てけ口を開いた。

 

 

「そうね。何かしたい事があるの?まさか、また寮を抜け出すつもりじゃないでしょうね?」

 

 

「そうじゃないよ。トランクの中に追加されていた新しい本棚に置かれていたもののほとんどが、古代ルーン文字で書かれているの。私達は古代ルーン文字をまだ解読出来ないし、少し勉強しようと思って。」

 

 

特に錬金術や古代魔法について書かれている本は、内容がとても気になる。

見知った古代ルーン文字の単語にはレシピや有名な錬金術の生成物の名が書かれており、もしかしたら賢者の石を生み出す事も出来るのでは無いかと少し期待していた。

 

 

「ふーん?貴方って真面目ね。今の時間が22時で起床時刻は7時だから…」

 

 

ヘスティアはトランクの中の時間と現実世界の時間から、睡眠時間を計算してくれているようだ。

 

 

「トランクの中だと約18時間の自由時間が存在する事になる。睡眠を9時間と考えた場合、4時間半はトランクの中で寝る必要がある。貴方は睡眠を多く取らないと日中倒れそうになるから。」

 

 

「という事は、現実世界だと2時半にトランクの中で眠れば良いのね。」

 

 

「そうなるわ。本当に便利な道具ね。トランクの中で寝る方が、時間感覚がおかしくなってしまう。だからわざと夜更かししなきゃいけないなんて、便利だけど面倒くさいアイテムね。」

 

 

彼女の言う通り、通常通りの時間でトランクの中で眠れば、現実世界で3、4時間経ったら起きてしまう。

だからわざと夜更かしをしなければ、トランクの中でいつも通りの起床時刻に起きる事はほぼ不可能だ。

なら、自室に置かれた硬いベットで眠れば良いが、寝心地が最悪だ。

トランクで眠るには少し頭を使う必要があり、現実世界のベッドで眠れば眠りの質が悪くなる。

"時間の流れが遅くなる"という機能を何故付けたのか理解出来ないが、便利でもあり不便でもある面倒な機能だ。

 

 

「まあ、贅沢は言えないわ。少し考えれば、何とかなるし私ももう少し夜更かししておこうかしら。」

 

 

ヘスティアがそう言うと、シャワールームから出てきたフローラが話に割り込んで来た。

 

 

「じゃあ私も起きてようかしら。ねぇ、エスメ。ロゼッタの1巻って持ってない?」

 

 

「私は持ってきてないけど、私のトランクの中にある本棚には置かれていた気がする。ちょっと待って、見てくる。」

 

 

トランクケースの中に入り、"ロゼッタ"の1巻を探すと小説の置かれた棚に目当てのものを見つける。

すぐに本を持ってトランクケースから出てフローラにそれを手渡した。

 

 

「はい、1巻よ。」

 

 

「ありがとう!私、ロゼッタ大好きなのよね。早く4巻が発売しないかしら!」

 

 

「フローラは恋愛小説が本当に大好きなのね。」

 

 

「あら、ヘスティアも好きでしょう?」

 

 

呆れ顔のヘスティアを煽るように笑えば、彼女はむっとした表情でそっぽを向いた。

 

 

その後、私は図書室で借りてきた古代ルーン文字の参考書を読み始める。

文法、発音方法、単語の意味を覚えながら羊皮紙に書取っていく。

このシンプルな作業を積み重ねる事で知識として定着し、知識を使用できる程の理解を得られるのだ。

少しずつ、時間は流れていき気付いたら2時20分を指していた。

周りを見ると、ヘスティアもフローラもトランクに戻っているようだ。

参考書の1割程度しか読み進める事は出来なかったが、少しだけ古代ルーン文字に対する理解が深まった気がする。

 

 

私はトランクに戻り、ベッドの上に横になる。

 

 

その時、ふとテーブルの上に置かれた青い宝石の飾られた指輪が入ったコンパクトが目に入る。

私はなんとなく、指輪を填めてみる事にした。

何の変哲もない、私の指より少し大きい綺麗な指輪。

填めた瞬間、指の大きさに応じてちょうど良いサイズに変わった。

指輪がキラリと煌めいた。

指輪を眺めていると、眠気がやってきた。

私は目を閉じ意識を手放した。

 

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