中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「よう! 見せてもらったぞ、お前の無理無茶無謀を!」
扉をノックしていたのは案の定というべきか、キバヤシであった。
カナエと入れ替わりになるように部屋に入ってきたかと思うと、見るからにご機嫌といった様子でアキラに話し掛けて来る。
「いやあ、いつもは巻き込まれてるだけで自分から首を突っ込む気はないだとか言ってるが、さすが俺の見込んだ男! やる時はこっちが何も言わなくても自分から突っ込んでいくんだからな! 最高だったぞ!」
それが女の為というのは意外だったが、金に女に夢。
何に命を掛けようが面白おかしく暴れてくれるなら俺は大歓迎だと、キバヤシは過去最高レベルに機嫌の良さを隠そうともしない。
「……それで? 毎度の如く何か話でもあるんだろ?」
これにはアキラも辟易とし、さすがにアルファが最後まで聞けと忠告したのは別の話だろうと解釈し。
不機嫌さを隠そうともせず、早く本題を話せと催促する。
「ああ。交渉したい事があるんだが――」
そこでキバヤシは僅かに目を細めた。
予想に反してアキラの機嫌が悪い事に気付いたからだ。
「正直、お前に駆け引きなんてものを仕掛けたところで余計に面倒な事になるだろうから、単刀直入に言う。今回の件は俺も非常に困っている」
だがその事に気付かない振りをして、話を続けていく。
「まず最大の問題が、誰よりも早く事態の収束に向かった上に最大の功績を上げたハンター。つまりお前を納得させられそうな交渉の材料がない」
普段ならばここで治療費を支払ってやる上に、報酬も払うから戦績を都市の都合の良いように扱わせてくれという事が出来た。
ところが今回は治療費も報酬もレイナが支払う事になっている。
「そこが不思議なんだが、どうして今回は都市側で治療費とか持たないんだ?」
「そりゃお前、治療費も報酬もやるから都市の為に戦った。シオリとかいう女の事は全てなかった事にしろとか言われたら絶対に怒るだろ?」
「そりゃ怒るけど……」
誰が何と言おうとアキラが戦ったのはシオリを助ける為だ。
それを金を払うから自分達の命令で戦った事にしろなんて上から命令されたら、気に食わないどころではない。
いつもの戦績を売ってくれとは、まるで意味が違う話だ。
とはいえ、それでも都市がそんな個人の主張を意識するとはアキラには思えなかった。
「お前は気付いてないだろうが、既にお前は都市からは何を考えているか解らない人間と思われてる。まあ当然だな。普通のハンターなら喜んで受ける上に断れば確実に都市に目を付けられるハンターランクの調整依頼をあっさり断った上に、俺が何かあるかもしれないから待機していてくれって伝えてたのに何の相談もなしに勝手にモンスターの群れに突撃して行ってるんだからな」
「……」
ぐうの音も出なかった。
確かに客観的に考えれば、都市の言う事を素直に聞きそうな真っ当なハンターには思えない。
「それで都市側としては慎重に対応するしかなかった訳だ。治療費を払えないっていうならそのまま死ねなんて交渉して、お前等の思い通りになるくらいなら死んでやるとか言われると、そっちの方が遥かに困るからな」
ここでアキラが死ねば最大の功労者を都市は見殺しにした事になる。
それどころか、傍目には功績を横取りする為に殺害したと見えても不思議ではない。
そんな場所で誰がハンターなんて続けていきたいのかとなるし、それだけで済むほど都市の防衛問題も単純ではなくアキラには生き残り交渉に応じてもらわないと非常に困るのだ。
「要するに今回の件の都市側のスタンスは、お前が文句の一つも言わず満足出来るような報酬を払う気はある。だから、こっちの頼みも聞いてくれないかって話になる訳だ。解かるか?」
「まあ大体は解った気はするけど、それだけか?」
要するにシオリの為に戦ったという部分は変えなくてもいい。
ただ都市からも依頼を請けていたという形にしてくれ、という話だろう。
「そうだ。話はそこで終わらないんだ。ここまでなら俺もそこまでは困らなかった」
正直アキラとしては、そのくらいなら特に問題はなかった。
それでもアルファから話は最後まで聞いた方がいいと事前に釘を刺されていた事もあり、迂闊に返事をしなかったが、案の定続きがあった。
「今回の件ではお前に次いで事態の解決に大きく貢献した組織がある。スラムにある徒党なんだが、これが相当にヤバい事をやらかしてくれていてな……」
はっきり言って今回の件は、スラムの徒党が多少動いたところでどうこうなるような事態ではない。
ところが、問題の徒党は都市の幹部であるイナベの名前を勝手に使ってドランカムや八島重鉄と吉岡重工という大手企業を手駒のように自在に操り大きな功績を生み出してしまった。
「普通なら幹部の名前を勝手に使った時点で大問題だ。どれだけ大きな功績を上げたからって、そんな事は知ったものかで終わりだろう。ところが、今回はそれだとあまりに都合が悪い……」
ここでイナベが真実を告げたとして――
まず誰が信じるのかという話である。
たかだかスラムの一徒党が都市の名前を騙ったなんてバレた時点で破滅確定。
そして最後まで上手く騙し通して働かせたとして、報酬を支払う段階になれば結局どう頑張ったところでスラムの徒党に払える訳がなく絶対にバレて破滅。
最初から自分達が破滅する事を前提で動いていた事にしかならない。
「それよりは今になって報酬を払うのが惜しくなった都市の幹部が、部下が勝手にやった事だと責任だけ押し付け切り捨てたって方が、まだ話の筋は通っているだろうな」
それに組織の人間達も自分達が掃いて捨てるようなスラムの人間に騙され手玉に取られていたなんて意地でも認めないだろう。
――この徒党の代表が薄いながらもイナベと繋がり自体は確かに持っていたのも、ドランカム達が騙された理由であり、都市が全くの無関係だと切り捨て難い理由にもなっていた。
「そこでこのスラムの徒党のボスとも都市は交渉している訳なんだが、ここで問題になってくるのがアキラ。お前だ」
「……」
その組織がシェリルの徒党である事くらいならアキラでも理解出来たし、自分を助ける為にシェリルが相当無茶な橋を渡ってくれた事だって理解出来た。
だからこそ少しでも早く結末が知りたくて、黙って続きを促す。
「正直、都市側としても助かった部分はあるが、それはそれ。幹部の名前を勝手に使って企業を動かすなんて、詐欺どころで済ませていい話じゃない。ボスどころか徒党の人間全員に借金を背負わせて残りの人生全てを使って返済してもらう案件ではあるが――」
「…………」
そこでアキラの目に敵意すら越え、殺意の光が宿る。
身体が万全ならば飛び掛かってきていても不思議でないと思える程の濃密さで。
「そんな事をすれば絶対にアキラはこっちの交渉を受け付けなくなる。それが嫌なら穏便に話し合いで解決した方がいいと俺の方で説得しておいた。恩着せがましい言い方で悪いが言わないとお前には解らないだろうから言っておく。感謝してくれ」
「……ああ。感謝する」
実際、キバヤシが止めなければ、そうなっていた可能性は決して低くない。
そして、シェリル達の自由が欲しければ戦績を売ってくれなんて言われていれば――
アキラは決して首を縦になんて振らなかっただろう。
その結果、都市と戦う事になり、アキラどころか徒党の人間含めて全員死ぬ事になったとしても絶対に。
――そうなれば都市側はハンターからも防衛費を払っている富裕層からも信用を完全に失い、下手すれば都市一つが壊滅し兼ねない事態であった。
「それで都市側としては確かに助かったのも事実。だから実際に都市の指示で動いていた事にするし、各組織への報酬も全部払う。その上で兼ねてから打診された提案も呑んだ上で、これからはその名前を無断で使われた幹部自ら後ろ盾となり徒党の運営に全面的に協力してもいいと言っているそうだ。どうだ、凄く良い話だとは思わないか?」
「何か裏があるとしか思えないくらい良い話だと思うが、何で俺に確認するんだ?」
実際、アキラ的には良い話過ぎて何か余計な条件が他にあるとしか思えない。
好き勝手名前を使われた問題を見逃すだけでなく尻拭いを完全にした上で、これからは協力しようというのだ。
気持ち悪いくらいの好待遇である。