中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
届かない言葉
「もう動いても大丈夫なのか? 会えるようになるまでは、もう少し時間掛かるって言われてたんだけど……」
イナベとの交渉から数日後。
未だ退院出来ないアキラの元に、レイナ達に付き添われてシオリが訪ねてきた。
病み上がりという部分を差し引いても動きに精彩がないというか、ふら付いているように見えるし、どこか顔色も悪い。
――さすがに入院中なのもあってメイド服は着ていなかった。
「本当は駄目っていうか、医者からは絶対安静だから動かすなって言われてるんだけど――」
「姐さんがどうしてもアキラ少年に会いたいと言って聞かないもんっすから、こうして付き添ってるっす」
案の定、相当無理をしているらしい。
けれど、止めても身体を引き摺ってでもアキラの元に向かい兼ねなかったから仕方なかった、とでも言いたげなレイナ達の言葉にアキラは驚きを隠せない。
「その、俺は腕がこんな感じだし、まだ暫く入院してるんだから焦って会いに来なくたって時間なんかいくらでも……」
言いながらアキラは自分の両腕を見せ付けるように差し出す。
そこには一時的な処置として施された義手の腕があるが、これから再生治療で新しい腕を生やす予定であった。
「取り急ぎ、お伝えしなければいけない事がありましたので」
シオリだって、アキラがすぐに退院出来ない事くらい解っている。
それでも身体に鞭打ち、自分の主であるレイナに付き添われる事になってでも言わなければいけない事があるのだ。
「申し訳ありません、私の言葉足らずな言伝で随分とアナタを傷付けてしまいました」
それは自分がレイナへ遺した言葉でアキラを傷付けてしまった事への謝罪。
シオリがサラ達から回復薬を与えられ命を拾った場にシェリルも居たのだが、そこでシェリルはシオリの言葉がどれだけアキラを傷付けたかを端的に、それでいて過不足なくシオリに伝えており。
治療中もずっと、自分の言葉がどれだけアキラの心を抉ってしまったのかと悔やんでいたのだ。
「ええと、その、何の話だ?」
「私が死ぬと確信した時、アナタでなくお嬢様に言葉を遺した事です」
「その事か」
まさかシオリが気付いているとは思わず、僅かに驚きを覚えるアキラであったが――
「別に謝られるような事じゃないだろ。シオリの一番大事な相手がレイナだなんてのは解かり切ってた事だしな」
驚き以上の感情はない。
他に大事な相手が居たのに、それでも命を賭して守ってくれるような人が自分なんかを一番大事だなんて思う事の方が烏滸がましいというもの。
「むしろ俺の方こそ悪かった。助けに行った筈なのに、結局俺を庇ったせいで死ぬような目に遭わせて――」
「アキラ様、聞いてください」
当然のように自分よりレイナが優先された事を受け入れて話し始めるアキラの言葉を、シオリは遮った。
そもそもアキラが来てくれなければ自分は死んでいたとか、助けに来てくれた事自体への感謝の言葉であるとか言わないといけない事は山のようにあるが――
そんな義務的な事を告げる為だけに無理やり身体を引き摺ってなんて来ない。
「確かに私はお嬢様が何よりも大事です。仮にアナタと戦わなければお嬢様を守れないというのなら戦いますし。アナタを殺さなければお嬢様が死ぬというのなら、全力でアナタを殺そうとするでしょう。身体を差し出せばお嬢様が助かるならば、知らない相手でも憎い相手でも身体を差し出す事を躊躇う事もありません」
まずはどれだけ残酷な事だと解っていても伝えなければならない。
アキラよりもレイナの方が大事な事は確かであり、それは絶対に覆る事はないのだと。
「ああ。それなのに俺を庇ってくれるなんて本当に凄い人だって思ったよ」
言われるまでもなく、アキラだってそんな事は理解してる。
それでも自分なんかを命を賭して守ってくれた。
だから本当にそれだけで満足して納得出来たし、無意識にそれ以上を求めてしまっていた自分に恥じる事はあっても、シオリを責める気なんて一切ない。
「私はアナタが思ってくれているような凄い人間ではありませんよ」
全て理解しているとまでは言えないが、それでもアキラが何を考え、どういう結論に至ったかくらいの見当はシオリには付いている。
アルファの力を借り成り上がった影響か。
アキラは自分の価値というものを、あまりにも低く見積もって考える。
「どうせ私が助けに来てくれた恩返しにアナタを庇ったとでも思っているのでしょう? 言っておきますが、私は大切でもない人間の為に自分の命を捨てられるような善人ではありません」
だから普通の人間なら当たり前に浮かぶ答えにさえ気付かないのだ。
いくらレイナの事を何より大事に思っているからと言って、それがアキラの事を大事に思ってないなんて事にならないし。
そもそも自分の命を投げ出してでも助けたい時点で、どれだけアキラの事を大事に思っているのかという話なのに全く伝わってなんてくれないのだ。
「仮にカツヤ様やサラ様達がアナタと同じように私を助けに来てくれて、アナタと同じように私が庇わなければ死ぬような窮地に陥ったとします。その時は私は間違いなく見殺しにするでしょうね」
「え、でも……」
「相手がカナエになってもそうです。今回の件は建前上はアキラ様を助ける為に他のメイドを連れてきたという事になっていますが、私を助ける為の方便でしかない事くらい誰だって解かります」
レイナを助ける為ならともかく、レイナの従者を助ける為に他の従者を投入するというのは本来ならおかしな話だ。
そこでカナエは過去に命を救ってもらった挙句、今回も従者を助けに向かってくれた恩人を見捨ててはレイナ自身の名折れになるという方便で他のメイド達を動かしたのである。
――それでもアキラがレイナの恩人でなければ、そもそも成立すらしない方便ではあるが。
「それだけの恩があり共に過ごした同僚であったとしても、見捨てるのが私という人間です。私の命も身体も、お嬢様の為に使うべきものですから」
「俺の事助けてくれたじゃないか」
どうしてシオリがわざわざそんな事を言うのか、アキラには解らない。
口ではレイナの為にしか命を張れないと言っているだけで、本当は他の誰かの為にだってその身を犠牲に出来る凄い人で。
その強さと優しさは自分にはないもので、誇れる事であっても否定する必要なんてない筈なのに。
「別にまた同じ事があったら庇ってほしいとか頼る気もないし、他の奴に話す気もない。だから無理に誤魔化さなくても――」
アキラの感覚でそれを誤魔化す必要がある理由なんて、無償の善行と思われて当てにされたら困る以外に思い付かない。
だから二度とシオリに庇われないようにするから、せめて自分の前くらいでは誤魔化さないでほしいと願うが――
「お嬢様の為に使わなければならないこの命と身体なのに、それでもアナタだけは特別だと言っているのです」
本当にシオリには誤魔化しているつもりなんて一切ない。
レイナ以外の人間がどうなっても構わないと迷いなく言える程ではないが、それでもレイナの為なら友人や恩人程度なら、比喩的にも物理的にも切り捨ててしまえるくらいには冷酷な自覚があり、全て本音だ。
「俺はそこまでしてもらえるような人間じゃないよ」
少し前ならシオリの言葉はアキラの心に届いたかもしれない。
けれど今だけは、どれ程シオリが言葉を並べてもアキラの心に届く事はない。
――ああ、そうだ。調子に乗るな。
スラムで生きてきて少しは力が付いたと思って仲間が出来ると期待すれば騙され、何もかも奪われて。
自分はもう奪われるだけのスラムのガキじゃなく、一端のハンターくらいにはなれたなんて思った矢先、ルシアに財布を奪われた。
――そうやって、お前は失ってきたんだろう?
そして、シオリに好きだと言われてサラ達が助けに来てくれるなんて、自分の意地も少しくらいは意味があっただなんて浮かれた途端にシオリを失い掛けた。
――二度と大事なモノを失いたくないのなら、勘違いなんてするな。
自信を持つ度に、それを嘲笑うように大切なモノを奪われてきた。
生まれてから積み重ってきたトラウマが、アキラ本人にさえ気付けない深い場所から耳を塞ぎ、心を閉ざさせる。
「大体さ――」
そして、シオリの言葉がアキラに届かない理由はそれだけではない。
シオリが全く気付いていない、もう一つ大きな要素がある。
「俺は自分の価値が全く解ってないみたいに言うけど、俺からしたら自分の事を何にも解ってないのはシオリの方だ」
シオリは自分が一方的に想いを寄せているように考えているが。
アキラだって、シオリの事を特別な相手として見ていた。
告白されるよりずっと以前から。
それこそ出会った頃から、アキラにとってシオリは特別な人であった。