中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「私がですか?」
いきなりの言葉にシオリは戸惑わずには居られない。
今回の件では完全にシオリはアキラに助けてもらった側という意識しかなく、挙句の果てに誤解とはいえレイナにだけ遺言を遺して傷付けてしまった。
それなのに、このタイミングで自分に矛先を向けられては混乱するのも当然だろう。
「そうだよ。温泉の時もそうだし、今だってそうじゃないか」
けれど、アキラからすれば今まで言う機会を逃してていただけであり。
ようやく言える機会がやってきたとばかりに言葉が次々に飛び出していく。
「シオリは当たり前みたいにレイナの為なら死ねるなんて言うけどさ、それを本気で言える人間なんてどれくらい居るんだよ……」
ましてや本気で口にしていたとしても、いざとなれば自分の身が可愛くなるのが人間だろう。
実際に誰かの為に恐怖を乗り越え自分の身を投げ出せた人間なんて、少なくともアキラが知っている限りではシオリとユミナ、それと後一人だけ。
「ああ、それとなかった事になった件に付いて、謝らせてくれ」
そこでアキラは遺物強奪犯にレイナが人質に取られた件について、都市の都合で戦績が戻ってしまった事を話し始める。
今回のシオリの救出劇は今や都市中に知れ渡っており、白兎や黒狼が束になっても倒し切れなかったモンスターの群れをアキラが倒した部分まで周知の事実だ。
ところがアキラのハンターランクは全くその戦果に見合っておらず、今回の功績を含めても見合うものに上げるのは難しく、これ程の実力者を冷遇しているのかと都市はハンターからの信用を失い兼ねない。
そこで都市は過去に買い取ってなかった事にしていた戦績を、全て差し戻したのだ。
無論、ただ戻しただけではない。
今回のように都市側が身動きし難い状態になった時に極秘裏に動かせるように目立った戦績は伏せていたと情報を流し、ハンターランクも目立てば都市からの依頼に差し支えるから、わざと上げないようにしていたと辻褄を合わせつつ――
今回の件でもはや隠す必要がなくなったから伏せていた戦績を表に出し、本来のハンターランクに上げたという形にしたのである。
――都市側の幹部が正式にエージェントして雇いたいと兼ねてから勧誘を続けているが、アキラが断り続けているので、あくまで協力者でしかないという情報を後にイナベは流布する予定であり、これによりイナベが兼ねてから都市防衛の為に極秘にアキラを囲い込んでいたように見せる腹積もりであった。
「悪い、こっちからなかった事になったなんて言って合わせてもらった上に、報酬まで貰ってたのにそれを反故するような事になって。シオリ達となかった事にする契約をしたから困ると何度も言ったんだけど、都市側からシオリ達には十分な補填をするから、どうしても呑んでくれって言われて……」
その辺の都市側の事情などアキラにはどうでもいい。
ただシオリと話し合う事もなく、一方的に契約を破る形になってしまった事が、ただただ申し訳なくて頭を下げる。
「謝らないで下さい。こちらには何も不都合はありませんので、アキラ様が一番得をする形で処理して頂ければ問題ありません」
正直、シオリからすれば食事を奢った程度で済まされただけで終わりになっているだけで申し訳なく思っていた事件だ。
それがアキラの戦績に繋がり、ハンターランクの向上等に役立つというのなら喜ばしく思う事はあっても、怒るような事ではないというか――
むしろ、もうなかった事として扱わずに済むというのなら、その件に付いて改めて謝罪と礼を述べるべきだろう。
「そう言ってくれて助かった。思えばあの時からだったんだな。シオリの事を意識したのって」
「それはどういう――」
けれど、それよりも遥かに気になる話題が出てきてしまい、シオリは謝罪や礼を述べる事さえ忘れて続きを促してしまう。
「俺が遺物強奪犯を倒した後、俺がレイナを撃ち殺すかもしれないと思って、レイナを庇って自分の身体を盾にしたじゃないか」
「あれは、その……」
あの時のシオリはアキラが激怒して、レイナを殺そうとしていると本気で思っていた。
けれど、今のシオリはあの時、アキラが全くレイナを殺す気なんてなかった事を知っており、どれだけ失礼な思い違いをしていたのか気付いている。
その事を責められていると勘違いし、謝罪の言葉を探すシオリであったが――
「ずっと凄いって思ってたよ」
それこそが大きな勘違い。
あの時の出来事でアキラがシオリに抱いたのは悪感情とは正反対のもの。
「どんな人生を歩んでくれば、そんな風に生きられるんだろうって考えて、俺みたいな奴に解かる訳もないなんて笑いたくなるくらいにさ」
他の誰かの為に自分の身を投げ出す姿があまりに鮮烈で、眩し過ぎて劣等感に自嘲せずには居られなかった。
そういう意味では、奇しくも同じ日。
カツヤの為に無防備に銃の前に己の身を差し出したユミナもシオリと同じく遠過ぎる人で。
そんなユミナが自分を悪くないと言ってくれた時、アキラ本人も気付かない心の奥底で縋るように願い焦がれた。
こんな優しい人なら、自分みたいにどうしようもない奴でも愛してくれるんじゃないだろうかなんて――
少年少女の恋愛からは遠い、憧憬に近い想いを向けずには居られない程に。
「そんな人がさ、俺みたいなどうしようもない奴と仲良くやっていこうと言ってくれた。それだけじゃなくて俺なんかを信じて自分の手を汚してくれてさ……」
けれど、義体男の件でシオリはそれ以上の衝撃をアキラに与えてきた。
ユミナでさえ証拠の一つもないのに自分の言葉を信じてはくれなかったし、アキラ自身、疑って当然でしかない状況でそれでも話を聞いてくれるだけで有難かったのに。
シオリは迷う事無く自分の言葉を信じ、自主的にアキラの為に敵と戦ってくれた。
「あの時は悪かった。信じてくれて有り難うとも、俺のせいで手を汚させてごめんの一つも言えなくて」
今まで見てきた世界全てを塗り替えられてしまいそうな程に驚き過ぎて。
礼の一つも言えずに逃げるように去ってしまった事を、今更ながらに謝罪する。
「俺としてはさ。こんな碌でなしを信じてくれるだけで十分というか、もういっぱいいっぱいだったんだ。それなのに温泉じゃ急に結婚してくれとか言ってくるしさ……」
告白された時には話が上手過ぎて騙されているんじゃないかと疑い、武力要員扱いされているんじゃないかと思った時は、変な話だが逆に安心して。
本当にシオリが心の底から自分を好きだと言ってくれているとアルファから知らされても、それでもすぐに消化して受け入れられる事なんて出来なかった。
「今は勘違いしているだけで、すぐ幻滅されるんだろうなって思ってたんだぞ」
温泉の時からアキラはシオリに伝えていた。
シオリには何の問題もないのだと。
アルファの力で自分を凄い奴だと見せているだけの自分に、こんな良い人の手を取る資格なんてないと思ってたのに。
「それなのに俺の情けない部分を知っても、変わらず好きだって言ってくれて――」
アルファの事を知り、今の自分には何の力もないのだと伝えてもシオリは変わらず自分の事を好きだと言ってくれた上に抱き締めてくれた。
その時、初めて心の底から思ったのだ。
「シオリに生きていてほしいって。守りたいって本気で思ったのに――」
ただ見捨てられずに遺跡に来た時とは違う、確かな気持ちでシオリを助けたかった。
それが出来たなら自分みたいな奴にもシオリの隣に立つ資格が少しくらいは出来るんじゃないかと、無意識にアキラはそんな事を感じていて――
「結局、俺のせいで死に掛けてさ。やっぱ俺じゃあシオリに釣り合わないんだなって、その時、はっきり思ったよ」
だからシオリを助けられなかった時、自分でなくレイナに言葉を遺されても衝撃はあっても取り乱す事無く受け入れられたのだ。
シオリの隣に立つ資格なんてお前にはない、これで解っただろう。
そんな風に言われた気がして。
「シオリの傍にはさ、当たり前のように誰かに手を差し伸べるような人間が合ってる」
それこそ騙されたり裏切られたりする可能性にさえ気付かず、極自然に手を差し伸べて人質にされるような、お人好しこそ隣に立つのに相応しい。
「だからさ、これからもシオリはシオリらしくレイナと共に生きてほしい。正直、守ってもらえただけで俺には十分過ぎるというか、お釣りが来るくらいだったから」
少なくとも迷う事無く人質を見捨てるような碌でなしのゴロツキに、最初からシオリみたいな人の手を取る資格なんてないと心の底から納得出来たし。
こんな自分でも守ってくれた人が、この世界に居る。
その事実と、そんな人が勘違いでも好きだと言ってくれた思い出だけで生きていけると満足してしまう程に。