中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「一人で終わらせないで頂けますか!?」
このアキラの態度にはシオリも病室内だとか絶対安静だなんて事さえ忘れて、叫び出さずには居られない。
アキラも少しくらいは自分の事を好ましく思ってくれているだろうとは、シオリだって思っていた。
それこそアルファへの借りとやらさえなければ、自分と試しに付き合ってもいいと判断してもらえる程度には、好かれているんじゃないかくらいに期待していたのだが――
(過剰評価にも程があります!)
予想以上に好かれていて嬉しいと思う事さえ出来ない。
アキラに評価はしてほしいが、それはあくまで一人の女として見てくれる事が大前提だ。
そんな崇拝めいた尊敬の念だけを向けられても困るというか、これなら下劣な欲情でも向けてくれた方が何百倍もマシというもの。
「私はアキラ様が思ってくれているような特別な人間ではなく――」
「誰かの為に自分の命を投げ出せるだけで、十分以上に特別な人間だろ」
「それは――」
その言葉に対する反論はシオリにも浮かばない。
レイナの為に命を懸けるなんてのはシオリからすれば当たり前の事過ぎて軽視していたのは間違いなく、確かにそれは特別と呼ぶべきものだろう。
「それを差し引いても釣り合うかどうかと言うのなら、それは私の方がすべき話でしょう? アキラ様のように将来性がある年齢でもなければ、見た目だって目を惹く程に優れていませんし……」
それならばと自分の価値を下げる発言をするシオリであったが――
「温泉の時もそれ言ってたけどさ、別に年齢なんて気にする程には離れちゃいないし、見た目だって美人でスタイルいいんだから、気にするような部分なんてどこにもないだろ」
そもそもシオリの容姿を不快に思った事など、アキラには一度もない。
むしろなかった事になった件で謝罪に訪れてくれた時、己の全てを犠牲にしてでもレイナを守ろうと頭を下げる姿に美しさを感じた事さえある。
「それに不愛想がどうとかも前に言ってたけど、むしろズカズカ無遠慮に来られるよりは、よっぽど話しやすいし、ガキだからって一方的に命令とかもしないし無視したりもしない。気を遣ってもらってるお陰で、居心地悪いとか感じたりもしないよ」
これは別にシオリの性根の問題ではない。
最初はなかった事になったとはいえ、実際にアキラがどう思っているか解からないから神経を逆撫でしないように気を遣っていただけであり。
途中からはレイナを救ってくれた恩人だから丁重に扱っていただけの事だが――
それでもアキラからすれば、シオリと一緒に居て苦にならない事には違いない。
「私を好意的に見ようとするあまり、不満を覚えられなくなっているだけです。私はそのような人間では――」
恋は盲目、あばたもえくぼ。
厳密には恋愛感情とは違う何かなのだろうが、欠点さえも捻じ曲げ無理に完璧な人間として見ようとしているとしかシオリには思えないが――
「いや、普通に不満な部分だってあるよ」
別にアキラはシオリの事を非の打ち所がない完璧な人間だなんて思ってない。
気になる部分の一つや二つくらいある。
「シュテアリーナで会った時はメイド服じゃなくてスーツ着てただろ? ちゃんと時と場所に合わせて服装を変える常識があるなら、ハンター活動している時もそれに見合った服用意すればいいのにとは常々思ってる」
「……その、普段の服装はお嫌いでしょうか?」
「服自体は似合ってると思うけど、そういう話じゃない」
店で給仕が切るようなヒラヒラした種類の物ならどうかと思うが、シオリが普段着用しているメイド服は落ち着いた色で大人しいデザインなのもあるし、見慣れたのもあってメイド服を着ていてこそシオリらしいとはアキラも思う。
だが戦いの場に相応しい装いかといえば、否だ。
それだけは、いつまで経っても気になって仕方ない。
「後はフルコース食べた後だってのにデザート何皿も頼むのも、ちょっと驚いた。別に悪いって事はないけど意外と食うんだな」
「……」
思っているよりも冷静に見られていた事に気付かされ、シオリは何も言えなくなる。
何も言い返せる事が浮かばなかったのもあるが――
冷静な目で見てもアキラから見れば欠点も多くあるけれど、それ以上に魅力的な存在だと言われたも同然な訳で。
「……僭越ながら、私の容姿には何の興味もないのかと思っていました」
一拍遅れで理解して、口から漏れたのはそんな呟き。
シオリが自分の容姿を卑下していた最大の原因は、そもそもアキラの今までの態度があまりに釣れなさ過ぎたからだ。
「一緒に入浴していても置物みたいな扱いでしたし、口付けを交わしてようやく意識してもらえたと思っても触れようとさえして下さらない」
シオリが一方的に好きだと告げただけで、アキラからは口付けを求められたり抱き締められた事もなければ、手を握ってくれた事もない。
最期の思い出に抱きたくないか、なんて誘ってみても袖にされてしまう。
「これでは人柄が認められているだけで、容姿は好みから遠いのではないのかと不安になります……」
いくら誠実だからと言っても、ここまで誘惑し続けて既成事実の一つも作れなかったとなれば、どんな女でも自分の容姿に自信なんてなくなろうというもの。
「……悪かった。その、シオリの事はずっと前から綺麗だと思ってる」
「ありがとうございます。ただ、出来れば言葉でなく態度で示して頂きたく――」
その言葉が口付けをするなり抱き締めるなりして安心させてほしいという、甘えと懇願の混じった誘いなのは、アキラにも解るが――
「恋人でもないし付き合う気もないのに、そういう事は出来ないよ」
それはそれ。
結局、自分に釣り合わないという意見が変わった訳でもなく、シオリを恋人扱いするような真似なんて出来ない。
「…………」
二人の間に沈黙が訪れる。
アキラは心底、自分ではシオリの隣に立つ資格がないと思っているし。
シオリだって他に好きな相手が居るだとか自分が好きではないという理由ならともかく、そんな理由で振られるなんて認められる訳もない。
お互い引く気がない以上、どれだけ話し合ったところで平行線を辿るだけだろう。
「ちょっといいかしら?」
ただし、それはアキラとシオリだけで話を続けていればの話。
この部屋は別に二人しか居ないという訳ではない。
真剣な話をしているからと息を潜め話を聞くに徹していたら、今度は痴話喧嘩みたいなの始めたんだけどなんて途方にくれていたレイナも居れば――
「…………」
最初こそ面白そうに眺めていたものの、今は色んな意味で呆れたような顔をして佇んでいるカナエだって居る。
「……ああ、大丈夫だ」
「……どうぞ、お嬢様」
レイナ達の存在を丸っと忘れて会話に没頭していたアキラ達は、気まずげに目を逸らしながらレイナに質問の内容を促すのであった。