中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「まずはシオリを座らせてもいいかしら?」
開口一番、レイナが求めたのは大事な従者への気遣いであった。
シオリは本来なら絶対安静の身であり、長く立っている事さえ身体を消耗させる。
「……ああ、気付かなくて悪い」
アキラだってシオリに無理なんてさせたい訳がない。
身体を寄せてシオリが座れる隙間をベッドに空けると、視線で座るように促す。
「それで確認なんだけど、あの時の話。もうしても大丈夫なのよね?」
当たり前だがシオリを座らせる事が本題である訳がない。
本題はアキラと出会った頃、遺物強奪犯に襲われた時の話であり、契約も何もないのであれば、どうしても伝えたい事があったのだ。
「……大丈夫だ。言いたい事があるなら言ってくれ」
アキラはある種の覚悟を持って、レイナの言葉を肯定して話を促す。
躊躇なくレイナを見殺しにしようとした事を批難される。
そんな人間は確かにシオリに相応しくないとレイナの口から告げられれば、シオリだって引き下がらざるを得ないだろうと予測して。
(ま、そうなるよな……)
出来れば他人の言葉ではなく、お互いで話し合い納得した上で終わりにしたかったが、こういう締まらない幕切れの方が自分らしい。
そんな諦観と共に自嘲の笑みを浮かべるアキラであったが――
「あの時は助けてくれてありがとう。ずっと御礼が言いたかったの」
レイナの口から飛び出したのは、アキラが全く予想していない言葉であった。
「遺物強奪犯に人質にされた時の話だよな?」
「そうだけど……」
この話の流れでそれ以外の話があるのかとばかりに、不思議そうな顔をするレイナの表情の意味が解らず、アキラも同じように顔を疑問で歪める。
非難される理由はあっても、礼を言われる理由に全く心当たりがないからだ。
「……シオリが居るからって変な気を遣わなくてもいいぞ。恨まれるだけの事をした自覚はある」
少し考えて、思い浮かんだのはシオリの事。
さっきまでの会話を聞いていた手前、シオリの前で自分を非難するような言葉を言わなかっただけだろうと解釈する。
「アキラの中の私ってそんな無礼なの!?」
これにはレイナも驚きに声を上げずには居られない。
レイナからすれば完全に自分の不注意で言葉に出来ない程の迷惑を掛けた上に、命まで助けられた出来事という認識であり――
そこから導き出されるアキラから見た自身の評価は、自業自得で窮地に陥った挙句の果てに助けられて逆恨みする傲慢女だ。
「無礼も何も見殺しにされるトコだったんだぞ? 恨むのが当たり前だろうが」
だが、アキラにはレイナを助けたなんて認識がそもそも一切ない。
あの件は人質を無視して敵を撃ち殺した事件だ。
結果的に誰も死ななかっただけで、積極的にレイナを助けようとしなかった時点でアキラの中では見殺しにしたのと変わらない扱いでしかないのである。
「そりゃ見殺しにされそうになった時は、少しは思う事だってあったけれど……」
いくら自業自得とはいえ、迷う事無く見捨てられそうになったのだ。
冷血に感じなかったと言えば嘘になるが、それでも後から思い返せば人質だった自分を助ける為に知恵を絞り、相当に無茶をしてくれた事くらいは当時のレイナにだって解かる。
「というかアキラの方こそ、怒ったり呆れたりしてないの? 私が迂闊な事したせいで死ぬような目に遭ったんだし……」
そして、少しは成長した今となっては別の感情が浮かぶ。
あの頃の自分は実力以前に荒野に出ているという事の意味も知らなければ、覚悟もないハンターの真似事をしているだけの子どもで。
確かに只でも雇いたくないと言われるのも解るし、おまけに言われた直後に人質になり迷惑を掛け、言うとおり只でも雇いたくない足手纏い以下だと身をもって証明してしまった。
むしろアキラの方が不満はあるものの、都市との契約のせいで黙っているのだろうと想像していた。
「シオリも前に似たような事聞いてきたけどさ。悪いのは人質にしたアイツだろ。何でレイナに怒る必要があるんだよ」
アキラからすれば、今回の話は二度目だ。
もう答えは既に考えた後だし、返答に迷う事はない。
「いや、その、間抜けとか油断し過ぎだとは思わないの?」
「間抜けかと聞かれれば間抜けだと思うし、油断し過ぎかと聞かれたらそうだなって答えるしかないな」
「そ、そうよね?」
「けど悪いのは、そもそもアイツだろ? 何の見返りもないのに助けようとした奴が悪いなんて事あって堪るかよ」
これは本当にアキラの本心からの言葉であり、確かにレイナのせいで面倒な事になったし死に掛けたのも事実だが――
それでもあの件で、レイナの事を憎んだ事は一度だってない。
「ええと……」
レイナにとってアキラは甘えも油断もない厳しい人で、温泉好きという新しい情報が加わってもその部分は変わっておらず。
だから、荒野なんていう生き馬の目を抜くような場所で見ず知らずの相手を助けようとする自分の甘さは、呆れられているものだと思っていた。
それなのに怒りさえ滲ませ自分の甘さとしか形容出来なかった優しさを肯定してくれている事が呑み込めず、中々意味のある言葉を返せずにいたが――
「アキラ、あなたって思ってたよりずっと私のこと認めてくれていたのね……」
言葉の意味を理解して、最初に口をついて出たのはそんな言葉。
迷惑掛けたし怒っているだろうなんて考えていたのが申し訳なくなるくらい、アキラは気にすらしてなかった。
「でもね、アキラがそう言ってくれるのは嬉しいけど、アレは全部私が悪かったの」
それ自体は喜ばしい事だが、その言葉に甘えて思考を止めない程度にはレイナだって成長している。
少なくとも優しさと自己満足の違いを理解出来るくらいには。
「アキラにどう見えてたかは解からないけど、何の見返りも求めず誰かに手を差し伸べた事なんて私はなかったわ。手を差し伸べれば褒めてもらえる。それが気分良くて誰彼構わず助けようとしてただけ。ただの自己満足で周りに迷惑掛けてたんだから、それは悪い事でしかないわよ」
だから初めてアキラと会った時、自分が折角心配して声を掛けてやったのに断るなんてと不機嫌になり、一人で死ねなんて酷い事を言ってしまった。
本当に当時の自分が優しい人間だったのなら、断られても心配するだけで暴言を吐く事なんてなかっただろう。
「優しさって、言葉の響きほど甘い事じゃないのよね。アキラとシオリを見てたらね、それが少しは解ったの」
ただ良い事をしたつもりで自分の気分が良くなる事が優しさではない。
それは悪気がなかったという建前を笠に、無責任に好き勝手相手に干渉したいだけの事。
成功すれば褒められ、失敗しても良い事しようとしただけなのになんて言い訳して良いトコ取りだけしようとする浅ましい行為。
「本当はもっと責任と覚悟が要る事だったわ、誰かに優しくするのって」
相手が感謝する結果を出せたのなら、褒められる権利くらいはあるのだろう。
けれど、それならば自分の言葉や行動で相手が駄目になったり傷付いたのなら恨まれるのも当然である筈だし――
それとは全く関係なく相手が騙していたり、裏切る事だってある。
それを理解して尚、誰かを助けようと出来る人間こそ本当に優しい人間であり――
「本当に優しい人っていうのはアキラ、あなたみたいな人の事を言うのよ」
それを命懸けで実践してくれたのがアキラだ。
自業自得で捕まった間抜けな馬鹿を、何だかんだ言って必死で助けてくれた。
その後に威嚇射撃なんてしてきた以上、助けて感謝されると思っていなかったどころか、逆恨みされる可能性さえ考慮していたようにレイナには思える。
(それでも助けるなんて中々出来る事じゃないわよ……)
本心から凄い人だと思う。
そんなアキラに比べれば覚悟も責任も持とうとせず、ただ良い事した気分になって褒められたかった自分は、甘えた子ども以外の何者でもなかったと自嘲の笑みを浮かべるレイナであったが――
「アキラ!?」
さっきから何の反応も返ってこない事に違和感を覚え、アキラの様子を確認し、驚きに思わず名前を叫ぶ。
「…………」
まるで突然モンスターの群れにでも囲まれたかのような、不安と怯えの混じった顔をして固まっていた。
レイナ達は知らないが、ルシアに財布を掏られた件でユミナがカツヤを殴り飛ばした時に似たような表情をしていただろうし。
身体が動けば、あの時と同じように逃げ出していたに違いない。
「アキラ様?」
シオリも、アキラの反応の意味が解らず困惑する。
持ち上げられるような言葉に照れているというのなら解かるが、これはどう見てもそんな甘い表情ではなく。
かといって不快そうかと言えば、それもまた違う感じでどう判断すればいいのかと頭を悩ませた。