中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「自分は当然のように人質を見殺しにしようとした極悪人の筈だ、とか思ってるっす?」
三者三様の戸惑いで動けない中、口を開いたのはカナエだった。
カナエ自身の性格の問題もあるだろうが、事件の当事者でもなければアキラに何の思い入れもないカナエだからこそ、何となくアキラが何を考えているか解ったのである。
「ああ。実際そうだろ?」
レイナから何か知らない世界の言語でも囁かれ続けていたように感じていたアキラは、ようやく理解出来る言葉が飛んできたとばかりに即座に反応を返す。
「いや、話聞いている感じ私から見れば大分アキラ少年は甘々もいいとこっすよ?」
「俺がか?」
レイナやシオリが自分の事を優しいと言っても、本人達が優し過ぎるから何か目でも曇っているんだろうとアキラは思える。
けれど、レイナやシオリとは全く違う人種に見えるカナエに言われてしまうと、本当にそうなのかと悩まざるを得なかった。
「そうっす。お嬢が人質にされたのは完全に自業自得の間抜けの所業っすからね。私がアキラ少年の立場なら、真っ先に人質諸共、遺物強奪犯を撃ち殺すっす。それなら実質、戦うのは姐さんだけで済むっすからね。それが一番確実な方法っすよ」
「いや、でも恨みも何もない奴を殺すのは――」
「そこで恨みも何もないって言葉が出てくる時点で大甘っす。そりゃあ諸悪の根源って言うなら遺跡強奪犯っすが、だからってお嬢がした事は無条件で許せるようなもんじゃないっす。役に立たないどころか無駄に面倒だけ増やした邪魔者、それこそ普通の人間なら恨むのが当然の相手っすよ?」
曲がりなりにも自分の主に対してそこまでボロクソ言うかと思い、アキラは周囲を見渡すが――
「…………」
当の本人であるレイナは解ってるから、あんまり言わないでとばかりに顔を伏せ。
シオリは気まずげに視線を逸らしただけ。
誰からも反論の一つも出て来ないというか、その通りだけど口には出し難いとばかりに沈黙が返ってくるのみ。
「姐さんだって当時はアキラ少年が絶対に激怒していると予測して、殺される覚悟で交渉に挑んでいたっすしね」
「それは態度で解ったよ」
レイナを許してほしいなら死ねと伝えたなら、間違いなく目の前で自害していただろうとはアキラも思う。
「酷いとは思わなかったっすか? 苦労して助けてやったのにまるで極悪人扱い。少しくらい意地悪してやってもバチは当たらなかったと思うっすよ?」
「思わなかったし、仮に思っても都市との契約があったから出来ないだろ」
「何もなかったけど、最近なんか寝覚めが悪いんだとでも言ってれば、金を毟り取る事も姐さんを好き放題にする事だって出来たと思うっすよ」
「卑劣過ぎるだろ!?」
確かにそれなら都市との契約を破ったとは言えないだろうが――
全く思い付きもしなかったし、言われたって実行する気さえ起きない程に卑怯な事のようにしか思えない。
「そうっす、卑劣っすね。そういう卑劣な事をするのが極悪人という奴じゃないんっすか?」
アキラの言葉に一応は同意の言葉を返しつつ――
内心では、この程度でそこまで卑劣に感じるとか純粋にも程がある、と思いながらカナエは話を続けていく。
「赤の他人の為に自分の命を投げ出すなんてのは、それこそ底抜けのお人好しか、ただの頭のおかしい奴だけの所業っす。だから自業自得で人質にされた間抜けを一人見捨てようとしたくらいで極悪人とか、ちゃんちゃらおかしいんっすよ」
これはカナエの正直な感想だ。
聞いたとおりの状況ならば大方のハンターが間違いなくレイナを見殺しにしただろうし、それを悪だと言い出す人間が居るなら、それは口だけの良い格好したいだけの人間か、人質は助けて当然みたいな甘えた考えしか出来ない人間くらいだろう。
「それで苦労して助けた上に恨んでないとか、甘過ぎて騙されやしないかと心配になるくらいっすが、既に誰かに騙されていて自分は極悪人だと思い込まされていたりする感じっすか?」
「んな訳ねえだろ」
「それじゃあ何にそんな負い目を感じてるっす?」
「……普通の人間なら最終的に見殺しにする道を選ぶにしても、決めるまでに迷うだろ。レイナも助かればいいとは思ってたけど、死んだら死んだでしょうがないとしか思ってなかったんだぞ?」
積極的に殺したい訳でもないが、逆に生きててほしかった訳でもない。
そんな選択を迷わず取ってしまう辺り、自分が冷血な人間にしかアキラには思えないが――
「……それだけっすか?」
カナエは心底、予想外だと言わんばかりに目を瞬かせる。
「お嬢が人質に捕られた方が面白くなりそうだとか、お嬢に何か失礼な事をされた腹いせがしたかったとか、そういう理由で遺物強奪犯に近付くのをわざと見逃したとか、新情報はないんっすか?」
「ある訳ないだろ。なんでわざわざ自分から面倒事増やさないといけないんだよ……」
「そういうのないなら客観的に見て、その件だけならただの凄く良い奴っすよ? 逆に何でアキラ少年が自分のこと極悪人だって思い込んでいるのか不思議でしょうがないっす」
むしろ、どうしてそこまで罪悪感を抱いているのか。
カナエには理解出来ない程に。
「大体っすね、姐さんの何をそこまで神聖視しているか理解出来ないっすが、釣り合う釣り合わないの話でも、客観的に見るならどう考えてもアキラ少年の方に天秤傾くっすよ」
「いや、そんな事は――」
「あのモンスターの群れ相手に、たった一人で誰よりも早く姐さんを救いに行ったんっす。 それで釣り合わないとか、どんだけ姉さんの天秤重いんっすか」
「俺だけの力で助けた訳じゃないし、結局、最後は庇われて大怪我させたじゃないか」
「だからこそじゃないっすか! 最前線で戦っている超凄腕のハンターが余裕綽々で何かのついでに助けたんじゃないっすよ? 己の力だけじゃ足りない事を理解しながら自分の命を失う覚悟で助けに行ったんっす。偶然他の人間の助けが加わって、最後にちょっとしくじって庇われたからって、それでもお釣りが来るくらいっすよ」
単純な報酬の話をするなら、凄腕のハンターが助けに来た方が払わなければいけないものは大きくなるだろう。
けれど心情的な話ならば、己の全てを賭けて自分を助けに来てくれた者とは比べ物にならない。
「いや、でも――」
反射的に反論しようとしたアキラだが、言葉が出て来ない。
アキラが自分を極悪人だと思い込もうとしている理由なんて、真面な普通の人間とやらに幻想を抱き過ぎている部分も多々あるが、自信を持てば大事なモノを失ってしまうというトラウマこそが最大の原因だ。
けれど、そのトラウマ自体が何の根拠もない偶然の巡り合わせの産物のようなものでしかない。
しっかりと理由を列挙された上に、断定口調で自信満々で放たれた言葉に対抗出来るような確固たるものではないのである。
「という訳で傍から見る分には釣り合いは取れてるか、アキラ少年の方が天秤が重いくらいっす。その上でアキラ少年はどうしたいっすか?」
ここまでは頭で考えたがるアキラを黙らせる為の方便。
カナエが訊きたい事は、最初からこれだけだ。
「勿論、部外者だからって好き勝手言いやがってと私の言葉を無視するのもアキラ少年の自由っす。それでイラついたから殴らせろって言うなら身体が治れば、いくらでも付き合うっすよ」
「……んな事しねえよ」
「それは残念っす」
心の底からカナエは呟いて、アキラの次の発言を待つ。
実際、カナエとしては他人事でしかなく、今回わざわざ話をしている理由の大半は、よく聞かなくても惚気でしかない二人の会話を聞かされた上に、もどかしい事ばかり言うアキラへの嫌がらせのようなものであり、無責任に好き勝手言っているだけである。
これで実際に二人が恋人同士になった結果、アキラの危惧どおりにシオリが不幸な目に遭おうが知ったこっちゃないし、それで恨まれて殺す気で襲ってくるなら、それはそれで面白いとしか思っていない。
もし二人が付き合う事を願っていたのなら、従者が自分の我儘だけで主の手を煩わせるなんて、首にされてもおかしくない行為であり――
シオリはレイナに見捨てられる覚悟をしてでも、アキラに会いに来たのを汲んでやってほしいとカナエは伝えていた筈だ。
――それを察しの悪いアキラに伝えてやる程の義理も、そこまでの覚悟で従者が我儘を通している事を気付いてない主に伝えてやる理由も、カナエにはない。
「……そうか。助けに行った分だけで傍目には釣り合って見えるのか」
けれど、そんな無責任な言葉だと解かるからこそ、アキラにもシオリにも肩入れしてない正当な評価なのだろうと納得出来た。
そして、助けに行った部分だけで釣り合っているというのならアルファも関係なく、アキラの意志と覚悟で選んだ行為であり――
それならば答えは決まっていた。
「……レイナ。遺物強奪犯の件は俺が礼を言われる側でいいんだよな?」
「え、ええ。そうだけど……」
「だったら礼代わりに頼みたい事が一つある」
「……出来得る限り力になると誓うわ」
アキラがこんな物言いで頼み事をするなんて、余程の内容なのだろう。
それでも内容を聞かず、覚悟と共に了承の言葉を返すレイナであったが――
「俺達の身体が治って出歩けるようになったら、一日だけでいいからシオリをレイナの護衛から外して休ませてほしい」
「それくらい別にいいけど、シオリも問題ないわよね?」
「はい、問題ありません」
もっと凄い事を言われるだろうと思っていたのだろう。
拍子抜けしたようにレイナは頷き、同意を求められたシオリも頷いた。
「その、シオリが嫌じゃないならで構わないけど、その休みの日。一日俺に付き合ってほしい。誰の邪魔も入らないところで話したい事がある」
「それは構いませんが、誰の邪魔も入らない場所というのは――」
レイナの許しもある上に恩人であり想い人であるアキラからの頼みだ。
シオリに断る選択肢などある筈がなく、邪魔の入らない場所の提供までした方がいいのかと確認の言葉を告げようとするが――
「俺の家だ」
間髪入れずに返ってきたアキラの言葉に、暫し固まり思考を加速させる。
想いを告げた男性に自宅に呼ばれる。
それも誰にも邪魔されないようにと念を押すなんて、その言葉から想像出来る展開なんて一つしかないが――
あれだけ機会があったのに手を出そうとして来なかったのに、こんな風にアキラから誘ってきてくれるだろうかと迷う。
「ああ、姐さん。ちょっと――」
シオリが期待と戸惑いに想像を働かせる中、カナエがレイナに聞こえないようにシオリの耳に口を寄せ囁く。
「避妊薬用意しとくっすか?」
「何言って――」
「要らないんっすか? 今の姐さんじゃ自分で手配するのは難しいと思うっすが……」
「……お願いするわ」
そういう展開を期待しているのは事実だし、なければ困るが合って困る物ではない。
むしろ使用の機会が訪れる場面こそ、望むところ。
自分の身体が満足に動くのであればシオリ自ら用意していたのは間違いないし、ここはカマトトぶって誤魔化しても仕方がない。
「えーと、俺の家だと問題あるなら他の場所考えるけど――」
カナエの耳打ちを、自分の提案に何か問題がありシオリに注意を促すものだとアキラは判断した。
それならば特に自分の家でなくても大丈夫だとばかりに場所の変更を申し出るが――
「大丈夫です、何一つ問題ありません。あなたの家以外に適切な場所など考えられません」
最後まで言わせる事なく、シオリが肯定の言葉を告げ。
その勢いに戸惑い、驚いて何も言えなくなっているアキラに気付く事も出来ない程に。
シオリは、その日に想いを馳せるのであった。
この中で二十一章に何か言いたい事があれば
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解像度が高い
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展開が上手い
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納得が多かった
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面白かった
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相変わらずアキラの自己肯定感低いね
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シオリの描き方が良い
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レイナ成長したなあ
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カナエいいね