中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「その、ね、アキラ。当人同士が納得しているならあまりどうこう言いたくはないんだけど、恋人だからってメイド服を着せて連れ回すのは、どうかと思うわ」
カートリッジフリークに来店したアキラ達を待っていたのは、戸惑いを隠せない様子のシズカであった。
シオリへの自己紹介もそこそこに、戸惑いを隠せない様子でシズカが苦言を呈する。
「いや、似合ってるとは思うのよ。ただね、あまり普段着にするには向いてない服というのもあってね――」
シズカはシオリの服装を、過去にアキラがデート等をした際に勧めた物だと判断していた。
色んな常識が欠けているアキラの事だ。
おそらく普通の服と特殊な服の違いも解からず、相手にメイド服を勧めてしまったのだろう、と。
(銃や強化服だけじゃなくて、もっと常識的な事も普段から話しておけばよかったわ……)
シズカから見たシオリの印象は、奇天烈な恰好をしている事さえ省けば、随分と真面目そうな人間であった。
今回の件でシズカが手配した回復薬のお陰で助かった事に対して、非常に丁寧な御礼の言葉を告げられたし、アキラとの関係も恋人などではなく、偶に仕事をする仲で恩人だと伝えられており――
服だけでなくホワイトブリムまで完備したメイドの恰好をして、ハンター向けの万屋に来るような非常識な人間には思えない。
「こういう服を着てほしいなら、もっとこう人目がない場所で頼んだ方がいいというかね――」
となれば、非常識な事を言い出しそうな人間なんて決まっているとばかりに諭すような声でシズカはアキラに語り掛けていく。
「違います! これは俺がやらせてる訳じゃなくてですね!」
あまりに予想外過ぎるシズカの言葉に、暫し混乱して聞くだけになっていたアキラだったが、トンデモない誤解を受けていると気付いた瞬間、全力で否定の言葉を叫んでいた。
完全な冤罪というか、むしろアキラとしては数少ない不満の一つとして挙げるくらい、シオリの普段の服装には難を示している。
「シオリは普段からこの格好というか、戦ってる時だってこの服着てるんです! 俺も似合ってるとは思うけど、俺から着てほしいとか言った事はありません!」
それでも、その恰好も含めてシオリだという意識がある上に、今回は自分の用事に付き合わせてしまっているという負い目があるせいか。
口調こそ強いものの、言葉の内容は疑いを払拭するには弱いものになっていた。
(……アキラも気になる相手には、ちゃんとフォローするのね)
その態度で、シズカはアキラの言葉に嘘はないと判断した。
そして、シオリが本人の意志でメイドの恰好をしているという事よりも、アキラがシオリの事を全否定しないように似合っているという言葉を付け加えた事に驚く。
「シズカ様。これは私の仕事着のようなもので、アキラ様の指示で着ている訳ではありません」
「ああ、なるほど。そういう事ね」
シオリから付け加えられた言葉に、先程のアキラの戦闘時でもメイド服を着ているという言葉で大体の事情を推測出来たシズカは納得で頷いたのだが――
「ええと、何がなるほどなんです?」
アキラとしては、そんな簡単に解ける誤解とは思っていなかった為、シズカが何を理由に納得してくれたのか想像出来ずに首を傾げた。
「ああ、アキラは知らないのね。執事やメイドを斡旋している大きな企業があるのよ」
そこでシズカはリオンズテイル社という人材の育成と派遣を主業務にしている会社の概要をアキラに説明していく。
主に富豪や権力者相手に秘書と護衛を兼ねた人材を派遣している大手企業だ。
そして、この派遣している人材とやらが先程シズカも言ったように執事やメイドらしい。
(あれ、でもリオンズテイル社って旧世界にあった企業じゃなかったっけ?)
前に一度アルファから聞いただけで半ば忘れかけていたものの、メイド繋がりで思い出したアキラは、そこに何か繋がりがあるのだろうかと疑問に思う。
「これは色々諸説があるんだけれど――」
そのアキラの疑問の表情を、更に詳しい説明を求めるものだとシズカは解釈した。
優秀な人材を派遣するだけなら、別に執事やメイドの恰好をさせる必要はないだろうと思うアキラだが、その機微を読んだようにシズカは説明を続けていく。
恰好を統一させる事で、リオンズテイル社から派遣された社員であると解かりやすく明示する為という実用的な効果が見込めるという話。
人材とはいえ企業が扱う商品なのだ。
活躍したならばどこで扱っているか一目で理解出来た方が企業としては有難い。
特に秘書や護衛ともなれば、元々の社員なのか雇ってきたハンターなのかは雇用主以外には解り難い。
その点、明らかに目立つ服装に統一していれば、どこに所属している人材か一目瞭然だ。
「そうなんですね……」
(そうか。俺がカツヤに間違われたのは、ドランカムに制服とかがないのが原因か……)
入院中、何度か見舞いに来たレイナ達との会話で、自分が多くのハンターにカツヤと間違われていた事をアキラは聞いていた。
その時は似ても似つかないのにどうしてだと疑問に思っていたのだが、傍から見ればどっちも子どものハンターでしかなく、一見して所属などを認識出来るものもないければ、名札なんて付けている訳でもない。
そりゃあ解かる訳もないかと思って納得する。
(つまりシオリは、その会社から派遣されてレイナの傍にいるのか?)
そこで違和感が頭を過った。
ただ雇われているだけの人間が、あそこまで尽くすのだろうかと思い、無意識にシオリへと視線を向けるが――
「えーと、どうかしたか?」
その疑問を尋ねる事はアキラには出来なかった。
どこか居心地悪そうな不安な様子で、自分を見詰めているシオリと目が合ったからだ。
「……いえ、その。随分と仲がよろしいのだなと思いまして」
あくまでシズカは諸説あると告げただけで、それが確定の事実であるとは語っていない。
にも拘らず、アキラは何の疑いも見せずにシズカの言葉を受け入れている。
それをシオリは咎めたい訳ではない。
アキラにも信用出来る相手が居るというのなら、喜ばしい事ではあるが――
それでも、その相手が自分とは違うタイプの女性ともなると不安を覚えずには居られない。
「シズカさんとは、そういうんじゃないから安心してくれ」
さすがにアキラでもシオリが何を気にしているのかは解かった。
そして、シオリを助けに行くと決めた時、その辺りのけじめというか意識は決まっており、迷う事なく脈はないと告げる。
「あら、言うようになったわね。それじゃあシオリさんは、そういう相手なのかしら?」
それはシズカも似たようなものらしく。
気負う事無く揶揄い混じりに自分もアキラと同じく、そういう気持ちはないから安心してとシオリにアピールする。
「ええ、そういう目で見ています」
「……本当に言うようになったわね」
その軽口に少し照れてくれるだけでシズカとしては十分だったのに。
予想以上の答えを堂々と告げられたものだから、さすがに驚きを隠せない。
「何か俺の態度はシオリには解り難いらしいみたいなので。変に不安がらせてしまうくらいなら、伝えないといけない事は伝えようと思いまして」
少なくとも、それが想いを告げられた者の責任だと言いたげにアキラは告げる。
(確かにそれが誠実な対応だとは思うけれど――)
色恋沙汰というには固いというか。
サラ達に揶揄われている時は、もっと可愛げがある反応をしていたと思うシズカであったが――
「嬉しいです、アキラ様」
心底嬉しそうな表情で感動を露わにするシオリの前で、それを指摘するのは何だか憚られるし。
当人同士の話に自分が口を出す筋合いもない。
「仲がいいのは結構だけど、惚気るなら二人だけの時にしてね」
とりあえず告白までされた相手とそうでない相手とは違うのだろうとシズカは自分を納得させると、この話はこれでお仕舞いとばかりに会話を区切る。
「ごめんなさい」
「申し訳ありません」
「よろしい。それで今回の件と今後の予定に付いて、聞かせてもらえるかしら? 私の店に来てくれたのは、無事を報告しに来てくれただけじゃなくて装備の調達もあるのでしょう?」
そして、二人が頷いたのを確認すると真面目な話に移っていく。
この話の内容次第では、アキラとの交流関係は今日で終わりになるだろう事を意識して。
「ええと、ですね――」
シズカに促されるまま、アキラは守秘義務に関わらない範囲でシズカに現状を伝えていく。
さすがに今回は無茶をしなかったなんて事は言わない。
あと一歩で死んでいたどころか、むしろ死ななかったのが不思議なくらいな状況で、生き残れたのは本当に奇跡でしかなかった事。
ハンターランクが大きく上昇した事や、今後は今より東の更にモンスターが強い場所で戦っていく事になるだろうから強い装備を求めているという現実的な話も含めて。
「そう……」
シズカは多くの気持ちを、ただの一息に込め相槌を打ちながら話を聞いている。
かつてのように無事を喜び抱き締める事もせず、客と店主という立場を弁えるように。
「それで今はイナベっていう都市で幹部だとかいう人から護身用の装備を一時的に貸し出されてるんですけど、荒野で使っていくには頼りない性能なのでシズカさんに新しい装備を――」
「アキラ。それは難しいわ」
どんな話をされるか予測出来ていたのだろう。
シズカはアキラの言葉を遮ると、自分ではもう力になるのは難しい理由を告げていく。
シズカの店は元々、駆け出しから中堅と呼ばれるハンターランク30くらいのハンターを対象にした店だ。
もはやアキラ程のハンターが購入するような品は店にはないと言っても過言ではなく、装備を毎回取り寄せている事がそれを裏付けている。
店としての立場から言えば大口の顧客を逃したくはないし、出来得るなら取引は続けたい。
けれど、自分が扱った事もない商品をこれがお勧めだなんて提供するなんて事は店としてしたくないのも事実だとシズカは告げた。
「……解かりました」
ゆっくり語り聞かせるようなシズカの言葉に、アキラは食い下がる事もせずに頷く。
アキラに信頼してもらってるからこそ、自信を持てない取引は出来ない。
それでも取引を続けるならば、それは客と店主を超えた個人の繋がりの話になってしまうだろうと解かったから。
(そうだ。俺とシズカさんは客と店員の関係でしかないんだ……)
関係を弁えた付き合いをすべきだと言外に告げるシズカの気遣いを、自分が踏み躙る訳にはいかない。
アキラは多くの感傷を押し殺し、ここでシズカとの付き合いが完全に終わってしまう覚悟を決める。