中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「どうしても無理でしょうか?」
「シオリ?」
「シオリさん?」
それを繋ぎ止めようと声を上げたのはシオリであった。
アキラ達の話の内容に嘘はない。
けれど、シオリに気を遣った部分も大きくあっただけに二人は戸惑いを隠せない。
「私には仕える主が居ります。ですから、いつでもアキラ様の傍に居られる訳ではありません。いえ、むしろ傍に居られない時間の方が遥かに多いくらいでしょう」
二人の戸惑いの意味を正しく理解し、シオリはどうしてそのような提案をしたかの理由を述べていく。
「ですが、それではアキラ様は駄目だと思うのです。誰か傍で見ている人が居ないと、どこまでも無茶をしてしまう。そんな気がしてならなくて……」
「別にそんな事――」
「シズカ様。これまではどうでしたか?」
この件に関しては、アキラの言葉は全く信用ならないとばかりに完全に無視して。
実際のところ、どうだったのかとシオリはシズカに訊ねる。
「そうね。装備の全損なんて日常茶飯事だったわ」
「それは、その、いつも言ってますけど、俺から危険に飛び込んだ事はなくてですね――」
「あら。今回は知ってて飛び込んだのよね? しかも生きて帰って来られる自信はないとか言ってなかったかしら?」
「……今回は特別というかですね」
「それを差し引いても普段から危険な目に遭い過ぎね。普通は装備を全部失うような事なんて一回でもあれば多いくらいなのよ? むしろ安全に配慮してそれなんだから、アキラはもっと危機感を持った方がいいわ」
そもそも装備を全損するような事態になった時点で大抵の者は死ぬし、仮に奇跡的に生き残った場合は今まで以上に危険に近付かなくなっていく者がほとんどだろう。
それでも何度死ぬような目に遭っても、変わる事無く当たり前のように上を目指し続ける事自体が異常なのだ。
――特にアルファから依頼を請けているという事情を知らないシズカから見れば、もう十分稼いでいるし、危険な場所に行かずとも稼げるだろうに、更に危険な区域に挑もうとしている理由が解からないから、より危なっかしく見える。
「やはりそうですか……」
シズカの言葉にシオリは予想通りだと言わんばかりに頷く。
前になかった事になった件の話し合いの時に、アキラのハンター歴がそれ程長くない事は聞いていた。
それなのに今では自分以上に強く成長しているのだ。
安全に無難な道を歩んできたのではなく、一歩間違えば死ぬような道程を全力で駆け抜けてきたと想像に難くない。
(それも全てアルファ様とやらの依頼を達成する為なのでしょうが、そんな無茶ばかりさせているアルファ様しか傍に居ない状況など恐ろしくて仕方ありません)
死なれればアルファも困るから、死なせるような可能性は薄いだろうとはシオリだって思う。
けれど、アルファの依頼達成の為だけに危険と隣り合わせに生きるような、そんな殺伐としただけの人生なんて歩んでほしくはない。
「アキラ様。私の事を気遣い、優先してくれるのが嬉しいのは本当です。ですが、私の為に全ての関係を絶ってほしい訳ではありません」
そして、それはそのまま自分との関係にも通じる話。
「私は恋愛とは人生をより幸福にする為の彩りのようなものだと思っています。ですので、私と共に居る為に他の方との関係を犠牲にするというのは本末転倒だと思うのです」
自分の事を想い、自分以外の女性を見ないようにしてくれるというのは確かに嬉しくはある。
けれど、それが酷く歪んだ事であり、その先にアキラの幸せがあるようには、シオリには思えない。
「アキラ様はもう少し、自身の幸せというものをお考え下さい。それこそ自身の幸せの邪魔になるのなら、私の想いなど無視して切り捨ててしまって構わないのですから」
「…………」
シオリの言葉にアキラの表情が戸惑いと悲痛に歪んでいく。
まるで捨てられてしまった事に気付いた子どものように。
「そのような顔をなさらないで下さい。先程も言いましたが、私の事を気に掛けて頂いているのは本当に嬉しいのです。ですがアキラ様の幸せを犠牲にしてまで、私を優先してほしい訳ではないだけですよ」
本当はシオリだって、こんな事は言いたくなかった。
だってアキラは精一杯、アキラなりに考えて必死で自分の気持ちに応えようとしてくれている。
けれど、そんなアキラの不器用な優しさに甘えて、アキラを不幸にしたくはない。
「ですから私の事を思って下さるなら、態度や行動で私だけが他の人と違う特別だと感じさせて下さると嬉しいです」
だから言葉にして伝えなければいけないのだ。
そんな歪んだ付き合い方ではなく、もっと普通の男女としての付き合い方をしていこう、と。
シズカや他の女性全てを切り捨てるような歪な付き合いなんてしなくてもいいのだ、と。
「態度や行動って言われても――」
それがアキラからすれば、他の女性と必要以上に親しくせずシオリ以外とは極力関わり合いにならないようにするという事であり、それを全否定されどうすればいいか戸惑うアキラであったが――
「簡単な話です。そんな回りくどい気遣いなんてせずに、女性として真っ直ぐ私を求めて下さい。私だけがあなたの特別なのだと言葉と身体で教えて下さい」
好きだと言葉で伝え合い、口付けを交わして、身体を重ねる。
それだけでいいのだとシオリはアキラに答えた。
「シオリさんの言葉は、後で二人でよく話し合ってもらうとして――」
言っている事自体は間違いとは言わないが、店先で言う事じゃないとばかりにそこでシズカは口を挟んで話を続けていく。
「確かにシオリさんと恋仲であったとしても、それで他の女性との付き合いを全て絶つというのは、おかしな話だわ。もしかしてサラ達との付き合いも考えていこうとか思っていたのかしら?」
「それは、その――」
助けに来てくれた事への恩返しだけはしたいと思っていた。
それでも恩返しさえ終えてしまえば、必要以上には近付かないよう心掛けるべきだろうと、当たり前のように考えてもいたのも事実。
「確かにこれじゃあシオリさんだって心配にもなるわよね……」
気まずげに視線を逸らすアキラの姿に、シズカは仕方ないとばかりに溜息を吐く。
「解かったわ。装備の件は出来得る限り何とかしてみるから、これからも今までと同じような付き合いを続けていきましょう。シオリさんもそれでいいかしら?」
もう大人だと信じて送り出すには、まだまだ常識知らずで危なっかしい。
だからもう少しだけ見守ろう。
せめてアキラがもう少しだけでも、マシな人付き合いが出来るようになるまで。
「身勝手な私の我儘にお応え頂き、ありがとうございます、シズカ様」
シズカの言葉に安心したようにシオリは頭を下げて礼を告げる。
もし今回自分がアキラと同行していなければ、アキラはシズカだけでなくサラ達とも交友を絶っていたのかもしれないのだ。
(それはあまりにも寂し過ぎます……)
確かに女としては、あまりサラ達との付き合いを歓迎したくはない。
サラもエレナも大なり小なりアキラを好ましく思っているのは間違いなく、それが男女の関係を望むものでないとは言い切れない。
けれど、それを差し引いてもお互いの事を大事にしていた。
それらを全て捨て去ってまで自分との関係を優先しようというのは、それはあまりにも悲しい事だとシオリは思う。
――それでも節度を持った接し方はしてほしくはあるが、少なくとも関係を絶とうとするのは、どう考えたってやり過ぎでしかない。
「アキラ様。確認したいのですが、ちゃんと御自身が後遺症もなく無事に治療を終えたとサラ様達へ報告しましたか?」
「一応する事はしたんだけど――」
「一応では、いけません。御二人は今回、己の身を省みず助けに来て下さったのです。直接御礼に窺うべきです」
「いや、俺もシオリの件と恩は別だしきっちり挨拶に行く予定だったんだけど、何か今忙しいらしくて――」
恩返しさえ終えれば、あまり近付かないようにしようと考えていたのは事実だが、それでも恩返しだけは、きっちり済ませる予定であった。
だが、サラに連絡してもエレナに連絡しても、どこか気まずげな様子で今は少し立て込んでいるから暫く会えないという感じの返答が来るだけなのだ。
これにはアキラも心配していた。
「あー。その、今ちょっと二人は色々あって大変なのよ。シオリさんの件とは関係ない話だから、落ち着くまで待っててあげてくれないかしら?」
原因はエレナがアキラを研究所に売り飛ばそうと考えてしまった件である。
生き残れたら話すという約束通り、エレナは包み隠せず全てをサラに話したのだ。
ここで喧嘩にでもなれば、逆に言いたい事を言い合って和解もすぐに出来たのかもしれない。
だが魔が差して一瞬考えただけで自省していた上に、自分の治療費の為ともなればサラも怒鳴るに怒鳴れず。
エレナはエレナで自分が完全に悪いと思っているだけに、むしろ怒鳴りもしないサラにモヤモヤしてギクシャクしているのだ。
(それで二人して私に愚痴りに来るくらいなら、さっさと仲直りしてほしいんだけどね……)
おまけに今回の件でサラ達は功績を大きく認められ、その報酬でサラの治療費を支払っても余る程の大金を手に入れていた。
サラ達がハンター稼業に精を出していた理由はサラの治療費の為である。
その目的を達成した今、今後どうしていくかを決めなければならないのだが――
そんな状態で決められる訳もなく。
忙しさに気まずさも相まって二人はアキラを少し避けているのであった。
「その、大丈夫なんですか?」
そんな事情を知らないアキラだが、本人達が話してくれないのに無理に事情をシズカから聞き出す訳にもいかない。
本当に何か手助けとかが必要な状況ではないのか、という思いだけを込め短く訊ねる。
「大丈夫よ、心配するような話じゃないから。落ち着いたら二人の方から連絡があるだろうから、その時はしっかり話を聞いてあげて」
おそらくその時は、場合によってはサラ達とアキラの関係はシオリとは関係なく、疎遠になっていくだろう。
それはアキラ達の話であり、シズカに口を出す権利はない。
疎遠になっても、逆にならずに関係が続いていくのであっても、どうか穏やかなものであってほしいという願いをシズカを込めた。
「解かりました」
シズカが心配するなというなら、本当に時間が解決する問題なのだろう。
アキラは納得と共に頷いたところで――
ふと、シオリの方を見る。
「ですから、そこまで私の事を気になさらなくとも大丈夫です。抱き合ったり口付けを交わしたり、一緒に入浴でもするようなら控えて頂きたくは思いますが、ただ仲が良いだけの事に殊更に目くじらを立てる気はありません」
元々、温泉に一緒に入った時は自分に無反応だったのに。
シズカは裸で居る訳でもないのに、女性に向けるような目を見せているような気がして少し不安になってしまっただけなのだ。
(むしろ、それ以上に振り向かせてやると奮起する材料とすべきでした。猛省です)
自戒するように、そこまでしなければ大丈夫だという境界線を示すシオリであったが――
「……解かった。今後はそういう事がないように気を付ける」
「今後は? アキラ様、恋人でもないのに今までそのような付き合い方をしていた方が居られるのですか?」
その割と限界いっぱいまで示したつもりの境界線を、今までは軽々超えていたようなアキラの発言には、さすがに問い詰めずには居られなくなり――
(確かに子どもと思っていたからって何かある度に抱き締めていたのは、あまりよくなかったわね……)
心当たりのあるシズカは、弁明を始めるアキラの後ろで反省しつつも、まるで自分は無関係であるように曖昧な笑顔を浮かべていたのであった。