中立から内側へ 健全版   作:シオリスキー

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恋の終わりは静かに優しく

「アキラさん、姐さん。申し訳ないですが、ボスは席を外しているので暫く待っていてください」

 

 次にアキラ達が向かったのはシェリルの徒党であった。

 

 拠点では大規模な工事が行われていた上に、予定よりも早く着いてしまったからだろう。

 

 事前に連絡していたがシェリルからの出迎えはなく、部下に促されるまま案内された休憩室にてシェリルが来るのを待つ。

 

「……アキラ様、どうして皆様は私の事を姐さんと呼ぶのでしょうか?」

 

 そこでシオリが気になったのは、徒党の子ども達の自分への応対であった。

 

 名前を知られていないのなら、名前を聞くなりアキラさんのお連れの方なり他に呼び方なんて、いくらでもあるだろう。

 

 それなのに出会う子ども達、全てが姐さんと呼んでくるのである。

 

 これは明らかに変であった。

 

「俺に聞かれてもちょっと……」

 

 そもそもアキラは徒党の子ども達に大した興味がない。

 

 幹部連中の顔と名前くらいなら解るが、その顔と名前が一致する幹部連中さえ普段どんな会話をしているのかさえ解からない有様だ。

 

 下っ端が何を考えているかなんて予想する事さえ出来なかった。

 

「あ、アキラ……」

 

「シオリさんも居るじゃない。二人とも無事退院したのね」

 

 知りたいならそこ等辺の子どもを捕まえて訊いて来ようかとアキラが提案しようとした瞬間、休憩室にカツヤ達三人組が入ってきた。

 

 アイリも無言で会釈している。

 

「ああ、お陰様で何とか無事生き残れた。近い内に改めて礼に行くよ」

 

 カツヤ達とは色々あったが、今回の件ではカツヤ達が救出に来てくれなければシオリどころか、アキラだって生きて帰って来る事はなかっただろう。

 

 本心から感謝の言葉を述べるアキラであったが―― 

 

「別にお前を助けに行った訳じゃない。むしろドランカムの仲間を助けてくれたんだ。俺の方から礼を言っとく。ありがとう」

 

 カツヤはお前に感謝される謂れはないとばかりにアキラの感謝を受け取らない。

 

「そういう面倒くさい言い方しないの。ま、言い方はアレだけど気にしないでって事。こっちだって賞金首の時とか色々助けてもらってきたんだもの。持ちつ持たれつって事で、これからも仲良くやっていきましょう」

 

 険悪な雰囲気になる前に、ユミナがすかさずフォローの言葉を入れる。

 

 要はカツヤはカツヤなりに気にするなと言いたいだけだから、怒らないであげてという事だ。

 

「ユミナがそう言うなら仕方ないな」

 

 この程度なら怒る気もないが、これ以上話してたら余計に面倒な事を言い出すかもしれない。

 

 とりあえずユミナの顔を立てるようにして、この話は終わらせようとする。

 

「……なんだ、俺が悪いのか?」

 

「そう。カツヤの態度が全部悪い」

 

 それでもぼやくカツヤだが、アイリにさえ見放され二の句が継げなくなった。

 

「あれ、そういえば警備依頼終わったって聞いたけど何で居るんだ?」

 

 うるさい奴が黙り込んで余裕が出来た瞬間、ふと気になる事が出来た。

 

 三人の様子を見るにアキラやシェリルを訪ねてきた訳ではなさそうだが、それならそもそも何故この徒党に居るのだろうか。

 

「あー、その、ね。実は今回の件ってドランカム本部の指示を無視して、カツヤ達の部隊だけで勝手に出撃しちゃったんだけど、それだけじゃなくてね――」

 

 そこでユミナは事情を説明し始める。

 

 上の待機命令を無視して個人が無断で出撃しただけでも大問題なのだが、部隊規模での命令違反。

 

 おまけに装備の無断使用と言えば聞こえはマシだが、実際には支給されていた装備を私用で使ったとかではなく、倉庫から盗み出しているのだ。

 

 懲罰や追放で済まされる次元は完全に通り越しており、むしろ敵対者としてドランカムから討伐されてもおかしくない行為であった。

 

「それでも都市の幹部に大きな貸しを作れていたなら、逆に今回の件でミズハさんに文句を言える人なんて居なくなる筈だったらしいんだけど……」

 

 これでイナベに大きな貸しを作る事に成功し、都市からドランカムに大きな援助がもたらされるようになっていたのなら、独断専行や装備の集団窃盗なんて些事として扱われ、今回の件の立役者とも言えるミズハはドランカムで確固たる地位を得ていた事だろう。

 

 ところが詐欺紛いの依頼でハンター達を掻き集めようとした件の尻拭いの為、詐欺紛いの依頼の責任は全て、都市の防衛の為だったとはいえドランカムに無理な依頼をしてしまった自分のせいだと公式に発表し、泥を被ってくれたのもイナベなのだ。

 

 間違いなく今回の件で一番得をしたのはイナベであり、ドランカムは貸しを作る事に成功したものの、同時に大きな借りも作ってしまっている。

 

 これでは手放しに援助を求められる状況とは、とても言えない。

 

 ――それでも援助自体は取り付けている。

 

「まあ、それでも失脚同然になったウダジマ? とかいう人との縁は切れて飛ぶ鳥を落とす勢いのイナベっていう幹部との縁を繋げた事を考慮して御咎め無しって事になったんだけど、ミズハさんはそれじゃ納得いかなかったみたいでね……」

 

 ミズハからすれば、それこそ殺される覚悟で危険な橋を渡ったというのに何の成果も得られなかったようなもの。

 

 言ってしまえば骨折り損のくたびれ儲けな訳で、納得なんて出来る訳がない。

 

 そこでイナベと繋がりが深いシェリルとの縁を強化し、あわよくばイナベと直接交流を持つ機会を得られればと画策したミズハが、再び警備依頼にユミナ達を派遣したという事であった。

 

「へー。あのイナベって奴、そんなに偉かったんだな」

 

 アキラとしては難しくてイマイチよく解からない話だったが、とりあえずイナベがユミナ達の立場に関わる可能性もある人間だと、記憶に留めておく。

 

「おい、アキラ……」

 

 そこで会話が途切れた隙を衝くようにカツヤが声を上げる。

 

 けれど、名前を呼んだアキラはなく隣に居るシオリ寄りに視線は向いていた。

 

「その、別にお前が誰と付き合おうとそれはお前の自由だとは思うけど、シェリルさんの事はどうする気だよ……」

 

 本当は他にも色々と言いたい事はあるのだろうが、シオリの手前、自重しているのだろう。

 

 そこが自重出来るくらいなら、そもそもシオリの居ないところで聞けよという話だが、どうもそこまでは我慢出来なかったらしい。

 

「それは――」

 

 普段のアキラなら、お前には関係ない話だと切り捨てていたかもしれない。

 

 けれど、礼は不要だと言われようが今回の件は本当に感謝しており、無下に扱うのも躊躇われる。

 

「僭越ながら、それはアキラ様とシェリル様の問題です。カツヤ様が口を出す事ではありません」

 

 アキラが言葉に詰まる中、今まで聞くに徹していたシオリが口を開いたかと思うと、アキラを庇うように前に出た。

 

 これにはカツヤ以上にアキラが目を丸くする。

 

 ――シオリからすれば今回の件はカツヤだって恩人の一人であり、シオリがそんな相手にこんな不躾な態度を取るのは、あまりに予想外であった。

 

「え、いや、シオリさんだって気にならないのか? その、アキラと付き合ってるなら――」

 

「コラ、止められてるんだから、しつこく言わないの」

 

 尚も話を続けようとするカツヤの耳をユミナが引っ張って止める。

 

 殴り飛ばす程の事でもないが、それでも口で言っても止まらないという判断だろう。

 

「い、イタっ。ちょ、解かった。解かったから離してくれ」

 

「よろしい。全く、シェリルさんに心の底から恨まれるところよ?」

 

 ようやくカツヤが黙り込んだのを見て、ユミナは満足したように耳から手を離す。

 

 ――その光景に、アキラはどこか違和感のようなものを覚えたが、それが何かは解からなかった。

 

「アキラ。カツヤの言った事は本当に気にしないで。カツヤに言われたし、けじめを付けるなんて言ってシェリルさんを突き放すのだけは止めてあげてね」

 

(え、駄目なのか?)

 

 シェリルから想いを寄せていると告げられた上に、今回の件でシェリルが自分の全てを賭けてまで助けに来てくれた事で、もうその気持ちを疑ってもいない。

 

 だからこそ、いくらシェリルが好きにするなんて言ってくれていたとしても。

 

 応える気がないのならきっぱりと断り、変な期待を持たせないようにする事こそが最も誠意のある対応なんじゃないかとカツヤの言葉で考え始めていたアキラは、何を言っていいか解らず黙り込む。

 

「確かにシオリさんが居るからシェリルさんと付き合えないって言うなら、それが一番誠実な対応だとは思うわ。けどね、相手が居るからってそれで『はいそうですか』なんて諦められるような軽い気持ちでアキラの事、想ってる訳じゃないわ。それを理解してあげてほしいの」

 

 やっぱりカツヤのせいで変な事を考えていたか、なんて言いたげに眉を顰めながら。

 

 それでもユミナは真っ直ぐにアキラを見詰めたまま、言葉を続けていく。

 

「彼女の想いに応えてあげてって話じゃないわ。ただね、けじめだとか、そういう頭ごなしな理屈で否定する前に彼女の気持ちを正面から受け止めてあげて。そこからはアキラが判断してくれていいから、お願い」

 

「受け止める……」

 

「ええ。ちゃんと話を最後まで聞いてあげるだけでいいの。無理に、とまでは言わないけど……」

 

「いや、解かった。とりあえず話は最後まで聞く事にする」

 

 受け入れる気もないのに話を聞く事に何の意味があるのかは、今のアキラには解らない。

 

 けれど、きっと大事な事なのだろう。

 

 それならば解からないなりに全力を尽くすと約束する。

 

「ふふ、覚悟しておいた方がいいわよ。アナタが思っているよりずっとずっと真剣で、何十倍も大きな想いなんだから」

 

 それこそシオリさんよりも好きになっちゃうかもね、なんてユミナは悪戯っぽく笑う。

 

「どういうつもりでしょうか?」

 

 その態度に違和感のようなものを覚え、シオリは聞かずには居られない。

 

 自分とアキラが付き合う事に何か納得いかない部分があり、別の女と付き合った方がいいという遠回しな抗議でもしているかのように思える言葉だが――

 

 少なくともシオリが知るユミナという人間は、仮に文句があったとしてもこういう当て付けのような事をするタイプではない筈だ。

 

「ごめんなさい。シオリさんの事は嫌いじゃないけど、シェリルさんは友達なの。だったら友達の恋路を応援したいじゃない」

 

 間違いなくユミナの本心からの言葉ではある。

 

 けれど、それだけではない。

 

 これはユミナからアキラとシオリ、二人に向けた遠回しな、それでも確かなメッセージ。

 

 自分はアキラとシェリルとの恋を応援する友人だ。

 

 それ以上でも、それ以下の関係でもないという、かつてアキラから想いを向けられていた女としての決別の言葉。

 

「……解かりました。ご配慮痛み入ります」

 

 アキラとユミナが話している場面を、今までほとんど見た事がなく今の今まで気付かなかったシオリであったが、ユミナの態度で何となく事情を察した。

 

 これはある種のユミナからの気遣いであり、感謝こそすれ怒るのは筋違いの話なのだと。

 

「何の事?」

 

 全てを察し、だからこそユミナは白を切る。

 

 自分は何も知らないし気付いてない、ただ友人の横恋慕を無責任に応援する馬鹿女だとでも言いたげに。 

 

「……アナタは私よりも、ずっと大人なのですね」

 

「慣れの問題かしら? 鈍くて節操無しの傍に長年居ると自然とね」

 

 年齢の問題というよりは恋をしていた時間の長さと密度の問題なのだろう。

 

 この年齢でこれだけの気遣いが出来るようになってしまう程に、気苦労の多い相手を思い続けてきた結果であった。

 

「…………」

 

 アキラとカツヤの二人は黙り込み、シオリ達の様子を見守る事しか出来なかった。

 

 シオリ達のやり取りの意味がほとんど解からなかった事もある。

 

 けれど、それ以上に。

 

 決して声を荒げたりしている訳でもないのに、何故か口を挟めない凄みのようなものを二人の間に感じて。

 

「女同士の話です。お気になさらないで下さい」

 

 気圧されているようなアキラを気遣うように、シオリがそれだけを口にする。

 

 一から十まで説明して会話の意味を解からせるなんて、それこそユミナの気遣いを無駄にするようなもの。

 

 これはシオリだけが解かっていればいい話だ。

 

「女同士の話って……。アイリ、会話の意味解かったか?」

 

「カツヤが馬鹿だって事」

 

「……何か今日、俺への当たり酷くないか?」

 

「気のせい」

 

 その辺の機微を一切理解せず、無粋な言葉を投げ掛けたカツヤをアイリが言葉で詰り――

 

 ユミナは無言で呆れたように視線を向ける。

 

「すみません、遅くなりました」

 

 そこで休憩室にシェリルがやってきた。

 

 相当に急いで来たらしく、額には汗が滲んでいる。

 

「じゃあまたね、アキラ」

 

「ちょ、待っ、ユミナ?」

 

 ミズハの思惑を考えれば、シェリルに挨拶をするなりした方がいいのだろう。

 

 解っていながら、あえてユミナはアキラにだけ別れの挨拶を告げると、シェリルと話さなくていいのかと言いたげなカツヤを連れ、逃げるようにして休憩室を出ていく。

 

(邪魔者はなるべく早く退散した方がいいものね……)

 

 それがアキラの友人であり、シェリルの恋を応援しているユミナとしての当然の行動。

 

 ミズハの思惑なんて知った事ではないのだ。

 

「ああ、またな」

 

 去っていくユミナの背中に、アキラは当然のように友人に対する挨拶を返したのであった。

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