中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「ちょっと今、本部は工事中で間に合わせの部屋しか用意出来ていないのですが、そちらに案内しますね」
アキラ達を先導しながら、シェリルは現状について伝えていく。
今回の件でシェリルの立場は大きく変化し、もはやスラムの一徒党のボスなんて軽いものではなくなってしまった。
それに伴い、防衛等の色々な観点から拠点を急いで大幅改装しなければならなくなったのだ。
そして、この防衛には物理的な襲撃以外のモノも含まれている。
「これからはイナベ含めて都市の関係者と連絡し合う事が増えますからね。ほら、高度な秘匿回線が使える情報端末を支給されたんですけど、建物そのものに盗聴器が仕掛けられていたら何の意味もないじゃないですか」
はっきり言って今までの徒党の情報防衛力は、無いに等しい程のザルであった。
実際、拠点からは既にいくつもの盗聴器が発見されており、それはシェリルの私室ですら例外ではなかった。
――勿論、アルファは気付いていたがシェリルの動きを追うのに便利だった上に、アキラに実害が起きそうなら対処しようと放置していただけであり。
情報工作担当のヴィオラに至っては、むしろ仕掛けた側である。
「あー、そういえば今度から都市の依頼とか事後処理は全部シェリルが担当してくれるようになったんだったな」
「はい。これからは交渉関係の面倒事は全て任せて下さい」
病院でのイナベとの話し合いで決まった事の一つに、極力ではあるが都市とアキラとの直接交渉を避け、何かある場合は一旦シェリルを経由してから話を通すというものがある。
これはシェリルの知らないところでアキラが危険な目に遭ってほしくないだとか、今回みたいな事態に陥った時にアキラの動向を把握していれば助力に向かいやすいという面こそあるものの、一番の理由はアキラの交渉力のなさを考慮しての事だ。
今までのアキラと都市の交渉内容を、イナベから聞かされたシェリルは愕然とした。
借金を背負わされるとか半ば脅しに近いような状況が多かったとはいえ、基本的にはアキラが都市側に貸しを作っているような状況だというのに、ほとんど報酬の引き上げもせずに言いなりになってしまっている。
いくら強くなっても、いや、むしろ力が強くなればなるほど都合が良い駒と思われ都市や企業の食い物にされていくのは目に見えている。
そこでシェリルは、アキラに関わる全ての交渉を受け持つ事にしたのだ。
それこそ自分が最もアキラの助けになれる方法だという確信があったから。
「……悪い、忙しかったよな。今回の件の礼とか今後の事とか相談したかったから、出来るだけ早く会おうと思ったんだけど、もう少し落ち着いてから連絡すればよかったな」
今になってアキラは気付く。
自分との交渉役を引き受けただけでなく、結局シェリルはイナベからスラムの統治さえ任されてしまったのだ。
やらなきゃならない事なんてそれこそ山のようにあるだろうし、きっと寝る間も惜しいくらい忙しい筈。
「そこは一切気にしないで下さい。愛する人と会えるんです。むしろ疲れなんて吹っ飛びますから、予定なんて無理やりだって空けてみせますよ」
「……」
心配するアキラの言葉に返ってきたのは満面の笑顔と、それに負けないようなとびきりの愛を示す言葉。
隣にシオリが居る事なんて目に見えてないかのような熱烈な主張に、さしものアキラも絶句するしかない。
「ですのでまた予定より早く到着しそうな事があったら早めに連絡して頂けると嬉しいです。アキラと過ごせる時間、少しでも増やしたいですし」
そんなアキラの態度など、どこ吹く風と言わんばかりに気にした様子も見せず、シェリルは二人を先導するように歩き始める。
程なくして連れて来られたのは倉庫であった。
エリオを中心に武装した子ども達が集まっている。
「エリオ。伝えていた通り、今から私達は、とてもとても大事な話し合いをするの。解かってるわね?」
「ああ、解かってる。誰も近付けさせない。どうしても無視出来ない相手が来るなら、情報端末で連絡する」
「お願いね。それじゃあ手筈通り、下がらせて」
短いやり取りと共に倉庫を守るように集まっていた子ども達が散開していく。
けれど、どうやら倉庫自体の守りを解く訳ではないらしい。
倉庫内の会話が聞こえない距離まで離れただけで、まるで包囲でもするように取り囲んでいく。
「すみません。今はここくらいしか場所がなくて……」
武装した子ども達に取り囲まれた状態だが、そんなものいくら集まったところでアキラやシオリの脅威になる訳もなく二人は気にも留めない。
シェリルも同じ認識らしく、部下達が取り囲んでいる事への説明は一切せずに二人を倉庫へと誘う。
「これは――」
倉庫の中は広さと端の方に荷物が積み上げられている事さえ省けば、居住スペースを思わせる装いであった。
机もあれば椅子も用意してあるし、極め付けと言わんばかりに、それなりの値段がしそうな大きなベッドまで置いてある。
――そして奥には簡易シャワーまで設置されていた。
「本部の工事が終わるまでの仮の応接室兼私の部屋みたいなものです。飲み物くらいなら用意出来ますけど、どうします?」
「あ、ああ。貰うよ」
さっきからシェリルは自分にしか話し掛けてない気がする。
もしかして本当にシオリの事が見えてないのか、それとも意図的に無視しているのかとアキラが考え始めた時だった。
「シオリさんも何か飲みますか? 安物でよければ紅茶とコーヒーを用意出来ますが――」
「では紅茶を頂きます」
普通に会話を交わし始める二人の姿に、アキラは密かに安堵する。
いくらアキラが恋愛関係に疎いとはいえ、それでもシェリルがシオリの事をよく思わない事くらいは理解出来るし。
シオリだってシェリルに何か思うところがあるかもしれないくらいには思っていた。
おまけに出会い頭にシェリルが変な事を言ったし、揉めるんじゃないかと心配していただけに、むしろ双方穏やかな雰囲気で話す姿は完全に予想外でしかなく、やっぱりまだ俺は恋愛の事なんて解っていないんだな、なんて気楽に考えていた。
(……あの女、思ったより動じないわね。生来の性格? それとも他の女に何を言われたって気にならないくらい、アキラの心を掴んでいる自信がある?)
だが、それは甘過ぎるにも程がある考えだ。
シェリルは飲み物を用意しながらも、内心ではアキラとシオリの親密度を推し量り、自身との戦力差を冷静に比べ、今後の方針を決めようと高速で頭を働かせている。
(アキラも随分と気を許しているみたいだし、これは思っていた以上に厳しい状況ね。もっと強引に行くくらいじゃないと割り込む事さえ難しいかしら?)
最初の愛する人と会える云々の発言だって確かに本音ではあるものの、シオリの反応を確認する意味合いも大きい言わば探りや牽制の色合いが強く――
アキラの手前、表面上は笑顔を見せていただけ。
もしアキラが居なければ、胸だけの年増が調子に乗ってんじゃないわよくらい言っていたかもしれない。
――容姿ならば胸以外は将来性を含め、完璧に自分の勝ちだとは思っていた。
(まあ見た目なんてあんまり意味ないんでしょうけれどね……)
けれど、アキラと出会ってもう随分と経つシェリルには解っている。
アキラが自分の傍に居てほしい女性に求めるものの中で、見た目の比重はそれ程大きくはない事くらい。
解かっていても尚、比べずに居られない。
現状では一歩や二歩どころではない程に、差を付けられてしまっている自覚があるシェリルなりの意地のようなもの。
何もかも負けているとは思いたくないのだ。
「どうぞ。砂糖とミルクは好みで入れて下さい」
丁寧な仕草でアキラとシオリの前に飲み物を提供するシェリルであったが――
「何か?」
僅かにシオリの視線が揺れたのに気付いて、何か粗相でもしましたかとでも言いたげな様子で確認する。
「いえ、お気になさらず……」
粗相どころか、訓練されたもののように動きは丁寧で文句の付けようもない。
おまけにボス自ら客人に給仕を行っている時点で、最大限もてなしてくれていると判断すべきだろう。
それとは別にシオリとしては、どうしても見逃せない要素があったのだ。
(当たり前のようにアキラ様の好みを知っておられるのですね……)
シオリの前に出された紅茶はストレートであり、横に砂糖とミルクが添えられているだけ。
一方、アキラの前に出されたのはミルクの入ったコーヒーだ。
目視では解からないが、おそらく砂糖も混入されているだろう。
(なるほどね……)
その僅かな反応だけで、シェリルはアキラとシオリの関係性を予測し修正する。
シェリルの方が好みを知っている事が気に障り、それを口に出して指摘出来ないくらいには劣等感のようなものを覚えている。
という事は、普段の付き合いはそこまで深くはない筈。
おそらく何かの切欠で急接近しただけで、積み重ねの果てに作られた関係ではない。
(私にも巻き返しの機会は十分ありそうね……)
希望的観測でなく、心からの確信を得てシェリルは笑みを深くする一方で――
(こうして見ると随分と印象が違います……)
シオリもシェリルと自分を見比べており、表情にこそ出していないが内心穏やかではなかった。
それは主にシェリルの容姿が大きな理由であった。
元々、アキラの事を調べた時に資料で姿は確認していたし、意識こそ朦朧としていたが荒野で会話も少しはしている。
だから容姿が優れている事自体は理解していたし、そこに関しての驚きは少ない。
(私よりも遥かにアキラ様に相応しく見えてしまいますね……)
けれど、実際にアキラと並んで歩く姿を見てしまうと、自分とアキラが隣に並んでいる時に比べて随分と収まりがいいというか、自然な絵面に見えて劣等感を覚えずには居られなかった。
――実際はアキラシェリルが並んで歩いた場合、どこかの御令嬢と護衛に雇われたハンターにしか見えないので、パッと見で恋人同士に見えない度合いなら互角といったところだろう。
(出会った頃に比べればアキラ様も随分と大人びてきたと思っていたのですけどね……)
身長も伸びて随分と精悍な雰囲気になったし、共に戦った時の姿には頼もしさすら感じていた。
けれど、こうして見るとまだ大人の男とは言い難い。
やはり自分とは随分と年齢が離れているのだなと自覚してしまう。
(頑張らないといけませんね……)
だが、それで自信を失くして身を引くようならそもそも告白などしないし。
やり過ぎだと思うくらいアキラは自分の気持ちに応えようと頑張ってくれているのだ。
その気持ちを疑うような不安を覚えるのではなく、むしろ絶対に譲ってなるものかと気持ちを強くする。
(それにしても――)
荒野で話した時は、ある種の近寄り難さを覚える程の風格を持っていたように見えたが、今の姿は完全に年相応の可愛らしい少女だ。
先程、部下に指示をしていた時は荒野で会った時の印象に近かったから、この姿はアキラの前で見せるものなのだろう。
(やはり私も、あれくらい愛想良く振る舞った方がアキラ様も喜んでくれるのでしょうか?)
これ程まで真っ直ぐに好意を示されれば、いくらアキラでも悪い気はしないようにシオリは思う。
勿論、シオリはシオリなりに想いを伝える努力はしているが、どうにも堅苦しい感は否めない。
シェリルを見習って、もう少し可愛らしく出来ないものかと考えたところで、ふと自分の服装に目が向く。
世間的にどう見えるかは置いといて、仕事着であり普段着のようなものだ。
愛想良く振る舞うとか以前に、二人で出掛けようという時に着てくるものではないだろう。
(……やはり他の服で来るべきでしたか)
家に呼ばれたという期待から下着だけは、入念に選んできてはいたが――
アキラの事だし、やはり単純に内密な話があるだけの可能性を考慮し、浮かれた格好をするのもどうかと普段通りのメイド服で来てしまった事を再び後悔するシオリであった。