中立から内側へ 健全版   作:シオリスキー

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二十四章 邪魔者無しでしたい事
邪魔者無しでしたい事


「ここがアキラ様の……」

 

 シェリルの徒党を後にし、僅かな寄り道を経て二人が向かったのはアキラの自宅であった。

 

 部屋の中に招き入れられたシオリは、部屋を軽く見渡して表情を歪めてしまう。

 

(これが人の暮らしている部屋だと言うのですか……)

 

 シオリが普段過ごしている場所とは、あらゆる面で比べるまでもない。

 

 入院して暫く部屋を空けていた事を差し引いても、あまり部屋の掃除をする方ではないらしく部屋の節々には埃が積もっているし、広さに関しては比べる事さえ意味がない程だ。

 

 けれど、それ自体はシオリだって十分に予測していた事だし、言い方は悪いが別に豪華さ等は最初から望んでいない。

 

 アキラの部屋に招かれたというだけで嬉しさと緊張が入り乱れる思いであり、驚いているのは全く別の理由だ。

 

(何もないではないですか……)

 

 住むに困らない程度の家具は一通り揃っている。

 

 けれど、それ等は購入者の趣味が伺えない無個性の物しかなく、契約した時の備え付けられていた品をそのまま使っているだけだという事が、シオリには見て取るように解かった。

 

(嗜好品や娯楽に使うお金がない訳じゃないでしょうに、これではあまりにも……)

 

 部屋というものは、住んでいる者の縮図のようなもの。

 

 見る者が見れば一見するだけでも趣味や性格、大事にしている事などが多少は判断出来るものなのだが――

 

 この部屋から読み取れる事なんて、精々が雨風を凌げて誰の邪魔も入らず眠れる場所で十分に満足していそうだという事くらいだろう。

 

(同情するのは失礼な事だと解っていますが――)

 

 いつ死ぬかも解からない何も持たなかったスラムの子どもが、アルファの力を借りたとはいえ、この年齢で家を借りる程まで成り上がったのだ。

 

 その努力と成果は称賛されるべきものである事は、シオリにだって解っているのだが――

 

 それでも何かが悲しくて寂しくて仕方なくて。

 

 きっとアキラから話があると事前に言われていなければ、アキラを抱き締めずには居られなかっただろう。

 

「シオリには物足りない場所だとは思うけど、そこは我慢してくれると嬉しい」

 

 シオリの態度を、アキラは自分の部屋が想像以上に貧相でガッカリしているのだろうと解釈した。

 

 恰好からして裕福な場所と縁があるのだろうし、シュテリアーナで食事した時も随分と慣れた様子だった。

 

 普段からそういう場所で過ごしているのだろうし、自分の家なんて比べるのも烏滸がましいだろうという納得感しかない。

 

「いえ、物足りないとかそういう事ではないのですが……」

 

「そうか。それなら嬉しい。俺が手に入れた中では結構、大事な物だからさ」

 

 シオリなら自分に嘘なんて吐かない筈だ。

 

 だから何か別の事が気になったのだろうとアキラは判断し、言葉を濁す以上は言い難い話なのだろうと、この話を終わらせる。

 

「それで話したい事なんだけどさ、ここじゃ少しアレな内容でな。ちょっと準備もあるし、荷物を置いたら一階の格納庫まで来てくれるか?」

 

「……はい、解かりました」

 

 アキラの事だから、本当にただ邪魔が入らない場所として自宅に呼んだのでは、という覚悟くらいはシオリもしていたし、色っぽい話でない事くらい想定していたが――

 

 それでもわざわざ格納庫で話したいというのは完全に予想外である。

 

(……もしや壊した刀の代わりになる武器でも見せようとしているのでしょうか?)

 

 今までのハンター稼業で集めていた装備をズラっと並べ、壊した刀の代わりに好きなのを持っていってくれ、なんて言い始めるアキラの姿を想像したシオリは、本当にありそうだとばかりに不安と困惑で表情を歪めてしまう。

 

 いくら色っぽい話でない可能性を想定していても自宅に呼ばれた以上は、どうしても女として期待せずには居られなかっただけにショックは隠せない。

 

(いえ、仮にそうだったとしても今日は一日付き合う約束なのです。まだ時間はある事ですし、いくらでも機会はあります)

 

 とはいえ、相手はアキラなのだ。

 

 むしろ今日は想定以上に雰囲気がよかったから驚いただけで、変な話、こういう対応の方が想像していた雰囲気に近いと思い直し、砕けそうになっていた意気を上げる。

 

「ああ、それと冷蔵庫とかは好きに使ってくれ。買ってきた食材が入らなかったら、保存食しか入れてないから外に出しておいてくれて大丈夫だ」

 

 百面相のようにコロコロと表情を変えるシオリに、アキラは思い出したようにそれだけ告げると――

 

「準備が出来たら連絡するから、俺の情報端末を見ていてくれ」

 

 情報端末をシオリに渡して、演習場代わりにも使っている格納庫へと向かう。

 

 歩き慣れた階段を降り、見慣れた光景がアキラの眼前に広がっている筈なのに。

 

 何度も何度もアルファと訓練を続けてきた筈のその場所が、不思議と今は初めて訪れた場所のようにアキラの目に映った。

 

『アルファ』

 

 今日になって初めてアルファを呼ぶ。

 

 今まで一度もアルファとの会話がなかったのは偶然ではない。

 

 自分が呼び出すまでは余程の緊急事態以外は黙っていてくれと、予めアキラが頼んでいたからだ。

 

『何かしら?』

 

 理解出来ない交渉の解説を頼むでもなく、嘘を吐かれているかの判断を任せる事もせず。

 

 全てが終わった後に今更呼び出すアキラに不満や疑問を挟む事もせず、アルファは何事もなかったように普段通り用件を促す。

 

『今だけでいいからアルファとの会話をシオリに伝えたい。俺の情報端末にアルファとの会話を表示させる事は出来るか?』

 

『出来るわよ』

 

『それじゃあやってくれ』

 

『解かったわ』

 

 断られないにしても、理由くらいは聞かれると予想していたアキラだったが、アルファは疑問の一つも挟まず即答する。

 

『これでシオリの見ている情報端末に表示されるようになったわ』

 

『そうか。じゃあシオリに準備が出来たと伝えてくれ』

 

『アキラが準備が出来たから来てほしいそうよ』

 

 手元に情報端末がないアキラには、実際にはどういう風に表示されているかは全く解からない。

 

 それでもアルファが表示したというからには表示してくれているだろうと無理やり信じ込み、黙ってシオリが来るのを待つ。

 

「来たか」

 

 時間にして数秒。

 

 けれど、アキラには数分にも感じる時間が過ぎた後、シオリが格納庫へとやってくる。

 

「なるほど。アルファ様の話をする為に、他に誰も居ない場所を求めていたのですね……」

 

 格納庫に入るなり声を掛けてきたアキラにシオリが僅かに訝しむ。

 

 シオリはまだ入口に立った状態でしかないが、アキラは格納庫のほとんど中心に居る。

 

 話をするには随分と遠い距離だ。

 

「……ああ、そうだ。アルファの言葉はそっちの情報端末に表示されるようにしてもらってるから、そっちを確認してくれ」

 

(……やっぱりシオリは凄いな)

 

 アルファを紹介するだけなら、別に格納庫に移動する必要なんてない。

 

 そこに何かしらの意図や思惑がある事くらい、シオリだって気付いていただろうに――

 

 護身用のブレードを部屋に置いてきてくれた事に、どれだけ自分がシオリから信用されているのかをアキラは深く実感した。

 

「……」

 

 覚悟を決めるようにアキラは目を瞑り、深呼吸する。

 

 そして、手に持っていた銃を無造作に構えた。

 

「アキラ様?」

 

 突然の行動にシオリの口から戸惑いの声が漏れる。

 

 アキラの恰好は出掛けた時のままであり、強化服を着ていれば銃だって持っている。

 

 それでもシオリは全く警戒なんてしていなかった。

 

 アキラが何もないのに自分に銃を向ける筈がないと信じていたし、それでも向ける事があるならば、どうしても向けなければいけない理由があるのだろうと思い、撃ち殺される事になっても受け入れていただろう。

 

 だから、戸惑いの声はアキラが自分に銃を向けたから発せられたものではない。

 

 そもそもアキラは、シオリに銃など向けていないのだから。

 

「おそらくそこにアルファ様とやらが居られるとは思うのですが……」

 

 シオリの戸惑いの理由は、アキラがシオリではなく虚空、おそらくアルファに向けて銃を構えていたからであり――

 

 この行動の意味が全く理解出来なかっただけの話。

 

「シオリを殺そうとしたな、アルファ」 

 

 状況を理解出来ないシオリを置き去りに。

 

 アキラの確信に満ちた糾弾の声が、格納庫内へと響き渡った。

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