中立から内側へ 健全版   作:シオリスキー

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女狐達の化かし合い

(スラムのガキ風情が! よくもこの私を今まで騙してくれたわね!)

 

 ミズハは内心の怒りを必死で抑え込み、表向きは普段通りの表情を装いながら、シェリル達との交渉の席へと向かっていた。

 

「ミズハさん。警備の補填についての交渉なら、わざわざ俺達まで同行しなくても……」

 

 傍に控えるのはカツヤとユミナだ。

 

 普段ならシェリルに会えると喜び勇むカツヤも、警備失敗の謝罪ともいう場に赴くには躊躇いを隠せず――

 

(この手の交渉の場に私達を連れていくなんて変ね?)

 

 ユミナは、自分達が呼ばれた事そのものに疑問を抱いていた。

 

「警備失敗の報告をしたのはユミナだし、現場を指揮していたのはカツヤでしょう? そういうものだと思って諦めて」

 

 カツヤ達に答えつつも、ミズハの頭を占めるのはヴィオラから買った情報だ。

 

(写真越しでだって見れば解るわ! あんな、おもちゃみたいな安物のペンダントに喜んでる女が、どこかの令嬢の訳がない!)

 

 それは数枚のシェリルの写真であった。

 

 中でも記憶に残っているのが、シェリルが一〇〇〇オーラムもしないであろう安物のペンダントを、嬉しそうな様子で眺めている物である。

 

 その写真がミズハの印象を決定付けていた。

 

(大方、あの服はカツラギとかいう商人辺りが取引相手を騙す為に仕立てた物ね。やってくれるじゃない……)

 

 

 他に渡された写真もミズハの予想を裏付けるようなものばかりであった。

 遺物を加工した服とは比べ物にならないみすぼらしい恰好をした姿もあれば、ホットサンド屋であくせく働いている様子を写した物もあった。

 

(アレのどこが御嬢様よ! あんなのに騙されていた自分が恥ずかしいわ!)

 

 ミズハは自分が優れた人間だと思っている。

 

 特に権力争いを生き抜き、今の地位を手に入れた情報戦の強さこそが最大の誇りであったのだが――

 

 その自分が小娘如きに騙されたという事実は、本人が思う以上に自尊心を大きく傷付けられ怒りになっていた。

 

(眼にもの見せてくれるわ!)

 

 シェリル達と会合する予定の部屋に辿り着くなり、ノックもせずに扉を開ける。

 

 スラムの住人如きがよくも騙してくれたわね、なんて怒鳴り付けようとするミズハであったが――

 

(この女がどうしてここに!)

 

 部屋に入った瞬間、想定外の人間の姿を見付けて驚きに固まった。

 

「私も遺物販売店に協力してるのよ。邪魔をするつもりはないから気にしないで頂戴」

 

 ヴィオラだ。

 ミズハに情報を売り付けたヴィオラが、シェリルの後ろに立っていたのだ。

 

(どういう事?)

 

 怒りを疑問が塗り潰していく。

 

 遺物販売店を繁盛させたいのなら、むしろシェリルがスラムの住人だという事は隠すべきではないのか。

 

(いえ、そうやって混乱している人間を見て楽しむ事が好きな女だったわね。気にする必要なんてないわ)

 

 僅かに悩むミズハであったが、結局は自分の考えに間違いがないと結論付けた。

 ヴィオラの事は一旦忘れ、交渉の席に着く。

 

「今回の警備失敗の件ですが、ドランカムの方からの補償は無効となりました」

 

 出鼻を挫かれたものの、それでミズハの怒りが消えた訳でもない。

 

 本来ならば謝罪などを交えながら話すであろう内容を、一方的にシェリル達へと叩き付けた。

 

「無効、ですか?」

 

 態度も失礼なら、内容は喧嘩を売っているようなもの。

 

 怒鳴り返してもおかしくない状況にありながら、シェリルは上品な御嬢様といった態度を崩す事無く、ミズハに確認を求める。

 

「はい。こちらからの補償は一切なしです。返金もありません」

 

 二回も言わなければ解らないのか?

 口調こそ丁寧ではあるもののミズハの態度には強い嘲りが、はっきりと浮かんでいた。

 

「待ってください! こっちは金だってちゃんと払ってるんですよ。そんな一方的な契約の反故なんて認められる訳ないでしょう!」

 

 それに答えたのはシェリルでなくカツラギだ。

 

 余所行きの商人の顔を保ちつつ、それでも納得出来ない怒りから強い口調でミズハを責め立てる。

 

 本来ならばドランカムの方で、ある程度の補償が行われる筈だった。

 それを含めた警備依頼であったし、代金の支払いも済んでいる。

 

 明確な契約違反であった。

 

(誰がスラムの住人の抗議なんか、真面に取り合うもんですか)

 

 けれど、ミズハは独断でそれらを全て打ち切っていた。

 

 スラムの子ども如きに自分が手玉に取られていた。

 その怒りが越権行為にまで手を染めさせていたのだった。

 

「こちらも補償したいのは山々なのですが、身元も解らないスラムの方が関わっていると解った途端、組織の対応が急に変わりまして……」

 

 口調こそ丁寧であるものの、ミズハは頭を下げようともしない。

 

 もうこっちはお前達の正体を知っている。

 付き合うのはこれまでだ。

 

 どんな言葉よりも雄弁に、ミズハの態度がその意思を物語っていた。

 

「ミズハさん、どうにかならないのか?」

 

 そんなミズハの態度に気付きもせず、カツヤが詰め寄るものの――

 

「上の決定でどうしようもないのよ」

 

 なんて嘯いて、軽くあしらう。

 

(急に何があったのかしら?)

 

 無理やり警備にねじ込もうとしてまで関係を持とうとしていた今までとは、打って変わったミズハの態度の豹変ぶりに、ユミナは疑問を挟まずには居られない。

 

(シェリルさん達を疑っているって事? どこを? 何で?)

 

 ユミナの目から見る限り、シェリルはどこをどう見ても良いところの御嬢様だ。

 

 高級そうな服装だってそうだし、佇まいも上品そのもの。

 過去にカツヤの悩みを解決してくれた手腕からは相当な教養だって感じられた。

 

(何か誤解してるんじゃないかしら?) 

 

 今だって相当に失礼な態度をミズハから向けられているにも関わらず、怒るどころか気品のある態度を崩さず静かにミズハの話を聞いている。

 

(やっぱ何か勘違いじゃない? この人、ちょっと思い込み激しそうだし、強引なトコとかあるからなあ……)

 

 ユミナとしてはミズハへの信用の方が低かった。

 

 警備の謝罪を一緒にするでもなく、こんな一方的な話をする為に無理やり連れて来られた事も、ミズハへの不信に一役買っていた。

 

(さすがに、これくらいではぼろを出さないわね……)

 

 ミズハがあえて失礼な態度を解り易く示すには理由があった。

 怒りがそれだけ深い面もあるが、大部分はシェリルの化けの皮を剥ぐのが目的である。

 

(カツヤがこのガキに好意を抱いているとはいえ、それは良いトコの御嬢様だと勘違いしているから。正体さえ暴ければその熱も冷めるだろうと思っていたけど、手強いわね)

 

 理想としては、ミズハの態度にシェリルが上品ぶった皮を破り捨てスラムの住人らしい野蛮さをむき出しにする。

 

 それが無理でもドランカムが契約違反と取られてもおかしくない、相当に失礼な対応をしてしまったと見せ付けて、カツヤ達に気まずさを持たせ近寄り難くさせれば十分だった。

 

(下手に言葉で近寄るななんて言ったら、カツヤは逆に燃え上がって私の知らない場所で会おうとするに決まってるもの)

 

 けれど、負い目があればプライドが邪魔して近寄り難くなる。

 ミズハはそう判断していた。

 

「これはもう決定事項です。力及ばず申し訳ないとは思いますが……」

 

 これ以上は付き合う気もないとばかりに、ミズハは話を切り上げようとする。

 

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