中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「シオリ。殺されそうになったんだから、恨むのは当然だと思う」
何も言わず表情さえ動かないまま固まっているアルファを不思議に思いつつ、そこでアキラは言葉を区切ると――
銃を下ろすと共に強化服のエネルギーパックを外し、今もアルファの方を睨み付けたままのシオリへと向き合う。
「けど、見てのとおりというか見えてないだろうから何て言えばいいのか解からないけど、俺達からアルファに何かする事は出来ないし、そもそも俺がアルファから信用されてなかったのが原因なんだ。だから恨みとかは全部、俺にぶつけてくれ。それがアルファの力借りて良い思いしてきた人間の責任だと思うから」
都合のいい時だけアルファの恩恵を受けておきながら、都合が悪くなった途端にアルファが勝手にやったから関係ないなんて事は、アキラにはどうしたって許容出来ない。
だから、アルファがやった事の後始末は全部引き受ける覚悟があったし。
それ以上に、アキラは身勝手な理由で誰かを踏み躙る奴が許せない。
それこそ一度見殺しにしようとしたサラ達を助けるだなんて建前を用意してまで、踏み躙る者達を殺さずには居られない程に。
その対象が自分達に代わったからって、その想いは変わらない。
もしシオリが自分の命で償いを求めるというのなら。
殺されても仕方ないと本心から思っていた。
――それが格納庫なんかに呼び出されても、武器も持たずに来てくれたシオリにアキラが返せる最大の誠意でもあった。
「……その事で怒っている訳ではありません」
何の予告もなく殺され掛けていた事を知らされたのだ。
シオリとしても思うところは色々あるが――
そもそもアキラが来てくれなければシオリは死んでいたし、それはアルファに関しても同じ。
アルファの助力がなければ、アキラ諸共死んでいただけの話でしかなく、どうせ生殺与奪の権利はアルファが握っていたのは変わらない。
色々な思惑の果てとはいえ、生き残れただけマシだろうくらいにしか思わなかった。
「これは、その、女としての嫉妬と八つ当たりのようなものです」
シオリの怒りの理由は、どれだけアキラに信用されているのか。
アルファが全く自覚していなかった事であった。
拡張現実でしかなく実体のないアルファに、アキラやシオリは干渉する事は出来ない。
だが、強化服を着ているアキラにアルファから干渉出来る事を、シオリはアキラから聞いていた。
(それでもアキラ様は、あえて防護服に着替えず強化服のままアルファ様を糾弾した……)
それは契約者であるアキラをアルファが害する事が出来ないと高を括っていたからではない。
アルファにそこまでさせたのはアキラ自身の落ち度だと自覚した上で、それでアルファに殺されるなら自業自得だと覚悟し――
その判決をアルファに委ねる気だったからこそ、あえて強化服を着たままにしていた事がシオリには解かる。
――何故なら、シオリだってアキラに同じような想いを抱いていたからこそ、格納庫などという戦いに向いた場所に呼び出されたのを解かった上で、あえて武装を部屋に置いてきたのだから。
(アキラ様が人のような扱いしているだけで、高度な機械のプログラムのような存在でしかないというのでしたら、怒るだけ無駄な話なのでしょうが……)
受け答えこそ高度に出来るのであったとしても、それでも感情も何も理解出来ない事務的なプログラムのような存在である可能性は、あるだろう。
それが解かっていて、いや、その可能性があるからこそシオリはどうしでもアルファが許せなかった。
何故なら――
(色々な恩があるのは解っていますが、それでもそんな女の方が私よりも大事なのですか?)
今回の行動でアキラがシオリよりもアルファの方を優先しているのが、解かってしまったから。
強化服を着ていればアルファに操られる可能性があり、着ているアキラ自身を害する事どころか、殺す事さえ容易に出来るだろう。
だが、普通に考えれば依頼達成の邪魔になるからシオリを殺そうとしていたのだから、もう隠す必要もなくなったとばかりに、アキラを操りシオリに襲い掛かる可能性の方が遥かに高い事くらい誰だって解る。
事実、アキラだって気付いていたからこそ、二人で話すには遠い距離で会話を始めたのだ。
もしアルファが強化服を操りシオリを襲ったとしても、どれだけ不意討ちであっても回避し逃げ出せるくらいの距離を保つ為に。
「し、嫉妬? その辺はよく解からないけど、その、殺され掛かった事とかで何か言いたい事とかはないのか?」
そして、アルファがアキラとシオリにも何もしないと判断してから、強化服のエネルギーパックを外した。
次はアルファでなく、シオリに審判を委ねる為に。
アキラが意識しているかまでは解からないが、少なくともシオリはアルファの次という扱いであった。
「その件に関しては、そもそもアキラ様が来なければ死んでいた身です。何もないと言えば嘘になりますが、その件について、あえて何かを言うほどの事でもありません」
シオリは嫉妬心を抑え、努めて冷静にアキラに告げる。
アルファの次でしかないとはいえ、それでも無防備な姿を晒してくれる程に信頼してもらっているのは事実。
恩がある上にハンター稼業を続けてきた相棒の次ならば、付き合いの長さを考えれば上々の筈だと自分に言い聞かせる。
「ですが、訊きたい事ならばあります」
「当然だろうな。何でも聞いてくれ」
「今日、私と過ごして下さったのはアルファ様の不始末への詫びのようなものでしかなかったのですか?」
思い返すまでもなく、今日のアキラはらしくなかった。
必要以上に気を遣い、必死で女として自分を扱ってくれていたようにシオリは思う。
その理由が申し訳なさだけならば、怒りはないものの――
ただただ悲しかった。
「それは違う!」
アルファの事を聞かれると思っていたのだろう。
一瞬、何を言われているか解からないという顔をしたアキラだが、我に返ると同時に即座に否定する。
「そういう気持ちが全くなかったのかって言われれば俺だって解からないし、こういうの初めてで慣れてなくて、色々変な事をしていたんだろうとは思う」
申し訳なさを抱いていたのは事実だし、それがどこまで作用されていたかなんてアキラ本人にだって解からない。
「けど、その――」
「はい」
「本気で好きな女以外に、今日みたいな事は言わないし、しない」
添えられた手を握り返し。
シズカには女として意識している相手だと紹介し。
もし色仕掛けをされてもシオリが居るからと答えると宣言した。
少なくともその時の気持ちに嘘はなかった、とアキラは断言出来た。
「解かりました、信じます」
(アルファ様との関係は、もしかしたら私やレイナ様に近いもので、男女のそれとは違うのかもしれませんね……)
あるいは、気付けないくらいに近過ぎるだけなのかもしれないとシオリは思う。
けれど、これ以上その事を追及する気もなければ、嫉妬の気持ちだって既にない。
その理由は一つ。
(……全く、自身の事ながら呆れるくらいに現金なものです)
初めて、アキラの口から自分の事を好きだと言ってくれた。
今までだってアキラはアキラなりに精一杯、言葉でも行動でも好意を示してくれていた。
それでもそういう相手だとか、意識しているという曖昧な言葉ばかりで、はっきりと好きだと口に出してくれた事は一度だってなかったが――
どこか遠回しで不器用ながら、初めて口にしてくれたのだ。
(本気で好きな女、ですか。そこは真っ直ぐに愛してるくらいは告げてほしかったところではありますが――)
心の中だけで駄目出しめいた言葉を思うシオリだが、それは単にそうしていなければ冷静で居られないだけの話。
本当は何度も思い返す程に嬉しくて。
今すぐにでもアキラを抱き締めたい気持ちであったが――
「アキラ様。これは純粋な疑問なのですが……」
そうやって全ての思考を放棄してアキラを求めるのは、まだ早い。
看過出来ない事が一つ残っている。
「渡された情報端末にアルファ様との会話が表示されるという話でしたが、契約を破棄したいのかという問い掛け以降、何も表示されていないのですが、どうなっているのでしょう?」