中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「いや、それが何かその時から固まったまま動かなくて……」
アルファとは、もうそれなりの付き合いになると思っているアキラであったが、今回みたいな姿を見るのは初めてだった。
姿勢どころか表情まで完全に固まったまま。
立体映像というか立体画像にでもなってしまったとでも、言いたくなるような状態である。
『アルファ? おい、アルファ!』
シオリとの会話中は何の反応も示さなかったところから、念話の方が効果があるだろうと考え何度も強く呼び掛けてみた。
もう少しでアルファの名前を呼ぶのが十回に届きそうになったところで――
『えっと、その、契約は継続という事でいいのかしら?』
ようやくアルファから反応が返ってきたものの、声は普段通りだが表情が全く変わらないというか、口さえ動いておらず。
何かトラブルでも起きているようにしか思えない。
「ああ、それなんだけどさ。契約内容の変更って出来るのか?」
とはいえ、元々口などを動かす意味などないのだ。
会話自体は普通に出来ているのだし、続くようなら気にした方がいいかもしれないが、一時的なものの可能性も否めないので気にせず話を続けていく。
『内容次第ね。今回の件の迷惑料として私からの依頼は帳消しだけど、サポートだけは継続とかいう内容なら無理だとは先に伝えておくわ』
「ああ。そういう意味なら真逆の内容だから安心してくれ」
本当に何か一時的な問題だったのだろう。
表情や仕草も、そこに実際に存在している人間にしか思えないくらい豊かで自然になった事に安心しつつアキラは話を続けていく。
「もうこれからはサポートは一切しないでくれて大丈夫だ。強化服の補助とかだけじゃなくて、助言とかも一切要らない」
『それは契約を破棄したいという意味にしか聞こえないのだけれど?』
どう聞いても、もうお前の助けなんて要らない。
だから契約は破棄するという意味にしか、アルファには思えなかった。
「えーと、何て言えばいいんだろうな。もうアルファからは前払いで色々してもらってるじゃないか」
『ええ、そうね。随分と貢献してきたと自負しているわ。これ程役立つサポートが出来る相手なんて、世界中探したってそう見つかるものではないわよ?』
「俺も異論はないよ。アルファ以上のサポートが出来る奴なんて、世界中探せば他にも居るって言われたら逆に驚くし」
『だったら――』
「もう依頼料としては十分というか貰い過ぎなんだよ。今でも返せるかなんて解からないのに、これ以上ってなるともう無理だ」
アルファに出会わなければ自分は初めて遺跡に向かった時に、野垂れ死んでいただけだろうし、それがここまで成り上がれたのは全てアルファのお陰だと本気でアキラは思っている。
ただ野垂れ死ぬだけだった人生を、ここまで変えて貰えたのだ。
どれだけ困難な遺跡を指定されたって、仮にそれで死んだところでお釣りが来るくらいに。
「だから俺がアルファの指定している遺跡を踏破出来そうな感じになったら声を掛けてくれ。そうしたら、すぐにでも遺跡に挑むからさ」
これ以上アルファに貸しを作る訳には、いかない。
そんな貸しなんてなくても依頼達成出来るように頑張るから、契約内容を変えてくれるようにアキラは願う。
「ああ、何か凄い高額な遺物もくれるみたいな話もしてたけど、それも要らない。さっきも言ったけど、今で十分貰い過ぎていて俺には重過ぎる」
『……その契約内容では、アキラが死ぬような状況でも私は助けられないわよ。アキラに死なれたら私が困るんだし、いざとなったら助けるだろうなんて甘い事を期待してるなら無駄よ』
「解かってる。けど、まあ、それで死んだらアレだ。これだけ報酬を前払いしてもらっておいて悪いけど、見込み違いだったと思って諦めてくれ」
ばつが悪そうに告げるアキラの真意を推し量ろうと、アルファはじっと見詰める。
義体でもなければ、そもそも騙し合いなんて出来ない人間だ。
すぐに本心から言っている事がアルファには解かった。
(どういう事?)
だからこそ、アルファには理解出来ない。
自分という高性能サポートを失いたくない、いや、そこまでいかなくても便利で都合がよかったからこそ、無茶な指示にも従い、危険にも耐え忍んできたのではなかったのか。
もうサポートも要らないというのなら、今回の件で信用出来なくなったから契約を破棄するとでも言えば、アルファ側に問題があったのだから前払いを踏み倒しても仕方ないと言い訳だって出来る。
それなのに、サポートを失ってでも遺跡は攻略する?
高級な遺物の受け取りさえ拒否して?
(あまりにも不合理で非効率――)
それでアキラに何の得があるというのか。
どれだけ演算を繰り返しても、納得の出来る答えが出て来ない。
「解からないでしょう? だから私はあなたが憎い程に嫌いなのです」
そんなアルファに侮蔑の意志を隠しもせず、吐き捨てるようにシオリの声が響く。
先程の射殺すような視線に比べればマシといえばマシなものの。
ゴミでも見るような視線をアルファの方に向けている。
――尤も、今でもシオリにはアルファの姿なんて髪の毛一本見えていないが。
『あなたには解かると言うのかしら?』
アキラに関するデータ量なら、ずっと傍に居た自分の方が遥かに持っている。
その上で演算能力に関しては比べるまでもない。
そんな自分でさえ解からないものが、シオリに解かる訳がないだろうとばかりに訊ねるアルファだが――
「解かりますよ。私でなくともアキラ様を慕う方なら、大体の方は解かるでしょうね」
むしろ人としては大して興味がないカナエですら、予測出来そうなものですと付け加えて、シオリは話は続ける。
「アキラ様はアナタに受けた恩を返そうとしているだけです。最初からアナタの力を利用しようなんて考えは持っていないのですよ」
「いや、前払いで報酬受け取ってるんだから、依頼をこなすのは当然の話で――」
「アキラ様。申し訳ありませんが、暫く黙っていて頂けますか?」
「……はい」
自分はそんな高尚な人間ではないとばかりに口を挟むアキラを、問答無用の勢いで黙らせて更にシオリは話を続けていく。
「先程から話を聞いていれば、サポート欲しさに協力していたような物言いに、他に大事な相手が出来たから依頼を破棄されそうだと思っただの、アナタは一体アキラ様の何を見てきたのです?」
心底、アルファという存在が気に食わなかった。
誰よりもアキラの傍に居た癖にアキラの事なんて何一つ理解もしていなければ、信用の一つもせず利益で縛り操ろうとしていた事も。
それなのに自分よりアキラに優先されている事も。
「この方が、そんな解かり易い思考で動いている訳がないでしょう。アナタのサポートを受け入れ、無茶な要望に応え続けたのも、それが依頼達成の一番の近道だと信じていただけでしょうに」
姿が見えない事も気に入らない。
言葉以外に干渉する術がないのも気に入らない。
ちゃんと顔を見て、お前なんかアキラの傍に居るのに相応しくないと宣言したかった。
「生きている限り、アキラ様はアナタへの恩を返す為に戦い続けますよ。アキラ様にとって恩や約束、契約というのはそれだけ重要なもの。余計な心配などせず、アナタはアキラ様を信じていれば、それだけでよかったのです」
自分の方が何十倍もアキラを理解してるのに。
こんな依頼達成の道具にしか見てない存在なんて比べ物にならないくらい愛しているのに。
二番目以降でしかないのが、シオリには心底悔しくて憎らしかった。