中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
(ただ恩を返したいから戦い続ける? 約束や契約を守る為だけに見返りもなしに?)
そんな人間居る訳ないだろうとアルファは思う。
けれど――
(いえ、思えば確かに兆候は随時にあった……)
例えばキバヤシとの出会いとなった、モンスターの群れからの救援依頼。
請けた切欠自体は、サラとエレナを助けたかったからだったのは間違いないだろう。
けれど、それならサラやエレナが居ないと解った時点で意味などないのだから無駄な危険を冒さずに撤退すればよかっただけの話。
(それでも自分で請け負った依頼だから、最後まで戦い続けた……)
例えばシェリルを守るという約束。
見返りなんて貰ってないのに等しい状態だったし、未来でも回収を期待出来るかと言えば望み薄だっただろうに。
それでも手が空いている限りは、何かのついでではなく、誘拐犯達を追い掛けてでも助けに向かっていた。
(あれもシェリルに何か思うところがあった訳じゃなく、ただ守るという約束を破らないようにしていただけだった?)
あまりに不合理。
論理も損得勘定も何もあったものではないが――
(そもそもアキラがそんな解かり易い人間なら、とっくに理解出来ていた筈……)
そこでどういう得があるのか、なんて真面な考え方を当て嵌めようとするのが間違いなのだ。
全く利益を求めていない訳ではないし、タダ働きや無駄を嫌っている節は強くある。
けれど、それらの優先順位は低い傾向にあり、利益や効率どころか己の命さえも軽視するパターンが度々あった。
その度に過去の検体データと照らし合わせ、それでも答えを出せなかったアルファだが――
(答えなんて出る訳ない。だって過去のサンプルはあくまでアキラとは違う人間。その中に当て嵌めて答えを探ろうというのが、そもそもの間違いだったんだわ……)
例外中の例外相手に過去のサンプルデータなど、いくら集めたところで無駄。
大多数の予測から外れた思考で行動を取り続ける。
それが例外というものなのだから。
「大方、私の救出を阻止しようとした際も私を助けるならもう協力なんてしない、なんて馬鹿な言い方でもしたのでしょう? そんな脅すような真似などせず、真摯に頼み込んでさえいれば、この方は私を見捨ててでもアナタを選んでいたでしょうね」
思考を重ね続けるアルファに、尚も不機嫌さを隠しもせずシオリが投げ掛けてきた言葉。
その言葉を受け、今の推論を踏まえた上で改めてアキラがシオリの救出に向かった時の事を再計算し、導き出された答えは――
(失敗した……)
シオリの言う通り。
これからはもうサポートなんてしないという脅しめいた言葉ではなく。
素直に頼み込んでさえいれば、自分の依頼を優先する為にシオリを見捨ててくれた可能性は低くはなかったし――
どれだけシオリと仲良くなったところで、生きている限りアキラが依頼を破棄する事なんて有り得ない。
余計な事なんてせず、ただアキラなら依頼を達成してくれると信じるだけでよかったのだと、今更になってアルファは気付いた。
『私が悪かったわ。契約内容も相談しましょう? だからお願い、アキラ。考え直して……』
「依頼達成の為にアルファなりに考えた結果だろ。疑われるような事をした俺の問題だ」
アルファの謝罪に答えるアキラの声にも表情にも怒りは微塵もない。
女に現を抜かして私の依頼を疎かにするなら看過出来ないとアルファから前もって宣言されており、先にアルファを裏切るような事をしたのはアキラの方なのだ。
それで自分に怒る筋合いなんてないどころか、そこまでしなきゃ依頼を投げ出すなんて思われるような自分の責任だと本気で思っているのだから。
『その件で私はシオリを殺そうとしたわ。それで相殺で今まで通りという事に――』
「……今度は何を企んでる?」
言い換えれば、そこまでしなきゃならない程にアルファには信用されてなかったという事。
そんな人間にアルファみたいな凄い奴が頭を下げてまで執着するなんて、悪巧みしている以外に有り得ないというのがアキラの感覚なのだ。
『企んでなんか――』
「だって俺に付きっきりでサポートしてもアルファに得なんてないじゃないか。いつ依頼を破棄するか解からない奴に張り付いているより、そいつのサポートしていた時間を使って、新しい奴を探すとかも出来るだろう?」
これがアキラの事を理解し難かった最大の理由だとアルファは思う。
アキラ自身は利益や効率なんて度外視しがちな癖して、自分に関わってくる相手に関しては非常にシビアなまでに損得勘定を基準とした考え方をするのだ。
それこそ何の利益もなく自分に関わってくる人間は、全て自分を騙そうとしている奴だ、とまで考える程に。
「新しい奴が見付かったからって俺の方の依頼の破棄だってしなくていい。裏切るかどうか解からなくて監視が必要だっていうなら解かるけど、それなら監視するだけでサポートまでは要らないだろ?」
(……マズイわ)
当たり前のように告げるアキラの視線に、アルファは今回の失敗の重さを知る。
アキラの自分を見る目に、今まであった親近感というものが欠けていた。
もはや今のアキラにとって自分は、何もなかったスラムの子どもを成り上がらせた恩人でもなければ、信用出来る相棒でもなく――
ただ報酬を前払いした依頼人であり、裏切るならいつでも切り捨てられるだけの存在に成り下がってしまった事に気付いてしまう。
(かろうじて敵とまでは思われてない……)
今までの恩や貸しがあり、事前に女に現を抜かすようなら看過出来ないと言っていたお陰で何とか敵対扱いにこそなっていないものの――
今や自分の評価は報酬を前払いしてもらっただけの厄介な依頼人程度であり、親愛の程度はキバヤシと似たようなものでしかないのだろう。
(どうすれば……)
怒っていたのなら、機嫌をどうにか出来れば関係は修復出来たのかもしれない。
だが、事態はそれより遥かに深刻。
アルファの事は信用出来なくなった。
けど前払いで既に報酬は貰っているから契約を破棄する訳にもいかない。
だから契約内容を変更しようという冷静な判断から持ち掛けられた取引であり、元の関係に戻るには失った信用を取り戻すしかないのだが――
(アキラの信用を取り戻す手段?)
そんな方法はアルファの持つ膨大なデータをどれだけ漁り、高度な演算を駆使しても出て来る訳がなかった。
「どうしてそんなにサポートに拘るんだ? サポートなしだと遺跡攻略出来るような力が付くまで時間が掛かり過ぎるとか、そういう感じの理由なら、それに関しては元々期限なんて設定してなかったんだ。悪いけど――」
『そうじゃないのよ。このままだと近い内に確実にアキラは死んでしまうの』
そこでアルファは現状の説明を始めていく。
イナベの言う通り、ウダジマは間違いなくアキラを狙っており既に動いている。
失脚同然の身とはいえ、まだ完全に失脚した訳ではない。
都市の幹部であるウダジマに抗えるだけの力は今のアキラにはなく、近い内にアキラは死ぬ事になるだろうとアルファは告げた。
「……そうか。アルファがそう言うんなら、きっとそうなるんだろうな」
アキラは疑う事もなく、アルファの言葉を受け入れる。
自分の命はアルファの依頼に関わる事だ。
そこに嘘はないだろう事は今だって信じていた。
けれど――
「全力で足掻くつもりではあるけど、そうなったら悪い。さっきも言ったけど見込み違いだったと思って諦めてくれ」
それなら死にたくないし、サポートしてくれなんて口が裂けても言わないのがアキラという人間なのである。
ようやくアルファも理解し始めたからこそ、一番最初にウダジマの件を告げなかったのだ。
それでは死にたくないなら引き続き契約しろという脅しにしか聞こえないし、そう判断されれば今度こそアキラから敵と思われるかもしれないのだから。
『もうシオリには、いいえ、アキラと交友関係がある人間にはアキラが指示するまでは絶対に危害を加えない。約束するわ』
必死でアルファは乞い願う。
どれだけ効果が薄いと解っていても諦める事なんて出来る訳がない。
『私は人間に嘘は吐けないし、私の方から契約は絶対に破れないの。だから他にも条件があるなら教えて。可能な限り考慮もする。だからお願い、考え直して……』
アキラこそが自分の求めていた契約者。
依頼を完遂してくれる可能性が非常に高い個体であり、絶対に手放してはいけない相手だと、シオリの言葉でようやく確信出来たから。
「悪い、アルファ。俺にはその言葉が嘘かどうか解からないんだ」
けれど、アキラにはアルファの言葉が真実かどうか見抜く能力なんてない。
それでも確信を持てる事なんて、アルファは自身の依頼を達成する為ならば何だってするだろうという事くらいであり、どれだけ自分を騙したって驚きはしないし、知り合いくらい平気で傷付けるだろうという事くらい。
そんな相手に強化服の制御を預け、自分を好き放題に動かしていい許可を与える気なんて今更起きる訳がなかった。