中立から内側へ 健全版   作:シオリスキー

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二十五章 信じる果て
信じる果て


「それでは本題に入りましょうか」

 

「本題?」

 

 アルファとの契約更新の手続きが終わるなり、当然のように放たれたシオリの言葉にアキラは全く心当たりがないとばかりに首を傾げた。

 

「アキラ様。本日の件、私は非常に不本意な内容だったと思っています」

 

「解かってる。殺され掛かったのに――」

 

「それは本日の件ではありません。アキラ様の自宅に招いて頂いた件です」

 

「えっと……」

 

 シオリが何を言っているのか、アキラには全く解からない。

 

 アルファの話を誰にも聞かれないように話す為に家には招いたのだが、それ以外に何か案件があったのだろうかと思考を働かせる。

 

「女が想いを伝えた殿方に自宅に招かれたのです。そこに意味を求めるのは、それ程までに不思議な事ですか?」

 

「あ、いや、その――」

 

 こんな事を女の口から言わせないでほしいと言いたげに放たれた言葉に、ようやくアキラはシオリが何を言いたいのかを把握する。

 

(ああ、そうだよな。普通で考えたらそういう事だよな……)

 

 指摘されるまで微塵も気付いていなかった。

 

 確かに自分はシオリから想いを告げられており、逢引きというには微妙な内容ではあったが、一日一緒に回る中でそういう相手だと意識していると受け入れる言葉を何度も返している。

 

「……不思議じゃない。俺がそういうのに疎かっただけで、シオリが正しい。悪かった」

 

 その果てに自宅に招かれて、関係の進展を求める事に何もおかしい事なんてなくて。

 

 アキラはただ、自分の非常識さを謝る事しか出来ない。

 

「申し訳ありません。あまりに意識してもらえていないようなので、少し意地悪をしました。アキラ様がそういう人なのを解かっていて好きになったのは私ですから、お気になさらず」

 

「シオリは何も悪くないよ」

 

 自分が期待し過ぎただけだから気にしないでくれという、ある意味では相当に失礼な言葉ではあるが、アキラもシオリも気にしない。

 

 それが自分達二人の関係の形なのだと無自覚に、お互い感じていたから。

 

「アキラ様。これが何か解りますか?」

 

 無造作にシオリがある物を取り出して、アキラの眼前に差し出す。

 

「何か特殊な回復薬か?」

 

 全く見覚えのない物だが、アキラの記憶の中で一番近い物を挙げるなら回復薬に似ている。

 

 おそらく死に掛けた件を教訓に、今度から毒を除去出来るタイプの回復薬も持ち歩くようにしたのだろうと考えるアキラであったが――

 

「いいえ、避妊薬です」

 

「えっと……」

 

 全く想定していない言葉が返ってきて、暫し言葉の意味を考える。

 

「性交渉をした時に妊娠を防止する為の薬です。男性用と女性用両方用意してあり、どちらも特に副作用などは確認されておりません」

 

 ヒニンヤクってどういう意味だっけとアキラが思考を働かせ、答えを出すよりも早く。

 

 その薬の効能を誤解のしようもない程の言葉でシオリが答えた。

 

「ムードの欠片もない言葉なのは、お許し下さい。ですが、こうでも言わないと私がそういう覚悟、いえ、そういう期待をした上で来たのだと認識して貰えないかと思いまして……」

 

「……本当に悪い」

 

 実際、ここまで明確に言われなければアキラも単に告白の返事を求められているまでしか思い至らなかっただろう。

 

 シオリ自身も言いたくて言った訳ではなく、自分の鈍さや非常識さが原因なのは明白で、アキラは再び謝るしかない。

 

「謝罪は不要です。それよりも、どうしてここまで誘っているのにアキラ様は私を抱こうとしないのですか?」

 

 問い掛けるシオリだが、責めたい訳でも追い詰めて無理にでも関係を持ちたい訳でもない。

 

 ただ本当に不思議だっただけ。

 

 温泉での反応を見るに性欲がない訳でも興味がない訳でもない筈。

 

 それなのに、私は抱かれたいのですと言ったも同然の言葉を告げたにも関わらず、情欲への期待の色もなければ、逆に戸惑いの色さえもない。

 

 お互いの想いも確認し合えている筈なのに、肉体関係への意識が見えない理由は何なのだろうか。

 

「貸し借りの取引ではありません。前回と違い避妊の用意も万全にしてありますから、子どもが出来てアルファ様の先約を果たせなくなるのではないかという心配も無用ですよ」

 

 シオリ自身は気付いていなかったが、もう以前までと違いそこまで身体の繋がりが欲しいと思っていなかった。

 

 というのも、今までは肉体関係でもなければアキラを繋ぎ止められないのではないかという不安が強かった。

 

 年齢は離れているし、意外とアキラの交友関係に女性は多いし、どれだけ真っ直ぐに誘ってみても靡いてもくれない。

 

 その上でアルファとかいう訳の解からない女が、四六時中ずっと傍に居る事まで知らされたのでは不安になるのも当然だろう。

 

 けれど、先程のアキラとアルファとのやり取りを見た事で、その不安は大きく解消されていた。

 

 本人の自覚の有る無しは置いておくなら、かつてのアキラの一番はアルファだっただろうとシオリは確信している。

 

 けれど、それは『かつて』の話。

 

 先程、アルファを優先したのはシオリよりも大事な存在だったからではなく、アキラの中では情愛よりも恩や契約というモノの方が優先順位が高いだけ。

 

 少なくとも今の一番はアルファではないのは確実であり。

 

 もしかしたら今だけは自分が一番、アキラの中で想われている女なのではないかという意識が、シオリの中に大きな余裕を生んでいた。

 

「……怖いんだ」

 

「怖い、ですか?」

 

「ああ。色々ある気がするけど、多分一番近い言い方だとそれだ」

 

 どこか穏やかさすら感じるシオリの雰囲気。

 

 それに自分を好きだと真っ直ぐに言ってくれる相手に隠し事をしたくないという想いが、アキラに心情を吐露させていく。

 

「多分シオリが思ってるより、ずっと俺はシオリの事が大事なんだと思う。これで身体の繋がりまで持ったら、どうなるのか解からなくて怖い」

 

「はい」

 

「温泉で口付けされただけで訳解からない気持ち良くて、これ以上の事とかしたらシオリの事そういう目でしか見れなくなるんじゃないかって、今のシオリへの気持ちとか全部変わってしまうんじゃないかってのも怖い」

 

「はい」

 

「…………」

 

 そこで迷いを見せるようにアキラの目が揺れる。

 

 続きを促すでも無く、ただ静かにアキラが続きを話してくれるのをシオリは待った。

 

「そういう事をした後で裏切られるのが一番怖い」

 

 シオリの事を信じていないように聞こえるから言いたくなかったのだろう。

 

 それでもアキラは誤魔化す事無く、言葉を連ねていく。

 

「今、裏切られるんなら別に問題ないんだ。裏切るだけの理由があれば仕方なかったと思うだろうし、なかったら付き合わなくなるだけだろうからさ」

 

 そして、敵対するならば殺すのだろう。

 

 それが自分という人間で、そこは何があっても変わらないと無意識にアキラは思っていた。

 

「けど、シオリとこれ以上の関係になったら、自分がどうするのか解からなくて怖い」

 

「裏切られる事自体が怖い訳ではないのですね……」

 

「そこはもう慣れてるんだろうな。気付いた時から裏切られてばっかりだし、アルファの事だって裏切られたって言っていいのか解からないけど、そこまで辛くはなかったから」

 

 アルファに一切信用されてなかった事は確かに結構なショックではあったものの、怒る程でも泣きたい程でもなかった。

 

 ――どうせ裏切るだろうからと無意識に思っていたから、裏切られる事自体への恐怖は薄いのだろう。

 

「けど、それはさ。恋人でも何でもない相手だったからだと思う。本当に大事な相手に裏切られた時にどうなるのか、俺は知らないんだ」

 

 それが変わろうとしていた。

 

 信じて付き合う以上、裏切られたのなら容赦出来ないかもしれない。

 

 あるいは逆に、敵対した時にどうしても殺せなくなるかもしれない。

 

 善意には善意を、悪意には悪意を。

 

 そして敵対する者には死を。

 

 ある意味では誰にでも公平で中立に接してきたアキラの特別。

 

 そんなものに本当になりたい奴なんて居るのだろうか。

 

「裏切らないでほしいとは思ってるし、裏切らないって信じたいとは思ってるんだけどな」

 

 もしここまで言って近付いてきてくれる奇特な奴が居るのなら、その想いに精一杯、自分で出来る限りは頑張ってみる。

 

 それがアキラに出来る精一杯の返答であり――

 

 誰かを信じられるような真っ当な人間になりたいという願い。

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