中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
(……本当に、どうしたらそこまで純粋で居られるのでしょうね)
要するに好き合う者同士で肉体関係を結ぶのならば、その関係は永遠であってほしい。
全力で想いに応えるつもりではあるけど、裏切った時は殺される覚悟をしていてくれという、言葉にすればそれだけで――
言葉通りの行動を現実にする人間が言えば、果てしなく重い誓い。
(覚悟が足りないのは私の方だったのかもしれませんね……)
アキラの中には付き合う以上、心変わりして別れるなんて選択肢が最初からない。
本当に好かれているのか、他の女に奪われはしないかなんていう目先の不安に怯えて身体の繋がりだけでも求めていた自分なんかよりも、遥かに未来を見据えた上で踏み込んで来ようとしてくれている事をシオリは思い知らされた。
「……裏切らないという約束は出来兼ねます」
それならば自分も未来を見据え、全ての可能性を考えた上で話をするべきだろう。
その場しのぎの誤魔化しや、今だけの本気でしかない言葉ではなく――
自分の全てを懸けた上での誓いに似た意志と覚悟で。
「もしアナタを裏切らなければ、お嬢様の命や将来に関わるという事態になれば、私はアナタを裏切るだろうと思います。それでアナタと二度と言葉を交わせなくなったとしても、あるいは私自身の手でアナタを殺す事になったとしても、です」
裏切る可能性があるのなら、これでお仕舞いだと言われても、レイナの事だけはどうしても譲れない。
それがどこまでいっても変わらないシオリの根幹であった。
「ああ。そういうのはもう仕方ない。それで裏切るような事になったら、お互い運が悪かったって思おう」
アキラも自分の為にレイナの事を曲げてくれとは思わない。
そもそもシオリの事を凄い人だと思ったのが己自身の命よりも、レイナの事を守ろうとする姿を見た時だったのだ。
そこが始まりであり、その部分が変わってほしくなんてなかった。
「……では逆にアナタに裏切られた場合も、仕方ないと思う事に致します。アナタ自身が自主的に私を裏切る事はないと思いますが、アナタの依頼主等が私やお嬢様の敵対者で、依頼を請け負った後でその事に気付いてしまうという事態があるかもしれませんので」
シオリだって不器用なアキラの優しさと義理堅さを愛した。
そこを曲げてまで、自分の事を優先してほしいなんて思わない。
「……悪い。アルファの事があったばかりなのに、そういう可能性は考えてなかった。その時は遠慮なく見限ってくれて構わない」
二人は裏切りを許容した。
それは裏切られてもいいと思ったからではない。
裏切られるのは心底避けたいが――
自分自身が裏切られてしまう事よりも、自分のせいで相手が変質してしまう事の方が遥かに耐えられないと感じて。
「変な話ですね。想いを確かめようとしたのに、お互い裏切ってもいいだなんて」
「ああ、全くだ」
どちらからでもなく笑い合う。
裏切り傷付け合う未来を想像出来たのに。
それでも嫌いになる未来が想像出来なくて、それをお互い理解し合えている事が嬉しくて。
「アキラ様、アナタが欲しいです」
一時の情欲に侵された訳でも、不安を埋める為でもなく。
自然にシオリの口からアキラを求める言葉が零れ出て――
『――非常に申し訳ないのだけど、緊急事態よ』
その言葉にアキラが返答するよりも早く、アルファの音のない声がアキラに響いた。
「悪い、何か急用みたいだ」
アキラの顔を見ていて情報端末に意識を割いていなかったシオリに、アキラはそれだけ告げると外していたエネルギーパックを装着する。
それでシオリも荒野に居る時のように引き締めつつ、それでも恨むように一度虚空を眺めた後で情報端末に視線を移した。
『タイミングがタイミングだし、信じろと言ったところで信じるとは思わないから言わないわ。アキラの知り合いが命の危機に瀕しているの』
それはシオリが付けた条件の一つ。
もしアキラの知り合いが窮地に陥っており、それを放置して死んだ結果、アキラが何かを感じそうであればアルファが気付いた限りは必ずアキラに確認を取る事。
『ヴィオラにウダジマの部隊が近付いているわ。アキラが干渉しなければ、確実に死ぬような状況ね』
契約に基づき、アルファは状況を説明していく。
今回の事件でドランカムを含め、ウダジマ派閥だった勢力の何割かがイナベ派閥へと鞍替えした。
ここで何もしなければ、更に多くの勢力がイナベ派閥へと流れてしまう。
かといって、既に寝返った勢力に圧力や報復処置を仕掛ける余力を捻り出すのは、追い込まれている今のウダジマには厳しい。
そこで狙われたのが、個人であり単純な戦力という面では大した力を有していないヴィオラであった。
元々ヴィオラはイナベとウダジマ、どちらの味方とも言えない立場だったのだが、今回アキラを助ける為に人型兵器を差し向けた件で、完全にイナベ側に付いてしまったような状況になっている。
これはウダジマからすれば、中立の立場から急に敵に回られたも同然の行為であり、裏切られたと言っても過言ではない。
それならば自分を裏切ればどうなるか、周囲に示そうという話である。
『この見せしめの一番の狙いはアキラよ。イナベに与する気なら、お前も同じ目に遭わせてやるという脅しね。アキラを助けた以上、それなりに関係が深く見えてアキラへの脅しの効果が高いとウダジマが思ったのもヴィオラが狙われた理由の一つよ』
「……愚かな真似を」
無駄に脅すような事さえしなければ、アキラは別にイナベもウダジマの事もどうでもよかっただろうに。
本当に余計な事をするとでも言いたげに、シオリは短く吐き捨てた。
『一度巻き込まれて死にそうな目に逢ったんだし、その借りを返して貰っただけと考えるなら別に助けに行く必要はないと思うわ』
アルファとしては助けようが見捨てようが、どちらでもよかった。
どうせウダジマに喧嘩を売られた時点でアキラはもう止まらないだろうから、ヴィオラの生死の行方自体が本当にどうでもよく――
あくまでシオリの付けた条件に従い、アキラに確認を取る為に情報を伝えただけに過ぎない。
「その件は代わりに遺物販売店を繁盛させるって約束だからな。助けられた借りとは別だ」
けれど、アキラは事情を聞かされて迷う事無く救助を決める。
自分を助けた事が原因で殺され掛かっていると聞かされ、見捨てる事なんて出来ないし――
こういう脅しが自分に有効だと思われたら、また知り合いが狙われるかもしれない。
そうならないように脅しなんて逆効果だと見せ付けなければ、気が済まないのがアキラという人間だ。
「悪い、シオリ。殺され掛けた事もあるんだけど、今回の件じゃ命の恩人なんだ。この件で死なれると寝覚めが悪い」
もしヴィオラが自分と関係ないところで買った恨みで殺されるなら、アキラだって間違いなく放置しただろう。
そして、今更やり直すのもどうかと思いながら、それでもシオリの自分を求める声に返答していた筈だ。
「ええ、解っています」
シオリとしてもアキラがどういう返事をしてくれていたのかは気になったものの、人命が掛かっている上に、人型兵器を戦場に寄こしてくれた相手というのならシオリの命の恩人でもある。
ここで答えを問い詰め、救助を遅らせるような事は出来なかった。
『失脚同然で下っ端も下っ端の部隊しか送ってこれないようではあるけど、腐っても都市の幹部の直轄部隊。準備は万全にしてから行くわよ』
「ああ、解かった」
「……それでは主不在となる家にお邪魔させて頂く訳にもいきませんし、私はこれで失礼させて頂きたく思います」
素早く戦いの支度を始めたアキラに、シオリは一瞬だけ迷いを見せたものの協力の申し出はしなかった。
ここで加勢して、自分までウダジマに目を付けられる事なんてアキラは望まないだろうから。
「アキラ様。アルファ様と共に私の目的へ協力して頂ける約束、くれぐれもお忘れなく」
別れの言葉代わりに告げたのは愛の言葉でもなければ、再会を願う言葉でもなく。
自分を殺し掛けた贖罪がまだ済んでいない事への指摘のみ。
――それこそが一番アキラを奮い立たせ、何をしてでも生き残るという気力へ変えてくれるだろうと確信して。
「ああ。絶対に忘れないよ」
シオリの想いを正しく受け取ったアキラは、申し訳なさと嬉しさの入り交じった顔で頷いて。
次の戦いに向け動き始めた。
自分を愛し、求めてくれた