中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「それで自棄食いっすか。またアキラ少年に実は大食らいの女とか思われるっすよ……」
呆れたようなカナエの声が防壁の内側にある建物、その一室内に響き渡る。
視線の先には三人前くらいの食事を並べ、食べ始めているシオリの姿があった。
「別に自棄食いなんてしてないわよ。これはただ食材が勿体なかっただけで――」
その料理は本来アキラに御馳走する為の物であり、食材の買い出しはアキラに食べたい物を聞きながら選んだのもあってか、肉が中心になっていた。
――シオリが自分の好みで選んでいれば、栄養バランスを考えつつも、甘い物に比率が偏っていただろう。
「別に全く日持ちしない訳じゃないんっすから、全部一回で使い切る必要なんてないじゃないっすか。胃もたれしそうっす……」
カナエもシオリが何かストレスが溜まっている時は、甘い物を多く食べる癖は知っていたのだが、今回のラインナップは肉料理ばかり。
自棄食いの度合いが増す程に、精神的苦痛が溜まっているようにしか思えない。
「だからこれは自棄食いじゃなくて――」
「気持ちは解からなくもないんすよ? 男を落とすなら胃袋からなんて常套手段っすし、家に招かれたんだから手料理で攻めようとしたのに、急用で外されてしまった。しかも知り合いの命に関わる内容となれば、文句も付け難い。行き場のない気持ちを自棄食いで発散させようというのも仕方ないとは思うっす」
カナエは言い訳しなくても解っているとばかりの態度でシオリの言葉を押し留め、話を続けていく。
実際、気持ち自体は解からなくもないのだ。
「だからって、こっちまで自棄食いに付き合わそうとしないでほしいっす。なんで私の方にも馬鹿みたいな量置いてんっすか……」
問題は、自分の目の前にも優に三人前はあろう料理が盛られているという事である。
(いくら年頃の男相手だからって買い過ぎっす。どんだけ、張り切ってたんっすか……)
しかも先程も述べたように、肉料理中心なのだ。
さすがに、げんなりせずには居られない。
「これくらい食べられるでしょう?」
「食べられるのと食べたいは別の話っす。大食い勝負している訳じゃないんっすから、苦しくなるまで食べたくはないっすよ」
というか、本当にシオリは量に疑問を持っていないらしい。
これならアキラに、大食いだと思われるのも仕方ないとカナエは思う。
「そりゃあまあアキラ少年っすからね。一日付き合うって言っても色っぽい雰囲気にならなくて期待外れだったのかもしれないっすが――」
「失礼な事言わないで。まあ、確かに私も色っぽい雰囲気を期待してたって言えば嘘になるけど、彼は彼なりに一生懸命エスコートしてくれて、最後こそ余計な邪魔が入ったせいで残念だったけど、それでもとても楽しい一日だったわ」
シオリだって失礼ながら、アキラだし変に期待し過ぎても駄目だろうと、ハンター向けの店を回って、お勧めの武器を紹介されるみたいな一日を想像していた。
だが、その予想は良い意味で大きく裏切られたし――
今になってシオリは思うのだ。
アキラのあのらしくない態度の一つに、アルファが自分を殺そうとした事を伝えれば嫌われると思い、最後の思い出作りをしたかったという意味合いもあったのではないか、と。
(……本当はああいう何気ない日常こそ、あの人の求めているものなのかもしれませんね……)
なんて繊細な事を考えながら。
シオリは勢いを落とす事無く、用意した料理を平らげていく。
「……それならお嬢も呼べばよかったじゃないっすか。愚痴ならともかく、ちゃんと楽しいデートが出来たならお嬢だって話聞きたい筈っす」
そして、この馬鹿みたいに積み上げられた料理を減らすのを手伝ってほしい。
そんな意図を隠しもせず、カナエはシオリへと提案するが――
「下らない
ただでさえ救出の件から、従者としてあるまじき苦労をレイナに掛け続けているのだ。
これ以上、自分の事で無駄に手を煩わせるなんて有ってはならないとばかりに、シオリはカナエの意見を聞こうともしない。
――ちなみにレイナが居ない理由は、朝帰りする事を視野に入れ二日続けてシオリが休みを取ったからであり。
レイナ自身は防壁の内側から絶対に出ないよう約束し、身の回りの世話が出来るメイドと共に過ごしているからだ。
「……そういう、お嬢を大事にし過ぎて肝心な事を見失うところ、いい加減見直した方がいいと本気で思うっすよ」
そんな言葉で聞き入れて変わるようなら、とっくに直っているとばかりに半ば諦めたようにカナエは呟いて――
(何かこう、さっぱりさせられそうな調味料でも探してきた方がいいっすかね……)
若い男の子が好きそうな脂こってりの肉料理の山をどう食していくかに、思考を切り替えていくのであった。
○ ○
「こちらの試行は破棄された」
真っ白な世界で、少女が非難するような目でアルファを見ている。
今回カツヤがシオリの救出に向かった理由自体は、間違いなくカツヤ自身がシオリやアキラを助けたかったという本人の考えではある。
けれど、その方法のいくつかはアルファからアキラの救援を求められた少女によって誘導されたものであった。
「切欠は私の救援だったのかもしれないけれど、原因の根幹自体は私の個体とは関係ないものでしょう? 予期していた障害に躓いただけ。私に非難される謂れはないわ」
カツヤ自身は意識出来ていないが、カツヤが願っていた事は『助けられないような人間でも助けられる強さを持った人間になる事』。
少女はその願いをサポートという形で叶えていく事で、その対価として自分の目的を手伝わせるつもりであったのだが――
ユミナと一緒に居られなくなるくらいなら、そんな人間になんてなれなくていい。
カツヤが強く意識してしまった事で、無意識に交わされていた口約束とも言えない繋がりは、やはり無意識に破棄されてしまっていた。
「言い分は理解する。それでも救援を請けなければ破棄されない道もあった可能性は否定出来ない」
元々、少女もアルファもユミナが試行を続けていく上で大きな障害になるだろうと危険視していた。
今回の救出戦の中にあっても余力があれば始末するつもりであったし、勝手に自殺紛いの突撃をしようとした時には、そのまま死んでくれと願っていたくらいだ。
だからユミナが原因で契約を破棄された事は確かに危惧した通りになってしまったと言えるのだろうが――
それでもアキラを無理に助けようとさえしてなければと、少女は思考せずには居られない。
「……それはこちらも否定出来ないわ。その可能性を潰してしまった事に非を求めるのなら謝罪しましょう。私の試行の邪魔にならず、権限が許す範囲でそちらの試行に協力するわ」
カツヤの態度から考えるに、遅かれ早かれ契約は破棄されていただろうとはアルファとしても思わなくはない。
けれど、確かに破棄されない可能性だって残されていた。
「謝罪を受け入れよう。それでは協力してもらいたい事がある」
「検討しましょう」
「試行は破棄されてしまったが個体の使用が不可能になった訳ではない。正式な契約の可能性を出来る可能性は十分に残っているし、他の個体の中に契約に値する者も居る」
「契約の補助をしろ、と?」
「そうではない。今までの試行傾向から計算した限り、そちらの個体が近くに居ると不測の事態を招き易い。契約を成功させるまで、活動場所を移してもらいたい」
「期間次第ではあるが可能よ。元々こちらも活動場所を一時的に移動する予定があるわ」
丁度、アキラはウダジマの殺害を企てており、クガマヤマ地域から暫く離れる予定がある。
さすがにずっと離れたままで居る事はアキラは不審がるだろうし、アルファだって困るものの、無理な頼みではなかった。
「了解した。可及的速やかに契約を行うべく、動くとしよう」
今回の件は危惧していた障害に躓いただけ。
敵対する程の事でもなく、落ち度があった事を認め、埋め合わせの話も済んだ。
今までのアルファならば、ここで話を終わらせていただろう。
「……今後の方針に付いて、一つ提案があるわ」
「伺おう」
だが、今のアルファにはここで話を終わらせられない理由がある。
「彼女が演算を乱す大きな要因である事は否定しないわ。けれど、下手に排除を試みた方がより強く制御に影響するという結果も出ているのも間違いない。それならば長期的に制御を乱される事に目を瞑っても、排除は避けるべきではないかしら?」
それは少女がユミナに危害を加える可能性が大きく残っている事。
これを看過したまま、少女がユミナに危害を加えようとしてしまった場合、アルファはそれをアキラに知らせなければならない。
この少女の存在も含めて。
それは出来得る限り避けなければならなかった。
「……検討に値する意見ではあるが、制御を乱す因子は出来るだけ排除すべきだ。その意見は採用出来ない」
「その場合、こちらは敵対せざるを得ない状態に高い確率で陥りかねないわ」
「それは提案を受け入れなければ、敵対するという事か?」
それはもう提案でなく命令や脅しと呼ばれる行為だ。
そんな権限はアルファにはない筈だと思う少女であったが――
「私の個体との契約に触れるのよ。彼女に危害が加わる可能性があるのならば、見過ごせない契約になってしまったの」
アルファは隠す事もなく契約内容が変更された事を少女に告げる。
自分には既に口を出す権限が付加されているのだ、と。
「……契約ならば仕方ない。そのような事態が起きないように善処はしよう」
これで少女は自主的にユミナに手を出し難くなった。
それはアルファの契約であり、こちらには関係ないと答える事も出来なくはなかったが――
その場合、アルファを通してアキラまで敵に回す可能性が非常に高い。
先程も少女は述べていたが、アキラが関わると不測の事態が起きやすい。
計算を狂わされる事を嫌う少女としてはアキラに自分の存在を認知され、干渉される可能性が増える事は極力避けたい事であった。
「こちらも契約に違反しない範囲で善処しましょう」
それはアルファだって同じ事。
ただでさえ依頼遂行の妨げになる事が多い状態で、これ以上の厄介事の種なんて抱え込みたくもない。
「それではよい試行を」
「そちらもよい契約を」
それでも亡霊達は全く諦める兆しを見せず――
試行は続いていく。
これで本編は終了です。
後はナーシャを中心とした小話をやって完結となります。
この中で二十五章に何か言いたい事があれば
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解像度が高い
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展開が上手い
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納得が多かった
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面白かった
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確かにここがシオリとの話の区切りだな
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お預けでシオリ可哀相
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確かにこの理由ならアキラは助けに行くか
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カナエにもっと良い出番を