中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
(こいつはマズイ! このままいけば金だけじゃなく信用問題にまで関わってきやがる!)
カツラギは事態の深刻さに冷や汗を掻いていた。
(天下のドランカムが警備に失敗しときながら、何の補償もせず手を引いたとなれば、世間はドランカムが何か騙されていたと判断するに決まってやがる)
かと言って、契約違反はドランカムの方だとシェリル達が抗議したところで、素性不明のスラムの遺物販売店。
どっちの言葉が信用されるかは火を見るよりも明らかであり――
このまま何の補償もされないままミズハを返してしまえば、遺物販売店は開店前から致命傷を負い潰れているのと変わらない。
「シェリルさん。差し障りない範囲で事情を説明してやってくれませんか?」
危機感からカツラギがそんな事を口にするが、勿論言葉通りの意味ではなかった。
自分も誤魔化すのは手伝う。
だから何とかこの場を乗り切って補償を取り付けてくれ、と遺物販売店の命運をシェリルに託したのだ。
「解りました」
即座にシェリルも意図を理解し、思考を加速させていく。
どこまでバレているのか。
逆にバレてない部分があったとして、どの程度の嘘まで通じるのか。
(駄目。判断材料が少な過ぎる。下手に誤魔化せば、そこから余計に不審に思われる可能性が高いわ)
判断は一瞬。
それ以上は沈黙さえ疑いを助長して不利になるだけだ、とシェリルは即座に口を開く。
「私がスラムで過ごしていた事があるのは事実です。それは否定のしようがない事実であり、身元を疑われるのも仕方ありません」
導き出した答えは、嘘を一切吐かない。
それでいてこの場を誤魔化し切るという荒業であった。
「それはシェリルさんがスラムの住人であるという事でしょうか?」
疑問系のように質問するミズハだが、そこにあるのは確信であり嘲りだ。
「私は人よりも恵まれた環境で生まれ、安定した暮らしをしていました。そして何の疑いもなく、その日々が続くと信じていました」
シェリルはミズハの言葉を肯定も否定もしない。
ただ自分が容姿に恵まれ、シベアという男に気に入られて他のスラム達の子どもに比べれば確かに安定した暮らしをしていたという事実を曖昧かつ端的に告げただけだ。
「けれど、ある日。私は自分の不注意からスラムで一人きりになってしまったのです」
そしてミズハの返答を待たず、同じように事実だけを重ねる。
シベアの傍に居れば生きる分には困らない。
その状況に満足して思考を放棄し、流されるままにアキラを襲ったのは自分の判断ミスでしかなく、あの時、殺されなかったのは本当に運が良かっただけなのだと実感を込めて。
「そこから救い出してくれたのが、アキラというハンターでした」
何もかも失い、アキラからの報復を恐れどこの派閥にも属せなかった自分が頼ったのは、全てを奪ったアキラ本人だった。
「彼は一人きりで死ぬかもしれなかった私に居場所を作ってくれただけでなく、私の命を狙ってきた人達から私の身さえ守ってくれました。しかも、私に気付かれないように、です」
アキラに促されるまま派閥のボスになった直後、シベア達の残党の死体が拠点に転がっていた。
尋ねてもアキラは誤魔化していたが、シジマとの話し合いの時の会話をシェリルは覚えている。
シベアの残党は十人くらい殺したら報復を諦めてくれた、とアキラは言っていた。
拠点付近に転がっていた死体の数が大体それくらいだった。
「彼に少しでいいから恩を返したい。そう思った私は、私の面倒を見てくれている方の知り合いであるカツラギに頼りました」
面倒を見てくれている方というのは、後ろ盾であるアキラの事。
そうでしたよね、シェリルはカツラギに視線を向ける。
「ええ。自分の力で稼いだお金でアキラに恩返しがしたい。相談を受けた当初こそ、そんなに商売は甘くないと断りましたが、シェリルさんの熱意に折れ、私は彼女が立案したホットサンド屋の経営をお手伝いさせて頂きました」
突然の言葉に何の違和感もなくカツラギが返答出来たのは、カツラギ自身が商売人として優れておりアドリブに長けていたのもある。
だが、それ以上にシェリルが何の嘘も吐いてないお陰で、カツラギ自身も嘘や辻褄合わせを考える必要がなかった事が大きかった。
「ですが、知りませんでした。あれほど一生懸命働いたというのに、アキラの数日の稼ぎの十分の一にもならないなんて……」
この事実は本当にシェリルを驚かせた。
「私は焦りました。何の恩返しも出来てないですし、このままではアキラと離れ離れにさせられるかもしれなくて……」
嘘は決して吐かず。
それでいて誤解を促すようにシェリルは言葉を続けていく。
(どういう事? まるで嘘を吐いているようには見えないわ……)
ミズハは迷い始めていた。
疑っていなかった頃ならともかく、それこそ疑いどころか自分を騙しているという確信の目でシェリルを観察している。
それなのにシェリルの言葉にも態度にも、嘘や矛盾を何一つ見付けられないのだ。
(まさか本当にスラムの住人じゃなくて、どこかの令嬢だと言うの?)
自分の目に自信があるからこそ、ミズハの不安は加速していく。
騙されたなんて勝手に思い込んで、自分はトンデモない失敗をしてしまったのではないか、と。
(そういえば情報を持ってきたのは、この女だったわね……)
更に不安を加速させたのが、カツラギと共に何故かシェリルの後ろで控えているヴィオラの存在だ。
(今にして思えば、この女が持ち掛けてきたにしては報酬があまりにも安過ぎたわ)
しかもシェリルがスラム出身だと想像させるような情報しかなかった。
(この女の持ってくる情報が、そんな素直で単純?)
ミズハの不安が一気に膨れ上がる。
「アキラさんと離れ離れにさせられる、とはどういう事でしょうか?」
そこでミズハは質問する事にした。
相手に好き勝手に話をさせては、都合の悪い事を隠されてしまう。
それならば語気が弱く、話し難そうにした部分を掘り下げるように促したのだ。
「アキラと一緒に居たい、と面倒を見てくれている方へお願いしていたのです。けれど、その方は殺して荒野に捨てると……」
「それは穏やかではありませんね」
表情を曇らせたシェリルの姿に、言葉とは裏腹にミズハの意気が上がった。
(家出か気まぐれでスラムに足を運んだ御嬢様が誘拐なり人身売買にでも巻き込まれて命の危険に晒される。そこを助けたのが、あのアキラとかいうハンター……)
というのも、ミズハはシェリルの話をお金持ちの世間知らずな御嬢様の恋物語と解釈し始めており――
(娘がハンター如きと一緒に居たいと言い出し困った親が、貧乏の辛さや世間の厳しさを解らせようと知り合いの商人の伝手を使って働かせてみたけど、それでも娘は諦めてくれず、それならハンターの方を排除しようとしたって事ね)
親に反対されているならば、どうせ大した事は出来ない。
むしろ下手に協力してしまうと親の反感を買ってしまうだけ。
シェリルとの取引を警戒した自分の勘は、やはり正しかったのだと思い始めていたからだ。
(まあそうだろうな。俺が親だったら、あんな奴とシェリルさんの恋なんて絶対認めない)
(アキラも、やる事は結構やってるのね)
そしてカツヤやユミナもミズハと似たような解釈をしており、事情を知っているカツラギとヴィオラ以外は全員騙されていた。
「何とか認めてもらおうと私は必死で頼み込みました。認めてもらえるなら何でもする。本気でそう思っていました」
嘘一つ吐かず事情を知らない全員を騙し切る。
それだけの偉業を成し遂げながら、それでもシェリルは嘘を交えずに話を続けていく。
当然だ。
そもそも今になって急に疑われた理由が解らない。
油断なんて出来る訳もなかった。
「そうして提供されたのが、今回の遺物でした。私の判断で売ってお金に換えてみろ、期待している。初めて前向きな言葉を頂いたのです」
「そ、それは遺物販売を成功させれば、アキラさんとの仲を認めるという事でしょうか?」
逆に、ほっと一息吐いていたミズハの身体が強張る。
この遺物の出所が親からと言うならば、何の補償もしなければ怒りを買うのは間違いないからだ。
(ま、マズいわ。今回のドランカムの対応は私の独断。責任は全部私に被ってくる!)
それがミズハの力で揉み消せる程度の権力者なら怒りを買っても問題ない。
けれど、そうでないならドランカムが不誠実な対応をしたという噂が残るだけでなく、越権行為も露見し、ミズハの地位は地の果てまで落ちるだろう。
(だからって本来なら企業が負担する額を私個人の財産で肩代わりするなんて……)
見返りが見込めるならともかく、どれ程の権力者がシェリルの裏に居るかも解らない。
迂闊に肩代わりなんて出来よう筈もなかった。
「その期待しているという言葉が、アキラと私の関係を前向きに考えてくれるというものなのかは解りません。ですが、これに縋るしか私にはありませんでした……」
ミズハの葛藤を気にした様子も見せずにシェリルは話を続けていく。
事実、シェリルは遺物販売店の成功に命を賭けるつもりで臨んでいた。
これだけは何としてでも成功させたかった。
「結果は、この有様です……」
そこでシェリルは、話は終わりだとばかりに息を吐く。
それはミズハのように権謀術数に長けた人間でなくても、一目で解る程に酷く落胆した姿であった。
(財産を失った事にショックを受けてたんじゃない。あのハンターとの仲が終わるかもしれない事に気落ちしてたという事ね。大方あの安物のペンダントも件のハンターからのプレゼントといったところかしら?)
けれど、もうその事がシェリルをスラムの住人と疑う要素にはならない。
完全にミズハは、シェリルの事をどこかの御嬢様だと思い込んでいた。
(どうする? どう動くのが一番私の被害が少なく済む?)
だからこそ、ミズハは決断しなければならなかった。
当初の予定通り、補償も何もせず引くのか。
それともミズハの私財で補償を肩代わりするのか。
「あんな奴、シェリルさんがそこまでしなきゃならない相手かよ……」
ミズハが答えを出せず迷っていると、不満そうなカツヤの声が響いた。
「そ、そうです! シェリルさんの器量ならあんなハンターより良い男なんていくらでも見付かります! いえ、私が責任を持って紹介させて頂きます!」
ユミナが止める暇もなく、ミズハが同意の言葉で後押しする。
カツヤの意気を下げさせたくないのもあったが、ここでもっと良い相手を紹介出来るなら、金なんて支払う事も無く丸く収まる。
そういう打算の方が大きかった。
「あなた達が、アキラの何を知ってると言うんですか!」
そこで初めて、シェリルが大きな声を上げる。
どれだけ失礼な態度を取られようとも、決して崩れなかったシェリルが。
感情を抑え切れないとばかりに立ち上がり、ミズハ達を睨み付けた。