中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「シェリル、入るぞ」
ノックをする事もなくアキラは扉を開けたかと思うと、躊躇う事無くシェリルの部屋へと侵入する。
これがアキラ以外の者ならば、それこそ幹部であろうと懲罰を免れない態度であるが、アキラを咎められる者なんて、徒党内に居る訳がない。
「何かありましたか?」
当然、ボスであるシェリルだって怒り一つ見せない。
むしろ今まで勤しんでいた書類仕事を即座に放棄し、驚いた様子すら見せず、落ち着いた口調でアキラに用件を尋ねた。
(さすがボスね……)
この勢いでアキラが乗り込んできて、平然と対応する姿に頼もしさを感じつつ。
自分達が何かアキラの不興を買ってしまっていて処分を求められたなら、平然と処分されるだろうという事も考えてしまい、ナーシャは背筋を震わせる。
――ただナーシャには気付けなかっただけで、シェリルも心の中では震えていた。
「呼び出して欲しい奴等が居る。ルシア」
前置きも無しにアキラはそれだけ告げると、ルシアに取引を求めてきた男達の事をシェリルに伝えるように促し――
「えーと、その――」
ルシアも促されるままに、男達の名前や名前の解からない者は大体の風貌や特徴などを必死でシェリルに伝えていく。
「……あの、すみません。全く話が見えないのですが、事情などを説明してもらってもいいですか?」
自然な態度で状況説明を求めるシェリルだが、これはただの時間稼ぎでしかない。
何故なら、この程度のアキラからの願いを叶えるのにシェリルが躊躇う理由なんてある訳もなく、アキラが出せと言うのなら、迷う事無く男達を差し出したかった。
(何で今更徒党を追い出した奴等の事なんて……)
ただし、それは徒党に在籍しているならばの話だ。
ルシアが挙げた人間は全員、何かしらの問題を起こして徒党を追放処分した者達であり、出せと言われても居ないのだから出しようがない。
「悪い。今から説明させる」
「えっと、その……」
そこでアキラは再びルシアに説明させようとするが、ルシアは何をシェリルに伝えればいいのか解からない。
一体あの他愛もない世間話のどこがアキラの気に障り、アキラが男達を呼び出して何をしたいのかが全く解からないのだから。
(というか本当に何なの?)
それはナーシャだって同じだ。
別にはみ出し者の女に手を出そうとする男なんて、どこの徒党でもよくある話でしかなく、後ろ盾であるアキラが一々気にしなければならないような特別な事なんて何もなかった筈。
一体、自分達は何に巻き込まれているのだろうと途方に暮れる事しか出来ない。
「私がしようか?」
二人が黙り込んだのを見たアリカは、ここは自分の出番だと言わんばかりに名乗り出る。
そこに恐怖や躊躇いの色なんてないどころか、むしろ目は輝いてやる気に満ち溢れていた。
「頼むわ、アリカ」
「えーとねー……」
シェリルに促され、アリカが拙くも懸命に説明を始めていく。
と言っても大まかには、ルシアがしていた世間話と同じ。
アキラから守ってやるから身体を好きに使わせろという誘いを、ルシアとナーシャが何人もの男達から受けたという程度であり、それは絶対アキラに伝えるべきだと思ったという程度。
「それで、どうしてアリカはアキラに伝えないといけないと思ったのかしら」
話を聞いて一先ずシェリルは安堵した。
確信は持てないが、アキラは男達に何か罰を与えようとしたかったのだと予測し、別に自分達に文句がある訳ではないと判断したからだ。
(アキラの相手をすると言った以上、言葉に責任を取れとばかりに本当に相手をしてやるぞって脅そうとか、その辺りかしらね?)
それならば既に追放処分という罰を与えている。
その事を伝えればアキラの怒りに触れるどころか、先回りして罰を与えてくれていたのかと褒められる可能性すらあるだろう。
「だって、その人達って自分達でルシアさん達を襲おうとしたのにアキラさんやルシアさんの所為にしようとしてたんでしょ? それならアキラさんは知っておかないと駄目じゃない」
(待って。それで何でルシア達やアキラの所為になるのよ? やるのは馬鹿共だし、責任もそいつ等のものよね?)
ちょっとアリカが何を言っているのか解からず、シェリルは希望的観測を止めて気を引き締める。
アリカの方が考え方は自分よりも遥かにアキラに近い。
そのアリカの言葉の意味も解らず、結論を出すのは危険だと思ったからだ。
「アリカ。幹部候補なんだから、もっと他の人にも解かり易い言葉で説明出来るかしら?」
かといって、ここでアリカの言葉の意味が解からないから説明してなんて言えば、それはそれでアキラからの評価が下がるかもしれない。
それならば自分は理解しているけれど、それじゃあ周りに居るルシア達は解からないでしょと言わんばかりに微笑んで詳細を促した。
「えーと、その男の人達って自分達がルシアさんやナーシャさんを抱きたかった筈だよね? それなのにさ、アキラさんに喧嘩を売ったルシアさん達が悪いとかさ、自分達がアキラさんから庇わなかったらどうなるかとかさ、自分がやろうとしてる事なのに別の人の所為にしてるじゃん」
「ええ、アリカの言う通りね」
アリカの説明にアキラが頷くのを確認して、シェリルも頷く。
今回は言っている言葉の意味は解るし、これはアキラの意向に沿っているらしい。
「それでルシアさん達が無理やり抱かれたら、悪いのってルシアさん達かアキラさんになっちゃうよね? それなのにアキラさんが知らないのっておかしな事でしょ?」
(いや、それはそいつ等が勝手に言ってるだけで、実際にアキラ達の所為になんてなったりしないでしょ)
これはシェリルだけでなく、ナーシャ達も同意見だ。
だが――
「……ああ、そうだ」
アキラだけはアリカの言葉にその通りだと頷き――
シェリルは言葉にも態度にも出さずに話を聞くだけにしておいて助かったと、内心だけで胸を撫で下ろしがらアキラの話に耳を傾ける。
「別に女に手を出すなとは言わない。そこは好きにすりゃいい。ただやるなら自分の意志と覚悟でやれ。良い思いしようとしてる癖して、他人に責任だけ押し付けてんじゃねえよ」
吐き捨てるように放たれた言葉に、話を聞いていたルシアとナーシャは僅かに身体を震わせつつも安堵する。
(私達に怒ってる訳じゃない?)
(むしろ私達の為に怒ってくれてるのかしらね?)
どうやら怒りは完全に男達の方に向いていて、自分達に何か問題があったという訳ではないと今になって確信出来て。
(あ、危なかったー!)
逆にシェリルは、表にこそ出さないが冷や汗が滲み出る程に驚いていた。
ルシア達は気付いていないようだが、アキラはボスである自分どころか徒党の子ども達相手と話す時でさえ、口調や態度自体は案外柔らかい。
こうして吐き捨てるような乱暴な物言いをする事なんて、記憶力に自信があり、特にアキラとの会話なら大体思い出せるシェリルですら、すぐには浮かばない程に。
――それこそ二大徒党に、ついでに襲われたと知ってブチ切れていた時ですら、シェリルに掛けた言葉自体は優しい物言いだった。
(……この子、徒党に入れておいて本当によかったわ)
つまり、この件はそこまでアキラの怒りに触れる程の事件なのだ。
もしアリカが居なければ、気付かずに地雷を踏み抜いてしまっていたかもしれない。
シェリルはアリカを徒党に入れ、幹部候補に据えた自身の慧眼に感謝する。
(おそらくアキラは男達に罰を与えたいだけじゃない。そんな生温い怒りじゃないわ……)
自らの手で罰を与えるのは勿論の事――
好き勝手女を弄びたいだなんてふざけた事に俺を巻き込む、そんな馬鹿共を飼ってるような徒党の後ろ盾を俺にさせる気か。
そんな風にボスである自分へ部下の不始末の責任さえ求める勢いで来たのだと、シェリルは正しく理解した。
(最適解は何?)
ここで自慢気な態度で、とっくに追放しておきましたなんて言えば不興自体は買わずに済むだろうが――
自らの手で制裁まで加えたかっただろうアキラは、不満くらい覚えるかもしれない。
(そもそも、そいつ等を追放したのは別件で、その件自体は別によくある事だと思って何もしてない……)
ルシア達の件は面倒な事にならないようにエリオに監視させたものの、その件で男達へ何か罰を与えた訳ではない。
ただ、そういう身勝手な考え方をする人間というのは他にも色々問題を起こすもので、別件で追い出す事になっただけ。
――例えば、徒党の内部情報を別の徒党へ売って小遣い稼ぎをしていただとか。
(もし何も罰なんて与えてないなんて事がバレれば――)
罰も与えず放置していた以上、お前も同じ考えの同類かと思われても仕方ない。
それだけは絶対に避けねばならないと――
ここまでを数瞬の内にシェリルは思考し、判断する。
「……申し訳ありません。その男達ですが、どうしてもこの徒党に相応しい人間と思えなくて、随分と前に追放してしまいました」
ここで示さなければならないのは、その男達とは主義主張の次元で相容れない存在だったと伝える事。
アキラ自らの手で殺したくなるような相手なんて、自分だって仲間の一員として置いておけなかったと訴えるのが正解だとシェリルは考えた。
――まるでルシア達に乱暴しようとした件が受け入れられず、追放したというように聞こえるようにしつつ、それでも嘘は一切吐かずに。
「ああ、何だ。そうなのか」
そして、それはシェリルが思う以上に正しかった。
不機嫌さを隠しもしていなかったアキラの表情が、柔らかく変化していく。
「いや、悪い。そういえば徒党の事はシェリルに任せるって言ってたもんな。それなのに変に口を出そうとして悪かった」
「いえいえ。そんな事言わず要望や気になる事は気楽に伝えて頂いていいですし、もし望んでくれるならボスだって代わりますよ?」
「話聞いてるだけでも面倒そうだしいいよ。それに俺が変に手を出すよりも、よっぽど上手く管理してくれてるみたいだしな」
俺ならそいつ等殺して、次に同じ事する奴居たら同じ目に遭わせてやるって脅すくらいしか出来ないし、と世間話でもするくらい当たり前にアキラは告げる。
「騒がせて悪かった。これからもその調子で管理してくれ」
「勿論です、任せて下さい」
軽い調子で告げられた言葉に、シェリルは自身の命を懸ける覚悟で答えた。
アキラがやると言った以上、次にこういう事があれば徒党の構成員だろうが問答無用で殺すだろうし――
ボスであるシェリル自身に責任を求めるかまでは解からない。
けれど、任せた俺が馬鹿だったなんて、信頼は地の果てにまで落ちるのは間違いなかったから。
アンケートに答えてくれている方、ありがとうございます。
反応ないように見えますが実は全部確認しているので本当に嬉しいです。