中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「その、申し訳ありません。アリカが変な事をしてしまって……」
アキラが退出した部屋でナーシャが、おずおずと口を開く。
結局、終わってみれば既に処分が済んでいた話であり、自分達の些事にボスであるシェリルの貴重な時間を浪費してしまっただけの事。
これはアリカの暴走を止められなかった自分の責任であり、何らかの罰が下されるだろうとナーシャは確信していた。
「こういう事の為にアリカを入れたの。だから、その件で謝る事はないし、アリカがこういう事を言えなくなるような教育はしないで」
「えっと……」
「あなたが気を付けないといけない事は、もしアリカが変わった事を言い出したなら、それをアキラに直接伝えるんじゃなくて、真っ先に私に伝えるよう徹底する事だけよ」
「……はい。解かりました」
ナーシャの予想に反してシェリルに怒りは見えない。
それどころか、この件を重要視するような態度に驚きを隠せないものの、とりあえず指示には頷いておく。
「その、アキラさんに伝えたら悪かったの?」
そこで話を聞いていたアリカが、今までと違い不安そうにシェリルに尋ねる。
むしろどうして悪くないのかと思うナーシャであったが――
「……そうね。アキラはとっても忙しいの。皆が皆、アリカみたいに気楽に話し掛けてたらキリがなくて大変でしょう?」
「確かに! 配慮が足りてなかった!」
ナーシャが何かを言うよりも早く、諭すように語られたシェリルの言葉に、アリカは納得したらしい。
(……本当にこの子、アキラのお気に入りじゃないのかしら?)
どう考えてもシェリルの特別扱いは異常だし。
アキラを全く恐れないどころか、むしろ付き合いたての恋人じゃないかとでも言いたい程に懐いている。
理屈で考えるなら、間違いなくアキラとそういう関係にしか思えないのだが――
(でも、嘘とか吐いているように見えないのよね……)
これで実は裏でアキラと深い仲なら、それこそ確かに幹部に相応しい演技力か、あるいは魔性の女だろうとナーシャは思う。
「それでアリカ。もう少し話を訊きたいんだけど、いいかしら?」
「うん、いいよ。何でも聞いて」
「悪い事の責任を誰かに押し付けられるのは確かに怒られて当然よね。それじゃあ、悪くない事の為に力や名前を借りる事も不快になるかしら?」
「えーと、例えば?」
「例えばそうね。徒党を大きくする為にアキラの名前を出すとかかしら?」
後ろ盾という事になっているアキラだが、現状では本当に相手が何かをしてきた場合に反撃するだけで自ら動いた事はない。
けれど、もしアキラが縄張りを増やしたがっているという情報を流せれば、それだけで多くの徒党が動き、徒党の規模はすぐにでも数倍になるだろう。
「んー、それはボスがアキラさんに気に入られる為に勝手にやろうとしている事で別にアキラさんに頼まれてる訳じゃないんだよね? それともアキラさんに徒党を大きくしてくれって頼まれてるから名前を使いたいの?」
「頼まれてはないわね」
「それならそれが後ろ盾の責任だって言うなら解からないけど、良い気はしないんじゃないかな? やりたいんならアキラさんを巻き込まず、ボスの責任でやった方がいいと思うよ」
「そうね、私もそう思うわ」
シェリル自身、アキラの名前を使って徒党を拡大しようという、大それた事をする気なんて最初からない。
そもそも既に徒党の規模は幹部等の数に比べると大きくなり過ぎており、そんな事をしている余力なんてないのだから。
(責任、ね。この辺りが重要なのかしら?)
本当に知りたかった事は、アキラとアリカが何を重要視しているのか。
それを見極める為の新たな情報欲しさの会話であった。
「ルシア。何か気になる事でもあるのかしら?」
そこでシェリルは話を聞いていたルシアが、何か引っ掛かる事がありそうな顔をしている事に気付いて声を掛ける。
「え、いや、別にその……」
ずっと黙っていたのに、いきなり話し掛けられて驚いたのだろう。
反射的に否定のような言葉を口にするルシアであったが――
「何かあるなら言っておいた方がいいわよ? 知らないまま放っておくと、またこういう事に巻き込まれるかもしれないわよ?」
ボスであるシェリルに話すように促された上に、確かに放置してまた今回みたいに突然こんな事に巻き込まれたら堪らない。
「その、アキラさんと会った時の事なんですけど――」
おずおずと今回の件で思い出した事をルシアは話し始めていく。
それはアキラとルシアの出会いの一幕であり、カツヤから盗まれる方が悪いと言われた瞬間、引き下がろうとしていたアキラが今回と同じような表情を浮かべ、殺されるかと思ったという事。
「……ルシア。カツヤとかいう人の事、庇ってくれた良い人って言ってたわよね?」
話を聞いたナーシャはボスであるシェリルが話を聞いている途中なのも忘れて、思わず突っ込まずには居られなかった。
話を聞いた限り、折角纏まり掛けた交渉を自分の気分一つで台無しにした禄でもない男にしか聞こえなかったから。
(そんな奴に後ろ盾なんて頼んでなくてよかったわ)
シェリルもナーシャと全く同じか、それ以下の感想を抱いた。
どう聞いても自分の思い通りに事が進まなかった八つ当たりに、難癖を付けただけの身勝手な人間の発言でしかない。
自分が面白くないからって、必死で交渉して場を収めようとしていたユミナの努力さえ踏み躙る自分の事以外何も考えてない男だったのかと、カツヤの評価を大きく下げる。
「それでどうして助かったの?」
だからこそ、解からない事がある。
その流れでいけば、カツヤ諸共ルシアも殺されて終わりだろう。
仮にルシアを殺す為にカツヤと戦うのが割りに合わないと感じてその場で見逃したのだとしても、金を取り戻したくらいでルシアの殺害を止めるとは全く思えなかった。
「えーと、その……」
アキラ贔屓のシェリルだけでなく、親友であるナーシャまでカツヤに否定的な言葉を放つ事に戸惑いを覚えていたルシアだったが――
言われてみれば最初に庇ってくれた部分さえ省けば、むしろ自分の命の恩人とも言うべき相手はユミナであって、カツヤ自体は碌な事をしてないのに何で好意的に思っていたんだろうと今更ながらに疑問を覚えていたのもあり、返答が遅れてしまう。
それでも気を取り直して、ユミナが「盗んだ方が悪いに決まっている」と叫んで、カツヤを殴り飛ばした話を説明していく。
「そしたらアキラさんが突然態度を変えて、私を見逃した訳じゃないからって言って逃げるように走っていったんです……」
正直、説明しているルシア自身、今思い出してもよく解からない出来事だ。
盗まれる方が悪いなんて言われて激怒した部分までは理解出来る。
けれど、盗んだ方が悪いなんて当たり前の事をユミナが言っただけで、どうして急に見逃す気になってくれたのか、今になっても解からなくて。
「…………」
シェリルは苦虫を噛み潰したように表情を歪めていた。
内容自体は非常に参考になったし、どうして今まで訊ねていなかったのかと自分の馬鹿さ加減に呆れを覚えたくなる程であった。
(カツヤ側っていう敵側の陣営だったのに味方してくれたって部分が大きかったんでしょうね。私の立場じゃ同じような効果を期待するだけ無駄だわ……)
けれど、参考になる情報であったものの活かすのは難しそうであり、仮に、似たような状況が起きてユミナを真似したところで無意味な事くらい、シェリルには推測出来てしまう。
この方向性でアキラの信頼を得るには自分の立ち位置は、あまりにもアキラに近過ぎるから。
「ナーシャ、ルシア。疲れているところ悪いけど、部下を全員集めてきてもらえるかしら?」
それならば、この件は忘れない程度に頭の片隅に追いやりつつ。
今回の件を熟慮し、アキラの逆鱗に触れ兼ねない芽を全力で摘み取るべくシェリルは動き出す。
この事件を境に。
シェリルファミリーに一つ、絶対の掟が生まれる。
アキラだけでなく徒党の名前を使って横暴を働くという事は、後ろ盾であるアキラの面子を著しく損なう行為であり、アキラに喧嘩を売るのと変わらない。
例え徒党内でもその手の横暴を行なう者が居た場合、何を置いてもボスか幹部に連絡する事。
徒党外の者がアキラや徒党の名前を使って横暴を行なっているのを知った場合も同上。
隠蔽しようとしたり、横暴を働いた本人は最低で追放処分であり原則としては処刑。
それはシェリルファミリーだけでなく、シェリルファミリーの傘下に入りたい下部組織にまで巡り巡って伝わっていき、シェリルファミリーはスラムの徒党とは思えない程に規律を重んじる組織だと認識された事も、シェリルが都市からスラムの管理を任される一因にも繋がっていくのだが――
それは少しだけ未来の話である。