中立から内側へ 健全版   作:シオリスキー

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贖罪は突然に

 翌日、アキラが徒党に寄ったのは偶然のようなものだった。

 

 近くの遺跡に遺物収集に向かったものの、あまり金にならない衣類系の遺物ばかりが見付かり、それなら遺物販売店の商品の足しにでもするなり、シェリルにでも渡しとけば適当に有効活用するだろうと思ったのだ。

 

「あ、あの!」

 

 遺物をシェリルに渡し、特に急ぎの予定もないので休憩室で休んでいたアキラに話し掛けてくる者が居た。

 

 幹部であるルシアだ。

 

「何だ?」

 

「えっと、その、ですね……」

 

「別に今日は特に用事もないんだ。言いたい事があるなら落ち着いて話してくれればいい」

 

 自分が徒党の人間に恐れられ、避けられている自覚くらいはアキラにだってある。

 

 それでも話し掛けて来る以上は、どうしても伝えたい話なり何か重要な用事でもあるのだろうと、ルシアが用件を切り出すのを待つ。

 

「出逢った時、お金を盗ってしまって済みませんでした!」

 

「その件はもう許したって言ったぞ?」

 

 暫く待ってルシアの口から放たれた言葉は、アキラの全く想定していないものであった。

 

 もうとっくの昔に終わった話であり、どうして今更持ち出してくるのかが解らない。

 

「解ってます。それでもこの件は個人的に謝っておくべきだって、昨日の話で思ったんです」

 

 アキラが疑問に思うのも当然だろうとばかりにルシアは頷くと――

 

 ぽつぽつと事情を話し始める。

 

「悪いのが私だっていうのは、あの時から解ってました。でも少しでも悪いと認めてしまったら、じゃあ悪いんだから死ねってなるんじゃないかと思ってしまって、どうしても認められなかったんです」

 

 これは別にルシアの被害妄想という訳ではない。

 

 例えば狭い通路で男に肩がぶつかってしまったた少女が居たとしよう。

 

 そこでぶつかった事を謝罪しようものなら、じゃあお前が悪いんだから落とし前を寄越せと言われ、身包みを剥がされ犯されるなんてのはスラムでは日常茶飯事の事でしかなく――

 

 謝罪なんてしてしまえば、自分が全て悪いと認めた事になり好き放題相手にされる隙を見せるだけ。

 

 それならば謝罪なんてせず、相手が凄んで何かを要求してきたならば、そっちこそどこに目を付けてるんだなんて全力で怒鳴り返した方が、まだ被害に遭う可能性が少ないのがスラムという場所なのだ。

 

 ――無論、それはそれでトラブルになる可能性はあるが、自分が悪いなんて言い出すよりは大分可能性が低いのである。

 

 何故なら標的なんて探せばいくらでも居るのだから、面倒そうな相手を無理に相手するよりは、怒鳴ればすぐにでも言いなりに出来る相手を探した方が面倒がない。

 

「……だから当時、問い詰められても盗んだ事を認められなくても悪くなかった、とでも言いたいのか?」

 

 言い分自体はアキラにも解らなくはなかった。

 

 多くの人間が思う程、悪を悪だと理解しながら実行出来る外れた人間や、根本的にズレた人間というのは悪党であっても少ないものなのだ。

 

 弱いお前が悪い、俺の気に障ったお前が悪い。

 

 大体の者がそうやって相手に責任を押し付け、自分の行動を正当化しなければ悪事を働けない。

 

 そんな人間に嫌という程に踏み躙られてきたアキラだからこそ、そこは理解している。

 

 ――納得は全くしてないが。

 

「そうは言いません。さっきも言いましたが、あの時、間違いなく悪かったのは財布を盗った私なのは当時から解ってたので……」

 

「じゃあ何で今になって謝りに来た?」

 

「えっと、その――」

 

 ルシア自身は気付いていなかったが、この謝罪の本質は財布を掏った事そのものではない。

 

 そういうスラムによく居るゴロツキ達とアキラを同じように扱ってしまった。

 

 けれど、アキラはそうやって自分本位に道理を捻じ曲げて、相手を好き放題に蹂躙するような人間じゃないと昨日の事で解かった。

 

 だから、そんな奴等と同じような対応をしてしまってごめんなさいと言うべきなのだが――

 

「アキラさんは謝ったなら、必要以上に酷い事をしない人だと感じたからです」

 

 自分自身の気持ちを上手く言葉に出来なかったルシアから飛び出したのは、そんな言葉。

 

 何か伝えたかった事と違う。

 

 これじゃあ安全だと解かったから謝りに来た禄でもない人間にしか見えない、なんてルシアは頭を抱えたい気持ちでいっぱいになり黙り込んでしまう。

 

(もう許した話だっていうのに、わざわざ謝りに来たのか。意外と律儀な奴だな)

 

 けれど、意外にもアキラにはそれなりに伝わっており。

 

 要は話せば解かる奴だと思ってくれたのだと、アキラは少しだけ上機嫌になっていた。

 

『話が終わったのなら立ち去ってもいいと思うわよ? もう終わった話なんだし、ただの世間話だったと思えばいいんじゃない?』

 

『いや、そうなんだけどさ……』

 

 アルファが言うように、とっくの昔に終わった話だ。

 

 もう既に許したとは言ってるんだから、もう一度許したなんて言うのはおかしな話だろう。

 

 ただの世間話として終わらせて問題ないとは、アキラだって思ってる。

 

『何か気になる事でもあるの?』

 

『気になるっていうかさ、今更こんな話したって何の得にもならないのは向こうだって解ってるだろ? それなのに謝ってきたのに何もなしってのもなあ……』

 

 変な話ではあるが。

 

 これがルシアなりの覚悟と誠意を持った行為なのが伝わった以上、その覚悟や誠意に見合ったものを返さないと、どうにもアキラとしては収まりが悪い。

 

 かといって謝ってくれてありがとうなんて返すのは、何か色々とおかし過ぎる。

 

『掏りの件でルシアが困っている事を解決すればいいのかしら?』

 

 どうすればいいのかと悩むアキラに、アルファからそんな提案が持ち掛けられる。

 

『何かあの件で問題でも残ってるのか?』

 

『ええ、あるわよ』

 

 そこでアルファは掏りの件で未だにルシアに不満を持っている者が徒党に多く存在しており、幹部という立場ではあるものの、ルシアを取り巻く状況はあまり良好とは言えない事をアキラに伝えていく。

 

『何でそんな事になってるんだ?』

 

『推測だから絶対とは言えないけれど――』

 

 その原因はアキラがルシアを許す事になった遺跡から遺物を回収した件が大きい原因ではないかとアルファは告げた。

 

 もしアレがルシアを許す為の罰だったというならば、それはルシア一人で受けるべきだろう。

 

 にも拘らず、あの作業には多くの人員が投入されただけでなく、指示に従えないならば荒野の真ん中で捨てていくとまで言われたのだ。

 

 何もしてない俺達が何で罪人と同じ扱いを受けないといけないんだ、と不満を覚えてしまったのではないか、とアルファは説明する。

 

『なるほど、言われてみれば確かにそうだな』

 

 アルファの説明に納得したところで、今の状況をアキラは省みる。

 

 そこで導き出された結論は――

 

『要は周りも納得するような罰をルシア一人に受けさせればいいのか』

 

 それなら謝罪の対応としてもおかしくないし。

 

 その結果、ルシアの立場が安定するならば、それこそ自分だけでなく周りにも許された事になるだろう。

 

『アルファ、頼めるか?』

 

 そして、アキラはその罰について考えるまでもなく当てがあった。

 

 それはルシアから金を取り返した時の事。

 

 ユミナが助けた相手だし、蹴り飛ばすのもどうかなあと思って蹴り飛ばさなかったせいで、何かややこしい事になったみたいなので――

 

 それならもう蹴り飛ばしておこう。

 

 死なない程度に怪我でもさせとけば、周りも相応しい罰を受けたと思って納得するだろう。

 

『任せない。程良く負傷させるわ』

 

 アキラの意図を汲み取り、アルファが強化服を操作する。

 

 それはあまりに無造作にルシアを吹き飛ばし、開きっ放しだった休憩室の扉を越えて廊下まで飛んでも勢いは止まらず、そのまま壁に衝突した。

 

「ッ!」

 

 予告もない突然の暴力に自分の身に何が起きたかルシアは理解出来ず――

 

 ただ全身に走った痛みに声とも言えない息を漏らす。

 

「…………」

 

 その光景を多くの者達が動く事も出来ずに見詰めている。

 

 それは昨日に引き続いての事件であり、今日は何事かと遠巻きに見ていた徒党の子ども達であったのだが――

 

 さっきまでアキラに頭を下げて謝罪してた筈のルシアが、いきなり自分達の目の前に飛んできた上に血を吐いているのだ。

 

 あまりの急展開に、どうしていいか解からないのも当然だろう。

 

「掏りの件なら、もう許したって言ったよな?」

 

 そこにアキラがルシアに語り掛けるように話しながら近付いていく。

 

「俺の決定に文句があるならともかく、そうじゃないなら終わった話を一々持ち出すな。いいか、俺は許したと言ったんだ。それとも俺の決定に文句でも言いたいのか?」

 

 ちょっと、わざとらしいかと思いながら。

 

 それでも何も言わなければ、ルシアはアキラの怒りを買ったんだから何をしてもいいと思う馬鹿が現れ、立場が更に悪くなるかもしれないとアルファに言われた事もあり――

 

 アキラは殊更に自分はもう許しているんだから、この話を二度と持ち出すなと周囲に聞こえるように伝えていく。

 

「っはい……」

 

 息も絶え絶えに答えるルシアに自分の意図が正しく伝わったのかどうかは、アキラには解らない。

 

 とりあえず、これでもまだ掏りの件をグチグチ言う奴を見掛けたら同じように蹴り飛ばしておけば、その内言う奴も居なくなるだろうと思い、この件はこれでいいだろうと立ち去ろうとするアキラであったが――

 

「何か言いたい事でもあるのか?」

 

 多くの子ども達が怯え戸惑い、アキラに視線すら向ける事も出来ない中。

 

 批難でもするような視線を向けて来る相手が一人居る事に気付き、声を掛ける。

 

「…………」

 

 それはルシアの親友であるナーシャであった。

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