中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
(しまった……)
アキラに訊ねられ、初めてナーシャは自分がアキラに視線を向けてしまっていた事に気付く。
別に文句を言いたかった訳ではなかったのだ。
他の子ども達から見れば今更とはいえ謝りに来た人間に、虫の居所が悪かったから瀕死の重傷を負わせた狂気の人間くらいにしか見えていないだろう。
けれど、ルシアの件がなくても幹部候補に挙げられる程度の能力を保有している上に、昨日のアリカとの会話でアキラへの理解を多少深めたナーシャには解っていた。
これが勇気を出して謝りに来たルシアに対する、アキラなりの気遣いの果ての行動である事くらい。
(だからって、こう、もっと穏便に収める方法くらいあるでしょ……)
不器用にも程があるというか、あまりに解決方法が暴力的にして短絡過ぎる。
そりゃあ後ろ盾なんだし下手に舐められるような甘い対応するよりはマシだとはナーシャも思うが、ここまでの怪我を負わせなくてもといいだろうという――
どこか呆れに似た気持ちが、アキラに視線を向けるという形で表れてしまったのだ。
「えーと、確かお前は……」
「ナーシャです。ルシアと同じく、幹部をやらせてもらっています」
そして、ナーシャは本当にアリカの言葉が真実だったのだと知った。
自分達の為に怒ってくれていたのなら名前がパッと出て来ないなんて事は、まず有り得ない。
(面倒な事になったわ……)
もしナーシャが幹部でも何でもないのならば、別に何もありませんなんて言ってアキラが去るのを待つ事が出来た。
そうしてアキラが居なくなった後で、ルシアの治療をするのが一番、波風立てずに済む方法だろう。
けれど、それでは幹部としての示しが付かない。
何の役職もない人間とは違うという部分を見せ付けなければ、幹部の仕事なんてそんなものでいいんだという連中が溢れ、大変な事になる。
――それを防ぐ為、シェリルがナーシャを幹部から罷免する可能性も低くはない。
「そういえば何でお前、掏りの時にルシアと一緒に処罰されてたんだ?」
どう対応すべきかとナーシャが考える中。
考える時間なんて与えないとばかりに事態は動いていく。
(何の為にルシア蹴り飛ばしたのよ……)
掏りの件は終わったから、誰も触れるなと周りに伝えたかったからだろうに。
このままではルシアが蹴られ損になってしまう。
「それはですね――」
とはいえ、即座に上手い対応が閃く訳もなければ、アキラの質問に答えない訳にもいかない。
ナーシャはルシアの徒党加入手続きをしたのは自分であり、その時にアキラから盗んだ金を受け取った事などを告げていく。
「それはお前の指示で、ルシアは俺から金を盗んでたって事か?」
「いえ、違います。そもそもルシアは誰からお金を盗んだかも気付いてなかったから、ここでアキラさんを見掛けた時に逃げ出した訳で――」
「じゃあ余計にお前が罰を受ける謂れがないだろ。俺から盗んだ金だなんて知らなかったし、ルシアが勝手にやった事だから関係ないとでも言えばよかっただろうに」
それともシェリルから、知らなかったじゃ済まされないとでも言われたか。
なんて更に迂闊に返事をし難くなるような言葉をアキラは告げる。
「……庇わないとルシアが殺されると思って自分で志願しました。ボスは私にそこまでの罰を与える気はなかったと思います」
「自分から志願? 下手したら一緒に殺されてたかもしれないのにか?」
「ルシアは親友で、一人じゃ危険だから徒党の世話になろうとずっと誘っていた仲でした。ようやく頼ってくれたのに見捨てる事なんて出来なかっただけです」
アキラの機嫌を損ねる事は絶対に出来ないが、ボスであるシェリルの評価が下がりそうな事を口にする訳にもいかない。
本音ではあるものの、こんな甘い言葉でアキラが納得してくれるだろうかと迷いながら告げるナーシャであったが――
「……嘘じゃないのか」
アキラはアルファの力で嘘を見破る事が出来る。
すぐにナーシャの言葉が本心だと理解し、心底驚いたように目を瞬かせたかと思うと、懐から何かを取り出して無造作にナーシャに投げ付けた。
「……回復薬だ。やる。ほとんど使ってないし、それでも売れば百万オーラム以上にはなるだろ」
「えっと……」
「いくら庇おうとしたからって同じように罰を与えるのは、やり過ぎだと思った。その分の詫びみたいなもんだ」
売るなり何なり好きにしろ、なんてアキラは付け加えたかと思うと――
まるで試すような視線でナーシャの次の行動を待つ。
(多分、これ使ってルシアの怪我を治せって事よね?)
まさか自分が蹴り飛ばした相手を助けようするなんて反意があるんじゃないか、とか難癖を付けて自分に何かしようとしている訳でもないだろう。
それこそ、そういう事をしたいのならば掏りの件を許す代わりに身体を使わせろとでもいいだけの話。
(良くも悪くも、そういう駆け引きとかする印象ってないわ……)
ナーシャは戸惑いながら、ルシアに回復薬を飲ませる。
開封済みでも売れば百万オーラム以上もするという回復薬の効果は凄まじく、あっという間にルシアの傷が癒える。
「あの、残りは――」
「やると言っただろ。売るなり緊急の時用に取っておくなり好きにしろ」
この程度の怪我を治すには上等過ぎる回復薬だ。
ほとんど丸々余ってしまい、さすがにこの額の物を貰うのもどうかと思ったナーシャだが、アキラからすればどうでもいい程度の物だったのかもしれない。
「あ、ありがとうございます」
「詫びだと言っただろうが。礼なんて要らない」
どこか不機嫌にも見える雰囲気で突き放すように告げるアキラの姿に、ナーシャはビクリと身体を震わせる。
少し前までアキラは面倒そうにはしていたが、不機嫌そうにはしていなかった。
つまり自分の行動に何かアキラを怒らせるものがあったのだろうとナーシャは思うのだが、全く心当たりがなくて何に気を付ければいいのか解からない。
「……ナーシャとか言ったな。お前、スラム育ちか?」
「えっと、その、どういう意味ですか?」
挙句の果てに全く脈絡のない質問をしてくるのだから堪らない。
これ以上怒らせたくないとばかりに、正解の対応を探ろうとするナーシャであったが――
「そのままの意味だ。ただの興味だから答えたくないなら答えなくていい。元は防壁の内側だとか、そういう上等な場所に住んでたのか気になっただけだ」
(いや、本当にどういう意味の質問なのよ!)
今のやり取りの流れで、どうしたら自分が上等な場所に住んでた人間だと思われるかナーシャには全く解からないし――
それを聞く理由も全く予想が出来ない。
「スラム生まれのスラム育ちです。買い物とかで一時的に街に出掛けたりした事はありますが、長期間スラム以外の場所で過ごした事はありませんけど……」
それならば嘘偽りなく、真実を告げる以外に出来る事などない。
出来るだけ聞かれた事に対する情報を多く正確に伝えていく。
「そう、か……。急に変な事聞いて悪かったな」
それが正解だったのかは解からない。
けれど、一応は納得したらしいアキラの態度にナーシャは胸を撫で下ろした。
「いいか。掏りの件はこれで本当に終わりだ。まだ何かぐちぐちと面倒な事を言う奴が居るなら、只で済ませる気はないからな」
そんなナーシャの様子を気にするでもなく、アキラは周囲に念押しするように告げると悠々と去っていく。
嵐が去ったとばかりに動けずにいた子ども達が安堵の息を漏らす中――
(傷付いてる?)
去っていくアキラの背中が妙に小さく頼りないように映り、それが妙に気になり忘れられないナーシャなのであった。