中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「それでなんだ? 自分は罪悪感込みとはいえ、命を懸けてでも借りを返す義理堅い奴だって言いに来たって事でいいのか?」
「いや、そうじゃなくてですね……」
そんな事を伝えて何の意味があるのよ、なんて思わず叫び出しそうになるのをナーシャは必死で堪えて――
後ろ盾に失礼な態度を取れる訳がないと自分に言い聞かせながら、説明を続けていく。
「アキラさんはその、私の事を同じスラム出身なのに自分と違って凄く優しい奴だなみたいに思って、それで少し落ち込んでいましたよね?」
「……ああ、よく解かったな」
「だから私はそんな優しい奴じゃないから落ち込まなくて大丈夫ですよって話で……」
こんな事を自分の口からナーシャは伝えたくなんてなかった。
慰めや同情なんてのは上の立場の者が下の立場の相手に向けてする行為であり、お前如きが俺の事を憐れんでいるつもりかなんて切れられたって、おかしくはない。
だからこそ会話の流れや雰囲気から察してくれるのが一番有難かったのだが――
化け物染みた戦闘能力の百分の一でいいから、会話の流れを読む力を身に着けてくれないだろうかと心の底から願った。
「それを伝える為にわざわざ来たのか?」
「はい」
「ルシアみたいに俺に蹴り飛ばされるかもしれないと解ってて?」
「……そうなりますね」
言っている事は何も間違ってない。
間違ってないが、何か壮絶な間違いが起きている予感にナーシャが嫌な予感を覚え始めたところで――
「なんだ。やっぱり凄く優しい奴じゃないか」
「何でそうなるのよ!」
思わずナーシャは素で突っ込んでしまった。
子どもなんて群れてなきゃ、すぐに大人の食い物にされるから維持する為だけに世話を焼いているだけの打算的な人間で。
ルシアの事だって、庇われた事に逆恨みしていた罪悪感から逃れる為に借りを返そうとしただけの、可愛げのない女でしかないと説明した筈なのに。
「ご、ごめんなさい。その、今のは――」
自分の失言に気付いて即座に頭を下げるナーシャであったが――
「いや、別に敬語で話せとか俺は命令した事ないし、その方が話しやすいなら、それで話してくれていいぞ?」
意外にもアキラは気楽に話してほしいと提案してくる。
もしかしたら自分達が怖がっている事に、アキラ自身は納得していないのかもしれないとナーシャは思う。
「勘弁してください……」
だが、それはそれ。
ボスであり恋人でもあるシェリルでさえ、敬語以外で話している場面を見た事がない偉大な後ろ盾に、その部下でしかないナーシャが気安い態度なんて取れる訳がない。
「それで、その、話を聞いてましたよね? それなのにどうしたら私が優しいだなんて結論になるんですか……」
だからと言って訂正するべき部分は、しておかなければならない。
アキラが白と言えば黒だろうが何だろうが白ですよね、なんて頷いておくのが基本だとナーシャとしても思っているが――
(この人、ちゃんと会話している時は嘘吐いたり誤魔化したりした方が切れそうなのよね……)
むしろ適当に胡麻擦りの相槌を打っていた方が危険なのだと。
ナーシャは今までの経験で知っていた。
「いや、だって下手したら殺されるかもしれないって解ってたのに、俺が落ち込んでると思って慰めに来てくれたんだろ? 優しい以外にどう言えってんだ?」
「それは後ろ盾が落ち込んでたりなんかしたら、徒党としても困るからで――」
「本当にか? 今までだって徒党で悩んでいる姿とか見せてた事はあった気がするけど、一度もそっちから話し掛けても来なかったのに、蹴り飛ばされる可能性が高い今回に限って?」
「いや、その、あれ?」
言われてみればそうだ。
はっきり言ってアキラが多少凹んでたくらいで、後ろ盾としての仕事を放棄するのかと思えば、そんな事はないだろうと思う。
責任感とかが強い以前に、喧嘩を売られたら凹んでいようが何だろうが進んで買いに行く印象しかない。
わざわざ自分が危険を冒してまで慰めに来る理由なんて、ない筈だ。
(それが何がどうして、こんな事になってるのよ……)
今だって冷静に色んな打算を続けているし。
自分は優しさとかで動くような人間ではない筈だと思っているのに――
アキラの言葉を否定出来る言葉が出て来ない。
(……こんな感じでボスの事を虜にしていったのかしら?)
駆け引き一つ真面に出来ず、何かあれば全て暴力で解決する人間だという評価は間違っていたのかもしれない。
今までの態度に騙されていたが、とんだ魔性を秘めているとナーシャは自分の中にあったアキラの評価を大きく書き換えた。
「話は解かった。それなら俺に何かしてほしい事はないか?」
「えっと……」
話の脈絡が解からない。
これで話は終わりだって言うならともかく、どうしてアキラは自分に礼をしようとしているのかとナーシャは考える。
「只で済ませる気はないって言っただろ? 蹴り飛ばされる覚悟してまで俺を慰めに来てくれたんだ。礼の一つくらいさせろよ」
答えは、すぐにアキラの口からもたらされた。
後ろ盾だとか世話している部下だとか、そんな立場は一切気にも留めず。
優しさには優しさで返すのが当たり前だと言わんばかりの態度に、呆気に取られたようにナーシャは間抜け面を晒す。
(……あー、なるほど、うん。これはボスだって夢中になるわ)
一拍遅れでアキラの言葉の意味を理解して。
再びナーシャの中でアキラの印象が大きく書き換えられていく。
(ボスが本気でアキラさんに惚れているのは態度から解ってたけど、よくあんな人間の姿しているだけの化け物みたいなのを好きになれるもんだなんて思ってた……)
今だって何を考えているか解からない。
解からないから、何に怒ってその化け物染みた力が自分に向くのか解らなくて怖さは拭えない。
だけど――
(尽くせば尽くしただけ応えてくれる上に、こんなにも大事にしてくれるなら、そりゃあ好きになるってもんよね……)
後ろ盾という自分の方が遥かに上の立場の筈なのに、こんな対等以上に接してくれる男なんて今まで見た事ない。
守ってやってるんだから、俺の機嫌を取るのは当たり前。
お前等は俺の物だと理解しろというのが後ろ盾というもので、ナーシャ自身それが当たり前だろうと今だって思ってる。
――だからこそ、そうじゃないアキラの優しさがどれだけ貴重で魅力的なのかが、よく解かる。
(あー、でも、これどうすればいいの?)
そして、やっぱり自分はアキラが思ってくれているような優しい人間なんかではないんだとナーシャは感じてしまう。
何故ならシェリルが惚れている理由には納得出来たけれど――
今、自分の頭にあるのはこんな甘い部分があるなんて徒党の仲間達に知られてしまったら、舐められて絶対に面倒な事になるなんて。
酷く冷静で打算的な事だけだったのだから。
――ここでアキラに盲目的に惚れてしまえるような可愛げのある女で居られるには、スラムはあまりに薄汚れ、ナーシャは染まり過ぎていた。
(この間のルシアの件だって、聡い子なら蹴り飛ばされたルシアの惨状に惑わされずあれがルシアを守る為の脅しだったと解ったでしょうし、ここらで問題起こした子の一人でも唐突に殺してくれると有難いのだけれど……)
幸か不幸か。
最近アキラが徒党内で暴れ回っている影響で、今は誰もが目を付けられないように大人しくしているし、問題を起こしていた人間もシェリルが全員追放している。
いくらアキラが多少は怖がられた方が有難いとはいえ、怖がられ過ぎてもそれはそれで面倒だ。
――そして、いくら徒党を安定させる為といえ、非のない仲間を殺してほしいとまではナーシャだって思わない。
「別に言うだけなら何言ってくれてもいいぞ? 無理そうなら別の要望にしてくれって言うだけだから」
一向に要望が言わないナーシャを不思議に思ったのだろう。
アキラがそんな提案をしてきてくれるが――
「あー、その、ですね。ルシアの事庇ってくれた上に、散々この事に触れるなって言われてたのに私にまで何もなかったら、アキラさんが凄い甘い人だって思われて舐められるかもしれないじゃないですか。それは徒党の幹部やってる私としても困るなーって思いまして……」
訊ねられても良い案が全く浮かばず。
仕方ないから、そのまま胸の内を正直にナーシャは伝えた。
「ああ、そういう事か。じゃあ死なない程度にお前も蹴飛ばそうか? ルシアの時よりも強めに。勿論、それとは別に礼はするぞ?」
「いや、蹴られるのはちょっと嫌です……」
平然とこんな事を言い出す辺り、やっぱり恐ろしい人である事には変わらない。
少しだけ親近感のようなものを覚え始めていたナーシャは、そんな勘違いは止めろと自分に言い聞かせたところで――
ふと閃く。
「その銃で私の事を撃ってくれませんか?」
遺跡に行った帰りか何かに、ふらっと寄っただけなのだろう。
アキラは強化服を着ていれば銃だって持っている。
それならば、その力を大いに振るってもらおう。
「これ、モンスター用のヤツだから、防護服すら着てない状態だと掠っただけでも確実に死ぬと思うぞ? 良い奴みたいだし、恨みも何もない状態で殺したくはないんだけど……」
「私だって殺されたくないですよ」
確かに自分の説明が悪かったとは思うが、それでも当たり前のように撃ち殺す事前提なアキラの言葉に――
「やっぱりアキラさんは、どこまでいってもアキラさんなんだなあ」なんて思いつつ、ナーシャは説明を続けていく。
「こう、最初にエリオにやった時みたいに当てずに脅す感じでですね……」
「ああ、なるほど」
それでアキラも理解したのだろう。
二人は打ち合わせを始める。
そして、程良くアキラへの恐怖を継続してもらいつつ、幹部への畏敬を集める為の茶番が始まるのであった。