中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
(どうすればいいの……)
とある所用を終えたシェリルは、車で拠点へと送迎される傍らで頭を悩ませていた。
別に徒党の運営自体に大きな問題は起きていない。
むしろ始めたばかりの遺物販売店が想定以上に上手く行き過ぎていて、逆に気を引き締めなければならない程に順調だったのだが――
それで初めてアキラに纏まった金を渡せて認めてもらえたと喜んだのも束の間、急にアキラから恋人役を解消したいと提案されてしまったのだ。
このままでは恋人役だけでなく、後ろ盾だって辞められてしまうかもしれない。
(イナベとの交渉結果も芳しくなかった……)
焦ったシェリルは自分の立場を更に上げようと都市の幹部であるイナベの元へ、自分をスラムの管理を任せて貰えるよう都市に進言して貰えないかと願い――
思った程の結果を出せず、拠点へ戻っているところであった。
――イナベとの交渉の場自体は、ヴィオラが整えていた。
(まだ取引を成立させるだけの手札が足りてない。門前払いされずに話を聞いてもらえただけでも十分な成果なのは解っているけれど……)
スラムの一徒党のボスでしかないシェリルが、都市の幹部であるイナベに顔と名前を覚えられただけで本来なら大きな功績だし――
今はそこで満足すべきだ、なんてシェリルだって理解はしているのだ。
(急がないと、いつアキラに見限られるか解からない……)
だが、何が理由でアキラが自分を見限るのかが全く予想出来ない。
それならばとにかく急いでお互いの立場を、より強固で離れられないようにしなければと、焦らずに居られないのも仕方ない事だろう。
(アキラ来てたの!)
拠点へ辿り着いたシェリルは、見覚えのある荒野仕様の車が停められている事に気付き、急いでアキラへ挨拶に行こうと考えた瞬間――
拠点の中から銃声が鳴り響いた。
(え、何!? 何が起きてるの!?)
遺物販売店の売り上げは莫大であり、どこかの馬鹿が拠点に襲撃を仕掛けて来る可能性は0とは言えない。
けれど、わざわざアキラが居る状態で仕掛けてくる程の馬鹿は居ないだろう。
(もしかして、また誰かがアキラと問題を起こしたの!?)
そこで頭に浮かぶのは、最近、ルシアが蹴り飛ばされた事件。
聡いシェリルはアレがルシアを庇う為に、アキラが起こした茶番である可能性が高いとは思っていたものの――
自分が許したと言ったにも拘わらず、ルシアを快く思わない者達が居る。
その事を知ったアキラが、俺の決定に逆らう奴は許しておかないという見せしめに行なった可能性もあると危惧していた。
(もしルシアの件で、自分の財布を掏った人間も庇うような甘い人間だと勘違いした子が居たとしたら……)
今やシェリルの徒党はスラム最大の規模だ。
徒党内で上の立場を狙う者は決して少なくはないのだが――
能力的に問題ない者は、その能力の高さ故にアキラと接点が多くなる事がどれだけ危険か理解しており、幹部の地位までは欲しがらない。
逆に能力的に相応しくない察しの悪い者は幹部の地位を欲しがっており、その者達が自分の居ない隙にアキラに取り入ろうと、アキラを怒らせた可能性は決して低くないとシェリルは判断した。
――実際、その可能性自体は少なくはなかった。
(そんな馬鹿がどうなろうと知った事じゃないけど……)
それでアキラの怒りを買い、徒党そのものへの心証が悪くなっては堪らない。
急いで事態を確認しようと銃声の聞こえた方角、休憩室へと足を進める。
「さすがにシェリルが直々に幹部を任せてるだけの事はあるな。良い度胸してる」
辿り着いたシェリルの目に飛び込んできたのは、ナーシャに銃を突き付けているアキラの姿であり――
相当に緊迫した状況なのだろう。
遠巻きに見物している子ども達は多く居たが、シェリルが来た事に気付いたのはアキラだけだった。
(え、どういう事? 何が起きてるの?)
虎の子と言ってもいいアリカの教育を任せただけあって、シェリルの中でナーシャの評価は非常に高い。
そのナーシャがアキラと問題を起こすとは思えず、シェリルは慎重に二人の様子を窺う。
「……ありがとうございます。それでルシアを蹴った件について、やり過ぎだったと認めて頂けますか?」
僅かに震える声に額から流れる冷や汗は、心の底からナーシャが恐怖し、緊張している事を表している。
それは間違いなかったが――
(本気で怯えている割に、全部演技みたいね……)
それでもシェリルの目は誤魔化せない。
これは何かしらの意図を持った茶番であり、事前にアキラと示し合わせている事が理解出来た。
「終わった事をしつこくぐちぐち言うもんだから面倒臭くなってな。だが、確かに謝ってる奴を蹴り飛ばすのは、やり過ぎだった。認める」
それなら邪魔をした方が不興を買うだろうとシェリルは判断し。
とりあえず何か自分にも役割を求められた時に応じる心構えはしつつ、事の成り行きを静観する。
「いえ、解ってくれたらいいんです。いつも守って頂いている事を忘れて生意気な事を言いました。申し訳ありません」
(どうやらこの話はナーシャの方から持ち掛けたみたいね……)
アキラがルシアを蹴飛ばしたのは、ルシアを庇おうとした訳ではなく、単に機嫌が悪かっただけの蛮行という事にして、アキラが舐められるのを防ごうとしているようだ。
アキラ自身がそんな事を気にするとは思えないから、ナーシャの策略と考えて間違いないなだろうが――
(……どうしてアキラが、そんな事に付き合ってくれてるのよ)
頼みを聞いてくれるような繋がりが、二人の間にあったなんて話は聞いた事もない。
むしろ二人の間にあったのはトラブルだけだった筈。
悩むシェリルが答えを見付けられないまま、茶番は進んでいく。
「今回は俺がやり過ぎだって言っただろ。謝るな」
「はい」
「けど、やり過ぎだったって後で思っても殺してからじゃどうしようもない。殺されたくないなら次からは気を付けろ」
「今だって撃ち殺されるところでしたし、それはもう身に染みて解ってます」
どうやら、アキラに舐めた態度を取られないようにするだけでなく――
幹部をやりたいのなら、アキラとこのくらいの会話が出来る度胸が必要だと周りに示す事も目的のようだった。
「……お前みたいに度胸があって仲間想いな奴は嫌いじゃない。これからも幹部として頑張ってくれ」
「え、いや、その、ありがとうございます」
最後にアキラはそれだけ告げて、もう話は済んだとばかりに歩き出す。
今までと違い妙に慌てたナーシャの様子に、最後の言葉だけが打ち合わせにないアドリブだった事にシェリルは気付くが――
(アキラのあんな穏やかな声、ほとんど聞いた事がない……)
ユミナと話している時でさえ、楽しそうにはしていてもあんな穏やかな声で語り掛けるように話したりなんてしてない。
あまりの衝撃にシェリルが他の事なんて考えられなくなってしまった瞬間――
「ああ、悪い、シェリル。壁に穴開けた。修理費用解ったら、後で連絡くれ」
あまりに自然な態度でアキラが声を掛けてきた。
それこそこの場面だけを見れば、先程身内であるナーシャに銃を向けていたなんて想像出来ない程の気楽さで。
「あ、いえ。これくらいならどうとでもなりますのでお気遣いは無用です」
「そうか? まあ後から必要だと思ったら伝えてくれたらいい」
慌てて声を返したシェリルの様子など気にも留めず。
本当に何事もなかったようにアキラは去っていく。
「やっぱアキラさん、やべーな……」
「ああ。銃向けられた瞬間に動いてなかったら、ナーシャ絶対に死んでたよな……」
アキラが完全に去るや否や。
呼吸を忘れたかのように静まり返り見学していた子ども達が、堰を切ったように口々に声を上げる。
「アナタ達、随分と暇そうね? 割り振られた仕事は終わっているのかしら?」
いくらアキラが衝撃的な事件を起こしたとはいえ、先程少しとはいえアキラと話しているのだからシェリルが来た事くらい解っているだろうに。
ボスが来たのに呑気に話を続ける子ども達に、シェリルは笑顔を浮かべて話し掛ける。
「あ、いや、その、丁度休憩中で……」
「それじゃあもう、たっぷりと休んだわよね?」
「は、はい! 仕事に行ってきます!」
蜘蛛の子を散らすように駆け出していく子ども達に、それ以上は目を向ける事もせず――
今回の騒動の中心人物であるナーシャへとシェリルは向き合う。
「ナーシャ、色々と話してもらうわよ?」
(アキラに気に入られて徒党を乗っ取ろうだとか、自分の地位を上げる為に危険な橋を渡るタイプじゃない……)
だからこの行動が徒党全体の安定を求めた行動であり、その結果、自身の安全を追及しようとしていただけなのは疑ってない。
問題は、アキラとどれ程の仲であり――
どうしたらアキラにあんな穏やかな声で語り掛けてもらえるのか。
知りたいのはそれだけ。
けれど、シェリルの期待に応える言葉は返ってこなかった。
「アキラさんが事情を話してもいいと言ったら話します」
「なっ……」
ボスである自分が尋ねれば、絶対にナーシャなら答えるだろうと思っていたシェリルは驚きに言葉を詰まらせるが――
それも一瞬の事。
すぐに頼もしいとばかりに口元に笑みを浮かべた。
「中々良い度胸してるわね」
「それはもう、アキラさんにも褒められるくらいですから」
これからは遺物販売店の経営に都市との交渉など、仕事が多過ぎて自分だけでは限界があったのだ。
ただ自分の命令に忠実に従ってくれる部下は、それはそれで有難いものの――
腹の底を隠そうとする曲者の部下の一人や二人、欲しかったところ。
(アキラとの事が解からないのは残念だけれど――)
今の立場を失う覚悟をしてまで、自分の恋敵になるようなタイプではナーシャはない。
それならば下手に探ってアキラの不興を買う可能性を生むよりは、素直に部下の成長を喜ぶだけにシェリルは留めておこうと思案する。
(あー、でも、気になる……)
それがボスとしての正しい判断であるとシェリル自身、理解はしていた。
そんな理性とは別に割り切れない部分はあったのだが――
「安心してください。別に取ったりする気はありませんよ」
いつものシェリルなら、部下にその事を気付かせなんかしなかっただろう。
それでも問題続きで心が疲れ気味だった上に、微妙な乙女心の話とあっては同じ女であるナーシャに隠し通す事は出来なかったみたいで。
何も心配しなくていい、とばかりにナーシャが微笑む。
「ボスが好きになるのも解かるくらい凄い人ですけど、あの人は、私には色んな意味で手に余りますから」
それは面倒見のいい割りに、どこか冷めた部分が見え隠れするナーシャには珍しい本当に晴れ晴れとした表情で。
それは同性であるシェリルですら、少しドキリとさせられる程に綺麗で。
「ナーシャ。解ってると思うけど、この件で必要以上にアキラが恐れられないよう、責任を持って部下を制御するのよ?」
非常に気になるものの、無理に聞き出せばアキラの不興を買う事になりそうだから、深くは追求せずに指示を飛ばすにシェリルは徹した。
――本当に、非常に気にはなったのだが。
「ええ。責任は取らせて頂きます」
舐められるよりは怖がられた方がマシとはいえ、限度はある。
無差別に仲間を殺すような人間だと思われてしまえば、人が離れていってしまうだろう。
ナーシャは全て理解した上での茶番だったと言わんばかりに力強く頷く。
この後、実際にアキラにいつ殺されるか解からないと離反しようとする部下達が何人も現れる事になるのだが――
「私達に何の興味がないアキラさんが後ろ盾してくれてるから、私達は割と自由に過ごせているのよ? もし真面な大人のハンターが後ろ盾だったら、子どもの私達なんて逆らえず都合のいいように使い潰されてるだけよ」
なんて、殺され掛けてたナーシャ本人がアキラに好意的だった上に。
よく考えればアキラが恐ろしいのは今に始まった事じゃないし、ルシアやナーシャみたいにわざわざ話し掛けて機嫌を損ねなければ今までだって大丈夫だったという過去の経験。
度胸があって仲間想いな奴は嫌いじゃない、という今まで何考えているか解らなかったアキラの印象を覆し兼ねない言葉も加わり――
後ろ盾としての評価が大きく上がっていく事になるのだが。
それがどういう結果を生んだのかは、また別の話である。
2026.9.10
名ばかりのR18版の方には、長い後書きや他のちょっとした話などもありますが、アレは当時読んでくれていた方向けという事で、もう公開する予定はありません。
気になった方はごめんなさい。
小話について、何か言いたい事がこの中にあれば
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ルシア蹴り飛ばした事に驚いた
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ナーシャの解釈が凄くよかった
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アキラの解釈が凄くよかった
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本当にシェリル蚊帳の外だった
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メインじゃないけどアリカ目立ってた